コンクリートを剥いで地面が見えたときに、ほっと自分自身生き返った思いがしました。
「良かった~~♪」と思わず口走ってしまいましたもの~
墓地の基礎工事をしてくれた人が来ていたので挨拶をすると、
「ここは人家の近くでいいとこやけど、山の墓地ではみんな草が生えんようにコンクリートを打つのが常識やけど、めくってくれと言われたのは初めてや~
2倍時間がかかったわ~」と正直な感想を聞かされました。
「いろんな考え方があるからねえ。
お墓参りを足しげく、草に負けないようにしなさいと言う考えが奈良にはあるから♪」とだけ答えておきました。
草に負けないようにするには毎週かもしれない~?
ここで生活の基盤をじっくりと腰を下ろせてやれるのだから、私も実行できるなあと思いました。
連れ合いが父を亡くして30年、毎週日曜日にお墓参りを続けていました。
継続は力なりと本当に思うし、不言実行のなかなかできることではないなあと傍で感じていたのです。
徹底した掃除を時間をかけて行っていました。
墓石に苔を生やしてはいけない~(金タワシとスポンジタワシを持っていきます。)
水をかけたらきれいなタオルで拭き取る~
砂に草が芽を出したらすぐに抜き取り、箒の筋目をつけて仕上げる~
線香を供える係りが私でしたが、きれいな筋目の砂の上に足跡をつけるのが悪いくらい彼の仕事は完璧なのです。
大まかな性格の私には真似の出来ない繊細さだと思ってみていました。
でも、大きな守りをいただいてまず健康で、二つの会社の頂点に立ち、バリバリと活躍できている今の姿は先祖の守りがあるからだとしか思えません。
人の3倍の働きをしていますから~
お墓参りは彼のストレス解消法だったのだろうと感じていました。
心を澄ませて新しい1週間を迎え、また先祖に感謝して次の英気を~の継続だったのでしょう。
遠く離れてみて、気付かなかった良さがこまごまと見えてきました。
言われるままにくっついていってお墓参りをしていただけの私でした。
心から出たことではなく表面を繕う体裁の行動を私はしていたに過ぎないのです。
お墓の土の表面をいま再度見た時の感激は、彼の無言の教えが体の芯に焼きついていたからなんだと思い知りました。
お墓は草が生え日が当たり、土の上に大の字で人が休んでいる形の字なんだとしっかりと心の奥に収まっていたのです。
草が生えたら面倒だとコンクリートで覆ってしまって申し訳なかったと心底からお詫びしました。
今日は川砂を敷き詰めてもらう日です。
お墓参りが大きな楽しみにこれからなることでしょう~
PS
週1回のお墓参りはあれから2年半過ぎた今も実践できています。
門前の小僧でしたが、連れ合いの無言の教えを真似ているだけの単純なことだけど、母が元気に過ごせているお礼を述べると気持ちがすっきりときれいに収まるから不思議なんですよ~
大きなこれが喜びの湧く源だと感じているのです~
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