素っ裸の僕は、ガラス製の水差しの円筒形の口にすっぽりと収まったおちんちんから、おしっこがとめどもなく放出されるのを眺めていた。早く膀胱が空っぽになることを祈りつつ、水差しに溜まるおしっこの音を聞くともなしに聞いていたが、溜まりに溜まったおしっこは、なかなか終わらない。
皆は、びっくりしたような、呆れたような顔をして、僕の顔とおちんちんを交互に見ている。羽交い締めにされ、股をひらいた状態でしゃがみ込まされている僕は、その今の自分の姿を思うだけでも全身が朱に染まった。泣きたい気持ちを懸命に堪える。おしっこが終わり、先生がおちんちんの根元をつまんで左右に振ると、しずくが飛び散って、水差しの内側に水滴を作った。
水差しに溜まったおしっこの臭さに先生が驚いて、ヌケ子さんに捨てるように頼むと、ヌケ子さんは「そうですね」と口では返事しながら、教室の隅の机に放置した。床に寝かされ、様々なポーズを取らされる僕は、水差しの中の薄黄色い液体が目に入る度に気になった。早く捨てて欲しい。しかし、ヌケ子さんは一向に捨てる気配を見せず、テーブルに腰かけて、文庫本を読み始めた。
頭皮、耳の穴、脇の下、乳首、足の指の間まで、僕は先生と10人の受講生たちに体を隅々まで徹底的に見られ、触られた。特に辛かったのは、やはりおちんちんとお尻の穴を対象とされた時だった。胸と肩を床に着けて、体を大きく反らした状態で下半身を持ち上げられた。おちんちんの袋を広げて、しみじみと観察された。爪を立てて引っ張られ、思わず悲鳴を上げると、僕を同情してくれる声が「無理しちゃ可哀想よ」と諌めてくれた。
いつのまにか恥ずかしい気持ちが麻痺して、感情を持たない人形になっていた。だから、先生が「今日はモデルが裸の男の子だから特別に」と言って、僕を長テーブルの上に仰向けに寝かせ、両腕を上へ伸ばした状態で受講生たちに押さえさせた時も、ぼんやりとしたまま、されるがままだった。先生がおちんちんを手にとって、ツボの位置を説明した。
ぐいと指に力がこもって、押される。のけ反った僕の目に薄茶色に汚れた天井が見えた。押されたツボの位置は、一か所ではなかった。続いて、下腹部の、おちんちんの根元から少し上がったところを二か所に先生の指が食い込んだ。
このツボは試したい人だけがやればよい、と先生は強制しなかったにもかかわらず、一人の女の人が恥ずかしそうに手を上げ、チャレンジの意を告げると、火が付いたかのように、次々と受講生たちが続くのだった。入れ代りいろんな温度を持つ手がおちんちんに触れ、押す。その度に僕を仰向けの身をアーチ状に曲げ、押さえつけられた四肢を左右に揺すった。下腹部のおちんちんの根元の辺りを押されると、決まって僕は声を漏らしてしまった。
じわじわと押し寄せる性的な快感に体が反応しないように努力したけど、おちんちんの形状が変化しつつあるのは、どうにもならない。手のひらでおちんちんを包み込み、さする受講生がいて、周りを取り囲む受講生たちからくすくす笑いが聞こえた。先生も、この小さないたずらを黙認している。熱を帯び股間から渦が発生し、体の中を回り始めた。
こちこちに硬くなったおちんちんがアンテナみたいに、ピンと立って上を見ている。受講生の指がやさしく皮を剥いたので、亀頭が剥き出しになった。
呼吸がだんだん荒くなる。もっと激しく快感を求めている僕がいた。仰向けに寝かされている僕は、思わず腰を浮かせる。それと同時に何本もの指がおちんちんから離れた。スポーツ刈りの受講生が「蛇の生殺しみたいだな」と言って、失笑した。
精液を出させるのが目的ではないという理由で、勃起だけさせて終わりにするらしかった。性的な快感の波に呑まれ、全身にうっすらと汗を滲ませて喘いでいる僕は、受講生たちにその過程をじっくり観察された。しかもそれが講習とはなんの関係もない、先生の気まぐれによる興味本位の出来事に過ぎないことが、僕の屈辱を倍増させた。大きくなったおちんちんは、まだ治まらない。
「みなさんのおかげでモデル君もすっかり気持よくなったみたいですね。おちんちんの先っぽが濡れていますね。こんな小さな男の子でも、刺激を与えると性的な興奮を覚えるんですね」
先生が僕の手首を掴んで万歳させながら、呆れたような口調で言った。周りを取り囲む受講生たちは、フムフムと頷いて僕の一糸まとわぬ体から視線を外さない。特に勃起させられたおちんちんに視線を固定している人も少なくなかった。
一歩前に出た女の受講生が中腰になると、舌を出して、いきなり僕の乳首をペロリと一舐めした。いたずらのつもりだったのだろう。僕の反応を見て、その女の受講生だけでなく、みんながどっと笑った。思わず随喜の声で喘いでしまったのだった。おもしろがって、さらに別の、もう少し年齢が上の女の受講生が長い舌を出して、僕の乳首に迫った。
両手を上に拘束されている不自由な身を捻って、悶える。どうしても声が出てしまう。長時間にわたって刺激を受け続けたので、官能の神経が発達していた。乳首を舐められ、思わず腰を前に出してしまった。
「あらやだ。こんなおばさんに舐められても感じちゃうのね。かわいいわ」
自らの唾液で濡れた口元を手で拭いながら、その受講生が挑発するような目で僕を睨む。
「君ね、射精したくてたまらないみたいだけどね、今はモデルの仕事中でしょ。我慢しなさい」
ようやく僕の手首を放してくれた先生がそう言って、僕の頬を撫でた。膝が震え、倒れそうになるのをなんとかこらえる。おちんちんに手を当てた僕は、それがすっかり大きくなっていることに改めて強い恥ずかしさを感じた。両手でおちんちんを隠しながら腰を引く僕を見て、先生や受講生から押し殺したような笑い声が漏れた。
気がついたら、講習は終わりを迎えようとしていた。先生が最後のまとめを話している。僕は教壇の端に立たされていた。相変わらず素っ裸のままだった。手でおちんちんを隠している。
きちんと気を付けの姿勢を取らなくても叱られないのは有難かった。受講生も、先生が話すマッサージの心得に熱心に耳を傾け、僕の体をいじくっていた時のようなふざけた表情、にやにや笑いを浮かべている人は誰もいなかった。
すごくまじめな雰囲気の中、なんで僕一人だけ、この場に丸裸で立っていなければならないのか。おちんちんがすっかり元の大きさに戻ると、それと入れ替わるように、改めて恥ずかしさと情けなさの入り混じったあの感情が湧き上がってきた。しかも、時折、受講生がちらちらと僕に視線を向ける。とにかく早くこの場から抜け出したい。でも、先生は熱を込めて整体マッサージへの個人的な思い入れを長々と語っている。
「では最後に、今日一日、モデル用のユニフォームがなかったために、パンツ一枚の裸で・・・ あれ、そうか、パンツも穿いてなかったんだっけ。脱がされたんだっけ?」
自分の頭を軽く叩いてから、先生が全裸の僕を見て笑う。カッと体が熱くなった僕が顔をそむけると、ベランダに干されている白いパンツが目に飛び込んできた。風にひらひらと揺れている。
「そうでした。真っ裸でしたね。私たちのためにパンツまで脱いで、恥ずかしさに耐えて尽くしてくれたモデルのナオス君に大きな拍手を送りましょう」
手のひらを叩く乾いた音が教室に響き渡った。両手でしっかりおちんちんを隠したまま、頭を下げる僕に、前の席の二人の女性が「さんざん見られていじられたのに、まだ隠してるよ」「いじらしいわね」と、話す声が聞こえた。それはそうだけど、僕としては、やはり隠さずにはいられない。確かにおちんちんの皮まで剥かれて、満遍なく多数の好奇の視線に舐め回された。しかし、だからといって、講習が終わった今も丸出しにして居直るなんて真似はできない。
席を立った受講生たちが先生に頭を下げたり、お礼を述べたりしながら教室を出ていく中、ヌケ子さんが講習で動かした机を元の位置に戻していた。僕に手伝いを求めるので、先にパンツを穿きたいと告げると、突然別人のような強い口調で「そんなの後でもいいでしょ。とっくに明け渡す時間を過ぎているんだから」と、詰った。すでに受講生は退出し、教室には先生とヌケ子さんしかいないのを幸いとして、素直に指示に従うことにした。先生も僕と一緒に机を運んでくれた。机の移動は、すぐに終わった。
そっとベランダに出て、物干し竿に掛けられたパンツを背伸びして引っ張る。パチンと音がして洗濯バサミから外れたパンツが勢い余って手首に絡み付いた。いつのまにか空は暗雲が立ち込めていた。生温かい風が僕の皮膚を包み込む。まだ少し湿っているパンツに足を通すと、雨滴が背中を打った。降ってきたんだなと思ったら、突然耐えきれなくなったかのように硬い音を立てて、豪雨になった。
パンツ一枚だけという心細い格好ながら、ずっと丸裸に剥かれていたから、やはり布で覆われていると安心感が違う。少し安堵した気持ちでベランダから教室に入ると、先生とヌケ子さんが激しい夕立の様子をぼんやりと見やっていた。
降り始めて10分と経たない内に、田んぼの稲が沈み、さながら池の様相を呈している。この公民館を出たところの道は、川と見まがうまでに茶色い水が流れ、車が難儀しながら水しぶきを上げているのが見えた。この道の一本先の幹線道路は、まだそれほどひどくはなく普通に車が走っているので、公民館側の道はよほど排水が悪いのだろう。しかし、このペースで振り続けたらこの辺りの交通が麻痺するのは時間の問題かもしれない。
雨のせいで家に戻れなくなった、なんてことにならないうちに急いで帰り仕度を始めたいのだが、先生もヌケ子さんも時間を忘れて、大雨が音を立てながら田舎の町を浸していく様子をじっくり眺めている。僕はとりあえず服を着て、いつでも帰れる準備をしておこうと思い、ヌケ子さんに控え室に行きたい旨を告げる。ヌケ子さんは外の景色に目をやりながら、黙って頷いた。ヌケ子さんも一緒に来てほしかったけど、先生と並んで机に腰かけて、豪雨の光景に見とれている今は、その願いもむなしい。
教室のドアをあけ、そっと廊下に踏み出す。教室の床とはまた違った冷たさがひしひしと裸足に伝わってくる。さすがに夕方のこの時間はすべての講習は終わっている。廊下には誰もいなくて、昼間の、僕が恥ずかしい思いを堪えながら全裸で歩かされた時とは打って変わった静けさだった。軽く走っても静けさは変わらなかった。素足だから足音はあまり立たないのだった。
階段を下りて一階までたどり着くと、公民館の事務のおじさんが受付窓口の横にいて、背伸びしながらアスファルトを叩く雨を見ていた。大人の人たちは、なんでこんなに雨に興味があるのだろうかと思いながら通り過ぎる。おじさんの視線がちらりと僕に移ったのに気付いたが、それきりだった。
長い廊下を奥まで進む。途中、教室の点検をするおばさんとすれ違ったが、おばさんは何も言わずにじっと僕を見るだけだった。ようやく控え室に着き、ドアノブを回す。鍵がかかっていた。もしかして鍵はヌケ子さんが、と思ったが三階の教室まで戻るのは面倒だったので、廊下を引き返し、受付の窓から中の事務室に向かって「すみませんが」と、声をかけた。
「どうしたの、ぼく?」
書類の束をくくっていた中年の女の人が立ち上がって、応じてくれた。控え室の鍵を貸してほしいと言うと、その女の人は不思議そうに首を傾げた。
「あら、控え室の鍵なら、渡してるはずよ」
やっぱりヌケ子さんか。苛立ちを覚えた僕に激しい雨の音が耳にこびり付いた。一礼して背を向けた僕を女の人が呼びとめた。
「ぼく、なんでパンツいっちょうの裸なのかしら」
理由を手短に述べると、受付窓口の外にいたおじさんが「そうだよな」と、話に入ってきた。
「この子は偉いよ。整体マッサージの仕事を手伝うため、朝からずっと裸でがんばってたんだよ。大したもんだ」
なんで誉められているのかよく理解できなかったけれど、ここは頭を下げてこの場をやり過ごすしかない。一刻も早く服を着たい気持ちにそわそわしていると、
「あら、ナオス君じゃないの」
聞き覚えのある声が背後からした。振り返ると、そこに同じクラスの女子、N川さんが制服姿のまま、目をパチクリさせて立っていた。僕は思わず後じさりして、両腕をクロスさせ、露出している肌を少しでも隠そうとした。N川さんは驚いてぽっかりあけた口を手で覆ったまま、こんなところで僕がパンツ一枚の裸でいることに驚いている。
「やだ、こんなところで何してんのよ」
頬を紅潮させ、N川さんが訊ねる。僕は予想外のことにうまく説明ができず、うろたえるばかりだった。すると、窓口から顔を覗かせた中年の女の人が僕の代わりに説明してくれた。そして、その女の人も事務室から出て、N川さんのそばに来た。
「お母さん、ナオス君たら、風邪で休みってことになってるのよ。それなのに、こんなところでモデルだなんて・・・」
「まあ、ナオス君のお家の事情もあるでしょうから」
お母さんと呼ばれたのは、先ほどの中年の女の人だった。この人は、N川さんのお母さんだったのだ。
「この子は、同じクラスのナオス君。まさかズル休みとは思わなかった」
呆れるN川さんを軽くたしなめてから、お母さんが僕に改めて向き直った。
「あらま。娘と同い年だったのね。もっと年下かと思ったわ」
パンツ一枚の格好で紹介される恥ずかしさに身を竦めながら、お辞儀を返す。中学校の制服である白いブラウスに紺のスカート、白い清潔な靴下を身に着けたN川さんと事務員のお母さんの間に挟まれて、僕は自分が今どんな格好なのか意識しないではいられなかった。N川さんは、顔を伏せがちにして、目のやり場に困っているようだった。僕は片手で胸を覆い、もう片方の手でパンツを隠しながら、N川さんの話を聞くともなく聞いていた。N川さんは、母親に頼まれた物を届けに来たとのことだった。
「でも、なんで胸隠してるの。女の子みたい」
くすくす笑いながらN川さんが指摘した。そう言われてみればそうかもしれない。Y美やおば様にしょっちゅう乳首を抓られたりいじられたりして、なんとなく乳首を晒すことにも、おちんちんほどではないけど、恥ずかしさを意識し始めていた。でも、隠すことで逆に僕が恥ずかしがっていることがばれるのも、恥ずかしい。僕は胸の前で交差していた腕を静かに下ろした。
控え室の鍵はヌケ子さんが持っている。3階の教室まで鍵を受け取りに戻ることを告げると、N川さんは「私も付いて行ってあげる」と、微笑んだ。もちろん即座に断ったものの、N川さんは断固として一緒に行くと言い張るのだった。
「だって、ナオス君、裸じゃないの。なんかあったら心配でしょ」
自分よりも背の低い、無防備な生き物に対して母性的な感情が生じたのだろうか。全く余計なお世話以外の何物でもないけど、N川さんは本気で心配してくれているらしい。昼間、僕がどんな目に遭っていたのか知る由もないN川さんにしてみれば、ほとんど無人の館内を裸で歩くくらい何ほどでもない僕の慣れなど、想像の埒を超えているに違いない。黙って階段をのぼり始めた僕の後ろから、N川さんの足音が聞こえた。
「ね、モデルの仕事って、ずっとパンツ一枚だったの?」
「うん、まあ、そうだけど・・・」
「朝からずっと?」
「そう」
できるだけそっけなく答えて、N川さんの好奇心をシャットアウトする。3階に着くと、廊下の奥から先生とヌケ子さんが歩いてきた。
「おや、どうしたのよ」
「控え室の鍵がないから」
「そうよね、私が持っていたんだわ。ごめんなさいね。それより、お友達?」
ヌケ子さんがまん丸の目を大きく見開いてN川さんに顔を向ける。僕が答えるよりも早くN川さんが自己紹介すると、その如才なさに感心したように何度も頷き、
「まあ、お母様がここで働いていらっしゃるのね。でも、風邪で休んでいる筈の同級生の男の子が、こんなところでパンツ一丁でいるから、びっくりしたでしょうね」
と、返した。白衣のポケットに両手を突っ込んだまま先生がいち早く笑い、釣られるようにしてN川さんが笑い声を立てる。僕は恥ずかしくてもじもじするばかりだった。
引き返すことになり、4人で階段を下りる。僕は女の人たちの最後尾をとぼとぼ歩くつもりだったが、ヌケ子さんに肩を叩かれ、先生の後ろを歩かされた。僕の後ろでヌケ子さんとN川さんが並んで会話をしている。1階に着くと、雨の音が一際大きくなった。相変わらずの豪雨で、駐車場の車が水上に浮いているように見えた。
鍵を回して控え室のドアをあけたヌケ子さんが僕に目配せした。慌てて中へ駆け込む僕の背後からN川さんが「よかったね。これでやっと服が着れるね」と、声をかけた。しかし、控え室のテーブルに乱雑に置かれた幾つかの鞄、段ボールなどを必死に掻き分けたが、肝心の服がどこにも見当たらない。
「ない。服がなくなっている」
「あら、いけない。私一緒に渡しちゃったんだわ」
思わず絶望的になって叫ぶ僕の声とは対照的に、穏やかな調子でヌケ子さんが自分の過ちを認めた。講習の間、会社に行く用事ができたおば様は、ヌケ子さんに控え室に置いた荷物をまとめるように命じた。テーブルの隅にきちんと折り畳んで置いてあった僕の服も一緒に紙袋に入れて車のトランクに収めたと言う。靴下から靴まで、何もかもだ。
「ごめんなさいね。慌ててたもんだから、つい・・・」
自分の額を叩いて、舌を出すヌケ子さんは、全然悪びれた様子がない。でも、それを非難する気持ちも起こらないほど、僕の絶望は深かった。この公民館にある僕の持ち物は、今身に着けているこの小さな白いブリーフのパンツ一枚しかない。その不安に追撃ちをかける情報が入った。おば様は会社の仕事を幾つか済ました後、この公民館へ僕を迎えに来ることになっているが、この大雨で難儀しており、到着が大幅に遅れると言う。事務室の電話を借りたヌケ子さんが会社に連絡をしたが、どれくらい遅くなるのか、その目処すら立たないようだった。
「困ったわね。ナオス君、どうするの?」
心配そうに、というよりも思わぬ事態に好奇心がつい働いて、という感じでN川さんが僕の顔を覗き込む。
「待つしかないもん。N川さん、何か羽織るものを貸して」
「え、そんなの私、持ってないよ」
言下に答え、僕を頭からつま先まで眺め回す。控え室の使用時間を過ぎているので、帰る準備が整い次第速やかに出なければならない。僕はヌケ子さんに言いつけられ、弁当の空き箱が入った段ボールを部屋の外へ運び出した。
いつでも帰れる状態の先生が白衣を脱いださっぱりした格好で、ハンドバッグ片手に事務局の窓口のところに肘をついて、中の人と会話していた。事務のおじさんが突っ掛けをだらしなく引きずりながら事務室から出てきて、ヌケ子さんに声を掛けた。「遅くなりました。ごめんなさい」と言って、鍵をおじさんに返す。鍵を指でくるくる回しながら、おじさんが僕を見やる。
「なんだ君、服はどうしたの? 裸のままじゃないか」
僕に代わってヌケ子さんが面白おかしく理由を語って聞かせる。そのまま2人は、雨がやむのを待つ間によくする、暇つぶしのとりとめのない会話を始めた。
クラスメイトの女の子の前でいつまでもパンツ一枚の格好で、特にすることもなくじっと待っているのは、辛い。教室に隠れていようと思ってそう告げると、事務のおじさんが教室は全部施錠してあって、3階の教室だけ入れると教えてくれた。おじさんとの会話にすっかり夢中になっているヌケ子さんが適当に首を縦に振っているので、行っていいのだと判断した僕は、すばやく階段をのぼった。
「待ってよ、ナオス君」
なんとN川さんが付いて来た。
暇だから僕と話をしていたいと言うのだった。N川さんにしてみれば、普段あまり話をすることのない男子とじっくり会話するチャンス、と思っているのかもしれない。彼女に、いろんな人と話をして自分の見聞を広めようという殊勝な心がけがあるのは分かった。これが学校内で僕が普通に制服をまとっている時なら、気安く応じただろう。しかしN川さんは制服に身を包んでいるから実感できないのかもしれないが、小さなパンツ一枚だけの格好で、N川さんの好奇心の的になるのは勘弁して欲しかった。だが、彼女は強引で、あくまでも僕と世間話をすると言って聞かない。
教室に入ると、講習で使った机や椅子は端に寄せられていて、がらんと何もない空間がそこにあった。ぽつんと椅子が一脚、他の椅子とは別の場所にあり、N川さんはその椅子の背もたれを持って教室のほぼ真ん中まで移動すると、その椅子にどっかと座った。そして、僕に彼女の前に座るように勧めた。
遠慮してカーテンの中に身を包んで、豪雨が町を浸す様子を眺めていると、「いいからこっちに来て、早く」と、はっきり命令口調で僕に指図する。女の人に対してある種の恐怖感を植え付けられている僕がこれに逆らうことは難しかった。おずおずとカーテンから身を離し、椅子に深く腰かけて足を組んでいるN川さんの前に腰を下ろす。曲げた両膝を腕で抱えた。N川さんのスリッパと白い靴下が目の前でちらつく。
降る雨の凄さについて、しばらく他愛もない会話を交わしていたが、唐突にN川さんが「ねえ、ちょっと立ってくれる」と、言った。その並々ならぬ決意が漲った迫力に押し切られるように立ち上がった僕は、椅子に腰かけたN川さんの前で、パンツ一枚の裸を改めて晒す。N川さんが組んでいた足を組み変えた。
「ねえ、ずっと思ってたんだけど、ナオス君のパンツって、サイズ小さくない?」
不思議そうな顔して、小さめの白いパンツに視線を注ぐ。昼休みに掃除のおばさんに念入りに洗われたおかげで、おしっこの染みがないのは幸いだった。僕が居候しているところのおば様、Y美のお母さんがサイズを間違えたのだと告げると、N川さんは心底おかしそうに身をくねらせた。
「それって変だよ。お尻とか少し出てるじゃん」
血が頭へ一気に駆け上がる。パンツのゴムを引っ張り上げても、腰の辺りに手をやると、確かにお尻の筋が指に触れる。分かっていたことだけど、どうにもならない。おば様は僕に適切なサイズのパンツを買い直してくれることは、恐らくないだろう。「男の子なんだから、少しくらい恥ずかしくても我慢しなくちゃ駄目」と、おば様が言っていたのを思い出す。こうしてN川さんに半分からかわれても、じっと耐え忍ばなければならない。それがおば様やY美が僕に求める、理想的な男の子のあり方なのだろう。
「ナオス君てさ、Y美の家に居候してるんでしょ。この間、女子の更衣室でちょっと小耳に挟んだことなんだけど、Y美の家では、いつも裸にさせられるんだって?」
答えたくない質問だったので口ごもってしまう。気まじめな性格のN川さんは、僕のお茶を濁した返事に満足しなかった。再三問い詰められ、ついにおば様の家で僕に課せられたルールを白状した。学校から帰ったら家に上がる前に庭でパンツ一枚にならなければならないこと、家で着用が許されている衣類はパンツだけだと告げると、N川さんは大きな溜め息をついた。
皆は、びっくりしたような、呆れたような顔をして、僕の顔とおちんちんを交互に見ている。羽交い締めにされ、股をひらいた状態でしゃがみ込まされている僕は、その今の自分の姿を思うだけでも全身が朱に染まった。泣きたい気持ちを懸命に堪える。おしっこが終わり、先生がおちんちんの根元をつまんで左右に振ると、しずくが飛び散って、水差しの内側に水滴を作った。
水差しに溜まったおしっこの臭さに先生が驚いて、ヌケ子さんに捨てるように頼むと、ヌケ子さんは「そうですね」と口では返事しながら、教室の隅の机に放置した。床に寝かされ、様々なポーズを取らされる僕は、水差しの中の薄黄色い液体が目に入る度に気になった。早く捨てて欲しい。しかし、ヌケ子さんは一向に捨てる気配を見せず、テーブルに腰かけて、文庫本を読み始めた。
頭皮、耳の穴、脇の下、乳首、足の指の間まで、僕は先生と10人の受講生たちに体を隅々まで徹底的に見られ、触られた。特に辛かったのは、やはりおちんちんとお尻の穴を対象とされた時だった。胸と肩を床に着けて、体を大きく反らした状態で下半身を持ち上げられた。おちんちんの袋を広げて、しみじみと観察された。爪を立てて引っ張られ、思わず悲鳴を上げると、僕を同情してくれる声が「無理しちゃ可哀想よ」と諌めてくれた。
いつのまにか恥ずかしい気持ちが麻痺して、感情を持たない人形になっていた。だから、先生が「今日はモデルが裸の男の子だから特別に」と言って、僕を長テーブルの上に仰向けに寝かせ、両腕を上へ伸ばした状態で受講生たちに押さえさせた時も、ぼんやりとしたまま、されるがままだった。先生がおちんちんを手にとって、ツボの位置を説明した。
ぐいと指に力がこもって、押される。のけ反った僕の目に薄茶色に汚れた天井が見えた。押されたツボの位置は、一か所ではなかった。続いて、下腹部の、おちんちんの根元から少し上がったところを二か所に先生の指が食い込んだ。
このツボは試したい人だけがやればよい、と先生は強制しなかったにもかかわらず、一人の女の人が恥ずかしそうに手を上げ、チャレンジの意を告げると、火が付いたかのように、次々と受講生たちが続くのだった。入れ代りいろんな温度を持つ手がおちんちんに触れ、押す。その度に僕を仰向けの身をアーチ状に曲げ、押さえつけられた四肢を左右に揺すった。下腹部のおちんちんの根元の辺りを押されると、決まって僕は声を漏らしてしまった。
じわじわと押し寄せる性的な快感に体が反応しないように努力したけど、おちんちんの形状が変化しつつあるのは、どうにもならない。手のひらでおちんちんを包み込み、さする受講生がいて、周りを取り囲む受講生たちからくすくす笑いが聞こえた。先生も、この小さないたずらを黙認している。熱を帯び股間から渦が発生し、体の中を回り始めた。
こちこちに硬くなったおちんちんがアンテナみたいに、ピンと立って上を見ている。受講生の指がやさしく皮を剥いたので、亀頭が剥き出しになった。
呼吸がだんだん荒くなる。もっと激しく快感を求めている僕がいた。仰向けに寝かされている僕は、思わず腰を浮かせる。それと同時に何本もの指がおちんちんから離れた。スポーツ刈りの受講生が「蛇の生殺しみたいだな」と言って、失笑した。
精液を出させるのが目的ではないという理由で、勃起だけさせて終わりにするらしかった。性的な快感の波に呑まれ、全身にうっすらと汗を滲ませて喘いでいる僕は、受講生たちにその過程をじっくり観察された。しかもそれが講習とはなんの関係もない、先生の気まぐれによる興味本位の出来事に過ぎないことが、僕の屈辱を倍増させた。大きくなったおちんちんは、まだ治まらない。
「みなさんのおかげでモデル君もすっかり気持よくなったみたいですね。おちんちんの先っぽが濡れていますね。こんな小さな男の子でも、刺激を与えると性的な興奮を覚えるんですね」
先生が僕の手首を掴んで万歳させながら、呆れたような口調で言った。周りを取り囲む受講生たちは、フムフムと頷いて僕の一糸まとわぬ体から視線を外さない。特に勃起させられたおちんちんに視線を固定している人も少なくなかった。
一歩前に出た女の受講生が中腰になると、舌を出して、いきなり僕の乳首をペロリと一舐めした。いたずらのつもりだったのだろう。僕の反応を見て、その女の受講生だけでなく、みんながどっと笑った。思わず随喜の声で喘いでしまったのだった。おもしろがって、さらに別の、もう少し年齢が上の女の受講生が長い舌を出して、僕の乳首に迫った。
両手を上に拘束されている不自由な身を捻って、悶える。どうしても声が出てしまう。長時間にわたって刺激を受け続けたので、官能の神経が発達していた。乳首を舐められ、思わず腰を前に出してしまった。
「あらやだ。こんなおばさんに舐められても感じちゃうのね。かわいいわ」
自らの唾液で濡れた口元を手で拭いながら、その受講生が挑発するような目で僕を睨む。
「君ね、射精したくてたまらないみたいだけどね、今はモデルの仕事中でしょ。我慢しなさい」
ようやく僕の手首を放してくれた先生がそう言って、僕の頬を撫でた。膝が震え、倒れそうになるのをなんとかこらえる。おちんちんに手を当てた僕は、それがすっかり大きくなっていることに改めて強い恥ずかしさを感じた。両手でおちんちんを隠しながら腰を引く僕を見て、先生や受講生から押し殺したような笑い声が漏れた。
気がついたら、講習は終わりを迎えようとしていた。先生が最後のまとめを話している。僕は教壇の端に立たされていた。相変わらず素っ裸のままだった。手でおちんちんを隠している。
きちんと気を付けの姿勢を取らなくても叱られないのは有難かった。受講生も、先生が話すマッサージの心得に熱心に耳を傾け、僕の体をいじくっていた時のようなふざけた表情、にやにや笑いを浮かべている人は誰もいなかった。
すごくまじめな雰囲気の中、なんで僕一人だけ、この場に丸裸で立っていなければならないのか。おちんちんがすっかり元の大きさに戻ると、それと入れ替わるように、改めて恥ずかしさと情けなさの入り混じったあの感情が湧き上がってきた。しかも、時折、受講生がちらちらと僕に視線を向ける。とにかく早くこの場から抜け出したい。でも、先生は熱を込めて整体マッサージへの個人的な思い入れを長々と語っている。
「では最後に、今日一日、モデル用のユニフォームがなかったために、パンツ一枚の裸で・・・ あれ、そうか、パンツも穿いてなかったんだっけ。脱がされたんだっけ?」
自分の頭を軽く叩いてから、先生が全裸の僕を見て笑う。カッと体が熱くなった僕が顔をそむけると、ベランダに干されている白いパンツが目に飛び込んできた。風にひらひらと揺れている。
「そうでした。真っ裸でしたね。私たちのためにパンツまで脱いで、恥ずかしさに耐えて尽くしてくれたモデルのナオス君に大きな拍手を送りましょう」
手のひらを叩く乾いた音が教室に響き渡った。両手でしっかりおちんちんを隠したまま、頭を下げる僕に、前の席の二人の女性が「さんざん見られていじられたのに、まだ隠してるよ」「いじらしいわね」と、話す声が聞こえた。それはそうだけど、僕としては、やはり隠さずにはいられない。確かにおちんちんの皮まで剥かれて、満遍なく多数の好奇の視線に舐め回された。しかし、だからといって、講習が終わった今も丸出しにして居直るなんて真似はできない。
席を立った受講生たちが先生に頭を下げたり、お礼を述べたりしながら教室を出ていく中、ヌケ子さんが講習で動かした机を元の位置に戻していた。僕に手伝いを求めるので、先にパンツを穿きたいと告げると、突然別人のような強い口調で「そんなの後でもいいでしょ。とっくに明け渡す時間を過ぎているんだから」と、詰った。すでに受講生は退出し、教室には先生とヌケ子さんしかいないのを幸いとして、素直に指示に従うことにした。先生も僕と一緒に机を運んでくれた。机の移動は、すぐに終わった。
そっとベランダに出て、物干し竿に掛けられたパンツを背伸びして引っ張る。パチンと音がして洗濯バサミから外れたパンツが勢い余って手首に絡み付いた。いつのまにか空は暗雲が立ち込めていた。生温かい風が僕の皮膚を包み込む。まだ少し湿っているパンツに足を通すと、雨滴が背中を打った。降ってきたんだなと思ったら、突然耐えきれなくなったかのように硬い音を立てて、豪雨になった。
パンツ一枚だけという心細い格好ながら、ずっと丸裸に剥かれていたから、やはり布で覆われていると安心感が違う。少し安堵した気持ちでベランダから教室に入ると、先生とヌケ子さんが激しい夕立の様子をぼんやりと見やっていた。
降り始めて10分と経たない内に、田んぼの稲が沈み、さながら池の様相を呈している。この公民館を出たところの道は、川と見まがうまでに茶色い水が流れ、車が難儀しながら水しぶきを上げているのが見えた。この道の一本先の幹線道路は、まだそれほどひどくはなく普通に車が走っているので、公民館側の道はよほど排水が悪いのだろう。しかし、このペースで振り続けたらこの辺りの交通が麻痺するのは時間の問題かもしれない。
雨のせいで家に戻れなくなった、なんてことにならないうちに急いで帰り仕度を始めたいのだが、先生もヌケ子さんも時間を忘れて、大雨が音を立てながら田舎の町を浸していく様子をじっくり眺めている。僕はとりあえず服を着て、いつでも帰れる準備をしておこうと思い、ヌケ子さんに控え室に行きたい旨を告げる。ヌケ子さんは外の景色に目をやりながら、黙って頷いた。ヌケ子さんも一緒に来てほしかったけど、先生と並んで机に腰かけて、豪雨の光景に見とれている今は、その願いもむなしい。
教室のドアをあけ、そっと廊下に踏み出す。教室の床とはまた違った冷たさがひしひしと裸足に伝わってくる。さすがに夕方のこの時間はすべての講習は終わっている。廊下には誰もいなくて、昼間の、僕が恥ずかしい思いを堪えながら全裸で歩かされた時とは打って変わった静けさだった。軽く走っても静けさは変わらなかった。素足だから足音はあまり立たないのだった。
階段を下りて一階までたどり着くと、公民館の事務のおじさんが受付窓口の横にいて、背伸びしながらアスファルトを叩く雨を見ていた。大人の人たちは、なんでこんなに雨に興味があるのだろうかと思いながら通り過ぎる。おじさんの視線がちらりと僕に移ったのに気付いたが、それきりだった。
長い廊下を奥まで進む。途中、教室の点検をするおばさんとすれ違ったが、おばさんは何も言わずにじっと僕を見るだけだった。ようやく控え室に着き、ドアノブを回す。鍵がかかっていた。もしかして鍵はヌケ子さんが、と思ったが三階の教室まで戻るのは面倒だったので、廊下を引き返し、受付の窓から中の事務室に向かって「すみませんが」と、声をかけた。
「どうしたの、ぼく?」
書類の束をくくっていた中年の女の人が立ち上がって、応じてくれた。控え室の鍵を貸してほしいと言うと、その女の人は不思議そうに首を傾げた。
「あら、控え室の鍵なら、渡してるはずよ」
やっぱりヌケ子さんか。苛立ちを覚えた僕に激しい雨の音が耳にこびり付いた。一礼して背を向けた僕を女の人が呼びとめた。
「ぼく、なんでパンツいっちょうの裸なのかしら」
理由を手短に述べると、受付窓口の外にいたおじさんが「そうだよな」と、話に入ってきた。
「この子は偉いよ。整体マッサージの仕事を手伝うため、朝からずっと裸でがんばってたんだよ。大したもんだ」
なんで誉められているのかよく理解できなかったけれど、ここは頭を下げてこの場をやり過ごすしかない。一刻も早く服を着たい気持ちにそわそわしていると、
「あら、ナオス君じゃないの」
聞き覚えのある声が背後からした。振り返ると、そこに同じクラスの女子、N川さんが制服姿のまま、目をパチクリさせて立っていた。僕は思わず後じさりして、両腕をクロスさせ、露出している肌を少しでも隠そうとした。N川さんは驚いてぽっかりあけた口を手で覆ったまま、こんなところで僕がパンツ一枚の裸でいることに驚いている。
「やだ、こんなところで何してんのよ」
頬を紅潮させ、N川さんが訊ねる。僕は予想外のことにうまく説明ができず、うろたえるばかりだった。すると、窓口から顔を覗かせた中年の女の人が僕の代わりに説明してくれた。そして、その女の人も事務室から出て、N川さんのそばに来た。
「お母さん、ナオス君たら、風邪で休みってことになってるのよ。それなのに、こんなところでモデルだなんて・・・」
「まあ、ナオス君のお家の事情もあるでしょうから」
お母さんと呼ばれたのは、先ほどの中年の女の人だった。この人は、N川さんのお母さんだったのだ。
「この子は、同じクラスのナオス君。まさかズル休みとは思わなかった」
呆れるN川さんを軽くたしなめてから、お母さんが僕に改めて向き直った。
「あらま。娘と同い年だったのね。もっと年下かと思ったわ」
パンツ一枚の格好で紹介される恥ずかしさに身を竦めながら、お辞儀を返す。中学校の制服である白いブラウスに紺のスカート、白い清潔な靴下を身に着けたN川さんと事務員のお母さんの間に挟まれて、僕は自分が今どんな格好なのか意識しないではいられなかった。N川さんは、顔を伏せがちにして、目のやり場に困っているようだった。僕は片手で胸を覆い、もう片方の手でパンツを隠しながら、N川さんの話を聞くともなく聞いていた。N川さんは、母親に頼まれた物を届けに来たとのことだった。
「でも、なんで胸隠してるの。女の子みたい」
くすくす笑いながらN川さんが指摘した。そう言われてみればそうかもしれない。Y美やおば様にしょっちゅう乳首を抓られたりいじられたりして、なんとなく乳首を晒すことにも、おちんちんほどではないけど、恥ずかしさを意識し始めていた。でも、隠すことで逆に僕が恥ずかしがっていることがばれるのも、恥ずかしい。僕は胸の前で交差していた腕を静かに下ろした。
控え室の鍵はヌケ子さんが持っている。3階の教室まで鍵を受け取りに戻ることを告げると、N川さんは「私も付いて行ってあげる」と、微笑んだ。もちろん即座に断ったものの、N川さんは断固として一緒に行くと言い張るのだった。
「だって、ナオス君、裸じゃないの。なんかあったら心配でしょ」
自分よりも背の低い、無防備な生き物に対して母性的な感情が生じたのだろうか。全く余計なお世話以外の何物でもないけど、N川さんは本気で心配してくれているらしい。昼間、僕がどんな目に遭っていたのか知る由もないN川さんにしてみれば、ほとんど無人の館内を裸で歩くくらい何ほどでもない僕の慣れなど、想像の埒を超えているに違いない。黙って階段をのぼり始めた僕の後ろから、N川さんの足音が聞こえた。
「ね、モデルの仕事って、ずっとパンツ一枚だったの?」
「うん、まあ、そうだけど・・・」
「朝からずっと?」
「そう」
できるだけそっけなく答えて、N川さんの好奇心をシャットアウトする。3階に着くと、廊下の奥から先生とヌケ子さんが歩いてきた。
「おや、どうしたのよ」
「控え室の鍵がないから」
「そうよね、私が持っていたんだわ。ごめんなさいね。それより、お友達?」
ヌケ子さんがまん丸の目を大きく見開いてN川さんに顔を向ける。僕が答えるよりも早くN川さんが自己紹介すると、その如才なさに感心したように何度も頷き、
「まあ、お母様がここで働いていらっしゃるのね。でも、風邪で休んでいる筈の同級生の男の子が、こんなところでパンツ一丁でいるから、びっくりしたでしょうね」
と、返した。白衣のポケットに両手を突っ込んだまま先生がいち早く笑い、釣られるようにしてN川さんが笑い声を立てる。僕は恥ずかしくてもじもじするばかりだった。
引き返すことになり、4人で階段を下りる。僕は女の人たちの最後尾をとぼとぼ歩くつもりだったが、ヌケ子さんに肩を叩かれ、先生の後ろを歩かされた。僕の後ろでヌケ子さんとN川さんが並んで会話をしている。1階に着くと、雨の音が一際大きくなった。相変わらずの豪雨で、駐車場の車が水上に浮いているように見えた。
鍵を回して控え室のドアをあけたヌケ子さんが僕に目配せした。慌てて中へ駆け込む僕の背後からN川さんが「よかったね。これでやっと服が着れるね」と、声をかけた。しかし、控え室のテーブルに乱雑に置かれた幾つかの鞄、段ボールなどを必死に掻き分けたが、肝心の服がどこにも見当たらない。
「ない。服がなくなっている」
「あら、いけない。私一緒に渡しちゃったんだわ」
思わず絶望的になって叫ぶ僕の声とは対照的に、穏やかな調子でヌケ子さんが自分の過ちを認めた。講習の間、会社に行く用事ができたおば様は、ヌケ子さんに控え室に置いた荷物をまとめるように命じた。テーブルの隅にきちんと折り畳んで置いてあった僕の服も一緒に紙袋に入れて車のトランクに収めたと言う。靴下から靴まで、何もかもだ。
「ごめんなさいね。慌ててたもんだから、つい・・・」
自分の額を叩いて、舌を出すヌケ子さんは、全然悪びれた様子がない。でも、それを非難する気持ちも起こらないほど、僕の絶望は深かった。この公民館にある僕の持ち物は、今身に着けているこの小さな白いブリーフのパンツ一枚しかない。その不安に追撃ちをかける情報が入った。おば様は会社の仕事を幾つか済ました後、この公民館へ僕を迎えに来ることになっているが、この大雨で難儀しており、到着が大幅に遅れると言う。事務室の電話を借りたヌケ子さんが会社に連絡をしたが、どれくらい遅くなるのか、その目処すら立たないようだった。
「困ったわね。ナオス君、どうするの?」
心配そうに、というよりも思わぬ事態に好奇心がつい働いて、という感じでN川さんが僕の顔を覗き込む。
「待つしかないもん。N川さん、何か羽織るものを貸して」
「え、そんなの私、持ってないよ」
言下に答え、僕を頭からつま先まで眺め回す。控え室の使用時間を過ぎているので、帰る準備が整い次第速やかに出なければならない。僕はヌケ子さんに言いつけられ、弁当の空き箱が入った段ボールを部屋の外へ運び出した。
いつでも帰れる状態の先生が白衣を脱いださっぱりした格好で、ハンドバッグ片手に事務局の窓口のところに肘をついて、中の人と会話していた。事務のおじさんが突っ掛けをだらしなく引きずりながら事務室から出てきて、ヌケ子さんに声を掛けた。「遅くなりました。ごめんなさい」と言って、鍵をおじさんに返す。鍵を指でくるくる回しながら、おじさんが僕を見やる。
「なんだ君、服はどうしたの? 裸のままじゃないか」
僕に代わってヌケ子さんが面白おかしく理由を語って聞かせる。そのまま2人は、雨がやむのを待つ間によくする、暇つぶしのとりとめのない会話を始めた。
クラスメイトの女の子の前でいつまでもパンツ一枚の格好で、特にすることもなくじっと待っているのは、辛い。教室に隠れていようと思ってそう告げると、事務のおじさんが教室は全部施錠してあって、3階の教室だけ入れると教えてくれた。おじさんとの会話にすっかり夢中になっているヌケ子さんが適当に首を縦に振っているので、行っていいのだと判断した僕は、すばやく階段をのぼった。
「待ってよ、ナオス君」
なんとN川さんが付いて来た。
暇だから僕と話をしていたいと言うのだった。N川さんにしてみれば、普段あまり話をすることのない男子とじっくり会話するチャンス、と思っているのかもしれない。彼女に、いろんな人と話をして自分の見聞を広めようという殊勝な心がけがあるのは分かった。これが学校内で僕が普通に制服をまとっている時なら、気安く応じただろう。しかしN川さんは制服に身を包んでいるから実感できないのかもしれないが、小さなパンツ一枚だけの格好で、N川さんの好奇心の的になるのは勘弁して欲しかった。だが、彼女は強引で、あくまでも僕と世間話をすると言って聞かない。
教室に入ると、講習で使った机や椅子は端に寄せられていて、がらんと何もない空間がそこにあった。ぽつんと椅子が一脚、他の椅子とは別の場所にあり、N川さんはその椅子の背もたれを持って教室のほぼ真ん中まで移動すると、その椅子にどっかと座った。そして、僕に彼女の前に座るように勧めた。
遠慮してカーテンの中に身を包んで、豪雨が町を浸す様子を眺めていると、「いいからこっちに来て、早く」と、はっきり命令口調で僕に指図する。女の人に対してある種の恐怖感を植え付けられている僕がこれに逆らうことは難しかった。おずおずとカーテンから身を離し、椅子に深く腰かけて足を組んでいるN川さんの前に腰を下ろす。曲げた両膝を腕で抱えた。N川さんのスリッパと白い靴下が目の前でちらつく。
降る雨の凄さについて、しばらく他愛もない会話を交わしていたが、唐突にN川さんが「ねえ、ちょっと立ってくれる」と、言った。その並々ならぬ決意が漲った迫力に押し切られるように立ち上がった僕は、椅子に腰かけたN川さんの前で、パンツ一枚の裸を改めて晒す。N川さんが組んでいた足を組み変えた。
「ねえ、ずっと思ってたんだけど、ナオス君のパンツって、サイズ小さくない?」
不思議そうな顔して、小さめの白いパンツに視線を注ぐ。昼休みに掃除のおばさんに念入りに洗われたおかげで、おしっこの染みがないのは幸いだった。僕が居候しているところのおば様、Y美のお母さんがサイズを間違えたのだと告げると、N川さんは心底おかしそうに身をくねらせた。
「それって変だよ。お尻とか少し出てるじゃん」
血が頭へ一気に駆け上がる。パンツのゴムを引っ張り上げても、腰の辺りに手をやると、確かにお尻の筋が指に触れる。分かっていたことだけど、どうにもならない。おば様は僕に適切なサイズのパンツを買い直してくれることは、恐らくないだろう。「男の子なんだから、少しくらい恥ずかしくても我慢しなくちゃ駄目」と、おば様が言っていたのを思い出す。こうしてN川さんに半分からかわれても、じっと耐え忍ばなければならない。それがおば様やY美が僕に求める、理想的な男の子のあり方なのだろう。
「ナオス君てさ、Y美の家に居候してるんでしょ。この間、女子の更衣室でちょっと小耳に挟んだことなんだけど、Y美の家では、いつも裸にさせられるんだって?」
答えたくない質問だったので口ごもってしまう。気まじめな性格のN川さんは、僕のお茶を濁した返事に満足しなかった。再三問い詰められ、ついにおば様の家で僕に課せられたルールを白状した。学校から帰ったら家に上がる前に庭でパンツ一枚にならなければならないこと、家で着用が許されている衣類はパンツだけだと告げると、N川さんは大きな溜め息をついた。
ずっと更新できなかった理由は、やはり4月から生活のリズムが変わったことにあります。
でも、このお話は長く続けたいと思っていますので、どうぞこれからもお付き合いのほど、心よりお願い申し上げます。
naosu様に於かれましては、ご自分のペースで末永くお続け頂くことを祈念しております。
ありがとうございます。
いつも楽しみにしてます。