たけのこの 竹の丈をぞ うたひては 足らぬ丈こそ よきとほめしか
*やあこれは秀逸ですね。また大火の作です。あまりにおもしろいので、暗記してしまった人もいるのではないでしょうか。
「たけ」が重なっておもしろい。「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、「こそ」に対応する係り結びです。
筍が、竹の高さを歌って、その高さに足らぬことがよいと、だれかがほめたよ。
まあなんとなくわかるでしょう。これは現代の短歌界の現状を皮肉った歌です。
何だかよくわからない歌がたくさんある。適当に思わせぶりを詠んだだけのような気がするが、批評家が麗しいことを言い募って、すばらしい作だとほめあげる。
そんなものかと思いつつ読んでいるが、しかしそういう作はあまり心に残らず、すぐに忘れてしまうものだ。
批評家が言うほどいいものかという疑念はわくが、それをはっきりと口に出す勇気もない。だから周りに合わせて相槌を打ったりするのだが。
楽しくない。そんな雰囲気に合わせて自分も詠わねばならない感じがして息苦しい。
今の短歌界では、自分らしさを豊かに打ち出した歌は詠えないのです。そんな作品を発表すれば、必ず嫌な奴に目をつけられてつぶされるからです。
だがもう、そういう時代もそろそろ幕が落ちるようだ。みな、世間の嘘の姿が見え始めてきた。
ミミズが地上に迷い出てきてのたうち苦しんでいるような、妙に苦しい歌人の歌を読むよりも、表題の大火の歌のような作を読んでいるほうが気持ちいいでしょう。なんでかしらすっと覚え込んでしまったりする。
わたしたちの歌集にはそれはたくさんの歌がありますが、なぜか、読者が暗記しているものは、大火の歌が多いのです。