駱駝(らくだ)に乗った男が、灼熱の砂漠を走る車に出逢った。日除けの赤いマントで、顔が被われている。
「熱くて焦げ付きそうだ。暫くの間、車に便乗させて頂けませんか。黄金二枚を差し上げます」
「それは有り難いが、駱駝は如何するんだい」
「心配御無用。後から付いて来きます」
「かなり飛ばすよ」
「付いて来れなければ、更に金貨五枚払いましょう」と云うと、男は後部座席で寛いだ。
砂塵を上げて走り出すと、駱駝は距離を置いて付いて来る。速度を上げても後を追った。猛スピードにしても徐々に距離が縮んでいった。
「駱駝(らくだ)が、舌を出して苦しそうだ。速度を落としてやろう」
「そんな心配は、御無用です」と云うと、後ろの男は赤いマントを脱ぎながら云った。
「もう三万年もの間、休みなく走り続けているのですから」
運転していた男は、さりげなく後ろを振り向いた。そした、錆び付いたギアが絡まった様な叫び声を上げた。恐怖ではない。驚きと、絶望と、ある種の諦念が混ざり合った断末魔の声だった。
じぐざぐで進む車は、やがて砂漠のど真ん中で止まってしまった。後部座席のドアが音もなく開き、砂の上に大きな足跡が生じる。赤いマントが風にゆられて歩いていた。が、男の姿はなかった。
暫く休んでいた駱駝は、やがて風になびくマントを翻しながら蜃気楼(しんきろう)の中へ消えて行った。