ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

笑 顔 ・ 笑 顔 その1

2017-09-08 22:06:36 | 教育
 ▽ 確か10数年前になる。
テレビ番組の『学校に行こう』が、子ども達に人気だった。
 その1コーナーに、学校の屋上に1人立ち、
眼下にいる校庭の子ども達に、
自分の想いを叫ぶものがあった。

 それと同じことを、私の学校で年に1,2回、
朝の集会で行っていた。
 「全校児童にでも、ある特定の人にでもいいから、
みんなの前で訴えたいことや、
叫びたいことがある人はどうぞ!」と、
事前に集会担当の高学年が呼びかけた。
 いつも20人位の子どもが名乗りを上げた。

 屋上からは危険なので、
3階にある体育館のバルコニーに、
主張したい子が立ち、大声で叫んだ。
 色々な訴えがあったが、
強く心に残っているものがある。

 4年生の男の子だった。
その子が、バルコニーに現れると、校庭の全校児童から、
「エーッ!」。
 なんとも重たい驚きの声がもれた。

 予想外なのだ。
「あの子が、何か言うの!? そんなこと、できるの?」。
 みんなが、一様にそう思った。
確かに地味な子だった。

 校長として毎朝、校門で子ども達を迎えていた。
いつも背中を丸め、小さな声で挨拶し、
私の前を通り過ぎる子だった。
 私も、意外な子の出現に、驚いた。

 彼は、3階のバルコニーに立ち、
背筋をすっと伸ばして立った。
 彼の開口一番に、全児童、全教職員が、声を飲んだ。
「ボクには、大好きな人がいます。」

 続いて、静かになった校庭に向かって、
彼は大声を張り上げた。
 
 「その人は、いつもボクの友だちに声をかけます。
そして、楽しそうにお話をします。
 ボクは、それをそばで聞いています。
時々ぼくも笑います。
 楽しいです。
・・・。
 その人はB先生です。
ボクは、B先生が大好きです。
 だから、ボクのことも、好きになってください。
お願いします。」

 女性のB先生は、3月に大学を卒業し、
着任して半年余りだった。
 担任をもっていなかった。
算数の時間に、彼の教室に行った。

 まだ教師としては、
なんの自信も持ててない時だった。
 突然、3階の頭上から子どもの声が降ってきたのだ。

 涙声の先生は、バルコニーに向かって叫んだ。
「ありがとう。すごくうれしい!
私も大好きです!」

 バルコニーの彼は、パッと笑顔になった。
「B先生、ありがとうございます。」
 笑顔のまま、彼はバルコニーから消えた。

 校庭では、長い拍手が続いた。
そして、しゃくり上げるように涙し、
かがみ込むB先生がいた。

 その光景に、私はこみ上げるものをぐっとこらえ、
明るい表情をつくった。


 ▽ 春の遠足だった。
 2年生の子ども達と一緒に、電車に乗り、
河川敷にある満開の花菖蒲園に行った。

 教室を離れての校外学習は、
どの子にとっても嬉しい行事である。
 まして遠足には、さほどの制約もなく、目的地へ行って、
一日中友だちと過ごすことができる最高の日なのだ。

 教師の安全への特別な気遣いなど構わず、
子ども達は、普段より活気づき、
ワイワイガヤガヤとにぎやかに振る舞うのだ。

 目的地に着くと、いつもは口数が少ない男の子が、
珍しくみんなの輪の中心にいた。
 やけに嬉しそうに手ぶりをつけて話をし、
輪を囲む友だちも、その話題に興味津々なのだ。

 「ずいぶん楽しいそうだね。私にも聞かせて。」
ちょっと探りを入れてみた。

 「教えてあげなよ。」
回りの子から、そんな声があがり、
男の子はその気になった。

 「ボクのお父さん、電車の運転手なんだ。
それで、今日、菖蒲園のすぐそばの、あの鉄橋を通るんだ。
 その時、ボクを見たら、
電車の警笛を鳴らしてくれるの。
 お父さん、必ず鳴らすって、約束してくれたんだ。」
 
 男の子のワクワク感も、
それを聞いた回りの子のワクワク感も伝わってきた。
 「それってすごいね。何時頃なの?」
私も、興味がわき、つい尋ねてしまった。

 「わかった。その時間が近づいたら、教えて上げるね。」
はたして、実際に鉄橋を渡る電車が、
警笛を鳴らしてくれるのかどうか、
みんなが半信半疑だった。

 そして、いよいよ予定の時間が近づいた。
私が、それを伝えにいくと、それよりも前から、
男の子は、誰とも遊ばず、鉄橋を見ていた。

 「もうじき、電車が来るよ。」
「お父さんが運転する電車が、来るんだね。」
 男の子は、私のそんな声かけに、ただうなずくだけで、
鉄橋から目を離そうとしなかった。

 徐々に、子ども達も遊びを止め、
回りに集まってきた。
 みんな、鉄橋を見た。
気づくと、2年生全員が、そこにいた。

 長い車両の電車がやってきた。
男の子も、みんなも私も、
鉄橋にさしかかった電車をジッと見た。
 どこからも話し声が消えた。

 ガタンゴトンと鉄橋を通り電車の音だけが、
大きく聞こえた。
 男の子も子ども達も、
私も電車の警笛に、期待がふくらんだ。

 その時だ。
『プゥーーン!』
河川敷に、電車の警笛音が響いた。

 一斉に子ども達の歓声が上がった。
男の子も、みんなも、パッと笑顔になった。
 そして、鉄橋を通り抜けようとする電車に
「オーイ!」と声を張り上げた。
 跳びはねながら、思い切り手を振った。

 すると、再び『プゥーーン!』。
電車の警笛が、響いた。
 「すごい!」「すごいよ!」
たくさんの歓声と驚きの声だった。

 その真ん中で男の子は、
今まで見たこともない笑顔になっていた。

 「この笑顔、お父さんに見せて上げたい。」
そんな想いで、私も微笑んだ。






  黄金色の田園と有珠山

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