4月19日、私は、羽田空港から京急、地下鉄と乗り継ぎ、赤坂見附駅に着きました。
ここから、ザ・リリーズ(北海道夕張市出身の双子のアイドルです)のLPに収められてた、「恋人通り」という曲の歌詞にある、東京の「青山、原宿、そして六本木」を歩くためです。
まず、向かったのは、新坂です。かなり急勾配の坂です。遅刻坂という別名もあるそうです。
すごい石積みが有ります。何となく、反りが入っている感じがします。
「外堀通りの内側ってことは江戸時代の物かな。でも、この石の積み方は違うな。」と考えました。その通りです。新坂は、1876年(明治9年)の地図には道路自体が無いそうです。しかし、1884年(明治17年)の地図には道路が描かれているそうです。新坂ができたのは、1884年(明治17年)頃と推定されているので、おそらくこの石積みもその頃築かれたものでしょう。
坂を登ると有るのが、都立日比谷高校です。
1962年(昭和37年)から1967年(昭和42年)まで、東大合格者数のトップは、この都立日比谷高校でした。1968年に灘高に抜かれて、2位になったそうです。
オカムラさんの「いすの博物館」が有りました。
ビルが封鎖されているようです。昨年の11月30日から一時閉館となっています。再開は未定のようです。
日枝神社に着きました。
八重桜が見事に満開でした。
そして、私は長い石段を登りました。
神社の社殿です。
日枝神社は、山の神様であられる大山昨神(おおやまさくのかみ)を祀る神社だそうです。戦前の社殿は国宝だったそうです。戦災で焼失しました。
藤棚の藤はもう咲いています。多くの人が写真を撮影していました。トップの写真です。
日枝神社の帰りはエスカレーターを降りました。「行きも利用すれば良かった。」と思いました。
エスカレーターのある神社は他にあるのでしょうか?
降りたところは、外堀通りです。
ここから、赤坂通の方を西に進むこととしました。その2に続けます。
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