当方見聞記

旅と舞台・ライブ話を気ままに書いてます

西本願寺(2)

2010年12月24日 | 日記
前回の続き。

西本願寺には伏見城の遺構と言われる門があります。(でも、これは確証ありません)

唐門。もちろん国宝。


書院の正門として建立されていますが、現在は開放されていないので、この門から入ることはできません。
しかも、通常拝観で入る阿弥陀・御影堂門からだと、見落としてしまうような場所にあります

しかし、さすがと言うか…遺構とまで言われるだけはあって、本当に見事な細工

   

彫刻の一部の写真ですが、透かし彫りも見事なもんです
彩色も凄いし
ついこないだ久能山東照宮見たせいか、余計この豪華さに食いつきました
黒を基調にするあたりが、桃山っぽさを感じますよね~
東照宮も黒使うけど、朱のが目立つんですよね。しかし桃山のは黒と金が目立つイメージ

2枚目をよく見ていただけるとわかりますが、門にさりげに菊の御紋が…
元あった場所(こんだけ豪華なら本当に伏見城だと思うけど…)では勅使門だったんじゃないのかな?
さすがに簡単につけてはいけない紋ですからね、あれは

これは書院。一応全体図。


これは黒書院入口。


書院はもちろんこれまた国宝です。
白書院とされる部分は伏見城の遺構説もありましたが、江戸時代に建てられたもの。まぁもしかしたら伏見城にあったものを模して作ったかもしれませんがね
中には能舞台などもあります。
ものすご~く稀に、特別公開がありますが、まだ見たことがありません…見たいよう
黒書院は完全非公開です

そして最後に外回り。
『西本願寺前』のバス停からも見えますが、太鼓桜があります。

これは新撰組が使用した太鼓桜です。
西本願寺で、現在唯一残っている、新撰組の縁のモノです。
人数が増えて、壬生の屯所では収集がつかなくなった新撰組は、西本願寺に本拠を移し北集会所と太鼓楼を『新撰組本陣』として使用していました。
西本願寺は、広さはもちろん、敵となる長州藩士が頼っていた場所だったため、新撰組にとったら眼を光らせるのにもちょうどいい場所だったんですね~。
ま、移動してからは、中で戦闘練習してたので、とんでもなく周囲から嫌われていたようですが…
ちなみに北集会所は、現在は姫路の亀山御坊本徳寺に一部ですが移設されてるみたいです。