えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

雑読:「滝平二郎の世界」

2009年06月07日 | 読書
「ベロ出しチョンマ」とか「花咲き山」「モチモチの木」など、
抑えた色調に、着物の曲線、尖った目がこちらを見据える線の人です。
斉藤隆介と組んだ絵本で一気に有名になりました。
先の絵本を、子供のころにご覧になられたかたもいらっしゃると思います。

本書は、切り絵作家滝平・二郎の作品を、初期から収めた点で白眉な本です。

絵本に出てくる、着物と白いすねの少年達や、かつての日本を髣髴とさせる
民話の中の人々が印象に残る方ではありますが、初期のころ(1942年など)は、
まるでゴヤのような黒白の使い方をする、どっしりとした質感の版画を彫って
いました。
現在の切り絵中心のスタイルに入ったのは、
奥野信太郎が編集した、子供向け(!)の「中国名作全集」の中の、
「紅楼夢」の仕事のようです。
年表には入っていませんでしたが、続き物で35枚という大仕事は
本書の中でも特異な位置を占めていると思います。

何故気づかなかったのだろう、と思いました。

中国の民藝に、「剪紙」という繊細なきり絵がありますが、頼んだ編集者は
このイメージで滝平に頼んだそうです。
ですが、出来上がってきたものは、線が太く、細かな文様を徹底的に省いて、
布地の滑らかな線で堂々と人物の動きを切り取ったものでした。

「紅楼夢」は、熟しきった頃の中国の、男女の恋愛を描いた小説です。
四台奇書と称される「金瓶梅」が物質的な面で男女関係を描いたのに対し、
こちらは精神的な恋愛を取り扱った作品です。
あまり大ぶりの動きはないはずなのですが、挿絵の一枚一枚、登場人物の
まとう服のゆったりした袖の線が、切り絵独特の硬質な曲線にぴったり
あっています。円柱を切り分けて組み合わせたような書き方なのですが、
布の質感は大切にされているので、平面の影絵のような印象はありません。

特に、主人公を取り巻く女性林黛玉(りん・たいぎょく)の、仰臥した横顔の
一枚が美しいです。
つんと上を向いた唇と鼻が、「^」の形を組み合わせた直線に対し、唇から
つながってやはり上を向く、顎から喉にかけての線が女性らしい華奢さを
失わずに、のびやかな曲線を描いているのです。
少女とはちがった女性の美しさを、この喉首の線一本で描ききっています。
顎、喉、丸まった髪の三点でつくられる三角形がなんとも優美で、
清楚につやっぽい一枚なのです。
もう「適役だった」のため息しか出てきません。

この「中国文学全集」自体が相当に豪華な本だとは思いますが、
これはちょっと贅沢すぎでしょう。

いい仕事です。もっと見たかった気もします。
コメント
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