仰ぎ見る天守閣(唐津城)
佐賀県唐津市にあるこの城は、豊臣秀吉の家臣・寺沢志摩守広高が
慶長7(1602)年から7年かけて完成させたものだ。
現在の天守閣は昭和41年の完成になる。
別名「舞鶴城」と言われ、桜、藤の名所になっている。
前に唐津湾を臨み、近くには特別名勝・虹の松原が広がっている。
(2019年5月撮影)
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5月29日 14時から手術予定になっている。点滴を開始したのは12時だった。
予定よりやや遅れ、14時15分看護師に伴われ、歩いて手術室へ。
準備中の先生と軽く話を交わす。この先生には4回すべてのがん手術を担当してもらっており、絶対的な信頼を寄せている。
さあ、手術台に上がる。まずは腰部への局所麻酔だ。
自分では見えないところで事が運ばれることもあり、これは毎回緊張する。
済むと、あお向けにされ両手はベルトではりつけ状態にされた。
10分ほどで麻酔が効き両脚はまったく動かせなくなる。
それを見計らい、手術開始となった。
まさに、まな板の上の鯉、すべてを先生に預けるしかない。
局所麻酔だから、頭ははっきりしている。
先生が看護師さんたちに指示する声も聞こえるし、
看護師さんがどのように動いているかもおおよそ分かる。
今回が3回目の膀胱がんの手術だから、先生が今何をしているかも見当がつく。
予想より、やや時間がかかっているようだが、大きな問題もなく終えた。
手術室の時計は16時45分を指していた。
ベッドに乗せられ病室へ。付き添った妻へは先生が説明を終えていた。
4回もお世話になったとあれば、妻もすでに先生とは顔見知りだ。
ここまでは、何とか乗り切ったが、麻酔が取れてくるこれからが大変だということは、
経験から分かっている。
痛いというほどのことはないが、ひどい不快感が途切れることがない。
満足に眠れず、2日連続の睡眠不足となった。
翌30日になると、どうやら不快感はとれた。点滴も尿管も外れ、
早速看護師さんに付き添われ歩行練習を始めた。問題なし。
だが、夕方から熱が出始めた。実は、これも前2回の手術で経験していたから
織り込み済みだったが、一時38.5度まで上がった。
このまま熱が続けば1日の退院も覚束なくなる。
熱には強い方だが、さすがに解熱剤を服用し、アイス枕も当てた。
ついでに、軽い睡眠薬をもらった。
これにより、9時半の消灯から翌朝7時まで眠れた。入院して初めての熟睡だ。
31日には熱も下がり、朝食も平らげた。
術後の経過は、やや頻尿状態となったが比較的順調に進んだ。
どうやら予定通り退院できそうだ。
夕方に病室へ来られた先生から「明日、退院して結構です」とお墨付きをいただいた。
1日は朝食を済ますと、そそくさと帰り支度だ。
そして9時少し過ぎに妻が迎えに。これで4泊5日の入院生活を終え、
短いながらも留守にした我が家に無事戻ってきた。
がんを患ったとはいえ、つくづく幸運だと思う。
先に入院されていた同室の方は、術後血圧が70ほどまでしか上がらず、
立ち上がるのもままならない状態。食欲もまったくなかった。
別の病室からは「痛い、痛いよ」との声も聞こえ、看護師さんの足取りが忙しい。
それらの人たちに比べれば……。
がんは早期発見・早期治療がいかに大事か。
毎回、毎回の入院・手術で思い知らされる。