小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

NHKドキュメント「空白の戦後7日間」:

2015年08月18日 | 社会戯評
NHKドキュメント「空白の戦後7日間」:
我々は、よくよく、考えてみれば、8月15日を終戦記念日と教えられてきたが、実は、この日を以てして、戦闘が停止されたわけでもなく、又、武装解除が整ったわけでもないことを、忘れがちである。確かに、玉音盤を奪い返そうとして、クーデターが生じようとしていたことも、又、事実であるし、この8月15日以降も、戦闘で、日米双方に、死傷者が出ていたことも確かに、事実であろう。考えてみれば、これ以降も、ソ連は、千島列島から、北海道の北側半分を占領する勢いであったし、海外に展開する軍人・軍属を含めると有に、1000万人弱にも達する数多くの人々が、依然として、生命の安全が保証されていたわけでないことも事実であろう。戦争の終結というものは、始めるのは、一発の銃声で、簡単に始まるものの、終結には、全く、初めから、シナリオが、無いものであることは、日清・日露の戦争を見ても、ベトナム戦争を見ても、或いは、湾岸戦争を見ても、今日、納得がゆくものである。停戦交渉・終戦処理、進駐・占領、考えてみなくも、こうしたプロセスは、巨大な組織、とりわけ、あっても、実質、機能し得ないような組織とも云えないような末期の機能不全に陥っている最中で、どのようにして、現場の指揮官は、一兵卒の命を、守っていったのであろうか?大学卒の若い将校の説得により、終戦後に特攻自爆や自決を止まった若い人達も、今や、90歳に近づこうとしている。一体、我々は、70年前の近代史の空白を、今日、どのように、考え直したらよいのであろうか?考えてみれば、既に、亡くなってしまった父の世代は、いつ頃、何年何月何日に、復員してきたのであろうか?よくよく、もっと、詳しく、聞いておくべきだったかも知れない。どこで、玉音放送を聴き、どのようにして、武装解除に従い、どのようにして、船で、復員してきたのかを、、、、、、、。存命していれば、今年の9月20日で、98歳を迎える筈だったが、、、、、、。

戦後70年談話に見るキーワード:

2015年08月17日 | 健康
戦後70年談話に見るキーワード:
今日では、何かをネット検索するときには、所謂、「キーワード」を打ち込むだけで、関連する資料が入手出来る。成る程、これを逆手にとって、談話やスピーチは、逆に、本来、言いたくない言葉でなくても、それらをちりばめておけば、それなりに、表面上は、綺麗なキラキラと輝くような談話にもなるという訳である。そういう意味からすれば、既に、近隣外交問題化してしまったこの問題に対して、世論も含めて、或いは、安保関連法案による支持率の低下を気にするものから、上述のような4つの「キーワード」をちりばめることになったのであろう。それにしても、所詮、こういう努力を払った割には、依然として、反日を国是とする韓国や、抗日戦争を唯一の政治的正当性の存在として目論む中国共産党にとっては、何を言おうが、言うまいが、或いは、キーワードを入れようが、批判の対象にならざるを得ないことは、非をみるより明らかなところであろう。所詮、言葉というものは、明らかに、その発するところは、行動と意識に裏打ちされて初めて、言葉も、輝きを増し、受け容れられるものであることは言を俟たない。その意味で、毎年の全国戦没者慰霊式典に於ける天皇のコメントは、70年戦後談話に較べて、ずっと、その言葉の重みとこれまでの行動において、重いモノがあろう。詳細に、英語の翻訳も読んでみたが、事変が、incidentなる軽い、言葉になっているとは、驚きである、そこには、「事変」によって、どれ程の人々の人生や運命が狂わされてしまったということは、全く感じられず、まるで、他人事みたいに、単なる事件のように、響いてくる。ましてや、将来の孫や子孫に、お詫びを継承させないとなると、一体、日本人は、原爆の際に、「過ちは二度と繰り返しません!」と世界に、誓った 絶対平和主義の理想は、積極的平和主義という言葉の中で、如何なる位置を占めることになるのであろうか?如何なる言葉よりも、今後は、どのように、談話に盛られたキーワードの精神が、具現化されてゆくのかを一人一人の国民が、見守り、作り上げてゆくしか途はないとも思われるし、多いに、監視してゆかなければならない。言葉を言葉たらしめるに足る個々人による行動と実現しか途は残されていないであろう。


身勝手なゴルフ私論:

2015年08月15日 | スポーツ
身勝手なゴルフ私論:
若い頃は、一人でも、予約無しに、飛び入りで、シングルで、プレイをしたものである。別に、ヤクザの賭けゴルフではない。よく一人で、飛び入りに、この類がいて、素人は、ぼられると云うことを聞いたことがあるが、、、、、、別に、そういうことではない。単に、自分で、納得のゆくまで、練習ラウンドしたかったからだけである。昔は、一打毎に、各コースの何処に、何ヤード、何番手で、打ったかという結果をデータ化したこともあった。この分析に基づき、コースの攻略方法とか、クラブの番手管理を行ったモノである。ゴルフというスポーツは、なかなか、科学的な合理的なデータ分析に、適したモノであると、若い頃から、こういう手法で、上達を企図したつもりでも、せいぜいが、結局、ベストでも、ボギー・ゴルファー止まりで、90をコンスタントに切り、80台へは、一向に、進化しなかったものである。道具だったのであろうか?5歩圏内のパー・パットが、いつも、外してしまった為なのであろうか?或いは、アプローチが、ピタリと、ピンに、絡まなかったからなのであろうか?いやいや、そうではなくて、ボギーを拾えるときに、いつも、ダボに終わってしまうという精神的な弱さだったからなのであろうか?面白いスポーツである。精神と技術と身体、心・技・体が、うまく、揃わないとよいスコアが出ないのであろうか?私的な素人の経験では、そうでもなさそうである。コンペに出ることもなく、今や、女房殿を相手にして、我が儘勝手に、景色を愉しみながら、スコアの反省もすることなく、ナイス・ショットが出れば、お互い、褒め合い、ミス・ショットすれば、打ち直しすればよい。それ程、混雑、詰まっていないので、ツー・サムだから、プレイも早いので、少々のミスショットの打ち直しは、ローカルのゴルフ・コースでは、許されて然るべきである。(本当は、そんなことはないのであるが、老夫婦の私的なプレーだから、許されて然るべきであろう)もう、景色を眺めながら、スコアも気にすることなく、ゴルフが出来ることを只ひたすら、悦びとしたいものである。少なくとも、70代の前半くらいまでは、愉しみたいものである。薄暮のハーフでも宜しいか、フラッと、出掛けていって、フラッとプレーして帰ってくるというスタイルで、、、、、、、、。

連日の人民元切り下げ:

2015年08月14日 | 社会戯評
連日の人民元切り下げ:
既に、中国の経済変調と成長率のピードダウンが、その株式相場の下落と共に、如実になってきた矢先に、危機感を感じたのであろうか、カンフル剤的に、極めて危険な為替相場の人民元の切り下げによる即時的な輸出の立て直しを試み始めた。しかしながら、これは、かつてのアジア通貨危機のように、意図的な各国間でのとりわけ、輸出競争力を一種の通貨切り下げという魔法の杖で以て、競争を煽り、行き着く先は、アジア通貨危機のような情況を招来してしまった事を忘れてはならない。本来の然るべき努力で、生産性を向上させたり、輸出競争力や内需の拡大などを推し進めるところを、自国民をして、「共産党政府による完成賭博鳩化した株式市場」とまで、言わしめるような強引な完成相場では、本当に、実態が、つかめないし、又、こうした一連のてこ入れ策も本当に、効果的かどうかは、分からない。市場は、副えほど、馬鹿ではなかろう。一方、長老会議での腐敗一掃に名を借りた今や、明白な5年後を見越した権力闘争の様相を呈し始めたことも、或いは、江沢民派の石油閥や軍・公安関係者や、胡錦濤の懐刀の弟の米国亡命など、なにやら、明らかに、きな臭い文化革命前夜の激しい権力闘争の予兆が見られないこともない。様々なキーワードでこれまでの海洋進出や南シナ海での覇権争いも、どうやら、読み解けなさそうになくはないことが、分かってこようか?それにしても、これまで、貧富の格差に悩まされてきた者だけでなくて、今や、株式相場でも大損をこいてしまった富裕層とされてきたこれまでの人々までも、いよいよ、敵に回すことになるのであろうか?一体、この隣国は、誰が、支持して、支えてゆくのであろうか?爆買いに、訪日してくる中国人に、尋ねてみたいものである。天津の大爆発事故も、景気低迷に伴う在庫の増大による保管管理体制に、無理が生じて来ているとかとも、言われているが、一体、日本でも、全く、人事では済まされないであろう。

夏場の男の手料理:

2015年08月13日 | 男の手料理・食
夏場の男の手料理:
女房殿から、教えて貰った重宝な夏場の手軽な男の手料理である。ひとつは、オリーブ・オイルと食酢につけた湯むき冷製トマト、まずは、丸ごとトマトを湯むきして、ステンレスのボールに入れた酢と水で薄めた液に、オリーブ・オイルを垂らしてから、湯むきトマトをつけ込んで、冷蔵庫に一晩冷やすとこれが、実にうまい、冷や奴の好きな人ならば、これだけで、充分酒が進むであろう。それに、根付き枝豆の豆をとっておいて、茹でてから、そのまま枝豆でもよいし、又、一手間掛けて、私は、豆をさやから出して、これに、牛乳と固形のコンソメスープの素で、塩・胡椒を振りかけて、ミキサーに掛けて、枝豆スープを作る。玉ねぎを水に浸して、少々加えても宜しい。これをステンレスのボールに移しておいて、これも又しっかり、一晩寝かせると翌日には、ヒエヒエに冷えた枝豆冷製スープの出来上がりである。更に、もう一品、こちらも、超簡単レシピーだ!なすを縦に半分に切って、蒸すだけである。そして、これをタッパの中で、濃縮昆布だしを割っただし汁に、浸して、これ又、冷蔵庫で、一晩冷やせば、出来上がり。全く、野菜たっぷりで、しかも、カロリーが低くて、この3種類は、手を変え、品を変えて、食べても飽きることはない。直売所から、夏場には、毎日購入しても、せいぜいワン・コイン、500円では、治まるし、これで、少なくとも、二日間は、持つこと受けあいである。私が実証済みであるから、間違いなく保証できますね。若いパパは、夏休みに、子供の前で、実演すれば、間違いなく、父親の株は、上がりますよ!もっとも、上がりすぎて、ママさんから、嫌みに思われないように、ご注意下さい。

出張族が宿泊できないらしい:

2015年08月12日 | 社会戯評
出張族が宿泊できないらしい:
そりゃ、さもあらん!何せ、訪日観光客が、年間1000万人を越える勢いで、ますます、オリンピックに向けて、増加してくる以上、その収容キャパが、増えない限り、ところてん式に、あぶれてくることは間違いない。しかも、出張日程などは、何ヶ月も前には、決められない以上、片や、旅行日程を随分前から、ネット予約で、決めてゆく旅行者と較べれば、ハンディキャップがあるものである。しかも、政府は、未だ、旅館業者の法律的な規制を緩和することなく、一方で、海外からの旅行者は、Aibnb等のサービスをどんどん使っていて、なし崩しも何も、現実には、もう、空いている部屋は、すぐに埋まってしまうような状態で、都心の高級ホテルのような施設とは別に、地方都市でも、Aibnb等のサービスが、浸透して来つつあるのが現状である。今更、実態調査とは、何をやらかすのであろうか?誠に、官のやることは、変化の兆候を捉えるのではなくて、見えてきて初めて、調査するという所謂、後追い、追認である事は間違いないであろう。こういう情況が、進行してくると、終いには、出張族は、カプセルホテルですら、海外旅行バックパッカーと一緒に、寝泊まりしなくてはならなくなるのかも知れない。それにしても、現実は、どんどん、変化してゆき、自己防衛もままならぬ局面に陥ってしまうかも知れない。空き屋対策ではないが、片一方で、空き屋が余っているのも、不思議な情景である。

東京は、暑かった!:

2015年08月11日 | 自然・植物・昆虫
東京は、暑かった!:
一寸、所要で、東京へ戻ったら、室温24℃で、夜になると、窓を閉めて、おまけに、肌掛けでも掛けていないと、足先が冷えてくる長野県とは、異なり、全く、一日中、クーラーを掛けていないと、熱中症にやられてしまいそうであることが、実感される。おまけに、運動のつもりで、外出時に、徒歩で、出掛けようものならば、すぐに、汗だくとなり、まるで、瀧のように、頭からも汗が噴き出てくる始末である。成る程、田舎では、移動が、車であるから、車内は、一寸我慢すれば、すぐにでも快適な冷房が効いてきて、汗は、引くし、突然の雷雨にも、折りたたみ傘を常に、携行する必要もない。ただ、傘を車内に、置いておくだけで、まず、雨に、濡れることはない。何とも、都会暮らしと云う奴は、大変なことである。おまけに、毎朝、すし詰めの電車で、通勤するとなると、これに加えて、ストレスも、倍増することは間違いない訳である。いやはや、6日連続の熱帯夜とか、35℃とか、ニュースで、聞くが、聞きしに勝る暑さである!こんな天気の中で、本当に、オリンピックは、8月に開催されるのであろうか?間違いなく、アフリカのアスリートには、屋外競技では、有利になるであろう。それにしても、気温の測定も、本来の体感温度は、プラス5℃であると云われているのであれば、アスファルト道路の照り返しとかを勘案すれば、既に、40℃程度には、実感されるのであろうか?温室効果ガスではないが、大変な時代になったモノである。それにしても、エルニーニョの影響で、今夏は、冷夏かも知れないなどと気象庁は長期事前予想をしていたが、相変わらず、出鱈目なモノである。せいぜいが、Go雨探知機くらいが、信用できようか?さて、今日は、雷雨があるのであろうか?

餌台にやって来る野鳥の性格:

2015年08月10日 | 自然・植物・昆虫
餌台にやって来る野鳥の性格:
ベランダの餌台には、ひまわりの種を、時々、入れておくと4種類ほどの野鳥が、餌をついばみにやってくる。まずは、ヤマガラ、こちらは、非常に人なつっこくて、よく慣れると、それこそ、指の先から、或いは、手に載せた向日葵の種をさらってゆく、余りに、人なつっこいので、手からは、餌をあげないことにしている。とにかく、すばしこくて、気が短くて、せっかちで、餌がなくなると、堂々と、「なくなったぞ!早く、補充してくれ」とばかりに、ピーピーとせがみ始める。次に、一寸、身体の大きさは、小ぶりになるが、シジュウカラやヒガラ、コガラが、やってくるが、ヒガラとコガラとの区別は、なかなか、目視では難しい。大体、ヤマガラが食べ終えるまで、周辺の小枝に止まって、ジッと隙を狙っている。カワラヒバだろうか、こちらは、黄色い羽を羽ばたかせながら、どちらかと言えば、のっそりと、ピヨピヨと鳴きながら、動作がゆったりとしていて、餌台には、直接捕まらずに、いつも、手摺りの上をのっそりと、歩きながら、ついばむ。随分と、のんびりとしている鳥である。これでは、ヤマガラに生存競争で、敗れてしまうであろうにも思う。ヒヨドリやコゲラは、餌台には、決して来ない。とりわけ、コゲラは、最近、数が多くなり、それだけ、枯れ木が増加した為なのであろうか、ギー、ギーと声高に鳴いている。それにしても、窓越しに、観察していると、その野鳥の性格が、よく反映されていて、実に面白い。まるで、人間の社会の縮図のような気がしてならない。それにしても激しい雷雨の時には、一体、何処に避難しているのであろうか?又、厳冬の冬場には、どんな餌を食べているのであろうか?気になるところである。そう言えば、向日葵の種を隠す習性があるのか、突然、とんでもないところから、発芽するのには、驚かされる。

耕作放棄地への課税強化に思う:

2015年08月09日 | 社会戯評
耕作放棄地への課税に思う:
TPP交渉に於ける農業分野の国際競争力を向上させるためにも、やる気のない人間に対して、積極的に、耕作放棄地に対して、課税強化を促して、やる気のある人間に集約させるという総論には、決して、反するモノはなかろうが、中山間地などの今や、農業に適さなくなったような土地には、一体、具体的な各論で、どのように課税してゆくのであろうか?その意味で、所謂、日本人お得意の、「総論賛成、各論反対」ということになりはしないだろうか?何とも心配な構想である。大体、都会の若年貧困対策とか、ニート支援などに、税金を投入するのであれば、本格的な「農業者支援創生教育事業」などの方へ、地方の空き家対策や子育て支援策とも関連づけて、税金を投入した方が、より効果的ではないだろうか?何とも、昔から続く、律令制度ではないが、荘園制度の開墾や荒れ果てた荘園の再生と云った類のやり方と今日でも、形こそ違えども、同じ根っこを有するような物ではないだろうか?企図した当初の狙いとは別に、総論賛成・各論反対で、なし崩しに、骨抜きになることを怖れるが、、、、、、。どうなるのであろうか?

在宅勤務管理のアプリが、凄いらしい!:

2015年08月07日 | 社会戯評
在宅勤務管理のアプリが、凄いらしい!:
もう、30年ほども、昔になるであろうか?テレ・ワークなる言葉と共に、自宅で、仕事が可能になるような当時は、通勤地獄に悩まされていたサラリーマンにとっては、夢のような話が、今日、一部の企業の中で、公然と、見直され始めて、実際に、実証試験が成功し始めているというではないか。とりわけ、人手不足と限定地方勤務などの制度から、必ずしも、これまでのような組織に対する忠誠心も、時代の変化と共に、変化しつつあるようにも思われる。実際、自分が独立するときには、まだ、IT技術も、それ程、進歩していくて、それでも、インターネットを活用したメールを駆使して、その後は、スカイプなどのネット電話による三者間会話や国際電話の節約など、国境を跨いだ事業をする上で、随分と、IT技術を活用させて貰ったものである。とりわけ、何処で、仕事をしていても、連絡が即時につくから、必ずしも、都会の事務所に出向いて、決済を実行するために、判子をつかなければならないという必要性もなくなったことは大きな進歩であった。これまでは、何が何でも物理的に、事務所に通勤して、或いは、事務所に戻ったりしなければならないことこそが、組織に対する、或いは、仲間への忠誠心の強さの表れであ合ったのであろうが、今や、クリックひとつで、退席中とか、オンライン仕事中であるとかという切り替えも、自動的に、アプリで、可能になり、事務所の管理職や同僚とも、チャットなどで、或いは、フレックスタイムのコア・タイム内で。効率よく、会議もディスカッションも可能になってきたようである。その意味で、組織内の人材評価、仕事の査定評価すらも、ある種オープン化され、労働時間の管理、仕事の質の評価にまで、客観的な基準が、更にいえば、報酬の算定にも、及んでくることが、可能になってきたようである。組織から、独立する人に取っては、随分と便利になってきたモノである。考えようによっては、大きな組織で、勉強したら、フリーランスで、独立して、こういう人材ネットワークを組み合わせれば、面白い事業の展開も可能にあってくるのかも知れない。随分と在宅勤務も、面白い時代になりつつあるようである。企業誘致の在り方も、自然と変わってくるのかもし得ない。面白い時代になりつつあるようである。

TPP次回結着希望は、果たして?:

2015年08月06日 | 社会戯評
TPP次回結着希望は、果たして?:
ジェネリック医薬品や知的所有権の問題やら、将又、酪農乳製品の輸入枠の拡大で強硬なNZやら、それぞれの分野で、むき出しの国益が、噴出していて、本当に、日米双方が、希望的に、観測している方向へと、果たして向かうのであろうか?メンバー国のそれぞれの政治日程などを勘案すると、8月末での大筋合意に至らないと、本当に、TPPそれ自体が、漂流しかねない成り行きである。どうも、米国、オババ大統領の指導性にも、問題がないわけでは無いし、日本側の余りにも、希望的な観測にも、その他のメンバー国が、期待通りに、その線で、折り合ってくれるということも、なさそうであるし、本当に、多国間での国際的な協議が、如何に困難であるかと云うことを物語っている。片方で、中韓FTA交渉の妥結を視野に入れながら、他方、日米主導によるTPP結着に導けないとなると、アジアでの日米の影響力にも、問題を及ぼしかねない。それにしても、毎度毎度、この3年間に亘って、楽観的な妥結への観測気球が上がったことであろうか?交渉の細部に亘る内容が公にされないという事情は理解出来るにせよ、各国の最終カードが、いつの段階で、着られることになるのであろうか?少なくとも、今回の会議では、残念乍ら、見送られたと云うことは間違いない。では、再度、次回の交渉時に、繰り越しになるのであろうか?日本という国は、戦前も、戦後も、外交交渉を含めて、こうした通商交渉でも、二国間であれ、多国間であれ、どんな人材が、裏方で、汗を流して、主導しているのであろうか?それにふさわしい国際的な人材が、養成されつつあるのであろうか?そう願わざるを得ない。

仮想コインの危うさ:

2015年08月05日 | 社会戯評
仮想コインの危うさ:
海外送入金の時に、いつも、銀行の手数料が高く感じられることは、こういう一種の保証料のようなものなのであろうか?それにしても、中小企業の場合にでも、一定金額の出し入れを伴う場合には、必ず、複数の人間による相互監視なり、相互複数承認が必要になることは、ネット・バンキングでも当たり前であるのに、そんな当たり前なことも、設立当初から、ビット・コインには、適用されていなかったのであろうか?俄には、警察発表の信憑性を信じることが出来ない。仮に、そうであるとすると、こうしたコイン消失も、自作自演のハッキングと云うよりも、業務上横領の詐欺師、被害者から、容疑者へと、更には、犯罪者へと、なり得る可能性を秘めている。更に云えば、金融IT技術の進歩を伴った善意の改革も、結局、こういう事件によって、規制やら、許可制、ライセンス制という形でのある種の預金者(?)保護のような制度が、やはり、必要になってくるであろう。こういう場合、被害者の損害賠償責任は、確実に、裁判で、データ解析、検証により、実証されない限り、迷宮入りしてしまうのであろうか?別に、利用者でないから、被害が云々ではないが、マネーロンダリングに悪用されたり、様々な問題を孕んでいようが、健全な形での海外銀行手数料のような改革は、相変わらず、先送りになるのであろうか?そういう観点から、この事件の究明が待たれる。仮に、これが、真実であるとすれば、被害に遭った人達は、悪夢を見ているようなものであるのか?都合のよいときには、通貨になり、都合が悪くなれば、仮想のコインであって、通貨ではないとか、、、、、、一種の「仮想上での悪夢」とでも云えよう。

桔梗の花が咲き出した:

2015年08月04日 | 自然・植物・昆虫
桔梗の花が咲き出した:
暦では、八月に突入したせいなのか、連日の猛暑日である。もっとも、これまでの生活実感からすれば、大体、八月も15日を過ぎると、遅くも、20日頃過ぎには、空気が涼しさを増してきて、秋の空気が漂い始めるものである。従って、暦と云うよりも、蝉や虫の鳴き声とか、草花の咲き具合を眺めながら、その季節季節を判断してゆくと、まんざら、大きく外れることもない。そんな中で、既に、桔梗の青紫色の花が、今を盛りに、咲き誇っている。又、一部の萩の花も、既に小さな赤紫の花をつけている。もう、植物の世界では、秋の準備なのであろうか?雷も、そういう観点から、聞いていると、盛夏と云うよりは、やや、秋を先取りしたような上空の空気は、もう、冷たい空気になりつつあるのであろうか?季節の微妙な移ろいを感じないでもない。この暑さもいつまで、続くのであろうか?一寸、日陰でも、この桔梗という花は、種を播き散らかして、群生してくれるが、花持ちは、そんなに、長くはない。簡単に、花ごと、萎れてしまい、もう既に、翌年の種の準備に、取りかかってしまう。冬場には、実の先が、自然に裂けるように割れて、小さな種子達が、こぼれ落ちるように、散らばる。毎年、それでも、残った種は、綺麗に手で割ってあげて、すべての種が廻りに、播き散らかされるようにしてあげると、毎年、花を咲かせてくれる優れものの間違いなく、期待を裏切らない花である。だから、何とはなしに、この桔梗の花が好きになるのである。緑の中に、何やら、青い紫色した花をみかけると、ホットするモノである。短い夏の終わりも、もう、そこまで、来ているのであろうか?

鬼ヤンマに見入る:

2015年08月03日 | 自然・植物・昆虫
鬼ヤンマに見入る:
流石に、夕方になっても、未だ、暑い!それでも、早めの夕食を済ませて、ベランダで、椅子に腰掛けて、夕陽が松林の間に、残照を落としながら、沈んでゆくのを見ていると、急に、顔の横を後ろから、ビューンと、何やら、羽音が、かすめる。大きな鬼ヤンマである。以前にも、ベランダに、決まって、飛んでくるのを知っていたが、トンボは、一定の同じ場所を飛行するという性質があることをものの本で読んだことがある。ジッとして、観察していると、10数メートルの同じ空間を、行ったり来たり、因みに、その回数を数え始めると、十回、二十回、段々と増えて、五十回、とうとう百回以上に、なってしまった。途中から、ぶつかりそうになるので、場所を横から眺められるように変えて、その飛行経路を観察する。それにしても、凄いスピードで短い距離を飛びながら、餌を探すモノである。しかも、瞬時に、ホバーリングしたり、途中で、急に、上昇したり、ベランダの手摺りを急に、上昇して、飛び越えたり、空中に、急上昇したり、とにかく、その飛行は、まるで、エアー・レースの小型飛行機の飛行さながらであろうか?段々薄暗くなってきて、百二十回を越えてからは、流石に、数えるのを諦めた。それでも、鬼ヤンマは、飛行を繰り返して、餌を探しているのであろうか?今日も又、同じ鬼ヤンマとおぼしきトンボが、やってきた!近くの溜め池で、毎年、付加するのであろう。間もなくすると、今度は、秋茜が、多数、秋の空を飛び交うことになる。

苫小牧港フェリー火災は他人事ではない!:

2015年08月02日 | 社会戯評
苫小牧港フェリー火災は他人事ではない!:
韓国のフェリーボートの沈没事故の記憶もまだ、薄れないときに、徳島港向けに、東京有明埠頭から、つい三週間ほど前に、フェリーに乗って往復したことから、今回の苫小牧港向けの商船三井のフェリー火災事故の一報は、全く、肝を冷やされる。本当に、他人事ではない。もっとも、フェリーに乗船したことがないと、確かに、新聞記事の如く、小さな扱いにしかならないのか?トラックのエンジンが掛かっていないにも拘わらず、何故、一体、このトラック付近から、煙が上がったのであろうか?どうやら、冷凍装置付きトラックの付近から煙が出ていたという情報もあることから、エンジンが掛かっていなくても、確かに、電気系統の障害から、失火したという可能性も否定は出来ないようである。詳しい原因究明と調査と対策が、一日も早く、待たれよう。それにしても、乗客に、死傷者がいなかったことは、何よりである。(もっとも、消火に最期まで携わった行方不明の二等航海士には、その職務に対する責任感に敬意を表するし、そのお陰で、乗客に遭難者がでなかった事は、よかった。)それにしても、フェリーの構造というものは、乗客の客室は、上の方のデッキにあるわけであるが、自家用車などの積載は、確かに、下の方のデッキになる訳である。謂わば、ビルの四階・五階に相当するわけである。結構、喫水線からすると、高いことが窺われる。トラックの運転手だけでなくて、小さな子供も乗客に含まれていたであろう事は、夏休みの最中であるから、容易に、想像されようが、兎に角、無事で何よりである。改めて、映像や写真を眺めると、上部デッキでも、もの凄い勢いで、黒煙があがっていたことが分かる。改めて、自分の乗船していた徳島フェリーの写真を見直してみても、他人事ではない。よく、無事で、退避、下船できたモノである。船長の判断にも、敬意を表したいモノである。この苫小牧フェリーは、三十周年にもなるそうであるが、何とも、皮肉な事故である。GPS管理による船の軌跡が、管理されていて、周辺の海域にどんな船が救助に向かえるのかも、瞬時に、分かる安全管理システムも、素晴らしいモノである。もっと、積極的に、こういう保安・安全設備も含めて、船の安全航行を訴えても悪くはなかろう。別のフェリー航路を利用してみて、そんな感慨を、今回の事故で、思う次第である。