ヨーロッパでの2作品(『グランド・ブタペスト・ホテル』『フレンチ・ディスパッチ』)と、日本(と言っていいのか)での1本(『犬ヶ島』)を経てウェス・アンダーソンが久しぶりにアメリカに帰ってきた。今回は1955年、アメリカ南西部の架空の町アステロイド・シティが舞台…という設定の演劇制作が描かれる。カラフルでキッチュなウェス・アンダーソン印のプロダクションデザインと、豪華オールスターキャストによるユーモラスなアンサンブルといった具合に紛うことなきアンダーソン映画なのだが、一見しただけでは飲み込みづらく、思いのほか難解な作品に仕上がっていることに驚かされた。
砂漠の真ん中にあるアステロイド・シティは12席のダイナーとモーテル、車の整備工場しかない箱庭のような小さな町。名物は郊外にある隕石衝突跡のクレーターだ。どうやら少し離れた所には米軍基地がある様子で、アステロイド・シティにはジュニア発明コンテストの表彰式に出席すべく、子供と大人たちが大挙してやって来る。時折、ズシンと地響きがしたかと思うと、はるか彼方にはキノコ雲が。アステロイド・シティは核実験場の近くでもあるのだ。
『グランド・ブタペスト・ホテル』では戦前のヨーロッパに、『フレンチ・ディスパッチ』では在りし日の雑誌文化にと、常に自分が間に合うことのできなかった古き良き時代への郷愁を抱き続けてきたウェス・アンダーソン。『アステロイド・シティ』が描くのは宇宙開発と科学技術の発展に湧くアメリカの姿だが、原爆を遠景にする“古き良き時代”とはあまりに紙一重であり、ここがアメリカにとって重要な分岐点だったという想いもあるのだろう。かつてデヴィッド・リンチは『ツイン・ピークス The Return』で1945年に行われたニューメキシコ州での核実験がキラーボブという邪悪の誕生の瞬間であったとアメリカ史を総括し、奇しくも『アステロイド・シティ』の後には原爆の父オッペンハイマーを描いたクリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』が待機している。この巡り合わせは決して偶然ではないだろう。
本作でもう1つ、アンダーソンが強い想いを寄せているのは1950年代に勃興したアクターズスタジオの存在だ。当時のハリウッドにはなかったメソッド演技がマーロン・ブランドら新しい世代の俳優たちを生み出し、映画芸術は新たなルネサンスを迎えることになる。だが1955年から遠く今、批評家の援護を受けても集客はロクに変わらず、アンダーソンのような作家主義の映画が口コミによるスマッシュヒットを飛ばす事は難しくなった。ハリウッドの映画産業が終焉の一途を辿っている現在、『アステロイド・シティ』はこれまで以上に切実で、取り返しのつかない分岐点への悔恨にも見えてくる。気付けばアンダーソンも54歳。彼もまた“最後の映画”を撮り始めているのだろう。
キャスト陣ではアンダーソン組ジェイソン・シュワルツマンの円熟が目を引き、充実のスカーレット・ヨハンソンとのコラボレーションは本作のハイライトだ。アンダーソンは前作『フレンチ・ディスパッチ』でのレア・セドゥに「おお、女優を撮れるようになったのか」と驚かされたが、本作ではヨハンソンがそのポジションを担い、今やハリウッドを代表する名女優となった彼女から往年のスターを思わせる風格を引き出していた。そろそろ『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のような現代劇も今一度、見てみたいのだがどうだろうか。
『アステロイド・シティ』23・米
監督 ウェス・アンダーソン
出演 ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、ティルダ・スウィントン、ジェフリー・ライト、エドワード・ノートン、リーヴ・シュライバー、ホープ・デイヴィス、スティーヴン・パーク、マーゴット・ロビー、エイドリアン・ブロディ、マヤ・ホーク、スティーヴ・カレル、ウィレム・デフォー、ホン・チャウ、トニー・レボロリ、ソフィア・リリス、ジェフ・ゴールドブラム
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