声と対話しながら、わたしはチラチラ携帯電話を気にしていました。
そろそろ友人のセッションが終わる頃。
友人が「ちょっと聴いてよ~っ!」とメールしてくるんじゃないかな?
なんて思ったからです。
するとこんな言葉を言われました。
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今日のそちとわしの対話について、話したくてしかたがない。
そして友人のセッションの結果を知りたくてしかたがない。」
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それを受けとめてあげることじゃ。
『自分が話したい!』と言うよりも、『相手が何を話したいか?』
そこに目が向いたとき、相手を思いやる気持ちが育つ。愛とはこのように生まれる。
そちはひどいことを言われずいぶん落ち込んだようじゃが、わしは何ひとつ傷ついてはおらん。
また、そち自身も何ひとつ傷ついてはおらんのじゃ。
傷ついたように思おうが、錯覚じゃ。」
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本当に深い心の闇は、自分が自分を傷つけることじゃ。
自分が作りだした現実が、自分を傷つけているのじゃ。
それが分かれば今回のこと、実に有意義で意味深い。
そうは思わんかね?」