ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

 縁  ~伊達へ導く

2015-07-03 22:18:23 | 北の湘南・伊達
 母が亡くなってからは、兄の住む実家へは足が遠のいた。
だから、夏の長期休暇を使って
久しぶりの墓参りを計画したものの、
その後の旅行先が決まらなかった。

 「伊達にでも行ってみる?」
家内の、半分以上冗談のひと言に、私の心が動いた。

 まだまだ定年退職など先の先と思っていた頃、
新聞の特集記事に『北の湘南・伊達、移住者に人気』とあった。
 その紙面に目を通しながら、
「老後は、伊達に住んだりして。」
と、これまた半分以上冗談を口にした。

 その後、伊達で20年近く暮らす姪に、
何年かぶりに会った時、
「いつか伊達に住もうかな。」と話をむけてみた。
すると、即座に
「叔父ちゃんには、無理。」と一蹴された。
 それでも、移住促進用の案内パンフレットとビデオを、
市役所から取り寄せたものの、
そのまま引き出しの肥やしになってしまった。

 その程度の興味関心なので、移住への本気度が低いまま旅行計画に、
『伊達一泊』を加えた。
「街の雰囲気を感じるだけ。」
そんな思いのみだった。

 5年前の8月のことである。
千歳空港に降り立つと、早速レンタカーで
登別の公設霊園に眠る両親の墓参を済ませ、
伊達に向かった。

 高速道の伊達インターの少し手前に、有珠山サービスエリアがあった。
ビュースポットらしいので立ち寄ることにした。

 北国特有のやや白色をおびた澄んだ青空を背景に、
荒々しい様相の有珠山と、それに寄り添う煉瓦色の昭和新山が
鮮やかな稜線を描いていた。
 私は、その神々しさに、一瞬息を飲んだ。

 そして、その左手前の足下に、
伊達の街が、群青色した噴火湾に向かってなだらかに広がっていた。
 高い建物は見当たらず、整然とした家々のたたずまいが、
真夏の明るく降りそそぐ日射しの下にあった。
 穏やかで静寂な空気が流れていた。

 「この街なら、住んでもいい。」
初めて見た伊達への、素直な想いだった。
 街を囲む畑と山々の濃い緑が、私からしばらく時間を奪った。

 その日の宿は、Aホテルを予約していた。
 薄暗いロビーだった。予想に反していた。
同世代らしい支配人が、フロントで対応してくれた。

 千葉市からの宿泊客は、珍しかったのだろうか。
 「こちらへは、ご旅行でおいでですか?」
物言いが柔らかで、実直さがにじみ出ていた。

「いい土地があったら、住もうかなと思いまして。」
私は、挨拶替わりに言葉を返した。

「何か、あてでもおありで。」
「いいえ、ただ漠然と。」

「案内をしてくださる方は。」
「別に、当てもなく。」

「じゃ、紹介しましょうか?」
「………。」

「大丈夫ですよ。間違いない方を紹介します。」

 30分後、地元S建設の名刺を持ったSと名乗る
息子と同年代の社員が、ロビーに現れた。
 しっかりと相手の顔を見て、
歯切れのいい口調で会話する青年だった。
 彼は、明日10時から市内を案内すると約束を済ませ、、
私たちの素性を詮索することもなく、立ち去った。

 好印象を抱いた私に、
支配人は、S建設の社長の甥で、
お父さんは副社長をしていると教えてくれた。

 そして、これまた、「夕食の予定は?」と訊いた。
「軽く飲みながら、どこか美味しいところがあれば。」
と言うと、早速、受話器を握り、馴染みの店を予約してくれた。

「大きなほっけが自慢の店ですから。
それは是非注文してみては。」
と、それでなくても低姿勢な物腰をさらに低くした。

 夕暮れを待つようにして、その居酒屋へ向かった。
まだ、明るさが残る市街地であったが、
都会暮らしに馴染んでいた私は、人通りの少なさに驚いていた。
ひときわ明るいスーパーマーケットがあった。しかし、そこも閑散としていた。

 わざわざ予約したその店に、先客はなかった。
支配人のお勧めのほっけと一緒に、
北の味覚とばかりイカ刺しも注文した。
 ほっけもさることながら、期待通り、一切れイカ刺しをほおばり、
その美味しさに笑みがこぼれた。

 「美味しいね。」を何度もくり返しながら、
生ビールがすすんでいた時、
馴染みのお客さんが、店主と女将さんのいるカウンターの席に座った。
 その常連さんは、腰を下ろすなり、大きな声で、
「今日は市場が休みだから、イカ刺しはダメだ。何かお勧めは?」と。

 私と家内は、まだ皿に残っているイカ刺しを見た。
そして、ビックリ顔で互いを見合った。
 女将さんは、「市場は休みでも…。」と口ごもりながら、
小声で常連さんと何やら言葉を交わしていた。

 私は、「でも、なかなか美味しいイカ刺しだ。」
と言い訳がましく呟き、
それまでとは違う気分で、残りに箸を向けた。

 そして、注文した品を一通り食べ終えた頃だった。
小洒落た真っ白な器に入った玉子スープが2つ運ばれてきた。

 不思議な顔をする私たちに、女将さんは、
「主人からです。得意料理なんですが、お口直しに。」
と遠慮気味に言った。
 「すみません。」「いただきます。」
と、言いながら味わったそのスープは、
それまでのどんな玉子スープより上品で澄んだ味がした。

 大皿からはみ出した脂ののったほっけより、
「美味しいね。」を連発したイカ刺しより、
初めての伊達での夕食は、この玉子スープの味が一番になった。

 店主は、何かの事情でだろう、声を失っていた。
店を出るとき、カウンターに近づき、お礼を言うと、
それまで見せなかった明るい表情を作り、
胸元で両手を合わせ、深々と頭を下げた。
 私は、ただただ恐縮し、再び玉子スープの味を思い出した。

 翌日、約束の時間に1分と違わず、
S建設のSさんは、ホテルに現れた。
 愛車ボルボに私たちを乗せ、4時間近くをかけて、
市内観光と様々な宅地へと案内してくれた。

 「この土地は、お二人で暮らすには少し広いので。」
と、若干スピードを緩めて通り過ぎた宅地に、私の目が止まった。
 Sさんと別れてから、もう一度、その宅地を見に行った。
 「伊達に住むのなら、ここだ。」と直感した。

 数ヶ月後、Sさんに連絡を入れ、
その宅地の売買契約の依頼をした。
数日後、千葉まで土地契約に出向くと連絡があった。
「わざわざ千葉までは。」と言う私に、
「いえ、我が社の支社が、千葉市にあるので。」
とのことだった。全く知らなかった。

 よく、人生は、「縁」で結ばれると言う。
5年前の夏、初めての伊達で
見た、触れた、接した、聞いた
幾つもの景色と、風と、人と、音が
私をここへ、導いた気がする。




 街路樹の山法師(ヤマボウシ)が満開

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