桜花・・・こんな短歌があります。アメリカの国立公文書館の極秘資料から公開された先の太平洋戦争の緒戦、日本軍の真珠湾攻撃、特殊潜航艇「甲標的」に乗って出撃、操舵不能で艦を爆破、脱出、意識を失って日本軍捕虜第1号になった酒巻和男の英文による句です。
この句が捕虜収容所で辞世の句として書かれたものかどうかは推し量ることはできません。
そしてこの句を酒巻氏が何を思って書いたのか・・・わたしには推し量ることができません。
※写真は2013年11月19日 NHK総合テレビPM7:30クローズアップ現代「小説に命を刻んだ・・・山崎豊子・・・最後の日々」から。
酒巻和男さんについてのわたしの過去ログです。
★2011年12月8日のブログ→クリック→「12月8日・・・70年前・・・真珠湾攻撃・・・捕虜第一号」
★2013年12月8日のブログ→クリック→「12月8日・・・70年前・・・真珠湾攻撃・・・捕虜第一号-・・酒巻和男さんをモデルに小説が」
「山崎豊子の絶筆、小説「約束の海」は・・・酒巻和男さん(小説では花巻和成) を父とする自衛官花巻朔太郎を主人公としてはじまります。
山崎豊子・・・「約束の海」(新潮社 2014年刊)
この最後の長編小説は第3部まで予定し、3年前から新潮社スタッフのプロジェクトチームにより取材を重ね(山崎さん自身歩き回れるような体調ではなかった)、1年前より執筆開始、第1部の原稿完了、2013年8月29日「週刊新潮」連載開始、9月29日山崎氏逝去。
2014年1月16日第1部連載完了を以て絶筆。2014年2月20日単行本発行。
未完の絶筆となりました。未完の小説に続いて山崎プロジェクト編集室のまとめた・・・『約束の海』、その後ー・・・が収録されています。山崎さんは綿密な取材を以て小説を書くことで知られた作家です。この本では第2部、第3部のスタッフの取材。小説作りのプロット、設計図、時系列の年表、日時表など作成、膨大なインタビューのDVD、チーム内でのディスカッションなど・・・を明かしています。
山崎豊子さんの小説はモデルは設定するが事実を追っていません。フィクション・・・小説ですから山崎さんのメッセージです。
未完ですからこの先どう展開したのか推し量ることはできません。
山崎さん自身、先の大戦中、大学2年の時に学徒動員で軍需工場に動員され、男子学生は特攻機に乗って雲の向こうに死んで行き、友人も飛行機工場で爆撃機の攻撃に曝されて死んで行く・・・という戦争を身を以て体験した人です。
「大地の子」で中国残留孤児を、「運命の人」で沖縄のことを書いた著者が、この小説をどう描こうとしたか・・知ることはできません。
※コメント欄オープン。
大地の子の執筆のはじまりと、取材活動について書かれています。
トラックバック・・・ありがとうございました。
私のブログはバックナンバーにアクセスがありますので長く読まれると思います。
3年の歳月を中国でホームステイまでして取材したそうです。
いろんな裏話をかいておられます。
それにしても今の中国はおかしくなってきましたね。
酒巻さんは戦後、豊田自動車に入社されてブラジルトヨタの社長まで出世しました。
酒巻さんは香川県脇町出身、江田島兵学校卒業。
全身全霊を傾けて書いてこられたことを伝えるこの番組に、私も感銘を受けました。
その時の記事をトラックバックさせて頂きました。
山崎豊子さんは、今でも信念の小説を書き続けられているように思えてなりません。
私自身、もしかしたら残留孤児になるところだった・・・・・
と言う想いがあったからです。
書きつづけられたらどんな物語になったのでしょう。
英文の辞世の句というより
そのまんまの 気持ち・・・って 感じますが
そうそう
山崎豊子さんの本 読んでないです
まったく・・・です
今ではまだ乳母桜ではなくバリバリの独身美人
本日の記事、昔の文学青年の面影ズバリ
いいですねー