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こんにちは「中川ひろじ」です。

みんなのお困りごとが私のしごと

TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 日本農業を輸出産業に?

2016-05-03 08:38:52 | TPPと私たちの食・農・くらし
TPPで過保護な日本農業を競争にさらして強くし、輸出産業に?
 日本農業が過保護だから自給率が下がった、耕作放棄が増えた、高齢化が進んだ、というのは間違い。過保護なら、もっと所得が増えて生産が増えているはずだ。逆に、米国は競争力があるから輸出国になっているのではない。コストは高くても、自給は当たり前、いかに増産して世界をコントロールするか、という徹底した食料戦略で輸出国になっている。つまり、一般に言われている「日本=過保護で衰退、欧米=競争で発展」というのは、むしろ逆である。
だから、日本の農業が過保護だからTPPなどのショック療法で競争にさらせば強くなって輸出産業になるというのは、前提条件が間違っているから、そんなことをしたら、最後の砦まで失って、息の根を止められてしまいかねない。実は、日本の農業が世界で最も保護されていない。輸出補助金も米国の1兆円対日本のゼロだ。関税も米国よりは高いが、聖域といわれる高い関税が1割残っているということは、逆に言うと、9割の農産物は、野菜の関税の3%ぐらい、花の関税0%に象徴されるように、非常に低い関税で競争している。それが9割を占めているのだから、平均関税は11.7%でEUの半分である。だから、「農業鎖国は許されない」というコメントは間違いである。自給率39%で、我々の体の原材料の61%を海外に依存しているのだから、こんな先進国はない。FTAで出てくる原産国規則でいうと、我々の体はもう国産ではない。こんな体に誰がしたのかというぐらいに開放されている。
総理は2015年4月の米国議会演説で「以前GATT農業交渉で農家と一緒に自分も自由化反対運動をしたのが間違いで、農業は衰退した」と述べたが、これは事実に反すると思われる。自由化反対が間違いだったのではなく、頑張りきれずに米国の圧力に屈して自由化を化進めてしまったことこそが衰退の大きな要因だ。米国による日本の食料支配のために、早くに関税撤廃したトウモロコシ、大豆の自給率が0%、7%なのを直視すべきだ。同じく早くの全面的な木材自由化で自給率が2割を切った山村の苦悩を忘れてはならない。
 農業所得に占める補助金の割合も、日本では平均15.6%だが、EUでは農業所得の95%前後が補助金だ。そんなのは産業かと言われるかもしれないが、国民の命、環境、国境を守っている産業を国民が支えるのは、欧米では当たり前なのである。その当たり前が当たり前になっていないのが日本である。
 それから、米国も、カナダも、EUも、コメなどの穀物、乳製品の生産が増えて支持価格を下回ると、支持価格で無制限に買い入れて、国内外の援助物資にしたり、補助金をつけて輸出したりして、最終的な販路を政府が確保して、価格を支える仕組みがある。しかし、日本はこれをやめてしまった。
旱魃や塩害に強いGM小麦への日本の消費者の反応に強い関心
写真 西豪州(パース)の小麦輪作農家-畦なしの1区画が100ha、1戸で5,800ha経営(2007年9月24日筆者撮影)
こういう事実を無視して、日本の農業が過保護であるから競争にさらせばよいという議論をしてしまうと、すでに他の国と比べると相対的に相当に保護されていない水準になっている農業を最後の砦まで外されてしまい、強くなるのではなくて、息の根を止められてしまいかねないということを我々は考えなければいけない。
それから、規模拡大によるコストダウンの努力はもちろん必要だが、日本の農家は平均で一戸2haもないのに、例えば、西オーストラリアの写真の農家は、目の前の畔なしの一区画が100haあって、全部で一戸5,800ha経営していても、地域の平均よりちょっと大きいだけだという。しかも、日本で100haの経営といっても、田畑が500~1,000か所にも分散している。日本の経営がこのようなオーストラリアの経営とゼロ関税で競争して勝って輸出産業になればよいという議論は、あまりにも土地条件というものを無視した机上の空論であると言わざるを得ない。

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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 安全保障の要は食糧

2016-05-01 08:19:56 | TPPと私たちの食・農・くらし
4.「国家安全保障の要(かなめ)は食料」という認識の欠如
 我が国では、国家安全保障の要(かなめ)としての食料の位置づけが甘い。必ず出てくるのが、安けりゃ良いじゃないかという議論だ。実は日本国民は結構安さに飛びつく国民である。世論調査すると89%の方が、高くても国産を買いますかという問いにハイと答えているが、実際の食料自給率39%である(ウソつきが多い?)。
それに比べて、米国などでは食料は武器という認識だ。軍事・エネルギーと並ぶ国家存立の三本柱であり、ブッシュ前大統領は戦争を続けて困ったものだったが、食料・農業関係者には必ずお礼を言っていた。「食料自給はナショナル・セキュリティの問題だ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国はなんとありがたいことか。それにひきかえ、(どこの国のことかわかると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。(そのようにしたのも我々だが、もっともっと徹底しよう。)」と。ただし、カッコ書きの部分は、筆者の余韻である。
 さらには、農業が盛んなウィスコンシン大学では、農家の子弟が多い講義で教授は、「食料は武器であって、日本が標的だ。直接食べる食料だけじゃなくて、日本の畜産のエサ穀物を米国が全部供給すれば日本を完全にコントロールできる。これがうまくいけば、これを世界に広げていくのが米国の食料戦略なのだから、みなさんはそのために頑張るのですよ」という趣旨の発言をしていたという。戦後、一貫して、この米国の国家戦略によって我々の食は米国にじわじわと握られていき、いまTPPで、その最終仕上げの局面を迎えている。

競争力でなく食料戦略が米国の輸出力を支える
 米国は、コメの生産コストがタイやベトナムより大幅に高いが、4,000円/60kg程度の低価格で輸出し、農家には生産コストに見合う目標価格との差額を、多い年は、1兆円もの補助金(穀物3品目だけで)を使って差額補填し、増産と輸出振興を推進し、世界をコントロールしようとしている。かたや、日本の輸出補助金はゼロであるから、輸出競争でも勝負にならない。しかも、TPPでも米国の1兆円規模の輸出補助金は使い放題で、関税を撤廃・削減した日本市場に、米国は補助金をいくらでも使って攻めてこられるという構造になっている。自由貿易とは、米国が自由にもうけられる貿易という意味なのである。
 我々は原発でも思い知らされた。目先のコストの安さに目を奪われて、いざという時の準備をしていなかったら、取り返しのつかないコストになる。食料がまさにそうである。普段のコストが少々高くても、オーストラリアや米国から輸入したほうが安いからといって国内生産をやめてしまったら、2008年の食料危機のときのように、お金があれば買えるのではなくて、輸出規制で、お金を出しても売ってくれなくなったら、ハイチやフィリピンでコメが食べられなくなって暴動が起きて死者が出たように、日本国民も飢えてしまう。
だから、そういう時に備えるためには、普段のコストが少々高くてもちゃんと自分の所で頑張っている人たちを支えていくことこそが、実は長期的にはコストが安いということを強く再認識すべきではないか。
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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 食の安全その3

2016-04-30 19:39:19 | TPPと私たちの食・農・くらし
食品添加物の基準緩和や表示の問題
もう一つ、うそがばれた。輸入農産物に使用される防腐剤や防カビ剤などのポストハーベスト(収穫後)農薬についても日本の基準が厳しすぎるからもっと緩めるよう米国から求められ、日米2国間並行協議の項目に挙げられていた。日本では収穫後「農薬」は認めていないので、米国のために「食品添加物」に分類したのだが、こんどは、そのため食品パッケージに表示されることが米国の輸入食品の販売を不利にするとして、防カビ剤などの食品添加物としての審査をやめるよう要求され、すでに、2013年12月に日本が米国の要求に対応したと米国側文書に記されていたが、日本側は誤報とし、米国も「訂正する」としたが、案の定、付属文書において、並行交渉の結果として、衛生植物検疫(SPS)関連で、「両国政府は、収穫前及び収穫後に使用される防かび剤、食品添加物並びにゼラチン及びコラーゲンに関する取組につき認識の一致をみた。」と記されている。やはり隠していただけであった。
つまり、輸入畜産物・穀物は、成長ホルモン、成長促進剤、GM、除草剤の残留、収穫後農薬などのリスクがあり、まさに、食に安さを追求することは命を削ることになりかねない。このような健康リスクを金額換算して上乗せすれば、実は、「表面的には安く見える海外産のほうが、総合的には、国産食品より高い」ことを認識すべきである。そこで、外食や加工品も含めて、食品の原産国表示を強化することが求められるが、表示に関連しては、「国産や特定の地域産を強調した表示をすることが、米国を科学的根拠なしに差別するものとしてISDSの提訴で脅される可能性もある。要するに、「米国企業に対する海外市場での一切の差別と不利を認めない」ことがTPPの大原則なのである。TTIP(米EUのFTA)でも米国はEUのパルメザンチーズなど地理的表示を問題視している。ところが、米国自身は食肉表示義務制度で原産地表示を義務付けている。さらに、これがカナダとメキシコとから不当差別としてWTO(世界貿易機関)に訴えられ、米国が敗訴する皮肉な事態になっている。つまり、そもそもTPPのみならず食料の原産地表示の困難性が増してきている事態は深刻である。
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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授  3、食の安全その2

2016-04-29 08:34:58 | TPPと私たちの食・農・くらし
BSEなどの食の安全基準は守る?
BSEは2013年2月1日(国会決議の1か月前)にすでに輸入条件を緩和してしまい、防腐剤・防カビ剤のさらなる緩和は日米2国間並行協議の重要項目にされ、対応した。遺伝子組み換え(GM)食品の表示をさせない方向についても、米国のTPPの農業交渉官の一人はバイオメジャー大手M社の前ロビイストであるから「推して知るべし」である。米国では大企業幹部と政府高官とは「回転ドア」人事で一体化している。
BSEについては、 2011年11月に、当時の野田総理がAPECのハワイ会合で、日本がTPPに参加したいと表明したが、その1ヶ月前の2011年10月に、BSEの輸入制限を20ヶ月齢以下から30ヶ月齢以下への緩和を検討すると表明した。なぜ、このタイミングなのかというと、ハワイで参加表明するときの米国へのお土産だった。そのあとは、「結論ありき」で着々と食品安全委員会が承認する「茶番劇」である。
24カ月齢の牛からもBSEは出ているし、米国のBSEの検査率は1%未満で、検査していないからBSEが出ていないたけである。最終的には、の段階で危険部位が確実に除去されることが不可欠だが、体制も不十分だから、危険部位が混じった牛肉がしばしば入ってきている。だから、国民の健康を守るためは、20カ月齢で切るのは必要だと思われるが、米国のお土産のほうが優先される。
筆者らが、「米国が日本に対して従来から求めてきた様々な規制緩和要求を加速して完結させるためにTPPをやるのだから、医療や食の安全が影響を受けないわけはない。かりにTPPの条文に出てこなくとも、TPPの交渉過程での取引条件などとして、過去の積み残しの規制緩和要求を貫徹させようとするのが米国の狙いだ」と指摘してきたとおりである。そのために、2国間の並行協議をセットさせられたのである。

遺伝子組み換え(GM)食品のさらなる拡大
バイオメジャーM社などはGM種子をさらに拡大していくために、TPPをテコに、GM食品の表示をなくすことに力を入れている。フランスのカーン大学におけるM社のGMトウモロコシのラットへの給餌実験(2012年)で、これまでは3ヶ月の給餌で異変はないとして安全との判断をしていたが、ラットの一生分にあたる2年間給餌すると痛々しいガンの発生が確認された(青森の平飼い養鶏でも輸入トウモロコシでガンによる突然死が増えたという)。ラウンドアップ(強力な除草剤)をかけても枯れないGMトウモロコシの残留毒性も調べられた(日本でもラウンドアップを使っているではないかと言われるが、畦の草取りに使うのであって、それを作物にかけるなど考えられないが、GM作物にはそれがかけられているのである。しかも、耐性雑草が増えてきたため、米国では残留基準が緩められ、さらに散布量が増えている)。
この実験に対しては、「実験方法に不備があるので発ガン性の根拠にはならない」と日本の食品安全委員会も否定したが、いまだに不備を是正した実験での証明は行われていない。不備を是正した実験で大丈夫という論文を投稿するのではなく、論文を掲載した学会誌にモンサント社から編集委員が入り、編集委員会が一度掲載した論文をなかったものにしてしまう前代未聞の事態となった(著者が取り下げたSTAP細胞のケースとは違う)。「仏大学がやり直せば」とも言うが、この実験に4億2千万円かかった。研究者生命の危険も冒しつつ、GM種子の入手も困難な中での再実験は容易ではない。
人間はまだGM食品を10数年しか食べていないので、80年以上という人間の一生分食べ続けたらどうなるかについては、やはり「実験段階」であり、消費者が不安を持つのは当然ともいえる。そこで、せめて表示して選べるようにしてほしいと言っているわけだが、「米国が科学的に安全と認めたものを表示することは消費者を惑わすことで許されない」というのがM社=米国政府の主張である。
我が国にも、5%以上の混入については一部の品目には表示義務があり、また、「GMでない」という任意表示も認められているが、これができなくなると、消費者はnon-GM食品を食べたいと思ってもわからなくなり、結果的に、GM食品がさらに広がっていくことになる。実は、2008年に米国農務省幹部が「実際、日本人は一人当たり、世界で最も多くGM作物を消費している」と述べたとおり、米国農産物のGM比率はトウモロコシ88%、大豆94%で、日本はトウモロコシの97%、大豆の71%を米国に依存しているから日本の消費するトウモロコシの約80%、大豆の約70%がすでにGMである。これが小麦やコメも含めてさらに広がるだろう。
GM種子の販売はM社など数社で多くのシェアが占められている。トウモロコシはF1種が多く、大豆は固定種が多いが、いずれにせよ農家は、それまで自家採取してきた種を、毎年M社などの数社で寡占的なGM種子会社から種を買い続けないと食料生産ができなくなる。
しかも、M社などのGM作物の種は「知的財産」として法的に保護されているので、農家がM社のGM大豆の種から収穫した大豆から自家採取した種を翌年まくことは「特許侵害」になるのである。M社の「警察」が監視しており、違反した農家は提訴されて多額の損害賠償で破産するという事態が米国でも報告されている。農家が生産を続けるにはM社の種を買い続けるしかなく、種の特許を握る企業による世界の食料生産のコントロールが強化されていく。また、地域一帯の種子を独占したあとに種子の値段を引き上げたため、インドの綿花農家に多くの自殺者が出て社会問題化した事例も報告されている。在来種を保存しようとしても、GM作物の花粉の飛散で「汚染」され(千葉の有機栽培なたねがGMなたねになってしまったり)、自分の種と思っていた在来種ベースの種も知らぬ間にバイオメジャーから特許侵害で訴えられる(操作されたDNAに特許を取っているから)事態も数多く報告されており、世界の食料生産・消費・環境がGM種子で覆い尽くされ、バイオメジャーの思いのままにコントロールされてしまうと心配する声もある(そこで、中国とロシアはついにGM栽培・輸入禁止に舵を切った)。
さらには、全農の株式会社化には、共販や共同購入を崩し、農産物の安値買い取りと生産資材ビジネスを拡大する意図とともに、米国から迫られている、もう一つの大きな目的がある。株式会社化が「選択肢」というのは見せかけで、そうせざるを得ないように追い込まれるであろう。米国は遺伝子組み換え小麦の導入を目指しており、全農グレインがニューオーリンズに保有する世界最大の穀物船積施設での遺伝子組み換えの分別管理が不愉快でしょうがない。そのために、全農を株式会社化して丸ごと買収し、日本の食料流通の最大のパイプを握ってしまおうというのが可能性の高いシナリオとみられている。それを理解するには、あけだけ強固と思われた豪州のAWB(農協的な小麦輸出独占組織)が株式会社化したら(米国のCIAも関与)、カナダの肥料会社に買収され、1か月後にカーギルに売り払われた経過を学んでおく必要がある(注)。
なお、誤解のないように付記するが、筆者にはGMの安全性を評価できる能力はない。ただ、懸念する消費者が多数存在する事実がある以上、表示して消費者に選択の権利を残すことを否定してはならないということだ。また、ラットの実験に不備があったのなら、その不備を是正して同様の実験をして安全性を証明すべきであり、「実験に不備があったからGMは安全である」という飛躍した論理では、消費者の懸念に回答したことにはならないということを真摯に受け止める必要があるのではなかろうか。
(注) このように、農協改革にも米国の意図が大きく働いている。米国金融保険業界にとって郵政マネー350兆円を狙った「郵政解体」にだいたい目途が立った次に、JAマネー140兆円を大きな標的にした「農協解体」が本格化している。その一環として、「規制緩和」と言いながら准組合員への「規制強化」までして、JA利用者を解約させてまで資金を奪おうとしている。
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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 3、食の安全

2016-04-28 17:14:36 | TPPと私たちの食・農・くらし
3.食に安さだけを追求することは命を削り、次世代に負担を強いること~健康リスクを認識すべし
このような現状において、さらにTPPを進めても、農産物関税の問題は農家が困るだけの話で、消費者は牛丼や豚丼が安くなるからいいではないか、との声に対して、いまこそ、安全保障としての食料の重要性を再確認しなくては、手遅れになることを国民に気づいてもらわないと、取り返しがつかなくなる。食料の安全保障には、量が確保できることとともに、質が確保できることの、量と質の両方の安全保障が満たされなくてはならない。
まず、質の安全保障に関して、このまま食料に安さを追求し続けることの健康リスクについての情報を共有したい。

牛肉の成長ホルモン
牛肉関税が下がり、オーストラリア産や米国産牛肉が増えると、一部で発ガン性リスクが懸念され、日本では使用が認可されていない成長ホルモン入り牛肉(ある検査では米国産は日本産の600倍の含有)の輸入がさらに増える。
EUは成長ホルモンが入っているとして米国産牛肉の輸入を拒否しているが、オーストラリア産を拒否していないので勘違いしている人が多いが、オーストラリアがEU向けについては、成長ホルモン未使用を証明しているため、輸入が認められているのであり、日本向けのオーストラリア産牛肉は、特別な場合を除き、成長ホルモンが入っている(所管官庁に確認済み)。
基準を策定するコーデックス委員会が安全と認めているのだから安全なのだという主張は、コーデックス委員会がグローバルアグリビジネスのロビーの場となっている現実と、賛成33、反対29、棄権7で成長ホルモンの安全性決まった現実(岩月浩二弁護士資料)からしても疑わしい。
EUでは、1989年に米国産牛肉を禁輸してから2006年までに、乳がん死亡率が、アイルランド▲44.5%、イングランド&ウェールズ▲34.9%、スペイン▲26.8%、ノルウェー▲24.3%と顕著に減少したとのデータもある。

ラクトパミン
ラクトパミンには成長促進剤としての作用があり、牛や豚の飼料添加物として米国・カナダ・メキシコ・オーストラリアなどでは広く使用されているが、人体に影響がある(吐き気、めまい、無気力、手が震えるなどの中毒症状が現れる。特に心臓病や高血圧の患者への影響が大きく、長期にわたり摂取すれば染色体の変異をもたらし、悪性腫瘍を誘発することもある)として、EU・中国・ロシア・台湾などでは使用を禁止し、輸入肉についても厳しく規制している(台湾は、米国からのラクトパミンを使用した牛肉の輸入は2012年に認めた)。日本では、国内での使用を認めていないが、輸入肉については残留基準値を設定しているが、検査は省略されている(まとまった情報はhttp://www.tsukishiro.com/html/2013/6-4.htmlなどを参照)。ラクトパミンについては、米国などの抵抗で、コーデックス委員会での基準値策定もできなくなっている。
消費者は、農産物関税が下がることは農業だけの問題なのではなく、国民全体の命・健康のリスクの増大につながる問題なのだということをもっと認識する必要がある。牛肉・豚肉の自給率はすでに40%であり、それが20%, 10%となってから、国産の安全なものを食べたいと言っても遅いのである。

乳製品の遺伝子組み換え牛成長ホルモン
TPPに参加すれば、米国の乳製品輸入が増加するが、それには健康上の不安がある。米国では、10年に及ぶ反対運動を乗り越えて、1994年以来、rbSTという遺伝子組換えの成長ホルモンを乳牛に注射して生産量の増加(乳牛を「全力疾走」させて乳量を20%以上アップし、数年で)を図っている。日本やヨーロッパやカナダでは認可されていない。
このホルモンを販売したM社は、もし日本の酪農家に売っても消費者が拒否反応を示すだろうからと言って、日本での認可申請を見送った。そして、「絶対大丈夫、大丈夫」と認可官庁と製薬会社と試験をしたC大学(図2のように、この関係を筆者は「疑惑のトライアングル」と呼んだ。なぜなら、認可官庁と製薬会社は「回転ドア」人事交流、製薬会社の巨額の研究費で試験結果をC大学が認可官庁に提出するからである)が、同じテープを何度も聞くような同一の説明ぶりで「とにかく何も問題はない」と大合唱していたにもかかわらず、人の健康への懸念も出てきている。
rbSTの注射された牛からの牛乳・乳製品にはインシュリン様成長因子 IGF-1が増加するが、すでに、1996年、アメリカのガン予防協議会議長のイリノイ大学教授が、IGF-1の大量摂取による発ガン・リスクを指摘し、さらには、1998年に「サイエンス」と「ランセット」に、IGF-1の血中濃度の高い男性の前立腺ガンの発現率が4倍、IGF-1の血中濃度の高い女性の乳ガンの発症率が7倍という論文が発表された。このため、最近では、スターバックスやウォルマートを始め、rbST使用乳を取り扱わない店がどんどん増えている。
ところが、認可もされていない日本では、米国からの輸入によってrbST使用乳は港を素通りして、消費者は知らずにそれを食べているというのが実態である。日本の酪農・乳業関係者も、風評被害で国産も売れなくなることを心配して、この事実をそっとしておこうとしてきた。これは人の命と健康を守る仕事にたずさわるものとして当然改めるべきである。むしろ、輸入ものが全部悪いとは言わないが、こういうこともあるんだということを消費者にきちんと伝えることで、自分たちが本物を提供していることをしっかりと認識してもらうことができる。
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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 2.TPP以前に現場の疲弊が進んでいる

2016-04-26 18:40:43 | TPPと私たちの食・農・くらし
2.TPP以前に現場の疲弊が進んでいる
TPP以前の段階で、このままの政策体系では、日本の食と農を持続的に守るのは困難な情勢になっていることを認識すべきである。それなのに、これにTPPの影響が加わっても何もしなくてよいというのはどういうことか。
我々の試算では、戸別所得補償制度を段階的に廃止し、ナラシのみを残し、生産調整を緩和していくという「新農政」が着実に実施された場合、2030年頃には、1俵(60kg)で9,900円程度の米価で約600万トンでコメの需給が均衡する。ナラシを受けても米価は10,200円程度で、15ha以上層の生産コストがやっと賄える程度にしかならない(図1)。
「岩盤」(所得の下支え)が導入される前で、資材高騰やTPP不安の影響もない2000~2005年の5年間の経営規模階層間の農家数の移動割合を将来に引き延ばすと、コメ生産は、10haないし15haを分岐点として、規模拡大は進むものの、離農や規模縮小農家の減産をカバーできるだけの農地集約が行われず、コメの総生産は15年後の2030年には670万トン程度になり(表3)、稲作付農家数も5万戸を切り、地域コミュニティが存続できなくなる地域が続出する可能性がある。だからこそ、「ナラシ」(収入変動をならす政策)だけでは不十分との現場の声を受けて戸別所得補償制度が導入されたことを忘れてはならない。

図1 所得の「岩盤」を廃止する新政策下における米価の推移の試算(円/60kg)

資料: 東大鈴木研究室グループによる暫定試算値。

一方、2000~2012年について年齢階層別の嗜好変化を、価格と所得の影響を分離して抽出し、将来に引き延ばすと、の維持が心配されるにもかかわらず、”それでもコメは「余る」”のである(表4)。そこで、コメから他作物への転換、あるいは主食用以外のコメ生産の拡大が必要ということになるが、しかし、非主食用米のうち最も力点が置かれている飼料米については、その需要先となる畜産部門の生産が大幅に縮小していくと見込まれるため(表3)、生産しても受け皿が不足する事態が心配される(一方、飼料米を積極的に導入することによって酪農・畜産の生産費削減が可能となるので、飼料米の普及が畜産の生産力を回復させる可能性も指摘されている)。

表3 品目別総生産量指数(2015年=100)
2015年 2020年 2025年 2030年
コメ 100.00 94.63 90.71 87.71
100.00 94.25 89.05 84.22
小麦 100.00 105.87 109.66 111.55
大豆 100.00 94.88 87.07 78.14
野菜 100.00 89.15 79.02 69.75
果樹 100.00 87.36 76.41 66.89
ばれいしょ 100.00 87.66 76.79 67.22
生乳 100.00 87.02 75.74 65.99
牛肉 100.00 82.12 67.92 56.55
豚肉 100.00 72.41 53.31 40.04
ブロイラー 100.00 81.76 67.19 55.60
資料:JC総研客員研究員姜薈さん推計。
注:コメの上段は2005-2010年データ、下段は2000-2005年データに基づく推計。その他は2000-2005年データに基づく推計。

消費が伸びるのは、パンなどの小麦製品、チーズ、豚肉、鶏肉である。その他は減少し、飲用乳は3割以上、コメ、みそ、しょうゆが2割以上、牛肉、果物が2割程度、野菜は堅調で数%の減少と見込まれる。総じて、生産、消費の双方がともに縮小基調を辿るが、生産の減少幅のほうが大きいため、「縮小均衡」も無理で、自給率がさらに低下するものが大半であることは事態の深刻さを如実に物語っている(表5)。中でも、豚、鶏は、最も生産縮小幅が大きい一方で、消費の伸びは最も大きいので、需給ギャップが輸入で埋められるとすれば、豚、鶏の自給率の低下は著しいものとなる。
この結果は生産資材価格高騰やTPP(環太平洋連携協定)不安の影響を含んでいない。これに、TPPでのさらなる譲歩、岩盤をなくす農政改革、農業組織の解体などが進められたら、現場はどうなってしまうのか。

表4 品目別総消費量指数(2015年=100) 
2015年 2020年 2025年 2030年
コメ 100.00 91.71 83.45 75.23
パン 100.00 104.83 109.48 114.31
麺類 100.00 101.00 101.96 102.92
小麦粉 100.00 101.85 104.05 106.03
小麦換算 100.00 102.81 105.54 108.34
しょうゆ 100.00 91.73 83.81 76.24
みそ 100.00 91.85 83.66 75.40
生鮮野菜 100.00 99.48 98.24 96.29
生鮮果物 100.00 93.78 87.34 80.68
ばれいしょ 100.00 97.75 95.17 92.43
牛乳 100.00 87.45 76.13 65.77
チーズ 100.00 108.28 116.01 123.51
牛肉 100.00 91.70 84.57 78.29
豚肉 100.00 108.64 117.12 125.84
鶏肉 100.00 109.86 119.69 130.20
資料:JC総研客員研究員姜薈さん推計。

表5 品目別自給率
2015年 2020年 2025年 2030年
コメ 98.94 102.08 107.55 115.35
99.86 102.61 106.56 111.80
小麦 9.57 9.85 9.94 9.85
大豆 5.83 6.02 6.06 6.00
野菜 71.79 64.34 57.75 52.00
果樹 36.35 33.86 31.80 30.14
ばれいしょ 60.35 54.12 48.69 43.89
生乳 64.22 60.24 56.36 52.62
牛肉 37.64 33.71 30.23 27.19
豚肉 34.46 22.97 15.68 10.96
鶏肉 49.72 37.00 27.91 21.23
資料:JC総研客員研究員姜薈さん推計。
注:コメの上段は2005-2010年データ、下段は2000-2005年データに基づく推計。その他は2000-2005年データに基づく推計。

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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 より現実的な影響試算

2016-04-25 23:44:32 | TPPと私たちの食・農・くらし
より現実的な影響試算~必要な追加予算は10年で8兆円
まず、追加的対策がない場合に、かつ、生産性向上を前提としない(生産コストは現状のまま)の場合に、どれだけの影響が推定されるかを示し、だから、どれだけの対策が必要かの順で検討すべきである。
また、影響の推定には、ブランド品は価格低下が半分といったような適当な仮定でなく、過去のデータに基づいて、輸入価格と国内価格(例: 輸入牛肉1円下落でA5牛肉は0.87円下落)、在庫水準と価格(例: コメ在庫1万トン増で米価41円/60kg下落、バター1割増で2.6%下落、脱粉は2%下落)、価格と供給量(例: 米価1%下落でコメ供給は1.162%減少)などの関連性の程度を計測し、その係数を適用することで、一定の合理性を確保して価格下落による生産量・生産額への影響を推定することができる。表1には、そのような丁寧な影響の代替的な推定手順に基づいた鈴木研究室グループによる生産減少額の推定結果が示されている。これは、H25の生産農業所得統計の全国の品目別生産額の上位100品目について、関税がゼロの花卉類などを除いて、生産減少額を推定したものを簡潔にまとめたものである。

個別に項目立てした主要品目のみでも、農林水産業の生産減少額は1兆円を超える。全体では、農林水産業の生産減少額は、農業で12,614億円、林業・水産業も含めると15,594億円程度と推定される。
さらに、産業連関分析も行うと、農林水産業の生産減少(15,594億円)による全産業の生産減少額は、36,237億円と推定される。波及倍率は2.32である。就業者に与える影響として、対象品目の生産に係る農林水産業で63万4千人、全産業で、76万1千人の雇用の減少が見込まれる。
さらに、日本学術会議答申(平成13年)によると、主として水田の持つ洪水防止機能、河川流況安定機能、地下水涵養機能、土壌浸食防止機能、土砂崩壊防止機能、気候緩和機能の貨幣評価額の合計は58,345億円にのぼる。水田面積の3.7%程度が減少することに伴って、こうした多面的機能も3.7%が失われると仮定すれば、全国における喪失額は、2,159億円程度と見込まれる。以上によって今回の政府試算が著しい過小評価に陥っていることが裏付けられる。
我々の試算では、価格下落による生産量の減少率を過去のデータから推定して生産減少額を約1.3兆円と推定したが、これから価格下落を相殺するのに必要な差額補填額を計算すると年約6,600億円と見込まれる。牛肉関税などの喪失分も考慮すると約8,000億円の追加予算が毎年必要になる。10年続ければ8兆円である。つまり、再生産が可能なように国内対策をしたと主張するには10年で8兆円規模の追加予算が必要であり、そんな予算措置は示されていないし、今後も無理であろうから、国会決議は守られたという主張は破綻している。7年後にもう一段の譲歩が半ば義務付けられているのだから事態はさらに深刻である。
国から通達を出された都道府県庁にも同情する。そもそも、「影響がないように対策をとるから影響がない」というような国の試算に準拠して、各道府県での影響額を試算し、それを踏まえての対策検討を指示するというのは、ほとんど何をやっているのか、意味不明であると言わざるを得ない。このような数字を基にしていては、TPPの影響がどれだけあるかを把握して、それに対処するための政策を検討するという本来あるべきプロセスが完全に壊されてしまう。
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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 品目別の再試算の問題点

2016-04-24 19:16:38 | TPPと私たちの食・農・くらし
品目別の再試算の問題点~対策あるから影響なしの論理破綻
政府の影響試算の根本的問題は、農産物価格が10円下落しても差額補填によって10円が相殺されるか、生産費が10円低下するから所得・生産量は不変という点である。
例えば、酪農では加工原料乳価が最大7円/kg下がるが、所得も生産量も変わらないという。生クリーム向け生乳への補給金だけで7円の下落が相殺されるわけはない。畜産クラスター事業の強化で生産費が7円下がる保証もない。可能だと言うなら根拠を示すべきだ。
しかも、加工原料乳価が7円下落しても飲用乳価か不変というのは、北海道が都府県への移送を増やし、飲用乳価も7円下落しないと均衡しないという経済原理と矛盾する。輸入米を飼料米に回せば米価への影響がないというのも、国内の主食米を飼料米に向けている中で影響しないわけはない。
果物の加工向けと生果との関係も同様だ。政府は影響を加工向けの一部に限定するが、例えば、過去のオレンジ果汁自由化でジュースでの果物摂取が増えて国産の生果が圧迫されて価格下落・生産縮小が起きたのは歴史的事実だ。過去のデータから輸入オレンジ果汁の1%の価格低下が国産のみかん供給の1.32%の減少につながったという関係が推定される。これを用いれば、29.8%のオレンジ果汁の関税撤廃の影響は相当大きいことが一定の合理性を持って推定できる。
ブランド品への影響は1/2というのも根拠がない。例えば、過去のデータから豪州産輸入牛肉が1円下がるとA5ランクの和牛肉は0.87円下がるという、ほぼパラレルな関係にあることが推定できる。コメの在庫増加による価格下落圧力も、過去のデータから1万トンの在庫積み増しが41円/60kgの米価下落につながったと推定される。こうした値に準拠すれば、合理的説明が可能な影響試算ができる。
牛肉・豚肉は赤字の9割補填をするから所得・生産量が変わらないというのもおかしい。農家負担が25%あるから実際の政府補填は67.5%で、平均赤字の67.5%を補填しても大半の経営は赤字のままだから、全体の生産量は減ってしまうだろう。
 個別品目別に整理すると、
①コメ
米価下落も一切ないとしている。TPPによる追加輸入分は市場から「隔離」するから大丈夫というが、隔離とは欧米がやっているように援助物資や補助金付輸出として海外に送るなど、国内市場から切り離すことであり、備蓄米を増やして棚上げ期間も5年→3年に縮めるのだから、在庫が増え、それが順次市場に出てくることを織り込んだ価格形成が行われる。飼料米に回すから大丈夫かのような説明もあるが、飼料米に回していた主食米が圧迫され、主食米の価格が下落する。
また、収入保険を経営安定対策かのように提示しているが、これは過去5年の平均米価が9,000円/60kgなら9,000円を補填基準収入の算定に使うので、所得の下支えとはまったく別物だ。基準年が固定されず、下がった価格を順次基準にしていくのだから「底なし沼」である。米国では強固な「不足払い」(所得の下支え)に収入保険がプラスアルファされているのに、収入保険だけを取り出して米国を見本にしたというのも悪質なごまかしである。
②牛肉
牛肉価格の下落は、体質強化策と経営安定対策によって吸収されるというが、政府補填率が8割から9割になるだけで、それが可能とは思えない。かつ、価格低下による補填単価の増加の一方で、補填の財源としていた牛肉関税収入は1,000億円近く消失するのに、財務省は新たな財源を準備しない方針である。限られた農水予算内で手当てすれば、農水省予算のどこかが削られることになる。しかも、経営の収益性分析(付表)で明らかなように、赤字の9割補填(政府の実質補填は0.9×0.75で67.5%だが)を行なっても、相当に大規模な経営のみが黒字に転換するだけで、全体の生産量の減少を抑止できる可能性は極めて低い。特に乳雄肥育は全面的赤字のままである。
③豚肉
政府は、現在、コンビネーションで輸入価格を524円、関税を22.5円に抑制して輸入している業者が、50円の関税を払って、安い部位の単品輸入を増やすことはないから影響は4.3%の従価税分がほとんどとの形式論を展開する。しかし、50円なら低価格部位だけを大量に輸入する業者が増加するというのが業界及び歓喜する米国(=日本には大打撃)の見方である。赤字の9割補填を行なっても、相当に大規模な経営のみが黒字に転換するだけで、全体の生産量の減少を抑止できる可能性は極めて低いのは豚肉も同じである。
④酪農
政府試算では、チーズ向けの関税撤廃(50万トンのチーズ向け生乳が行き場を失いかねない)などの影響で、加工原料乳価が最大7円下がるとしているが、飲用向けにはまったく影響せず、また、北海道の生乳生産もまったく変化しないとしている。まず、加工向けが7円下がれば、北海道からの都府県への飲用移送が増えて、飲用乳価も7円下がらないと市場は均衡しない。また、生クリーム向けの補給金の復活と畜産クラスター事業による補助事業の強化で、7円の乳価下落はどうやって吸収できるのか。説得力のある説明は不可能である。
米国では、ミルク・マーケティング・オーダー(FMMO)制度の下、政府が、乳製品市況(政府の乳製品買い上げで下支えされている)から逆算した加工原料乳価をメーカーの最低支払い義務乳価として全国一律に設定し、それに全米2,600の郡(カウンティ)別に定めた「飲用プレミアム」を加算して地域別のメーカーの最低支払い義務の飲用乳価を毎月公定している。それでも、飼料高騰などで取引乳価がコストをカバーできない事態に備えて、最低限の「乳代-餌代」を下回ったら政府が補填する仕組みも2014年農業法で確立した(付図参照)。
つまり、日本の加工原料乳補給金に匹敵、いやそれ以上の役割を果たす政府の乳製品買い上げ+用途別乳価の最低価格支払い命令に加えて、最低限の所得(乳価-飼料コスト)を補填する仕組みを米国では組み合わせているのだから、我が国で、「補給金と所得補償は両立しない」という議論は成り立たない。
また、コメと酪農の所得補償については、モラルハザード(意図的な安売り)を招くから無理との指摘がなされてきたが、これはナンセンスである。安くなればコメ農家や酪農家向けの財政負担が増えても消費者の利益は拡大する。消費者利益の増大のほうが財政負担の増加より大きいので、日本社会全体では経済的利益はトータルで増加するというのが経済学の教えるところであり、我々の試算でもそうなる。「消費者負担型から財政負担型政策へ」と言ってきたのは政府である。
 また、「畜産クラスター」の拡充も対策と言われるが、現場での評価は「従来型の箱物投資を個人でし易くしただけで、クリアすべき条件設定も多いため施設・機械の総費用が大きくなり、1/2補助を受けても、補助金なしで個人で投資したほうが自己負担は小さい場合もある。増頭計画が前提でもあり、過剰投資と過剰負債を誘発しかねない」と否定的な声も多い。生クリームへの補給金が認められ、畜産クラスターも拡充されるからこれでよいなどと思っていたら、酪農の未来を失いかねない。
⑤果樹
生果、果汁を含め、全面的関税撤廃になる果樹についても、政府は軽微な影響しかないとしているが、特に、過去の果汁の貿易自由化で、ジュース消費が増え、国産の生果消費が圧迫されて自給率が著しく低下してきた経緯、加工向けの価格下落で需給調整機能が低下し、生果の下落にもつながってきたことなどを無視した著しい過小評価となっている。
⑥麦
 牛豚同様、財源確保の前提に問題がある。輸入小麦のマークアップ(実効17円/kg)を45%削減するので、輸入小麦の国内流通価格が下がり、国内麦価格の下落(▲14%程度)につながるとともに、約400億円の財政収入が減ってしまうので、価格下落に伴い、国内の小麦の固定支払い(ゲタ対策)などは拡充すべきところ、財源は大幅に減る。限られた農水予算で手当てすれば、暗渠排水予算が減らされるというようなしわ寄せが生じる。調整金が減少する砂糖も同様。
なお、米菓をはじめ、コメ、麦、乳製品、砂糖などを含む加工品や調製品も関税撤廃・削減されるが、それは食品産業の空洞化を招き、原料農産物が行き場を失い、地域の雇用も失われる。こうした影響も勘案されていない。
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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 米国に日本が画策~どこまでも差し出す国益

2016-04-23 08:42:05 | TPPと私たちの食・農・くらし
批准が困難になっている米国に日本が画策~どこまでも差し出す国益
米国では批准が容易でない状況にある。米国議会がTPA(オバマ大統領への交渉権限付与)の承認にあたり、TPPで米国が獲得すべき条件が明記されたが、通商政策を統括する上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)がTPP合意は「残念ながら嘆かわしいほど不十分だ」と表明し、このままでは議会承認が難しいことを示唆し、再交渉も匂わせている。ハッチ氏は巨大製薬会社などから巨額の献金を受け(注)、特に、薬の特許の保護期間、ISDSからタバコ規制が除外できることなどを問題視している。次期米国大統領の最有力候補のヒラリー・クリントンさんはじめ、労働者、市民、環境を守る立場から与党民主党はそもそも反対である。「巨大企業の経営陣の利益VS市民生活」の構造だが、双方から不満が出ている。主な大統領候補の全員がTPPに反対を表明している。
心配は、日本政府は再交渉には応じないとしつつ、米国議会批准のために水面下で日本がさらに何かを差し出すことだが、もうしている。駐米公使の「条文は変えずに改善できる」との発言や、豚肉政策の改善要求が発覚するなど、米国側からの追加要求に日本がすでに対応努力をしており、際限なき国益の差出しは留まるところを知らない。
そもそも、米国議会でTPAが1票差でぎりぎり可決されたのに貢献したのは日本政府だった。機密費を何十億もロビイストを通じて反対議員に配り、説得工作をしたと報道されている(Bloomberg 2015.5.24)。米国では日本の譲歩による米国の利益を強調し、日本国内では、何も影響がないと言うのはどういうことか。「TPPはバラ色」と見せかけ、自身の政治的地位を少しでも長く維持するために、国民を犠牲にしてでも米国政府(その背後のグローバル企業)の意向に沿おうとする行為が、かりにも行われているとしたら、これ以上容認できない。
政府は「規模拡大してコストダウンで輸出産業に」との空論をメディアも総動員して展開しているが、その意味は「既存の農林漁家はつぶれても、全国のごく一部の優良農地だけでいいから、大手企業が自由に参入して儲けられる農業をやればよい」ということのように見える。しかし、それでは、国民の食料は守れない。
食料を守ることは国民一人ひとりの命と環境と国境を守る国家安全保障の要である。米国では農家の「収入-コスト」に最低限必要な水準を設定し、それを下回ったときには政府による補填が発動される。農林漁家が所得の最低限の目安が持てるような予見可能なシステムを導入し、農家の投資と増産を促し輸出を振興している。我が国も、農家保護という認識でなく、安全保障費用として国民が応分の負担をする食料戦略を確立すべきである。
関係者が目先の条件闘争に安易に陥ると、日本の食と農林水産業の未来を失う。TPP農業対策の大半は過去の事業の焼き直しに過ぎないばかりか、法人化・規模拡大要件を厳しくして一般の農家は応募が困難に設計され、対象を「企業」に絞り込もうとしているのも露骨である。TPPの影響が次第に強まってきて、気が付いたときには「ゆでガエル」になってしまう。現場で頑張ってきた地域の人々はどうなってしまうのか。全国の地域の人々ともに、食と農と暮らしの未来を崩壊させないために主張し続ける人々がいなくてはならない。まず、食料のみならず、守るべき国益を規定した政権公約と国会決議と整合するとの根拠を国民に示せない限り、批准手続きはあり得ない。
(注)下院議員への献金は2012年10月から2年間で1億9800万ドル(245億円)、上院議員には2008年10月から6年間で2億1800万ドル(270億円)にのぼる。特に、2015年4月に「超党派TPA法案」を提出した三羽烏(ハッチ、ライアン、ワイデン各議員)とベイナー下院議長、マッコネル上院院内総務などへの献金額は突出している(表1)。

イギリスの新聞「ガーディアン」(5月27日)は、アメリカの大企業が今年1月15日から3月15日にTPA法案への賛否が揺れている上院議員を狙い撃ちにして献金したことを報道。献金したのは、ノバルティスやモンサント、アフラックなどアメリカの150企業・団体で作る圧力団体「TPPのためのアメリカ企業連合」に加わっている企業(表2)。上院の採決は、審議打ち切り動議の可決に必要な票をわずか1票上回っただけという綱渡り状況で、この裏工作がなければ、上院可決さえ危うかったのが実態。さらに、アメリカのNGO「KEI」は、9割以上が反対に回ると見込まれていた下院民主党議員に対し、医薬品企業が攻勢をかけた事実を告発。いったんは事実上否決されたTPA法案が6月18日の下院本会議でゾンビのように生き返った裏に、民主党議員28人が賛成に回った事情があり、このうち24人に医薬品企業が献金していたことを暴露。採決の結果は賛成218で、過半数をわずか1票上回っただけ。“ピンポイント献金”の効果は絶大だった。(新聞「農民」2015.7.13付)

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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授  米国の要求に応え続ける「アリ地獄」

2016-04-22 11:21:24 | TPPと私たちの食・農・くらし
米国の要求に応え続ける「アリ地獄」
農産物関税のみならず、政権公約や国会決議で、TPP交渉において守るべき国益とされた食の安全、医療、自動車などの非関税措置についても、軽自動車の税金1.5倍、自由診療の拡大、薬価の公定制の見直し、かんぽ生命のがん保険非参入、全国2万戸の郵便局窓口でA社の保険販売、BSE(牛海綿状脳症)、ポストハーベスト農薬(防かび剤)など食品の安全基準の緩和、ISDSへの賛成など、日本のTPP参加を認めてもらうための米国に対する「入場料」交渉や参加後の日米平行協議の場で「自主的に」対応し、米国の要求が満たされ、国民に守ると約束した国益の決議は早くから全面的に破綻していた。
しかも、「TPPとも米国とも関係なく自主的にやったこと」と説明しておきながら、結局、TPP合意の付属文書に、例えば、「両国政府は、①日本郵政の販売網へのアクセス、②かんぽ生命に対する規制上の監督及び取扱い、③かんぽ生命の透明性等に関してとる措置等につき認識の一致をみた。」などの形で前言が誤謬だったこと、実は国会決議違反だったことを平然と認めている。
さらには、米国投資家の追加要求に日本の規制改革会議を通じて対処することも約束されており、TPPの条文でなく、際限なく続く日米2国間協議で、日米巨大企業の経営陣の利益のために国民生活が犠牲になる「アリ地獄」にはまったかの懸念を抱く。それにしても、法的位置づけもない諮問機関に利害の一致する仲間だけを集めて国の方向性を勝手に決めてしまう流れは、不公正かつ危険と言わざるを得ない。
米国から見れば、日本から取るべきものは、ほぼすべて取り、日本が期待する米国の自動車関税の撤廃は「骨抜き」にして、農産物などの実利は確保した「日米FTA」を作り上げている。したがって、12か国のTPPが頓挫しても、農産物関税も含めて日米合意が実質的に履行されるような方策が探られる可能性が懸念されたが、案の定、米国を利するだけなのに、わざわざ日本が、参加国の85%のGDPを占める6か国で、つまり実質的に日米2国でTPPを発効させ、残りの国は後で審査して順次追加していく提案を行った。この発効条件は大筋合意にも盛り込まれた。

[コラム] 自民党が決議した「TPP交渉で守るべき国益」は、関税の「聖域」のほかに5項目あった。
① 農林水産品における関税 米、麦、牛肉、乳製品、砂糖等の農林水産物の重要品目が、除外又は再協議の対象となること。
② 自動車等の安全基準、環境基準、数値目標等 自動車における排ガス規制、安全基準認証、税制、軽自動車優遇等の我が国固有の安全基準、環境基準等を損なわないこと及び自由貿易の理念に反する工業製品の数値目標は受け入れないこと。
③ 国民皆保険、公的薬価制度 公的な医療給付範囲を維持すること。医療機関経営への営利企業参入、混合診療の全面解禁を許さないこと。公的薬価算定の仕組みを改悪しないこと。
④ 食の安全安心の基準 残留農薬・食品添加物の基準、遺伝子組換え食品の表示義務、輸入原材料の原産地表示、BSE基準等において、食の安全安心が損なわれないこと。
⑤ ISD条項 国の主権を損なうようなISD条項は合意しないこと。
⑥ 政府調達・金融サービス等 政府調達及びかんぽ、郵貯、共済等の金融サービス等のあり方については我が国の特性を踏まえること。
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