みやがわみちこがお届けする「なんでも仙人」ブログ

読者さまからのご質問②

読者さまからこんなご質問をいただきました。

いつも、拝読させていただいております。

魂の故郷で、課題を設定して生まれて来る。
この世的には、辛く悲しい体験でも、心の奥底には、願望が実現したという達成感があるのでしょうか?

壮絶な人生を経験した後、すばらしい人格者に変わる人もいます。
しかし、過酷な人生を経験し、ますます人格がゆがんでしまう人もいます。

人生の過酷さと魂の成長度は、必ずしも比例しないように思うのですが、どうでしょうか



いつもブログを読んでいただきまして、ありがとうございます。
深いご質問ですね~。

『魂の故郷で課題を設定して生まれてくる』

この「課題」には、二つの意味があるのだと思います。

ひとつは、「自分がもっと楽に生きられるための課題」

「こうしなければ」「こうあるべき」
ひとには自分でつくったいくつもの「こだわり」があります。

この「こだわり」がたくさんあると、自分も苦しいし、まわりの人も苦しいです。
人間関係もうまくいかないことがいっぱい起こってきます。

この「こだわり」を手放して、もっと楽に生きられるように、
様々な出会いを人生計画に設定して生まれてくる・・・
とわたしは聴いています。

「こだわり」を手放すのは、大変な作業です。

人によっては、手放すのに一生かかる方もおられます。
次の人生まで持ち越す方もおられます。

「自分がもっと楽に生きられるための課題」は、とてもシンプルなことが多いです。

例えば、「嫌なことは嫌って言おう」とか、「一人で背負いすぎない」とか・・・。

言葉でいうと、とてもシンプルで簡単そうに見えますが、
その人にとっては、これがなかなか難しくて、手放せないんです。

わたしたちは自分一人で「自分がもっと楽に生きられる課題」
に向き合っているわけではありません。

実はたくさんのサポートがついているんです。

そのサポートには、今世この人を助ける役割で、その瞬間その場に存在するように、
魂の故郷で約束してきた人もいます。

いわゆる助っ人役の存在ですね。
これは生きてる人のサポートです。

それとは別に、光の仲間がたくさんサポート役についています。

その人が「こだわり」を手放せないばかりか、逆に苦しい方苦しい方へ向っていると、
光の仲間が裏で大忙しとなります。

「うわっ!大変だ!このままではこの人の魂が潰れてしまう!
この人とこの人が出会えるように準備して・・・こうして、ああして・・・!」

と、一生懸命裏で働いてくれています。

このあたりのことは、以前ご紹介したおすすめの本「人生逆戻りツアー」の中で、
分かりやすく書かれていますので、ぜひご一読くださいませ。

わたしたちは万全のサポート体制の中で、
「自分がもっと楽に生きられる課題」に向き合っているのです。

さて、『魂の故郷で課題を設定して生まれてくる』
この「課題」のもうひとつの意味、それは、因果の法則と言いましょうか。


原因と結果の法則が関係してきます。

「宇宙の壮大な仕組み」について、四回にわたってブログに書きましたが、
自分が過去世の中でやってきたことで、
「これはどう考えても自分で自分が許せない」と深く反省することについては、
人生計画の中に、その体験を自ら設定して生まれてくるのだと、わたしは聴いています。

それを体験する時期は、
その人の魂がその体験に耐えられるほど成長していないと、起こりえないのだ
とも聴いています。

自分で設定してきた因果の法則の体験についてのみ、
サポートが入らないのだそうです。

『魂の故郷で課題を設定して生まれてくる』

その課題には、二つの意味があること。

そして、その二つの課題を通して、どの人の魂も、みな進歩向上していること。

それは例え戦争をしている人たちであっても、例外ではないそうです。

戦争をしている方でさえ、わたしたちが気付かないくらいのゆっくりな速度で、
進歩向上しているのだそうですよ。

コメント一覧

なんでも仙人の弟子
ありがとうございます。
まねきねこ様

コメントいただきありがとうございます。
出した波動が自分にかえってくることで、はじめて理解が完成する・・・
まねきねこさんのおっしゃるとおりかもしれませんね。
三次元では理解できないことも、
魂の故郷に戻れば理解でき、納得できる・・・。
そこではじめて理解が完成するのかもしれません。
わたしはまだ三次元の世に生きていますから、
分からないことがいっぱいあります。
分からない謎の部分は、魂の故郷に戻る時の楽しみに
とっておこうと思っています。(^-^)
死んでからもなお楽しみがいっぱい。幸せです。
まねきねこ
ありがとうございます
なんとなく、分かったような気がします。

「因果の法則」につきましては、
行いは自分の行為 ⇒ 半分理解
自分に帰ってくる ⇒ 残りの半分を理解

つまり、出した波動が自分に帰ってくることで、
初めて理解が完成するということでしょうか。

あれこれ考えてみます。
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