(つづき)
【龍良山】
浅茅湾遊覧の後は龍良山へ登ります。
麓にツシマヤマネコを自然に返すための広大な順化センターがあります。
家猫との交配を避けるためかなり厳重です。
そこから龍良山に入ります。
龍良山は豆酘集落に聖なる森、禁足地として祀られてきました。
今では縄文、弥生からの照葉樹林が残るのは西日本では屋久島とここだけです。
雨のせいもありますが近所の雑木林と違ってどんより暗い森。
葉っぱの色がどれも深緑。
下草が少なく歩きやすいため、逆に案内無しだと間違いなく迷います。
アリトオシ
蟻も通すほど細かい棘があります。
有名な長老スダ爺です。
来ました「裏八丁郭」!
ここが禁足地の境界線で山の反対側にも「表八丁郭」があるとか。
昔は見るのもダメでした。
ここで引き返します。
この森に来れたおかげで背景がパワーアップしそうです。
幸か不幸か(笑)
【安徳天皇陵】
続いて久根の安徳天皇陵へも参りました。
小高い丘の中腹にあり、現在でも近くの集落に守り伝えられているとか。
入り口の看板。
「(地元の人は陵墓の主が)安徳帝であると信じ切っている」
うーむ
微妙なニュアンスです(笑)
登って行くと陵墓がありました。
石塔が立ってます。
ここには落ち延びてきた側近らと眠っておられるとか。
一周してみましたが特に発見はありませんでした。
自分個人の感想としては別に安徳天皇が落ち延びて来られていてもおかしくないと思ってます。
あれだけの大軍団で守られた帝が逃げ延びられないって方が不自然でしょう。
そもそもどっちだろうと歴史の流れに大きな差は無いですし(笑。
安徳天皇に限らず、様々な合戦で討ち死にした大将達の中にも
実はひっそり生き延びて田舎の片隅で年老いて人知れず死んだ人物は沢山いると思いますよ。
安徳天皇陵のある久根田舎地区は今でも沢山の「石屋根」が残ってます。
これは対馬特有の石材で葺いた備蓄庫。
近世から建てられていたようです。
中世対馬の民家は草葺だったようですが、倉庫はどうだったんでしょうか?
アンゴルモアの中では石屋根が建ってます(笑。
この伝統的な蔵もだんだん数が少なくなって屋根部分だけ瓦に変わってるものもありました。
もう新規に建つ事は無いのでしょう。
動画をアップしましたのでよろしければご覧ください。
【対馬、久根田舎の石屋根】
別の場所に展示用の立派な石屋根もあります。
近所の椎根という地区です。
そこの民家に対馬固有の百合であるオオゴンオニユリが咲いてました。
そして最終目的地の小茂田神社に向かいます。
(つづく)