『君戀しやと、呟けど。。。』

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『欺く』  (小題:詐欺)

2014-04-21 15:08:49 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


 だまされ
 かたられ
 あざむかれ
 そして…


『欺く』


 春は出会いと別れの季節。
 でもそれは転勤や異動があったとか、新入社員がいるとか。ま、学校は毎年春は始まりになるけれど、普通にパートで働く人間にはあまり目新しいこともなく、いつもの一日を送るだけ。
 だから、この春もいつもと同じような日々を過ごす筈だった。あの日、あの人に声をかけられるまでは――。

 昨今、振り込め詐欺という犯罪があちらこちらで起きていると耳にする。
 でも自宅に電話のない果菜子には携帯の迷惑メールの方がよほど怖い。リンクはクリックしないとか、変なメールだと思ったら読まずに削除とか、そんなの当たり前でしょ。
 あの人は直接話しかけてきた。
 今時の危ないってことじゃなく、昔で言ったらナンパ? って感じ。

『混んでいるので、相席をお願いできますか』
  そこは職場の近くにあるチェーン店のカフェ。三階まで席はあるけれど、いつも混んでいるイメージがある。だから、その言葉に深く考えることもなく、どうぞ と答えた。小さな丸テーブルの向かいにあの人が座る。テーブルに置いたのはアイスの飲み物だった。最初はお礼を言われた。暫くしたら果菜子の読んでいる本のタイトルは何かと聞いてきた。次に最近は忙しくしていて本を読む時間もないと話し始めた。
 それがどうして食事をすることになったのか。今もよく覚えてはいない。口が巧かったのよね、きっと。

 それから一年が過ぎた。
 知っているのは名前と携帯の番号と、そして騙す人だってこと。たぶん名前も本名じゃないだろうし、携帯なんて解約されたらなくなるものだし。
 いつもおっとりしてるとか言われるから、きっと何も考えてないって思われてるんだろうな。だから「好き」とか「愛してる」って言葉だけで言われるままにお金を出してるって。

 そんなわけはない。
 一年は短くない。親や親戚に次々と病人は現れないし、会社で困った状態にも頻繁にはなったりしない。
 そしてプロポーズ。
 ついに宝石を買うという話になった。ここまできたら立派な詐欺よね。
 バレてると思っているのかいないのか、婚約指輪を買うからと何処かの展示会に連れて行かれた。
 大量の宝石を並べたテーブルがいくつもあって、その奥にはVIPと貼られた扉が見える。
 たくさんの指輪のなかでも一番奥に並ぶそれは、ダイヤモンドだけを展示するテーブルだった。彼はそこしか用がないとでもいうように、他のテーブルを見ることなく果菜子の手を引いて奥まで足を進めた。

『似合うよ。まるで果菜子のために作られたような指輪だね…』
 そんな科白が雨のように降ってくる。確かにダイヤだろう。婚約指輪にするというのなら、気にいった人が買ったらいい。
 でも果菜子は断った。とても付いている値段のような価値があるとは思えなかった。
 すると気に入るものがきっとあるからと、VIPと書かれた奥の部屋に通された。それほど大きくはないが、窓もないその部屋は入ってきたドアしか出入り口がない。

 販売員が一緒に入ってきて、あれこれと説明を始める。これまでの従順な果菜子ならすぐにでも選ぶと思われたのだろう。
 テーブルから離れた場所で彼と女性販売員がこそこそ話しているのが聞こえてくる。やがて女性がどこかに電話を掛け始めた。
 暫くして鍵つきのアタッシュケースを持って、男が一人入ってきた。それまで並んでいたものよりも更に一回り大きな石の指輪だった。
 そして、その中の一つを熱心に見ていると気に入ったのかと問われる。
「綺麗ですね」
 そう言葉にした途端、他の指輪は全て片付けられ書類が出てきた。

 これは何かと聞くと、彼は自分が払う指輪のローンの申込みだという。そして滑らかにサインをしていくと相手の男が手付けとして百万円を現金で払って欲しいと言った。
 彼が今動かせる金はないのだと言うと、それならば一旦払ってもらって審査を通ればお返しするから、果菜子に立て替えてはどうかと提案してきた。指輪の代金はあくまで彼が払うのだし、ローンの審査が通れば返却するよう手続きを取るからということだ。

 こんな言葉を信じろという方が無理だと思った。
 この詐欺が通用するのは、よほど相手を信じている場合に限るだろう。または愛情に目隠しをされてしまった盲目の恋人か。それともこの場の空気に押しつぶされ、契約しなければ出してもらえないという雰囲気に飲まれてしまった者はサインをしてしまうのだろうか。

 どちらにしろ果菜子はそんな指輪は要らないと断った。すると今度は彼自身が、今だけ貸してくれたらすぐに返すからと言う。
 これまでずっとこの言葉に素直に頷きお金を貸してきた。一度も返ってきたことはないけれど。

「今まで貸したお金、先に返して下さい。このお話はその後です」
 そう言って席を離れようと思ったら、また別の男性が部屋に入ってきた。その後、ただでさえ狭い部屋にどんどん人が増えていった。
 威圧感は、半端ではなかった。

 そしてついに果菜子の前に手付けの百万を借りるという書類が出された。
(これだ!)
 果菜子はその書類を手に取って読んでいく。
 詳しくない人間で、これまでの口頭での説明を鵜呑みにしてしまったら、この書類を読もうなどとは思わないだろうし、また見たところでどこをどう見たらいいのかも分からないだろう。
 しかし果菜子は違うのだ。

 携帯を出して、その書類を写真に撮る。そしてすぐに送信した。
 これまで、そんなことをしようとした人間がいなかったからだろう。男たちは送信が完了して初めて殴り掛かってきた。
「やめろ。怪我をさせると後が面倒だ」
 そう言ったのはアタッシュケースを持ってきた男だ。その男の顔を睨んだ。
 後はただ待てばいい。携帯の電源は切られていない。GPSは働いている筈だ。きっともうすぐ到着する――。

 大好きだった妹は、この人たちに騙され借金を返せないからと逝ってしまった。気の弱かったあの子は誰にも助けを求められず、働くだけ働いてそして疲れ果ててしまった。ただ全てを離れて暮らす果菜子に遺した。
 似たような場所を歩き、遺された手紙の中の彼を捜した。写真はない。同じような言葉をかけてくる男を待つしかなかった。
 すべてを警察に通報し、この日、書類にサインをする前に踏み込む手筈を整えた。

 あとは賭けだ。
 どんな場所なのかも分からない。相手も知らない。ただ恋人を装い近づいてきた男しか、悪徳商法の現場に繋がるものがない。

 突然、部屋の外が騒がしくなった。男たちの罵声と警察官の怒号が飛び交った。時間にしたら数分の出来事だったと思う。
 何度も話を聞いてもらった女性警察官が果菜子を守るように立ちはだかった。
 そして前を向いたまま、彼女が言う。
「もう二度とこんな危険な賭けに出るようなことはしないで下さいね」

 詐欺師を捕まえるには、欺くしかない。
 そう言って貯金をはたいて男を信用させた。果菜子自身、こんなことは二度と御免だと思っている。
「でも妹は、もう帰ってくることはないんです」
 守られながら、その背に小さく呟くと、これまで出なかった涙が漸く零れ落ちた。

【了】 著 作:紫 草 
 
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