長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

第93回アカデミー賞予想(受賞予想編)

2021-04-12 | 賞レース
 さぁ、いよいよアカデミー賞へのカウントダウンだ。アメリカでは新型コロナウィルスのワクチン接種が急ピッチで進んでおり、バイデン政権は4月中に全成人への接種を完了すると見込みを発表。映画館も収容人数の制限はかかっているものの、営業を再開した。劇場公開とHBOMaxでの同時配信も注目を集めるワーナーブラザーズは『ゴジラVSコング』をリリースし、週末興行成績は3220万ドルというコロナ禍最高記録をマーク。ようやく映画界に明るい兆しが見え始めた中、アカデミー賞は2会場同時開催で収容人数問題をクリアし、従来通りの式を開催するとして準備を進めている。

 各組合賞の結果も出揃い、いよいよオスカー本番間近である4/12時点の受賞予想である。作品賞候補8作品を中心に、オスカーポテンシャルを解析していきたい。

『マンク』最多10部門ノミネート
(作品・監督・主演男優・助演女優・撮影・美術・衣装デザイン・録音・作曲・メイク)
映画史上最高の傑作『市民ケーン』製作の舞台裏を描いたデヴィッド・フィンチャー監督作。撮影や衣装、美術など1930年代当時のプロダクションデザインを再現した技術的達成が本年度最多ノミネートに結実した。全米の各批評家賞では年間ベスト10に選出され、ゴールデングローブ賞でも最多6部門でノミネートと2020年を代表する1本として数えられているが、どういうわけか“年間ベストワン”と謳う賞は皆無。一筋縄ではいかないハイコンテクストな構成と、“アンチハリウッド”なテーマ性はアカデミー賞からは遠く、改めてフィンチャーの孤高を証明することになるだろう。亡父ジャック・フィンチャーが手掛けた脚本も候補落ちした。


『シカゴ7裁判』6部門ノミネート
(作品・助演男優・脚本・撮影・編集・主題歌)
1968年、シカゴ民主党大会で起きた暴動と、それを扇動したとして告発された政治運動家たち“シカゴ7”の戦いを描く実録法廷ドラマ。豪華オールスターキャストの熱演が光る、ハリウッド伝統の社会派劇だ。名脚本家アーロン・ソーキンは残念ながら監督賞候補を落としたものの、アカデミー作品賞の重要な試金石となる俳優組合賞キャストアンサンブル賞を受賞。投票母数としては最も大きい俳優層に訴え、Netflix初の作品賞獲得を目指す。


『ノマドランド』6部門ノミネート
(作品・監督・主演女優・脚色・編集・撮影)
ヴェネチア映画祭での金獅子賞受賞を皮切りに、全米の批評家賞を独占。米製作者組合賞、監督組合賞も押さえ、盤石の態勢でオスカー本番に挑む今年の本名作だ。ホームレスとなり、車上生活を余儀なくされた高齢女性を通じて現代のアメリカを射抜く。美しく詩情に満ちたアメリカの辺境はジョン・フォードから連なるアメリカ映画の伝統的ランドスケープであり、これを中国系アメリカ人女性監督クロエ・ジャオが継承するという、アメリカ映画史に残る重要なモーメントが近づきつつある。ジャオは作品、監督、脚色、編集の4部門でクレジットされており、これも女性監督による最多記録。その全てを受賞する可能性がある。


(作品・主演男優・助演男優・脚本・編集・録音)
近年、秀作をリリースし続けるAmazonスタジオがついに主要部門ノミネートを達成した。デレク・シアンフランス作品の脚本を手掛けてきたダリウス・マーダーの監督デビューとなる本作は、聴覚を失ったドラマーを描く“難病モノ”でありながら、やがて心の静寂とは何か?という哲学的な問いかけにシフトしていく。主人公の体感を再現したサウンドデザインは本作の真の主役だろう。躍進著しいリズ・アーメッドは本来ならば主演男優賞の最有力候補だが、今年は故チャドウィック・ボーズマンに譲ることになるか。


『ミナリ』6部門ノミネート
(作品・監督・主演男優・助演女優・脚本・作曲)
昨年の覇者『パラサイト』に続いて今年も韓国をテーマとした作品がノミネートされた。とはいえ、こちらは気鋭A24とブラッド・ピット率いるプランBによる純然たるアメリカ映画。1980年代にアメリカへ移住した韓国人一家を描く本作は、移民国家アメリカの原風景を映し出し、人種を超えた支持を獲得している。アジア系を標的とするヘイトクライムが相次ぐ今、ハリウッドが社会的意義を強く意識すれば作品賞の目もあるだろう(オスカーとは時勢も重要なのだ)。


『ファーザー』6部門ノミネート
(作品・主演男優・助演女優・脚色・編集・美術)
監督フローリアン・ゼレールが自らの舞台劇を脚色。アルツハイマーに侵された老父の主観から記憶と現実が描かれていく。昨年の『2人のローマ教皇』に続き、2年連続のノミネートとなったアンソニー・ホプキンスは主演男優賞最高齢83歳の記録を達成。ここにきて『羊たちの沈黙』以来のキャリア最高作という評価を獲得している。


『Judas and the Black Messiah』5部門6ノミネート
(作品・助演男優×2・脚本・撮影・主題歌)
1960年代、ブラックパンサー党のカリスマ的指導者フレッド・ハンプトンと、彼を暗殺すべくFBIから送り込まれた内通者を描く実録ドラマ。オスカーノミネート資格期間が今年2月まで延長されたことを受け、最終投票ギリギリにリリース。2020年は『あの夜、マイアミで』『ザ・ファイブ・ブラッズ』『マ・レイニーのブラックボトム』と黒人映画の豊作年だったが、それらを蹴落として作品賞ノミネートを獲得する快挙となった。ハンプトン役のダニエル・カルーヤは候補入りが有力視されていたが、内通者役ラキース・スタンフィールドのノミネートは本人も驚きだった様子。結果、主役2人が共に“助演”賞候補という珍事に至った。ちなみに同一作品から助演男優賞候補が2人出るのは昨年の『アイリッシュマン』から2年連続。これは76年『ロッキー』、77年『ジュリア』以来の記録らしい。


(作品・監督・主演女優・脚本・編集)
『ザ・クラウン』などで知られる女優エメラルド・フェネルの監督デビュー作。キャリー・マリガンが夜な夜な男達に鉄槌を下すリベンジムービーである本作は、候補作中1番のパンキッシュな映画だろう。全米の批評家賞では先頭走者『ノマドランド』を猛追する人気。作品賞獲得に必要な主要部門(監督・脚本・編集賞)ノミネートをこぼさず達成した。マリガンは出世作となった『17歳の肖像』以来、11年ぶりのノミネートとなり、随分待たされた感がある。


 コロナ禍のハリウッドを支えたNetflixがスタジオ別で最多38部門のノミネートを獲得し、いよいよオスカーを制する…と言いたいところだが、エミー賞でも顕著なように数は獲っても主役になれないのが現在のハリウッドにおけるNetflixへの評価だろう。最多候補は『マンク』だが、本命はよりハリウッドライクな『シカゴ7裁判』であり、必須条件ともいえる監督賞ノミネートこそ落としたものの、絶対的な俳優層からの支持でNetflix初の作品賞を目指す。

 本命『ノマドランド』の唯一の弱点はこの“俳優支持”だ。映画を見るとわかるのだが、俳優は主演のフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンのみ。2人以外は全て本物のノマドが自身を演じている。これこそがクロエ・ジャオ監督独自のメソッドだが、アカデミー会員のほとんどは俳優であり、いったいどこまで支持を得られるのか未知数だ。事実、全米俳優組合賞では作品賞に相当するキャストアンサンブル賞候補を落としている。

 ダークホースには『ミナリ』を挙げよう。全編に張り巡らされた宗教的モチーフと、アメリカの原風景ともいえる移民一家の姿は幅広い層に響くハズだ。昨年の『パラサイト』により韓国映画の土壌が培われていることも心強い現在、全米ではアジア系を標的にしたヘイトクライムが多発しており、そんな最中に本作がオスカーを獲得し、多くの声なきアジア系に光を当てる意義は大きい。

【下馬評通りならこうなる】
作品賞 本命『ノマドランド』
(対抗『シカゴ7裁判』、ダークホース『ミナリ』)

監督賞 クロエ・ジャオ『ノマドランド』
主演男優賞 チャドウィック・ボーズマン『マ・レイニーのブラックボトム』

主演女優賞 キャリー・マリガン『プロミシング・ヤング・ウーマン』
 …但し、前哨戦はゴールデングローブが『The United States VS. Billie Holiday』のアンドラ・デイ、クリティクス・チョイス・アワードがマリガン、俳優組合賞が『マ・レイニーのブラックボトム』ヴィオラ・デイヴィス、そして英国アカデミー賞が『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンドと重要前哨戦全ての結果が割れる大混戦。となると受賞経験者よりマリガンの方が有利、そして票が割れたらアンドラ・デイが有利か?

助演女優賞 ユン・ヨジョン『ミナリ』
対抗 マリア・バカローヴァ『続・ボラット』、大穴 グレン・クローズ『ヒルビリー・エレジー』、アマンダ・セイフライド『マンク』
 作品人気と、俳優組合賞の結果を踏まえればヨジョンで当確だが、既に受賞済みの『ファーザー』オリヴィア・コールマン以外の全員にチャンスがある。前哨戦の批評家人気はまさかのバカローヴァが一番。だが、通算8度目のノミネートとなるグレン・クローズをまたしても手ぶらで帰らせるなんてことが出来るだろうか?(クローズはまさかのラジー賞とのWノミネートである)。票が割れれば作品の良心ともいえるセイフライドにもチャンスがある。

助演男優賞 ダニエル・カルーヤ『Judas and the Black Messiah』
対抗サシャ・バロン・コーエン『シカゴ7裁判』、ポール・レイシー『サウンド・オブ・メタル』
 既にノミネート経験もあり、実力十分の若手カルーヤへ賞をあげることには何の異論もないだろう。2020年は大活躍だったサシャにも資格十分。票が割れれば裁判所の手話通訳士という異色キャリアのレイシーにもチャンスがある。

脚本賞 『プロミシング・ヤング・ウーマン』
対抗『シカゴ7裁判』
 今年は候補5作品が全て作品賞候補という史上初の記録を達成した激戦区。初監督で初候補のフェネルには、監督賞は無理でも脚本賞を…という追い風が吹きそう。

脚色賞 『ノマドランド』
撮影賞 『ノマドランド』

編集賞 『ノマドランド』
対抗『シカゴ7裁判』
作品賞の分水嶺となる重要部門。

美術賞 『マンク』
衣装賞 『マンク』
メイク賞 『マ・レイニーのブラックボトム』

視覚効果賞 『ミッドナイト・スカイ』
対抗 『テネット』
 組合賞は前者が制しているが、ノーランの奮闘を無視するのはあまりに不憫ではないか。

録音賞 『サウンド・オブ・メタル』
作曲賞 『ソウルフル・ワールド』
主題歌賞 『あの夜、マイアミで』
国際長編映画賞 『アナザーラウンド』
長編ドキュメンタリー賞 『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』


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