目指す三枝子爵所有の別荘は、老婆に教えられた場所に果たして在った。
別荘手前の立て札には、Saegusaというアルファベットが刻まれている。
孝哉は真っ直ぐに玄関へと向かい、出てきた使用人に告げた。
「花音に逢わせて下さい」
と。
使用人が慌てて家人を連れ戻る。
結婚式に出ることのなかった孝哉を、ここにいる人間が認識できるのかは不明だ。案の定、その家人は孝哉を怪しんだ。
「申し訳ないが確認させて戴く。それまで隣の別荘にいて戴こう」
孝哉自身も、その男が誰なのか分からない。下手に揉めて追い返されてはたまらない。大人しく使用人に付いていった。
どうやら隣も三枝子爵の別荘なのだろう。
こちらは客間のような狭さであることから来客用の離れに見えた。
「君」
戻ろうとする使用人に声をかける。
「何でしょう」
「答えられないなら答えなくていい。ここに朝倉公爵が来ていると聞いてきた。確かかな」
彼は何も答えなかったが、小さく一度頷いた。
「有難う」
孝哉の言葉に改めて会釈をすると彼は引き上げていった――。
食事が運ばれ入浴の仕度をされ、そしてベッドメイクをされる。
今日中に逢うことができるのか。
何ともいいようのない予感。孝哉の脳裏に、これまでのすれ違いが蘇った。
これ以上待ってられるか。
そんな思いで玄関に向かった時だった、呼び鈴が鳴ったのは。
扉をゆっくりと開く。
花音がいるかもしれない、そう思ったものの立っていたのは朝倉公爵だった。
孝哉は部屋に戻り、ソファに座ることを促された。
「いろいろと失礼がありました。申し訳ない。よく来てくれましたね」
彼は、そう言いながら小さな台所へ入っていく。
そして湯を沸かし、お茶を淹れた。
「慣れておられるんですね」
出されたお茶を前に、思わず口にした。
「ここではできる者が動くんです。最初は何もできませんでしたよ」
朝倉公爵の言葉は穏やかだった。
孝哉はどう切り出したらいいものか、思案に暮れた。自分の立場では、おいそれとは言葉がかけられない。
「先日、姉小路侯爵から手紙を受け取りました。孝哉君が何故ここにいるのか、理解しています」
孝哉は、ただ黙って頭を下げた。
きっと、身分証明の代わりに孝哉が訪れることを教えてくれたのだろう。ひとつ間違えば、またすれ違ったかもしれない。
しかし今は自分を証明してもらう為にはよかったと思う。
そして無礼は承知で、と前置きし懇願する。
「花音に逢わせて下さい」
と。
朝倉公爵は、うんうんと頷いてくれるものの、すぐには返事をくれなかった。
一度は口に出したのだ。後は待つことしか残されていない。孝哉は公爵の淹れてくれた湯呑みを手に取った。
「悪いが、すぐに会わせることは出来ないのだよ」
公爵の言葉が木霊のように、繰り返し頭に響く。
どうして。
その一言が出てこない。
「暫く私の話を聞いてくれるかな」
公爵は、そう云って上着の内側から煙草を取り出した。
テーブルにあったライターから火を取ると、ゆっくりと燻らせる。
逢えると思ったのに。
今度こそ逢えると思っていたのに。
「逢わせてくれるだけでいいのに」
孝哉の悲痛なまでの言葉を受け、公爵もまた大きな溜め息をひとつ吐き、改めて申し訳ないと頭を下げた。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
別荘手前の立て札には、Saegusaというアルファベットが刻まれている。
孝哉は真っ直ぐに玄関へと向かい、出てきた使用人に告げた。
「花音に逢わせて下さい」
と。
使用人が慌てて家人を連れ戻る。
結婚式に出ることのなかった孝哉を、ここにいる人間が認識できるのかは不明だ。案の定、その家人は孝哉を怪しんだ。
「申し訳ないが確認させて戴く。それまで隣の別荘にいて戴こう」
孝哉自身も、その男が誰なのか分からない。下手に揉めて追い返されてはたまらない。大人しく使用人に付いていった。
どうやら隣も三枝子爵の別荘なのだろう。
こちらは客間のような狭さであることから来客用の離れに見えた。
「君」
戻ろうとする使用人に声をかける。
「何でしょう」
「答えられないなら答えなくていい。ここに朝倉公爵が来ていると聞いてきた。確かかな」
彼は何も答えなかったが、小さく一度頷いた。
「有難う」
孝哉の言葉に改めて会釈をすると彼は引き上げていった――。
食事が運ばれ入浴の仕度をされ、そしてベッドメイクをされる。
今日中に逢うことができるのか。
何ともいいようのない予感。孝哉の脳裏に、これまでのすれ違いが蘇った。
これ以上待ってられるか。
そんな思いで玄関に向かった時だった、呼び鈴が鳴ったのは。
扉をゆっくりと開く。
花音がいるかもしれない、そう思ったものの立っていたのは朝倉公爵だった。
孝哉は部屋に戻り、ソファに座ることを促された。
「いろいろと失礼がありました。申し訳ない。よく来てくれましたね」
彼は、そう言いながら小さな台所へ入っていく。
そして湯を沸かし、お茶を淹れた。
「慣れておられるんですね」
出されたお茶を前に、思わず口にした。
「ここではできる者が動くんです。最初は何もできませんでしたよ」
朝倉公爵の言葉は穏やかだった。
孝哉はどう切り出したらいいものか、思案に暮れた。自分の立場では、おいそれとは言葉がかけられない。
「先日、姉小路侯爵から手紙を受け取りました。孝哉君が何故ここにいるのか、理解しています」
孝哉は、ただ黙って頭を下げた。
きっと、身分証明の代わりに孝哉が訪れることを教えてくれたのだろう。ひとつ間違えば、またすれ違ったかもしれない。
しかし今は自分を証明してもらう為にはよかったと思う。
そして無礼は承知で、と前置きし懇願する。
「花音に逢わせて下さい」
と。
朝倉公爵は、うんうんと頷いてくれるものの、すぐには返事をくれなかった。
一度は口に出したのだ。後は待つことしか残されていない。孝哉は公爵の淹れてくれた湯呑みを手に取った。
「悪いが、すぐに会わせることは出来ないのだよ」
公爵の言葉が木霊のように、繰り返し頭に響く。
どうして。
その一言が出てこない。
「暫く私の話を聞いてくれるかな」
公爵は、そう云って上着の内側から煙草を取り出した。
テーブルにあったライターから火を取ると、ゆっくりと燻らせる。
逢えると思ったのに。
今度こそ逢えると思っていたのに。
「逢わせてくれるだけでいいのに」
孝哉の悲痛なまでの言葉を受け、公爵もまた大きな溜め息をひとつ吐き、改めて申し訳ないと頭を下げた。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
小説の登場人物と同じ名前の花音です♪
いつもコメありがとうです♪
改めてまた小説読ませてもらいますねー。
取り急ぎご挨拶まで。
実は、この物語を書き始めた時に検索したんです、“花音”を。
その時、巡り合ったのが『十三夜』さんでした。面白くて、すぐに気に入っちゃいました。
こちらにコメント入れてもらえたので、リンクさせて戴こうかな。
私も、また読みに行きますね♪
寒さが一段と増してきました。
ご自愛下さい。