ロック探偵のMY GENERATION

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ジェネシス「月影の騎士」(Genesis, Dancing with the Moonlit Knight)

2023-05-12 22:08:08 | 音楽批評

今回は、音楽記事です。

最近このカテゴリーでは、今年で50周年を迎える名盤という話をしてきました。
今回も、その流れでいきましょう。
登場するのは、ジェネシスのアルバム『月影の騎士』です。

 


ジェネシスというバンドはキャリアが長く、さまざまな表情をみせてきました。
出発点は、60年代末というロックンロール黎明期。もう、ビートルズとかそういう時代になります。
そこから、私の分類でいうところの第一世代から第二世代という流れに乗って音楽性を変化させ、その発展としてプログレっぽい方向に進んでいきました。そして、やがてFMフレンドリーな80年代商業ロックへ……ありがちといえばありがちな流れですが、一つのバンドでこのコースをたどっていった例は案外あまりないのかもしれません。前半の流れは、たとえばビートルズがその代表であり、ビーチボーイズなんかはそうしようとして失敗した例だという話をこのブログで書いてきました。しいていえばビーチボーイズは近いかもしれませんが、ジェネシスの場合はビーチボーイズに比べればはるかにうまく時代に適応してきたといえるでしょう。
しかしながら、時代の流れに適応していくということは、ある種日和ったというふうにもみられかねないわけで……第二世代から80年代商業ロックという変化において、それがメンバー間の軋轢を生むことがしばしばあります。その代表的な例が、ジェファソン・エアプレインということになるわけです。
このように、時代にアジャストしようとすれば、それをよしとしないメンバーがバンド内にいて意見の対立を招き空中分解……ということが起こりがちなために、一つのバンドが時代に適合して音楽性を変えながら数十年やり続けるのは難しいということになるのでしょう。これは、バンドが長い間やっていれば宿命のようなものです。路線変更がなんの軋轢も生まなかったとしたら、それはそれでどうなんだという話にもなってきます。
では、ジェネシスの場合はどうだったのか。
ジェネシスの場合も、やはり軋轢がなかったわけではありません。メンバーの出入りが幾度かあり、そのなかでも本記事の論旨をもっとも端的に示しているのが、ピーター・ガブリエルが脱退してフィル・コリンズがバンドの中心になるという流れでしょう。

ピーター・ガブリエルという人は、ちょっと前にこのブログで名前が出てきました。
ボブ・マーリィに関する記事で、ブルース・スプリングスティーンとともに Get Up, Stand Up をカバーしていました。「ブルース・スプリングスティーンと一緒にボブ・マーリィの Get Up, Stand Up を歌っている」というその一事からして、80年代ロックの側にいる人間ではないことがわかります。

いっぽうでフィル・コリンズは、まさに80年代ロック、FMラジオとMTVの世界に適合したアーティストです。ソロ活動ではそういうポップでキャッチーな部分を前面に出しており、モータウンヒットのカバーをやったりしていることからもそれはうかがえます。このフィル・コリンズが中心になることによって、ジェネシスは時代への適合に成功したといえるでしょう。

この二人は5年ほどジェネシスに同時にいた時期がありますが、その時期にリリースされたのが、Selling England by the Pound です。
邦題は『月影の騎士』。
「イングランドを量り売り」という原題からはかけ離れた、なんとも中二病っぽいタイトルです。そういえば、セーラームーンにそんな登場人物が出てきていました。あの時代によくある珍邦題の一つとも見えますが……一応注釈をつけておくと、これはアルバムの中にある一曲のタイトルをアルバムタイトルに流用したものです。その歌詞に、アルバムタイトルである selling England by the pound というフレーズが出てきます。
その「月影の騎士」のオーディオを載せておきましょう。

Genesis - Dancing With The Moonlight Knight (Official Audio)

プログレッシブで難解な歌詞ですが、全体的な基調としては、商業主義批判というふうに読めるのではないでしょうか。
You are what you eat(あなたの価値はあなたの食べるものできまる)You are what you wear(あなたの価値はあなたの着るものできまる)といった歌詞が、もっともわかりやすい部分でしょう。だいぶ前に日本のクレジットカードかなにかのCMで You are what you buy(あなたの価値はあなたの買うものできまる)というフレーズがありましたが、そういうことです。たかがCMのキャッチコピーといってしまえばそれまでですが、人間性が経済に従属させられてしまっているというふうにもとれるわけです。
selling England by the pound というのは当時英国労働党が掲げていたスローガンだそうですが、単に英国の経済状況を歌っていると読むのでは、この歌の主題を矮小化することになるでしょう。
これは、73年という時代を象徴しているのではないかと思えます。
政治の季節が終わり、経済の季節へ……これは、世界的な潮流としてあったと思いますが、そこに漂う一種のシラケムード。60年代にあったスピリッツが失われ、すべてが経済の論理に呑み込まれていく、そんな時代を嘆く歌というふうにも解釈できます。

しかし皮肉なことに、そのアルバムが商業的には大成功をおさめ、『月影の騎士』はジェネシスにとって出世作に。
全英チャートで3位という、この時点での自己ベストを記録すると、米国のチャートでも初のランクインを果たし、ジェネシスというバンドがビッグな存在になるきっかけとなりました。

商業主義を批判する作品が商業的に成功するというのは珍しいことではなくて、たとえばイーグルスのホテル・カリフォルニアなんかもそうじゃないかというようなことをだいぶ前に書きました。
そういった場合、商業的成功はアーティストに葛藤をもたらすこともありえます。
イーグルスの場合そんなこともなかったんではないかと思いますが、私が想像するところでは、ピーター・ガブリエルは葛藤を抱えていました。
それが、次作『眩惑のブロードウェイ』に表れているように思えます。
そのへんについてはまた別の機会にでも書こうかと思いますが……結論からいえば、彼はその葛藤を自身の中で消化することができなかったのではないでしょうか。『眩惑のブロードウェイ』は、商業的にはいま一つという結果ながら、後に最高傑作と評されるように……こうした場合のよくあるパターンともいえるでしょう。そして、このアルバムを最後に、ピーターはジェネシスを去ることになるのです。
『眩惑のブロードウェイ』のなかに、Fly on a Windshield という曲があります。
そこでは、こんなふうに歌われます。

  なにか重苦しい感じがする  
  死の壁はタイムズ・スクエアに低く垂れている
  誰も気にとめはしない
  そこに何も存在しないかのように
  みんな歩き続けている
  風はいま、強さを増して
  僕の目に塵を吹きつけてくる


荒廃した感じです。
世界はますます経済の論理に支配され、スピリッツが失われていく……そんな状況をこのように表現していると私には感じられました。
曲の後半では、Blue Suede Shoes や Needles and Pins といった言葉が出てきます。
どちらも、古典期ロックンロールを代表する名曲のタイトルです。
この歌の歌詞は前半部分のみがブックレットに掲載されていて後半部分は載っていないんですが、そういったことも含めて、意味深です。
魂が失われゆく世界で、魂とともに生きようとする人間の物語。遠い昔に失われてしまったものへの憧憬……このアルバムを最後にしてピーター・ガブリエルがバンドを去ったということは、まさにジェネシスというバンドの変化を象徴しているように思えるのです。


ピーター脱退後、ジェネシスはフィル・コリンズがリードボーカルになります。
フィル自身は、リードボーカルをやりたくはなかったと後に回顧していますが、いろんなボーカリストを試してみた結果、最終的にはそういうことになりました。
そして、フィルのもとでジェネシスは80年代風のサウンドへ転換していきます。
シアトリカルロックからスタジアムロックへ……やってることはさほど変わらないようにも見えますが、実際のところ、両者の間には大きな跳躍があります。

やがて、ギターのスティーヴ・ハケットも脱退。
トリオ編成となったジェネシスは、『そして三人が残った』というアルバムを発表しました。アガサ・クリスティの古典ミステリーからとったこのタイトルは、どこか自虐のようにも聞こえます。


いっぽう、脱退したピーター・ガブリエルはソロ活動を開始します。

ピーター・ガブリエルといえばBiko が有名でしょう。
南アフリカの反アパルトヘイト活動で知られるスティーヴン・ビコを題材にした歌。この歌が、最近の音楽記事でたびたび登場するPlaying for Change で取り上げられています。やはり、ここにつながってきます。それは、魂のゆえなのです。

Biko | Peter Gabriel | Playing For Change | Song Around The World

10年ほど前には、Scratch My Back というカバー集を発表しました。
ここで取り上げられるのは、ニール・ヤング、デヴィッド・ボウイ、レディオヘッド……まさに、魂の世界のアーティストたちです。
その一曲目は、デヴィッド・ボウイのHeroes。
偶然ですが、ちょっと前にこのブログでとりあげました。このカバーバージョンをライブでやっている動画があるので、それを載せておきましょう。

Peter Gabriel - Heroes (Live in Verona 2010)

そして、アルバムを締めくくるのはレディオヘッドのカバー Street Spirit (Fade Out)です。

Street Spirit (Fade Out)

レディオヘッドは時代的にちょっと離れていますが、波長は共有しているでしょう。先述した『眩惑のブロードウェイ』なんかは、実にトム・ヨーク的で村上春樹チックな世界と思えるのです。

ちなみに、Scratch My Back の姉妹版として And I'll Scratch Yours というのが出ていますが、そちらは逆にピーター・ガブリエルの曲をほかのアーティストたちがカバーしています。
こちらも、デヴィッド・バーン、ブライアン・イーノ、ルー・リードといった豪華な面子が集結。もちろんBikoも収録されていて、ポール・サイモンがカバーしています。
このアルバム以外にも、ピーター・ガブリエルが誰それとコラボしたといった類の話は探してみると大量に出てきます。そんなふうに、音楽界において広くリスペクトを受けている人なのです。


フィル・コリンズのほうも、ソロ活動をやっています。
ソロで大成功したのは、むしろフィルのほうでしょう。
先述したように、ソロでのフィル・コリンズはポップ路線を前面に出しています。
モータウンヒットのカバーとして有名なのは「恋はあせらず」。

Phil Collins - You Can't Hurry Love (No Ticket Required 1985)

そして、フィル・コリンズのソロ活動で忘れてならないのは、ライブエイドでしょう。
再結成レッド・ツェッペリンやスティング、エリック・クラプトンと共演……大車輪の活躍でした。たしか、英米両方のステージに出たのはフィル・コリンズだけだったんじゃないでしょうか。ただ、ツェッペリンとのステージは自他ともに失敗と認める内容で、映像がお蔵入りになったりもしていますが……
そのお蔵入りした映像以外のコラボ動画はこのブログで結構紹介してきたので、ここではフィル・コリンズがソロでピアノ弾き語りしている動画を。

Phil Collins - In The Air Tonight (Live Aid 1985)

ピーター・ガブリエルとはだいぶ方向性が違いますが、フィル・コリンズのほうも、こうして社会的メッセージを発信する活動をしてきているのです。
この両者が在籍していた時期のジェネシスは、ある意味では、絶妙のバランスを持っていたといえるのかもしれません。

最後に、ジェネシスの現在について。

60年代~70年代ごろに現れたアーティストが近年引退する話が多いですが、ジェネシスもまた、フェアウェルツアーをやっていて、もうライブ活動は終了したものとみなされています。
フィル・コリンズは、十数年前から、神経の病でドラムを叩くのが困難な状態となっています。残念ながら、おそらく復帰も難しいでしょう。フェアウェルツアーでは息子のニック・コリンズが代理でドラムを叩いたりしていましたが、そのニックは、自身が正規メンバーとなってジェネシスの活動を継続することには否定的なようです。トニー・バンクスも、「井戸はもう涸れてしまった」と語り、ジェネシスは事実上すでに終了したという見解を示しています。


フェアウェルツアーのファイナルとなったのは、昨年3月26日のロンドン公演。
客席には、ピーター・ガブリエルの姿もあったといいます。
ピーター・ガブリエルがジェネシスに復帰することはついぞありませんでしたが、このラストステージの後にフィル・コリンズと一緒に記念撮影なんかもしていたりするので、しこりがあるというようなこともないのでしょう。

「ろうそくを吹き消すことはできても、炎を吹き消すことはできない」と、ピーター・ガブリエルはBiko のなかで歌いました。
ひとたび火がつけば、風はむしろ炎を燃え立たせるのだ、と。
このブログで50周年名盤の記事はボブ・マーリィの Catch a Fire から始まりました。その前には、オーディオスレイヴが歌うOriginal Fire 「原初の炎」という記事もありました。その炎が、半世紀の時を経ても消えてはいない……ピーター・ガブリエルというアーティストの姿は、そう示しているのではないでしょうか。









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