▽ 確か10数年前になる。
テレビ番組の『学校に行こう』が、子ども達に人気だった。
その1コーナーに、学校の屋上に1人立ち、
眼下にいる校庭の子ども達に、
自分の想いを叫ぶものがあった。
それと同じことを、私の学校で年に1,2回、
朝の集会で行っていた。
「全校児童にでも、ある特定の人にでもいいから、
みんなの前で訴えたいことや、
叫びたいことがある人はどうぞ!」と、
事前に集会担当の高学年が呼びかけた。
いつも20人位の子どもが名乗りを上げた。
屋上からは危険なので、
3階にある体育館のバルコニーに、
主張したい子が立ち、大声で叫んだ。
色々な訴えがあったが、
強く心に残っているものがある。
4年生の男の子だった。
その子が、バルコニーに現れると、校庭の全校児童から、
「エーッ!」。
なんとも重たい驚きの声がもれた。
予想外なのだ。
「あの子が、何か言うの!? そんなこと、できるの?」。
みんなが、一様にそう思った。
確かに地味な子だった。
校長として毎朝、校門で子ども達を迎えていた。
いつも背中を丸め、小さな声で挨拶し、
私の前を通り過ぎる子だった。
私も、意外な子の出現に、驚いた。
彼は、3階のバルコニーに立ち、
背筋をすっと伸ばして立った。
彼の開口一番に、全児童、全教職員が、声を飲んだ。
「ボクには、大好きな人がいます。」
続いて、静かになった校庭に向かって、
彼は大声を張り上げた。
「その人は、いつもボクの友だちに声をかけます。
そして、楽しそうにお話をします。
ボクは、それをそばで聞いています。
時々ぼくも笑います。
楽しいです。
・・・。
その人はB先生です。
ボクは、B先生が大好きです。
だから、ボクのことも、好きになってください。
お願いします。」
女性のB先生は、3月に大学を卒業し、
着任して半年余りだった。
担任をもっていなかった。
算数の時間に、彼の教室に行った。
まだ教師としては、
なんの自信も持ててない時だった。
突然、3階の頭上から子どもの声が降ってきたのだ。
涙声の先生は、バルコニーに向かって叫んだ。
「ありがとう。すごくうれしい!
私も大好きです!」
バルコニーの彼は、パッと笑顔になった。
「B先生、ありがとうございます。」
笑顔のまま、彼はバルコニーから消えた。
校庭では、長い拍手が続いた。
そして、しゃくり上げるように涙し、
かがみ込むB先生がいた。
その光景に、私はこみ上げるものをぐっとこらえ、
明るい表情をつくった。
▽ 春の遠足だった。
2年生の子ども達と一緒に、電車に乗り、
河川敷にある満開の花菖蒲園に行った。
教室を離れての校外学習は、
どの子にとっても嬉しい行事である。
まして遠足には、さほどの制約もなく、目的地へ行って、
一日中友だちと過ごすことができる最高の日なのだ。
教師の安全への特別な気遣いなど構わず、
子ども達は、普段より活気づき、
ワイワイガヤガヤとにぎやかに振る舞うのだ。
目的地に着くと、いつもは口数が少ない男の子が、
珍しくみんなの輪の中心にいた。
やけに嬉しそうに手ぶりをつけて話をし、
輪を囲む友だちも、その話題に興味津々なのだ。
「ずいぶん楽しいそうだね。私にも聞かせて。」
ちょっと探りを入れてみた。
「教えてあげなよ。」
回りの子から、そんな声があがり、
男の子はその気になった。
「ボクのお父さん、電車の運転手なんだ。
それで、今日、菖蒲園のすぐそばの、あの鉄橋を通るんだ。
その時、ボクを見たら、
電車の警笛を鳴らしてくれるの。
お父さん、必ず鳴らすって、約束してくれたんだ。」
男の子のワクワク感も、
それを聞いた回りの子のワクワク感も伝わってきた。
「それってすごいね。何時頃なの?」
私も、興味がわき、つい尋ねてしまった。
「わかった。その時間が近づいたら、教えて上げるね。」
はたして、実際に鉄橋を渡る電車が、
警笛を鳴らしてくれるのかどうか、
みんなが半信半疑だった。
そして、いよいよ予定の時間が近づいた。
私が、それを伝えにいくと、それよりも前から、
男の子は、誰とも遊ばず、鉄橋を見ていた。
「もうじき、電車が来るよ。」
「お父さんが運転する電車が、来るんだね。」
男の子は、私のそんな声かけに、ただうなずくだけで、
鉄橋から目を離そうとしなかった。
徐々に、子ども達も遊びを止め、
回りに集まってきた。
みんな、鉄橋を見た。
気づくと、2年生全員が、そこにいた。
長い車両の電車がやってきた。
男の子も、みんなも私も、
鉄橋にさしかかった電車をジッと見た。
どこからも話し声が消えた。
ガタンゴトンと鉄橋を通り電車の音だけが、
大きく聞こえた。
男の子も子ども達も、
私も電車の警笛に、期待がふくらんだ。
その時だ。
『プゥーーン!』
河川敷に、電車の警笛音が響いた。
一斉に子ども達の歓声が上がった。
男の子も、みんなも、パッと笑顔になった。
そして、鉄橋を通り抜けようとする電車に
「オーイ!」と声を張り上げた。
跳びはねながら、思い切り手を振った。
すると、再び『プゥーーン!』。
電車の警笛が、響いた。
「すごい!」「すごいよ!」
たくさんの歓声と驚きの声だった。
その真ん中で男の子は、
今まで見たこともない笑顔になっていた。
「この笑顔、お父さんに見せて上げたい。」
そんな想いで、私も微笑んだ。
黄金色の田園と有珠山
テレビ番組の『学校に行こう』が、子ども達に人気だった。
その1コーナーに、学校の屋上に1人立ち、
眼下にいる校庭の子ども達に、
自分の想いを叫ぶものがあった。
それと同じことを、私の学校で年に1,2回、
朝の集会で行っていた。
「全校児童にでも、ある特定の人にでもいいから、
みんなの前で訴えたいことや、
叫びたいことがある人はどうぞ!」と、
事前に集会担当の高学年が呼びかけた。
いつも20人位の子どもが名乗りを上げた。
屋上からは危険なので、
3階にある体育館のバルコニーに、
主張したい子が立ち、大声で叫んだ。
色々な訴えがあったが、
強く心に残っているものがある。
4年生の男の子だった。
その子が、バルコニーに現れると、校庭の全校児童から、
「エーッ!」。
なんとも重たい驚きの声がもれた。
予想外なのだ。
「あの子が、何か言うの!? そんなこと、できるの?」。
みんなが、一様にそう思った。
確かに地味な子だった。
校長として毎朝、校門で子ども達を迎えていた。
いつも背中を丸め、小さな声で挨拶し、
私の前を通り過ぎる子だった。
私も、意外な子の出現に、驚いた。
彼は、3階のバルコニーに立ち、
背筋をすっと伸ばして立った。
彼の開口一番に、全児童、全教職員が、声を飲んだ。
「ボクには、大好きな人がいます。」
続いて、静かになった校庭に向かって、
彼は大声を張り上げた。
「その人は、いつもボクの友だちに声をかけます。
そして、楽しそうにお話をします。
ボクは、それをそばで聞いています。
時々ぼくも笑います。
楽しいです。
・・・。
その人はB先生です。
ボクは、B先生が大好きです。
だから、ボクのことも、好きになってください。
お願いします。」
女性のB先生は、3月に大学を卒業し、
着任して半年余りだった。
担任をもっていなかった。
算数の時間に、彼の教室に行った。
まだ教師としては、
なんの自信も持ててない時だった。
突然、3階の頭上から子どもの声が降ってきたのだ。
涙声の先生は、バルコニーに向かって叫んだ。
「ありがとう。すごくうれしい!
私も大好きです!」
バルコニーの彼は、パッと笑顔になった。
「B先生、ありがとうございます。」
笑顔のまま、彼はバルコニーから消えた。
校庭では、長い拍手が続いた。
そして、しゃくり上げるように涙し、
かがみ込むB先生がいた。
その光景に、私はこみ上げるものをぐっとこらえ、
明るい表情をつくった。
▽ 春の遠足だった。
2年生の子ども達と一緒に、電車に乗り、
河川敷にある満開の花菖蒲園に行った。
教室を離れての校外学習は、
どの子にとっても嬉しい行事である。
まして遠足には、さほどの制約もなく、目的地へ行って、
一日中友だちと過ごすことができる最高の日なのだ。
教師の安全への特別な気遣いなど構わず、
子ども達は、普段より活気づき、
ワイワイガヤガヤとにぎやかに振る舞うのだ。
目的地に着くと、いつもは口数が少ない男の子が、
珍しくみんなの輪の中心にいた。
やけに嬉しそうに手ぶりをつけて話をし、
輪を囲む友だちも、その話題に興味津々なのだ。
「ずいぶん楽しいそうだね。私にも聞かせて。」
ちょっと探りを入れてみた。
「教えてあげなよ。」
回りの子から、そんな声があがり、
男の子はその気になった。
「ボクのお父さん、電車の運転手なんだ。
それで、今日、菖蒲園のすぐそばの、あの鉄橋を通るんだ。
その時、ボクを見たら、
電車の警笛を鳴らしてくれるの。
お父さん、必ず鳴らすって、約束してくれたんだ。」
男の子のワクワク感も、
それを聞いた回りの子のワクワク感も伝わってきた。
「それってすごいね。何時頃なの?」
私も、興味がわき、つい尋ねてしまった。
「わかった。その時間が近づいたら、教えて上げるね。」
はたして、実際に鉄橋を渡る電車が、
警笛を鳴らしてくれるのかどうか、
みんなが半信半疑だった。
そして、いよいよ予定の時間が近づいた。
私が、それを伝えにいくと、それよりも前から、
男の子は、誰とも遊ばず、鉄橋を見ていた。
「もうじき、電車が来るよ。」
「お父さんが運転する電車が、来るんだね。」
男の子は、私のそんな声かけに、ただうなずくだけで、
鉄橋から目を離そうとしなかった。
徐々に、子ども達も遊びを止め、
回りに集まってきた。
みんな、鉄橋を見た。
気づくと、2年生全員が、そこにいた。
長い車両の電車がやってきた。
男の子も、みんなも私も、
鉄橋にさしかかった電車をジッと見た。
どこからも話し声が消えた。
ガタンゴトンと鉄橋を通り電車の音だけが、
大きく聞こえた。
男の子も子ども達も、
私も電車の警笛に、期待がふくらんだ。
その時だ。
『プゥーーン!』
河川敷に、電車の警笛音が響いた。
一斉に子ども達の歓声が上がった。
男の子も、みんなも、パッと笑顔になった。
そして、鉄橋を通り抜けようとする電車に
「オーイ!」と声を張り上げた。
跳びはねながら、思い切り手を振った。
すると、再び『プゥーーン!』。
電車の警笛が、響いた。
「すごい!」「すごいよ!」
たくさんの歓声と驚きの声だった。
その真ん中で男の子は、
今まで見たこともない笑顔になっていた。
「この笑顔、お父さんに見せて上げたい。」
そんな想いで、私も微笑んだ。
黄金色の田園と有珠山
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