酔っ払っていたとはいえ、二人の女の人が僕にした仕打ちは酷すぎる。一糸まとわぬ裸の僕を呼び寄せ、両手を腰に回させた状態で、一人はおちんちんの皮を、もう一人は乳首を引っ張って、前後左右に揺すった。しかも、同級生の女の子がいる前で、だ。
切り取られそうな痛みに涙を流す僕の頭の中は空っぽで、「やめて、やめてください」と自分の声がむなしく響いていた。背後からはヌケ子さんの笑い声が何重もの膜に包まれて聞こえ、ここが水中であるかのような錯覚を起こさせた。
だらりと垂れ下がったおちんちんの皮は、靴下に似ていた。さんざん引っ張られたせいで、ツーンと痛みが伝わってくる。
「ほらね、この子の皮、少し長すぎるのよ。切った方がいいかも」
そう指摘する先生は、てきぱきと身支度を整えながら、迎えの到着を気にするように、窓へ視線を向けた。両手でおちんちんを隠すと、相変わらず僕の背後に立っているヌケ子さんに手首をぐいと掴まれ、お尻の上へ回された。
「勝手に隠さないで。もっと見せてよ」
いやがる僕のお尻を膝で蹴り上げると、ヌケ子さんが机の向かい側にいるN川さんやN川さんの母さんの前まで、僕を押して行った。両手を後ろでがっしり掴まれた僕は、伸び切った皮に包まれたおちんちんを隠すことができない。
「もうやめて。許してください」
首を振り、腰を捻りながら哀願する僕は、とうとうN川さんの目の前まで連行されてしまった。
「せっかくだから教えてあげなよ」
どれ位お酒を飲んだのかは分からないけども、ヌケ子さんの酔っ払い方は尋常ではなかった。お酒が入って、性格の一つの特徴だけが極端に大きくなったような気味の悪さを感じさせる。
「泣いてないで見せてあげて。こんなに長い皮は珍しいだろうから」
後ろでしっかり手首を掴まれている僕は、このまま性の研究材料にされる恐怖で足が震えた。腰をくねらせ、顔を真っ赤に染めて抵抗しても、むなしいことは分かっていた。けれど、抵抗せずにはいられない。
後ろで掴んでいる僕の手首をぐっとお尻の辺りまで下に引いて、腰を前へ突き出すようにさせたヌケ子さんは、N川さんへ、僕のすっかり伸び切ったおちんちんの皮をゆっくりと剥き上げるように誘っていた。N川さんは、さすがに赤面して顔を上げられないまま、膝の上で軽く拳を握るばかりだった。
「ほら、せっかくの機会だからお勉強だと思いなよ。男の子の無駄に長い皮が包むものは何か、確かめるの」
微笑みを絶やさないヌケ子さんに薄気味の悪さを感じているのは、N川さんも同じかもしれない。助けを求めるように何度か隣りの母親に話しかけたが、N川さんのお母さんは事務のおじさんとの会話に忙しく、娘の相手をしようとはしなかった。戸惑いの表情を隠せないN川さんは、羞恥に震えてピシャピシャと床を踏み鳴らす僕の裸足の指に向けていた視線をゆっくり上げては、おちんちんで止め、しばらく静止してから、ためらうようにまた下へ落とすのだった。
「ごめんなさい」
逡巡の後、N川さんは遠慮がちに小声でそう言った。それは僕にではなく、ヌケ子さんに向けた言葉だった。聞き返したヌケ子さんにN川さんは、もう一度「ごめんなさい」と言い、どうしてもおちんちんの皮をめくることができないと告げた。
「なんでかしら。せっかくの機会なのに」
「だって、なんか、可哀想なんだもん、ナオス君。この子だって、同じクラスの仲間だし、席が隣りだったこともあるの。それがこんな風に私たちの前で丸裸にされて、おちんちんの皮を引っ張られて、泣いてるなんて、私、なんだかこれ以上、ナオス君をいじめたくないの」
「あら、そうなの。優しいのね」
N川さんの強い意志の宿った目にやや気圧されたヌケ子さんは、かろうじて嫌味を口にすると、後ろを向いて先生を呼んだ。N川さんと僕の狭いスペースに入り込んだ先生は、しゃがみ込み、垂れ下がっているおちんちんの皮へそっと指を伸ばした。
「長い。切らないと駄目かも」
するすると皮をめくり上げながら、先生が呟いた。僕は後ろで両手を拘束された不自由な身のまま、何をされるか分からない恐怖にじっと耐える。おちんちんを握られているので下手な抵抗はできない。亀頭が顔を出すと、ヌケ子さんがクスっと笑った。
「はい、これが亀頭ね。この子の場合、普段は皮に被われているから、すごく敏感なの」
頼みもしないのに勝手にレクチャーをする先生にN川さんは不審の目を向けたが、すぐに好奇心に後押しされるように大きく見開いた目を、僕の露出させられた亀頭へ向けた。粘り気のある空気が亀頭を嬲るように包み込む。
先生のもう片方の手がおちんちんを根元で支え、上下に揺する。その際、性的な刺激を与えるかのように前後にも手が動いた。
お腹にくっ付くほど上げて、おちんちんの裏側も見せる。おしっこの出る穴の他に精液の出る穴も、N川さんに説明するのだった。「もういやだ、やめて」と、うわ言をやめない僕のお尻を、背後からヌケ子さんが「うるさい」と叱って、抓った。
熱心に説明する先生の唾が亀頭に掛かった。精液の出る穴の付近に着地した。
おちんちんの根元を摘まんでいる先生の指が更に前後に動いて、止まった。これ以上続けられると、性的な刺激におちんちんが反応してしまう。N川さんの前でおちんちんを大きくさせられたくなかった。このような状況下でも一定以上の刺激を加えられると、性的に感じてしまうことを知られるのは、僕自身の中に残っている尊厳を更に激しく傷つけることになる。
こすっては止まる。その繰り返しが続いた後で、少しずつこする時間が長くなった。それに連れて、僕の感じまいとする努力も辛いものになる。そして、そんな努力がいかにむなしいか、僕はよく分かっていた。明らかに硬くなってきたおちんちんの変化を先生が満足そうな笑みを浮かべて、見守っている。
ずいぶんと弄ばれたおちんちんだけど、考えてみれば昨日の朝にS子の手によって一回精液を放出させられただけだった。刺激を受けて感じやすくなっているのは、確かだった。先生の指がおちんちんの根元からその少し先までの間を忙しなく往復している。
ゴクリ、と生唾を飲み込んでからN川さんが質問した。亀頭に触れるとどうなるのか。男の子はその部分を触られると、痛がるのか。
「試してみる?」
おちんちんの根元で手が止まった。と、先生の指が剥き出しにされた亀頭をペタペタとタッチし始めた。これには思わず大きな声が出てしまう。腰を引いてくねらせ、意地悪な手からおちんちんを遠ざけようと、激しく身悶えする。ひりひりする痛みがツンツンと針のように刺さり、どうにもならない。これはじっと耐え得る刺激ではない。電流に似た痛みが走り、まず肉体がピクリと反応する。
それなのに先生は、「はい、我慢。男の子なら、じっと我慢でしょ」と、僕を叱咤するばかりだった。後ろでがっちりと手首を掴まれたまま、出口に向かおうとする僕にヌケ子さんが痛罵を浴びせた。
「真っ裸のまま、どこへ行こうとするの? この変態の露出狂め」
思わぬ亀頭へのタッチ攻撃のため、半分大きくなりかけていたおちんちんは、たちまち小さく萎んだ。そのことに最初に気づいたのはN川さんだった。N川さんは、「あ、また小さくなってる」と叫んで人差し指を向けた。その指の先がおちんちんを掠めた。弾力性に富んだ亀頭の感触を楽しむように、先生が指で押してくる。その都度、僕は激しく身悶えするのだった。
窓の外でクラクションが鳴った。それが合図であるかのように、先生がおちんちんから手を放すと、床に置いたハンドバッグを持って、すっと立ち上がった。
「では、私はこれで失礼します。さよなら」
お迎えの車が到着したのだった。先生が事務室を出て玄関に向かうと、みんながぞろぞろと見送りに出た。僕もまた、ヌケ子さんに後ろから押されるように玄関入口まで出された。手は自由になっていたが、ヌケ子さんがぴったりと後ろに付いているので、逃げたり体を背けたりすることができない。
車のヘッドライトが入口のガラスを通して眩しかった。運転席のドアが開いて、人影が見えた。先生がハイヒールを履く間に、人影がどんどん入口に近づいてくる。若い男の人でシャツにジーパン姿だった。傘をささなくてもたいして濡れないほど、雨は小降りになっていた。
「もうやだ。見世物になるのは、いやです」
おちんちんを両手で隠し、横を向く僕を、
「駄目。しっかり見送りなさい。お世話になった先生でしょ」
と、ヌケ子さんが叱って、僕の一糸もまとっていない体の向きを前に直す。ヌケ子さんの手が僕の手首を掴み、おちんちんから外す。
「気をつけ」
と、耳元でヌケ子さんが囁いた。
自動ドアが開いて若い男の人が入ってくると、ハイヒールを履いた先生が立ち上がった。そして、若い男の人を自分の弟だと紹介した。
「なんで、あの子は真っ裸なの?」
驚いた顔をして、先生の弟が僕を指さす。
「彼ね、今日は整体のモデルをしてもらったの。裸でね」
「酷いな。ずっと裸のままかよ」
「男の子だから、放っておいていいのよ」
「そんなもんじゃないって。男の子だって恥ずかしいんだよ」
「我慢しなくちゃね」
弟にそう説明した先生は、最後に振り返ってヌケ子さんに頭を下げると、弟と一緒に自動ドアの向こうへ歩いて行った。僕は深く下げていた頭を起こす。車が乱暴にバックして向きを変え、急発進して通りへ出た。
事務室に戻ると、ヌケ子さんはN川さんのお母さんと世間話を始めた。N川さんは無言でお菓子を頬張っている。僕は相変わらず全裸のままで、することと言ったら、ここにいる人たちになるべく裸を見られないようにすることぐらいだった。隅にいて、体をくの字に曲げて窓の外を眺めていると、
「そんなところにいないで、ここに座りなさい」
と、ヌケ子さんに注意された。別にどこにいてもいいじゃないかと思ったが、無論口答えなんか、できない。おちんちんに両手を当てて、背もたれのない丸椅子にちょこんと座る。隣りのN川さんが僕の胸の辺りをちらりと見てから、視線を落とし、それからすぐ横を向いて、お母さんの話に耳を傾けた。お母さんはヌケ子さんに最近の中学校の生徒の質について話しているのだった。
不意に肩を叩かれた。見上げると、事務のおじさんが僕を見下ろしている。首に白い手拭いを巻いていた。
「君のパンツを勝手に雑巾にしてしまって、悪かったな。代わりにこれでパンツ代わりになるかと思ってね」
首から手拭いをするりと抜いて、おじさんが微笑む。手拭いを縦に二つに折ると、僕を椅子から立たせ、股を開くように命じた。
「そうだ。そんな感じ。おちんちんから手を放して」
おじさんが手拭いを僕の股に通すと、前と後ろで端を掴み、キュッと締め上げた。N川さんにガムテープを持ってこさせると、二つ千切って、手拭いの端を一つは僕のお臍の下、もう一つは尾骶骨のところで止めた。
「どうだい。これで大事なおちんちんも隠せるだろう」
満足そうにおじさんが僕の肩を叩いて笑い掛ける。ふんどしみたいでお尻は丸出しだけど、全くの素っ裸よりは、ましだった。ずっとおじさんの首にあって、おじさんの汗を吸い取った布地がおちんちんを包んでいるとは敢えて思わないことにした。とにかく、おちんちんを隠せるのが有り難い。僕は素直にお礼を述べた。
「よかったね、ナオス君。これで少しは恥ずかしくなくなるね」
ガムテープで貼り付けただけの、甚だ頼りない手拭いパンツ姿の僕のおろおろと立つ姿を見ながら、N川さんが元気な声を出した。妙に大きな声を出すと思ったら、N川さんの顔が引きつっていた。笑うまいと必死に堪えているのだった。が、ついに吹き出した。
「ごめんね。笑ってごめん。でも、おかしいんだもん。ナオス君のその格好」
「笑うなんて失礼よ」
N川さんのお母さんがたしなめるが、そのお母さんも僕の手拭いを股に挟んで、前後をガムテープで止めただけの珍妙な恰好を目にすると、手で口を覆い、笑いを漏らした。
「何よ、お母さんだって笑ってるじゃん」
「そうね。いけないわね。でも、おかしいわ」
気がつくと、手拭いをくれたおじさんも笑っていた。ヌケ子さんは電話のダイヤルを回しながら、笑っている。僕は居たたまれなくなり、みんなに背を向けた。窓ガラスに、手拭いを股に通した自分の惨めな姿が映っている。僕自身は、これでもないよりは安心できると思ったが、みんなが笑い転げているので、全裸とあまり変わらない恥ずかしさを覚えてきた。
受話器を荒々しく戻したヌケ子さんが大きく息を吐いた。豪雨で冠水した道路が通行止めになって、会社から大きく迂回して自宅に戻ったおば様が、僕たちを迎えに車で向かっているとのことだった。もう間もなく到着するだろう。ヌケ子さんが作業机に散らばったビール缶やお菓子の皿やごみを片付け始めると、N川さんのお母さんと事務のおじさんもそれに倣った。
急に忙しそうに動き始めた大人の人たちの中にいて、N川さんと僕は、おろおろするばかりだった。邪魔にならないように下がったら、ヌケ子さんにぶつかり、足を踏んでしまった。ヌケ子さんが短い悲鳴を上げる。すぐに頭を下げて謝ったが、思い切り頬を叩かれた。肉を打つ鋭い音が響いて、皆一瞬動きが止まった。
「あなたたち、邪魔なの。どこか別の場所に行きなさい」
ヌケ子さんがヒステリックに叫んだ。僕は叩かれた頬を片手で押さえて、俯いた。耳の奥がキーンと鳴っている。叱られてしょぼんとしているN川さんと僕に、事務のおじさんが、3階の教室だけはまだ施錠してないから、そこに行って二人でお話でもしていたらどうかと勧めた。すぐにN川さんが賛意を表して、僕の手を引っ張った。
わざわざ3階の教室、僕が全裸でモデルをさせられた場所になんか、行きたくなかった。ましてやそこでN川さんとお話なんか、とんでもなかった。第一、どんな話をすればよいのかも分からない。それに、3階の教室には、僕が講習中にさせられたおしっこの入った水差しがそのまま置いてある。そう、ヌケ子さんが片付け忘れている水差しがあるのだった。これをN川さんに気づかれない内に片付けるのは至難と思った。
気が進まない僕の腕を引っ張って、N川さんは元気よく階段をのぼる。2階から上は誰もいなくて真っ暗だった。3階に着くとN川さんが廊下の電気のスイッチを入れた。たちまち無人の長い廊下が蛍光灯の光の中に現われた。
長い廊下を歩いていると、N川さんが振り返った。
「手拭いパンツの穿き心地は、どう?」
「腰の横が剥き出しだから、なんか落ち着かない」
問われるまま、つい正直に答えると、N川さんは口元をだらしなく歪めた。
「そうだろうね。恥ずかしいよね。でも、我慢してね。私しかいないから」
教室に入ると、すぐにN川さんが電気を点けた。机や椅子は全てどこかに運び去られていて、教室には何もなかった。教壇にぽつんと水差しが置かれていた。中の液体は僕のおしっこで、ただ白い床の広がる教室の中では、どうしても目に付いた。窓の外は暗く、幹線道路のオレンジの灯が等間隔に並んでいるのが見えた。カーテンすらも取り払われているのが気になった。外から僕だけが裸でいるのが丸見えだった。
教室から出たN川さんが椅子を一脚だけ持って戻った。どこの椅子だか聞いてもN川さんはとぼけて答えない。教室の中央に椅子を置くと、自分はそこに座り、僕にも腰を下ろすように勧めた。僕は隅に隠れるようにして膝を両手で組んで座った。N川さんが手招きする。もっとそばに来てほしいとのことだった。
何を求めているのかよく分からないけど、とりあえずN川さんに従うことにした。一貫して穏やかな彼女の口調は、いつ変節するか知れない緊張をはらんでいる。
「正座しなよ」
そう言って、N川さんは照れたように笑う。僕は命じられるままに硬い床に膝を曲げた。学校の制服姿のN川さんは紺のスカートの先を伸ばして、膝を隠した。
何もない教室にN川さん二人きりでいる。背筋を伸ばした美しい姿勢で椅子に座るN川さんに、手拭いを股に挟んだだけの格好の僕が正座して、向かっている。変な状況だった。N川さんは、しばらくもじもじしていたが、やがて、「暑いね」と言った。僕がそれほど暑くないと答えると、
「裸だからね、ナオス君は」
と、憂いのような色を浮かべた目をして、溜息をついた。が、意を決したように、
「でも、私まで脱ぐなんて、できないし」
と、窓を開けに席を立った。開け放った窓から涼しい夜風が通い、僕の露出している肌をくまなくなぶった。
椅子に戻ったN川さんが足を組む。スカートの奥がちらりと見えたような気がした。すぐに気付いたN川さんは、足をすばやく戻した。
「すけべ。見たでしょ」
「え、見てないよ。見えなかった」
「見えなかったって言うことは、見ようとしたんでしょ」
「別にそんなつもりじゃ・・・」
言葉に詰まった僕は、正座中の膝に軽く握った拳を置いて、項垂れた。さんざん僕の恥ずかしい部分を見たくせに、自分のは一瞬でも下着すら見られたくないらしい。その不公平さに納得できないものを感じて、顔が上気する。N川さんは僕の不満を感じ取ったようだった。
「冗談だよ。ごめん」
軽く笑って、人差し指で僕の額を突いた。
それにしても僕は、なんで正座させられているだろう。理由を問うと、男の子は人の話を聞く能力が女子に比べると甚だしく低いから、まず、きちんと話を聞く姿勢を取らせる必要があると、母親の書棚のあった育児書に書かれていたと言う。僕が少しでも足を崩そうものなら、N川さんのスリッパの脱げて露出した白い靴下が僕の膝に下りてきて、元の姿勢に直すように、それとなく命じるのだった。
そこでN川さんは、小学五年生の時、僕がパンツ一枚の裸で廊下を歩かされているのを見たという話をした。Y美に連れられて、一人だけ身体検査を受けに保健室まで歩かされた、忌まわしい思い出のことだった。
身体検査の日に休んだ僕は、一人だけ別の日に受けることになったが、保健委員のY美は、僕にまず教室でパンツ一枚になるように命じ、皆の前で裸にさせると、その格好のまま廊下へ連れ出し、保健室まで歩かせたのだった。
別のクラスだったN川さんは、僕がY美の後ろをパンツ一枚の格好で歩いているのを見て、大いに同情したのだと言い、今でも忘れ難い光景だと付け足した。今日、僕が公民館の受付窓口でパンツ一枚で立っているのを見た時、すぐに記憶がフラッシュバックしたと言って、大きく息をついた。
「だって、あの時とおんなじ、白いブリーフのパンツなんだもの」
思い出したくないことを思い出し、耳が赤く染まるのを感じる僕は、視線を床の一点に定めて、ひたすら聞き流すことに努力した。
相槌すら打たなくなった僕を気遣ったのか、不意にN川さんは話題を転じた。クラスメイト、先生の噂、N川さんが通っている塾のことなど、思いつくままに喋り続ける。塾で学習する内容は、学校とは全然違うことを強調した。
「ねえ、ナオス君はどこの塾に行ってるの?」
好奇心で輝いている瞳が僕を射るように見つめる。その迫力に圧されつつ、かろうじて塾には行っていないと答えると、N川さんは大仰に驚いてみせた。
「信じられない。ナオス君、成績が落ちたのもそれが原因じゃない。塾は行った方がいいよ。Y美さんだってこの間バス停で会ったから、どこに行くのって聞いたら塾だって返事してたよ。一緒に暮らしているナオス君は、なんで一人だけ怠けてるのよ」
別に怠けているのではない。できれば僕だって塾に行き、人並みに勉強の機会が与えられたいと思っているけど、おば様が許してくれないのだった。もちろんそのような事情をN川さんに打ち明けることはできない。ここで僕の話したことが、おば様に対する非難として、いずれおば様の耳に届くようなことがあれば、僕だけでなく、僕の母親にも危害が及んでしまう。僕は言葉少なに事情を説明した。
「そうなんだ。家の手伝いねえ・・・ じゃ、学校から帰って、どこかに遊びに行くことはないの?」
これも、ないと答える。家では窓拭き、雑巾掛け、おば様やY美の衣類のアイロン掛けなどが待っている。それに、家に着いたら、まず服を脱いでパンツ一枚にならなければならない。
以前、町へ文房具を買いに行きたいと、Y美とおば様に頼み込んだことがあった。たまには外で気晴らしがしたかった。自分の仕事を済ませたのならばどこへでも遊びに行って構わないじゃないのとY美が言い、おば様も異を唱えなかった。但し、帰宅したら、翌日の学校まで裸でいるのがこの家に居候する人に課せられたルールだから、外出を理由に服を着ることは許さない、とおば様が続ける。Y美が笑って、パンツ一枚でどこにでも好きな所へ行けばいいよ、と手を振った。
「そうなんだ。ナオス君て、ほんとに大変なんだね」
自分とは大いに生活スタイルが違う僕に興味しんしんのN川さんは、更に質問を続けた。僕は困惑を覚えた。何も好んでこのような生活を送っているのではない。家庭の事情でやむを得ず居候させてもらっている家で、奴隷のような立場に身を置いているに過ぎない。家事手伝いが終わって暇な時は何をしているのかとN川さんが問い、答えに窮した。
「別に。なんにもしてない」
「ふうん、そうなんだ」
語尾を伸ばしたN川さんの顎が上向きになった。軽蔑の眼差しが手拭いをまとっただけの僕の体に降り注ぐ。実際に僕は何もしていなかった。自分の部屋に戻り、マットの上で寝そべるくらいしか、することがない。僕の部屋には掛け布団もカーテンもない。家具もない。マットがあるだけだ。でも、退屈だからと言って部屋の外を下手にうろつくと、Y美に見つかる。いたずら心を起こしたY美に、このたった一枚だけ着用を許されているパンツを脱がされかねない。
「じゃ、一日の大半を裸で過ごしてるんだね。ナオス君は」
頻りに感心しながらN川さんが、N川さんの足元で正座する僕をじろじろと眺め回す。僕は全裸に近い自分の体をすぼめた。と、N川さんがぐっと僕に顔を近づけて、
「で、お願いがあるんだけどさ」
と、低い声で囁いた。唾液に濡れた舌が口中にからまっていた。
「お願い?」
「そう、お願い。おちんちん見せてよ」
「やだよ」
反射的にそう言って後ろへいざった。体が一気にこわばる。
「いいじゃん。見せてよ」
「もう見たでしょ」
どうもN川さんが本気らしいのを見て取った僕は、正座の足を崩して、N川さんを向いたまま後ろへ下がる。
「ナオス君のおちんちんが大きくなったところを、まだ見てないの。見たいのよ」
「いやだ」
赤い唇を濡らしてN川さんが迫る。たまらなくなった僕は立ち上がり、後ろを向いて逃げる。と、N川さんも素早く椅子を立ち、僕を教室の隅へ追い詰めた。逃げ場を失った僕は、ガムテープで止めただけの手拭いを押さえて、防衛の構えをした。
「いつまでも未練たらしく手拭いなんか挟むのは、やめようよ」
隙を突いて逃げようとした僕の肩を掴み、尾骶骨のガムテープを引き剥がしたN川さんは、そのまま手拭いを引っ張り始めた。
手拭いを奪われまいと、僕は必死になって前から引っ張る。N川さんもまたY美ほどではないが僕よりも背が高く、彼女が普通に引っ張るだけで、持ち上げられて、手拭いがお尻に食い込む。手拭いを引くと後ろからN川さんが更に強く引っ張る。僕の握る手拭いがどんどん短くなる。とうとう手拭いを奪い取られてしまった。
おちんちんを両手で隠して腰を引いた僕に、N川さんが立ちはだかった。高々と上げた右手からは、僕の股間を覆っていた手拭いがぶら下がっている。
「私、見るからね、絶対。おちんちん、大きくなったとこ」
そう言うと、N川さんは激しい動きで垂れた前髪を掻き上げた。
切り取られそうな痛みに涙を流す僕の頭の中は空っぽで、「やめて、やめてください」と自分の声がむなしく響いていた。背後からはヌケ子さんの笑い声が何重もの膜に包まれて聞こえ、ここが水中であるかのような錯覚を起こさせた。
だらりと垂れ下がったおちんちんの皮は、靴下に似ていた。さんざん引っ張られたせいで、ツーンと痛みが伝わってくる。
「ほらね、この子の皮、少し長すぎるのよ。切った方がいいかも」
そう指摘する先生は、てきぱきと身支度を整えながら、迎えの到着を気にするように、窓へ視線を向けた。両手でおちんちんを隠すと、相変わらず僕の背後に立っているヌケ子さんに手首をぐいと掴まれ、お尻の上へ回された。
「勝手に隠さないで。もっと見せてよ」
いやがる僕のお尻を膝で蹴り上げると、ヌケ子さんが机の向かい側にいるN川さんやN川さんの母さんの前まで、僕を押して行った。両手を後ろでがっしり掴まれた僕は、伸び切った皮に包まれたおちんちんを隠すことができない。
「もうやめて。許してください」
首を振り、腰を捻りながら哀願する僕は、とうとうN川さんの目の前まで連行されてしまった。
「せっかくだから教えてあげなよ」
どれ位お酒を飲んだのかは分からないけども、ヌケ子さんの酔っ払い方は尋常ではなかった。お酒が入って、性格の一つの特徴だけが極端に大きくなったような気味の悪さを感じさせる。
「泣いてないで見せてあげて。こんなに長い皮は珍しいだろうから」
後ろでしっかり手首を掴まれている僕は、このまま性の研究材料にされる恐怖で足が震えた。腰をくねらせ、顔を真っ赤に染めて抵抗しても、むなしいことは分かっていた。けれど、抵抗せずにはいられない。
後ろで掴んでいる僕の手首をぐっとお尻の辺りまで下に引いて、腰を前へ突き出すようにさせたヌケ子さんは、N川さんへ、僕のすっかり伸び切ったおちんちんの皮をゆっくりと剥き上げるように誘っていた。N川さんは、さすがに赤面して顔を上げられないまま、膝の上で軽く拳を握るばかりだった。
「ほら、せっかくの機会だからお勉強だと思いなよ。男の子の無駄に長い皮が包むものは何か、確かめるの」
微笑みを絶やさないヌケ子さんに薄気味の悪さを感じているのは、N川さんも同じかもしれない。助けを求めるように何度か隣りの母親に話しかけたが、N川さんのお母さんは事務のおじさんとの会話に忙しく、娘の相手をしようとはしなかった。戸惑いの表情を隠せないN川さんは、羞恥に震えてピシャピシャと床を踏み鳴らす僕の裸足の指に向けていた視線をゆっくり上げては、おちんちんで止め、しばらく静止してから、ためらうようにまた下へ落とすのだった。
「ごめんなさい」
逡巡の後、N川さんは遠慮がちに小声でそう言った。それは僕にではなく、ヌケ子さんに向けた言葉だった。聞き返したヌケ子さんにN川さんは、もう一度「ごめんなさい」と言い、どうしてもおちんちんの皮をめくることができないと告げた。
「なんでかしら。せっかくの機会なのに」
「だって、なんか、可哀想なんだもん、ナオス君。この子だって、同じクラスの仲間だし、席が隣りだったこともあるの。それがこんな風に私たちの前で丸裸にされて、おちんちんの皮を引っ張られて、泣いてるなんて、私、なんだかこれ以上、ナオス君をいじめたくないの」
「あら、そうなの。優しいのね」
N川さんの強い意志の宿った目にやや気圧されたヌケ子さんは、かろうじて嫌味を口にすると、後ろを向いて先生を呼んだ。N川さんと僕の狭いスペースに入り込んだ先生は、しゃがみ込み、垂れ下がっているおちんちんの皮へそっと指を伸ばした。
「長い。切らないと駄目かも」
するすると皮をめくり上げながら、先生が呟いた。僕は後ろで両手を拘束された不自由な身のまま、何をされるか分からない恐怖にじっと耐える。おちんちんを握られているので下手な抵抗はできない。亀頭が顔を出すと、ヌケ子さんがクスっと笑った。
「はい、これが亀頭ね。この子の場合、普段は皮に被われているから、すごく敏感なの」
頼みもしないのに勝手にレクチャーをする先生にN川さんは不審の目を向けたが、すぐに好奇心に後押しされるように大きく見開いた目を、僕の露出させられた亀頭へ向けた。粘り気のある空気が亀頭を嬲るように包み込む。
先生のもう片方の手がおちんちんを根元で支え、上下に揺する。その際、性的な刺激を与えるかのように前後にも手が動いた。
お腹にくっ付くほど上げて、おちんちんの裏側も見せる。おしっこの出る穴の他に精液の出る穴も、N川さんに説明するのだった。「もういやだ、やめて」と、うわ言をやめない僕のお尻を、背後からヌケ子さんが「うるさい」と叱って、抓った。
熱心に説明する先生の唾が亀頭に掛かった。精液の出る穴の付近に着地した。
おちんちんの根元を摘まんでいる先生の指が更に前後に動いて、止まった。これ以上続けられると、性的な刺激におちんちんが反応してしまう。N川さんの前でおちんちんを大きくさせられたくなかった。このような状況下でも一定以上の刺激を加えられると、性的に感じてしまうことを知られるのは、僕自身の中に残っている尊厳を更に激しく傷つけることになる。
こすっては止まる。その繰り返しが続いた後で、少しずつこする時間が長くなった。それに連れて、僕の感じまいとする努力も辛いものになる。そして、そんな努力がいかにむなしいか、僕はよく分かっていた。明らかに硬くなってきたおちんちんの変化を先生が満足そうな笑みを浮かべて、見守っている。
ずいぶんと弄ばれたおちんちんだけど、考えてみれば昨日の朝にS子の手によって一回精液を放出させられただけだった。刺激を受けて感じやすくなっているのは、確かだった。先生の指がおちんちんの根元からその少し先までの間を忙しなく往復している。
ゴクリ、と生唾を飲み込んでからN川さんが質問した。亀頭に触れるとどうなるのか。男の子はその部分を触られると、痛がるのか。
「試してみる?」
おちんちんの根元で手が止まった。と、先生の指が剥き出しにされた亀頭をペタペタとタッチし始めた。これには思わず大きな声が出てしまう。腰を引いてくねらせ、意地悪な手からおちんちんを遠ざけようと、激しく身悶えする。ひりひりする痛みがツンツンと針のように刺さり、どうにもならない。これはじっと耐え得る刺激ではない。電流に似た痛みが走り、まず肉体がピクリと反応する。
それなのに先生は、「はい、我慢。男の子なら、じっと我慢でしょ」と、僕を叱咤するばかりだった。後ろでがっちりと手首を掴まれたまま、出口に向かおうとする僕にヌケ子さんが痛罵を浴びせた。
「真っ裸のまま、どこへ行こうとするの? この変態の露出狂め」
思わぬ亀頭へのタッチ攻撃のため、半分大きくなりかけていたおちんちんは、たちまち小さく萎んだ。そのことに最初に気づいたのはN川さんだった。N川さんは、「あ、また小さくなってる」と叫んで人差し指を向けた。その指の先がおちんちんを掠めた。弾力性に富んだ亀頭の感触を楽しむように、先生が指で押してくる。その都度、僕は激しく身悶えするのだった。
窓の外でクラクションが鳴った。それが合図であるかのように、先生がおちんちんから手を放すと、床に置いたハンドバッグを持って、すっと立ち上がった。
「では、私はこれで失礼します。さよなら」
お迎えの車が到着したのだった。先生が事務室を出て玄関に向かうと、みんながぞろぞろと見送りに出た。僕もまた、ヌケ子さんに後ろから押されるように玄関入口まで出された。手は自由になっていたが、ヌケ子さんがぴったりと後ろに付いているので、逃げたり体を背けたりすることができない。
車のヘッドライトが入口のガラスを通して眩しかった。運転席のドアが開いて、人影が見えた。先生がハイヒールを履く間に、人影がどんどん入口に近づいてくる。若い男の人でシャツにジーパン姿だった。傘をささなくてもたいして濡れないほど、雨は小降りになっていた。
「もうやだ。見世物になるのは、いやです」
おちんちんを両手で隠し、横を向く僕を、
「駄目。しっかり見送りなさい。お世話になった先生でしょ」
と、ヌケ子さんが叱って、僕の一糸もまとっていない体の向きを前に直す。ヌケ子さんの手が僕の手首を掴み、おちんちんから外す。
「気をつけ」
と、耳元でヌケ子さんが囁いた。
自動ドアが開いて若い男の人が入ってくると、ハイヒールを履いた先生が立ち上がった。そして、若い男の人を自分の弟だと紹介した。
「なんで、あの子は真っ裸なの?」
驚いた顔をして、先生の弟が僕を指さす。
「彼ね、今日は整体のモデルをしてもらったの。裸でね」
「酷いな。ずっと裸のままかよ」
「男の子だから、放っておいていいのよ」
「そんなもんじゃないって。男の子だって恥ずかしいんだよ」
「我慢しなくちゃね」
弟にそう説明した先生は、最後に振り返ってヌケ子さんに頭を下げると、弟と一緒に自動ドアの向こうへ歩いて行った。僕は深く下げていた頭を起こす。車が乱暴にバックして向きを変え、急発進して通りへ出た。
事務室に戻ると、ヌケ子さんはN川さんのお母さんと世間話を始めた。N川さんは無言でお菓子を頬張っている。僕は相変わらず全裸のままで、することと言ったら、ここにいる人たちになるべく裸を見られないようにすることぐらいだった。隅にいて、体をくの字に曲げて窓の外を眺めていると、
「そんなところにいないで、ここに座りなさい」
と、ヌケ子さんに注意された。別にどこにいてもいいじゃないかと思ったが、無論口答えなんか、できない。おちんちんに両手を当てて、背もたれのない丸椅子にちょこんと座る。隣りのN川さんが僕の胸の辺りをちらりと見てから、視線を落とし、それからすぐ横を向いて、お母さんの話に耳を傾けた。お母さんはヌケ子さんに最近の中学校の生徒の質について話しているのだった。
不意に肩を叩かれた。見上げると、事務のおじさんが僕を見下ろしている。首に白い手拭いを巻いていた。
「君のパンツを勝手に雑巾にしてしまって、悪かったな。代わりにこれでパンツ代わりになるかと思ってね」
首から手拭いをするりと抜いて、おじさんが微笑む。手拭いを縦に二つに折ると、僕を椅子から立たせ、股を開くように命じた。
「そうだ。そんな感じ。おちんちんから手を放して」
おじさんが手拭いを僕の股に通すと、前と後ろで端を掴み、キュッと締め上げた。N川さんにガムテープを持ってこさせると、二つ千切って、手拭いの端を一つは僕のお臍の下、もう一つは尾骶骨のところで止めた。
「どうだい。これで大事なおちんちんも隠せるだろう」
満足そうにおじさんが僕の肩を叩いて笑い掛ける。ふんどしみたいでお尻は丸出しだけど、全くの素っ裸よりは、ましだった。ずっとおじさんの首にあって、おじさんの汗を吸い取った布地がおちんちんを包んでいるとは敢えて思わないことにした。とにかく、おちんちんを隠せるのが有り難い。僕は素直にお礼を述べた。
「よかったね、ナオス君。これで少しは恥ずかしくなくなるね」
ガムテープで貼り付けただけの、甚だ頼りない手拭いパンツ姿の僕のおろおろと立つ姿を見ながら、N川さんが元気な声を出した。妙に大きな声を出すと思ったら、N川さんの顔が引きつっていた。笑うまいと必死に堪えているのだった。が、ついに吹き出した。
「ごめんね。笑ってごめん。でも、おかしいんだもん。ナオス君のその格好」
「笑うなんて失礼よ」
N川さんのお母さんがたしなめるが、そのお母さんも僕の手拭いを股に挟んで、前後をガムテープで止めただけの珍妙な恰好を目にすると、手で口を覆い、笑いを漏らした。
「何よ、お母さんだって笑ってるじゃん」
「そうね。いけないわね。でも、おかしいわ」
気がつくと、手拭いをくれたおじさんも笑っていた。ヌケ子さんは電話のダイヤルを回しながら、笑っている。僕は居たたまれなくなり、みんなに背を向けた。窓ガラスに、手拭いを股に通した自分の惨めな姿が映っている。僕自身は、これでもないよりは安心できると思ったが、みんなが笑い転げているので、全裸とあまり変わらない恥ずかしさを覚えてきた。
受話器を荒々しく戻したヌケ子さんが大きく息を吐いた。豪雨で冠水した道路が通行止めになって、会社から大きく迂回して自宅に戻ったおば様が、僕たちを迎えに車で向かっているとのことだった。もう間もなく到着するだろう。ヌケ子さんが作業机に散らばったビール缶やお菓子の皿やごみを片付け始めると、N川さんのお母さんと事務のおじさんもそれに倣った。
急に忙しそうに動き始めた大人の人たちの中にいて、N川さんと僕は、おろおろするばかりだった。邪魔にならないように下がったら、ヌケ子さんにぶつかり、足を踏んでしまった。ヌケ子さんが短い悲鳴を上げる。すぐに頭を下げて謝ったが、思い切り頬を叩かれた。肉を打つ鋭い音が響いて、皆一瞬動きが止まった。
「あなたたち、邪魔なの。どこか別の場所に行きなさい」
ヌケ子さんがヒステリックに叫んだ。僕は叩かれた頬を片手で押さえて、俯いた。耳の奥がキーンと鳴っている。叱られてしょぼんとしているN川さんと僕に、事務のおじさんが、3階の教室だけはまだ施錠してないから、そこに行って二人でお話でもしていたらどうかと勧めた。すぐにN川さんが賛意を表して、僕の手を引っ張った。
わざわざ3階の教室、僕が全裸でモデルをさせられた場所になんか、行きたくなかった。ましてやそこでN川さんとお話なんか、とんでもなかった。第一、どんな話をすればよいのかも分からない。それに、3階の教室には、僕が講習中にさせられたおしっこの入った水差しがそのまま置いてある。そう、ヌケ子さんが片付け忘れている水差しがあるのだった。これをN川さんに気づかれない内に片付けるのは至難と思った。
気が進まない僕の腕を引っ張って、N川さんは元気よく階段をのぼる。2階から上は誰もいなくて真っ暗だった。3階に着くとN川さんが廊下の電気のスイッチを入れた。たちまち無人の長い廊下が蛍光灯の光の中に現われた。
長い廊下を歩いていると、N川さんが振り返った。
「手拭いパンツの穿き心地は、どう?」
「腰の横が剥き出しだから、なんか落ち着かない」
問われるまま、つい正直に答えると、N川さんは口元をだらしなく歪めた。
「そうだろうね。恥ずかしいよね。でも、我慢してね。私しかいないから」
教室に入ると、すぐにN川さんが電気を点けた。机や椅子は全てどこかに運び去られていて、教室には何もなかった。教壇にぽつんと水差しが置かれていた。中の液体は僕のおしっこで、ただ白い床の広がる教室の中では、どうしても目に付いた。窓の外は暗く、幹線道路のオレンジの灯が等間隔に並んでいるのが見えた。カーテンすらも取り払われているのが気になった。外から僕だけが裸でいるのが丸見えだった。
教室から出たN川さんが椅子を一脚だけ持って戻った。どこの椅子だか聞いてもN川さんはとぼけて答えない。教室の中央に椅子を置くと、自分はそこに座り、僕にも腰を下ろすように勧めた。僕は隅に隠れるようにして膝を両手で組んで座った。N川さんが手招きする。もっとそばに来てほしいとのことだった。
何を求めているのかよく分からないけど、とりあえずN川さんに従うことにした。一貫して穏やかな彼女の口調は、いつ変節するか知れない緊張をはらんでいる。
「正座しなよ」
そう言って、N川さんは照れたように笑う。僕は命じられるままに硬い床に膝を曲げた。学校の制服姿のN川さんは紺のスカートの先を伸ばして、膝を隠した。
何もない教室にN川さん二人きりでいる。背筋を伸ばした美しい姿勢で椅子に座るN川さんに、手拭いを股に挟んだだけの格好の僕が正座して、向かっている。変な状況だった。N川さんは、しばらくもじもじしていたが、やがて、「暑いね」と言った。僕がそれほど暑くないと答えると、
「裸だからね、ナオス君は」
と、憂いのような色を浮かべた目をして、溜息をついた。が、意を決したように、
「でも、私まで脱ぐなんて、できないし」
と、窓を開けに席を立った。開け放った窓から涼しい夜風が通い、僕の露出している肌をくまなくなぶった。
椅子に戻ったN川さんが足を組む。スカートの奥がちらりと見えたような気がした。すぐに気付いたN川さんは、足をすばやく戻した。
「すけべ。見たでしょ」
「え、見てないよ。見えなかった」
「見えなかったって言うことは、見ようとしたんでしょ」
「別にそんなつもりじゃ・・・」
言葉に詰まった僕は、正座中の膝に軽く握った拳を置いて、項垂れた。さんざん僕の恥ずかしい部分を見たくせに、自分のは一瞬でも下着すら見られたくないらしい。その不公平さに納得できないものを感じて、顔が上気する。N川さんは僕の不満を感じ取ったようだった。
「冗談だよ。ごめん」
軽く笑って、人差し指で僕の額を突いた。
それにしても僕は、なんで正座させられているだろう。理由を問うと、男の子は人の話を聞く能力が女子に比べると甚だしく低いから、まず、きちんと話を聞く姿勢を取らせる必要があると、母親の書棚のあった育児書に書かれていたと言う。僕が少しでも足を崩そうものなら、N川さんのスリッパの脱げて露出した白い靴下が僕の膝に下りてきて、元の姿勢に直すように、それとなく命じるのだった。
そこでN川さんは、小学五年生の時、僕がパンツ一枚の裸で廊下を歩かされているのを見たという話をした。Y美に連れられて、一人だけ身体検査を受けに保健室まで歩かされた、忌まわしい思い出のことだった。
身体検査の日に休んだ僕は、一人だけ別の日に受けることになったが、保健委員のY美は、僕にまず教室でパンツ一枚になるように命じ、皆の前で裸にさせると、その格好のまま廊下へ連れ出し、保健室まで歩かせたのだった。
別のクラスだったN川さんは、僕がY美の後ろをパンツ一枚の格好で歩いているのを見て、大いに同情したのだと言い、今でも忘れ難い光景だと付け足した。今日、僕が公民館の受付窓口でパンツ一枚で立っているのを見た時、すぐに記憶がフラッシュバックしたと言って、大きく息をついた。
「だって、あの時とおんなじ、白いブリーフのパンツなんだもの」
思い出したくないことを思い出し、耳が赤く染まるのを感じる僕は、視線を床の一点に定めて、ひたすら聞き流すことに努力した。
相槌すら打たなくなった僕を気遣ったのか、不意にN川さんは話題を転じた。クラスメイト、先生の噂、N川さんが通っている塾のことなど、思いつくままに喋り続ける。塾で学習する内容は、学校とは全然違うことを強調した。
「ねえ、ナオス君はどこの塾に行ってるの?」
好奇心で輝いている瞳が僕を射るように見つめる。その迫力に圧されつつ、かろうじて塾には行っていないと答えると、N川さんは大仰に驚いてみせた。
「信じられない。ナオス君、成績が落ちたのもそれが原因じゃない。塾は行った方がいいよ。Y美さんだってこの間バス停で会ったから、どこに行くのって聞いたら塾だって返事してたよ。一緒に暮らしているナオス君は、なんで一人だけ怠けてるのよ」
別に怠けているのではない。できれば僕だって塾に行き、人並みに勉強の機会が与えられたいと思っているけど、おば様が許してくれないのだった。もちろんそのような事情をN川さんに打ち明けることはできない。ここで僕の話したことが、おば様に対する非難として、いずれおば様の耳に届くようなことがあれば、僕だけでなく、僕の母親にも危害が及んでしまう。僕は言葉少なに事情を説明した。
「そうなんだ。家の手伝いねえ・・・ じゃ、学校から帰って、どこかに遊びに行くことはないの?」
これも、ないと答える。家では窓拭き、雑巾掛け、おば様やY美の衣類のアイロン掛けなどが待っている。それに、家に着いたら、まず服を脱いでパンツ一枚にならなければならない。
以前、町へ文房具を買いに行きたいと、Y美とおば様に頼み込んだことがあった。たまには外で気晴らしがしたかった。自分の仕事を済ませたのならばどこへでも遊びに行って構わないじゃないのとY美が言い、おば様も異を唱えなかった。但し、帰宅したら、翌日の学校まで裸でいるのがこの家に居候する人に課せられたルールだから、外出を理由に服を着ることは許さない、とおば様が続ける。Y美が笑って、パンツ一枚でどこにでも好きな所へ行けばいいよ、と手を振った。
「そうなんだ。ナオス君て、ほんとに大変なんだね」
自分とは大いに生活スタイルが違う僕に興味しんしんのN川さんは、更に質問を続けた。僕は困惑を覚えた。何も好んでこのような生活を送っているのではない。家庭の事情でやむを得ず居候させてもらっている家で、奴隷のような立場に身を置いているに過ぎない。家事手伝いが終わって暇な時は何をしているのかとN川さんが問い、答えに窮した。
「別に。なんにもしてない」
「ふうん、そうなんだ」
語尾を伸ばしたN川さんの顎が上向きになった。軽蔑の眼差しが手拭いをまとっただけの僕の体に降り注ぐ。実際に僕は何もしていなかった。自分の部屋に戻り、マットの上で寝そべるくらいしか、することがない。僕の部屋には掛け布団もカーテンもない。家具もない。マットがあるだけだ。でも、退屈だからと言って部屋の外を下手にうろつくと、Y美に見つかる。いたずら心を起こしたY美に、このたった一枚だけ着用を許されているパンツを脱がされかねない。
「じゃ、一日の大半を裸で過ごしてるんだね。ナオス君は」
頻りに感心しながらN川さんが、N川さんの足元で正座する僕をじろじろと眺め回す。僕は全裸に近い自分の体をすぼめた。と、N川さんがぐっと僕に顔を近づけて、
「で、お願いがあるんだけどさ」
と、低い声で囁いた。唾液に濡れた舌が口中にからまっていた。
「お願い?」
「そう、お願い。おちんちん見せてよ」
「やだよ」
反射的にそう言って後ろへいざった。体が一気にこわばる。
「いいじゃん。見せてよ」
「もう見たでしょ」
どうもN川さんが本気らしいのを見て取った僕は、正座の足を崩して、N川さんを向いたまま後ろへ下がる。
「ナオス君のおちんちんが大きくなったところを、まだ見てないの。見たいのよ」
「いやだ」
赤い唇を濡らしてN川さんが迫る。たまらなくなった僕は立ち上がり、後ろを向いて逃げる。と、N川さんも素早く椅子を立ち、僕を教室の隅へ追い詰めた。逃げ場を失った僕は、ガムテープで止めただけの手拭いを押さえて、防衛の構えをした。
「いつまでも未練たらしく手拭いなんか挟むのは、やめようよ」
隙を突いて逃げようとした僕の肩を掴み、尾骶骨のガムテープを引き剥がしたN川さんは、そのまま手拭いを引っ張り始めた。
手拭いを奪われまいと、僕は必死になって前から引っ張る。N川さんもまたY美ほどではないが僕よりも背が高く、彼女が普通に引っ張るだけで、持ち上げられて、手拭いがお尻に食い込む。手拭いを引くと後ろからN川さんが更に強く引っ張る。僕の握る手拭いがどんどん短くなる。とうとう手拭いを奪い取られてしまった。
おちんちんを両手で隠して腰を引いた僕に、N川さんが立ちはだかった。高々と上げた右手からは、僕の股間を覆っていた手拭いがぶら下がっている。
「私、見るからね、絶対。おちんちん、大きくなったとこ」
そう言うと、N川さんは激しい動きで垂れた前髪を掻き上げた。
女の子は残酷ですね。その女性の残忍性に男ども
が惹かれていて、なおかつ女性もそれが判っていて
思い通りに支配したり虐めたりする所に快感を感じたり
と思っただけで興奮しちゃいますね。
気長に連載して頂ければと思います。
この世界にはまともな大人がいないですね。(特に女性)(作品的にはもちろん面白いんですが!)
後100回も叩かれたら痛くて座れないような・・・
これからも期待してますので、無理せず頑張って下さい。
コメントありがとうございます。
おっしゃる通りだと思います。
mmm様
あたたかいお言葉に感謝します。
がんばります。
次の更新に向けて努力いたします。
ねちねちと続けていきたいと思っています。
コメントくださった方、どうもありがとうございました。
早く続きが読みたいです!
コメント、ありがとうございます。
ようやく更新を果たしました。
これからもお読みいただけると嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いします。
作品に関係ないものをあちらこちらのコメントに乱射して何がしたいんですか?