ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

えっ! 校庭を芝生に

2017-11-17 22:09:37 | 教育
 10年も前のこと、それは突然だった。

 区内小中学校の校長を集めた会議で、
教育委員会から次年度教育予算の説明があった。
 そのペーパーに、『校庭改修1校(芝生化)』として、
私の学校の名前が載っていた。

 「えっ! 校庭を芝生に。そんなの聞いてないよ。」
驚きで、声が漏れそうになった。
 予算として計上されている金額も、相当額だった。

 「来年度、校庭の芝生化をF校で行います。」
若い担当者が、淡々と言い切った。
 それは、あたかも、
以前から決まっていた既成事実のように聞こえた。
 若干冷静さを失いかけたが、記憶をたどった。

 例年のことだが、半年程前に、
学校施設の改修要望を区教委に提出した。
 確か10項目ほどの要望の最後に、
『校庭改修』を初めて入れた。
 若干凹凸が目立ちだした校庭だったので、
数年先を考え、順位を後ろにしての要望だった。

 それを受けてのものだと推測した。
それにしても、改修が芝生化とは、
面倒な予感がした。

 当時、2016年東京オリンピックを目指した誘致活動が、
始動していた。
 そのコンセプトの1つに、
『東京から地球環境の大切さを世界に発信』すると言うものがあった。
 公立学校の校庭芝生化が、その一環として進められていた。

 会議を終え、学校に戻ってすぐ、
当時、気兼ねなく話ができた担当課長さんに、電話を入れた。
 校庭芝生化までの、経緯を尋ねた。

 案の定、校庭改修の要望があったこと、
そして、東京都がすすめる芝生化推進もつけ加えた説明だった。
 区では2校目となる学校として、
「通りに面した校庭を芝生化するのは、
区民へのインパクトも大きい。」
 そんな行政マンらしい発想も、口にしていた。

 1校長として、区の施策にクレームをつけるなどできなかった。
「課題を探り、自校にとってよりよい芝生の校庭にしよう。」
 私は、そう切り替えた。

 早速、次年度早期の改修着工を念頭に、
区の担当者と協議を始めた。

 難題があった。
それは、地域住民・保護者が参加した芝生化の取り組みに、
することだった。

 校庭のどこを芝生にするか。(全面あるいは一部分だけか。)
そして完成後の管理はどうするのか。
 芝生化の全てにわたって、地域と保護者の声を取り入れ、
維持・管理に協力を得るようにすることが、
求められたのだ。

 私は、奔走した。
町会長さん、地域有力者、PTA会長・役員等々の自宅に出向いた。
 そして、できるだけ丁寧に説明し、協力を求めた。

 体制が整うとすぐに、教職員、地域、保護者の代表と一緒に、
校庭を芝生化した学校の視察に行った。

 ゴルフ場や、サッカー場の緑を想像していた。
ところが、出かけた先々の学校は、
芝生の維持管理の難しさに直面していた。

 ゴルフ場の広大さ、サッカー場の使用頻度の少なさ、
それに比べ学校の校庭は、常に子どもが走り回り、
踏みつける。
 芝生が、至るところではげ、地面がむき出しになっていた。

 その上、春の発芽期と秋の種蒔き期には、
校庭使用ができない期間が、数週間発生することもわかった。
 生育期には、週に1、2度は芝刈りが必要になると言う。
植物だから、毎日の水やりも絶対に欠かせないのだ。
 視察した4校全てが、同じ困難を口にした。

 校庭使用ができない期間、
全校朝会は、芝生のないトラックに全児童を集める学校、
屋上で行う学校があった。
 外での体育も制限された。

 まさに矛盾である。
芝生という素晴らしい環境のために、不便を強いられるのだ。

 釈然としないまま、
職員、地域、保護者、そして区担当者との協議を続けた。
 打開策を探る日が続いた。

 新年度に入ってすぐ、
次のように芝生化計画の骨格がまとまった。

 ① 校庭のトラックとフィールドは、ウレタン舗装とする。
  ・ 非芝生エリアを設けることで、校庭の全面使用禁止期間をなくす。 

 ② 上記以外の校庭(校庭総面積の半分以上)を芝生にする。
  ・ 芝生の種類を検討し、校庭に相応しいものを選ぶ。

 ③ 水やりはすべて自動スプリンクラーで行う。
   ・水量、散水時間等の設定は、専門業者に委託する。

 ④ 芝刈りは、地域・保護者の『芝刈り隊』が行う。
   ・地域・保護者にボランティア募集を行い、約50名の協力者を集める。

 ⑤ 芝刈り以外のメンテナンスは、委託業者が行う。
   ・芝生の補植、種蒔き等々生育の管理は、区の費用負担とする。

 ⑥ 改修工事は、夏休み中に行う。
   ・改修工事のために校庭が使用できず、教育活動が滞ることを避ける。

 この決定までには、区教委との意見の開きが大きかった。
しかし、私はくり返し力説した。
 「これが、いい先例になる。」
「これを見て、きっと芝生化を希望する学校が増える。」

 夏休みに限った改修工期には、
区の設計担当者も、特に頭を抱えた。
 ところが、知恵は出るものである。
新しい施工方法の発想と工事業者の努力で、それを乗り切った。

 その工事の様子をスケッチした一文がある。

   *   *   *   *   *

 その夏は例年以上の猛暑でありました。
しかし、その暑さの中でも校庭改修工事は、
着実に進められました。
 35度を越える暑さの中で、休息・休憩時間を除き、
一時たりとも仕事の手を休めることのない作業員の方々の仕事ぶりに、
私は毎日釘付けになっておりました。

 体力的にも相当に消耗を強いられる土木作業です。
いかにシャベルカーやロードローラー等の重機を用いても、
このような校庭改修では、
スコップやトンボ等々の道具を使いながらの力仕事が多くなります。

 そのような仕事を炎天下の下、もくもくと進める姿を見ながら、
私はあることにハッとしました。

 それは、10数名の作業員の方々が、
1人として自分の作業内容・手順について迷っていないことです。
 それは、至極当たり前と言えば、その通りですが、
私たちが集団で何かの仕事をすると、1人2人あるいは多い時には数人、
今何をしていいのか迷い、きょろきょろ、
うろうろしてしまう人が現れます。
 それが校庭で作業する方々には全く見られないのです。

 確かに「プロだから」と言えばそれまでですが、
その作業手順のよさ、そして、今何をどうするかを熟知した仕事ぶりに、
私は目を奪われてしまいました。

 校庭は、この夏でその様相を見事に変えましたが、
そこには黙々と汗を流した方々がいたことを忘ることができません。
 併せて、その仕事ぶりを、
これからの私共の仕事にも生かしていこうと考えました。

 新しい校庭が次第にその形を整え始めたある日、
私はこの工事の責任者の方とちょっとの時間、
立ち話をさせてもらいました。

 「この暑さの中、作業をされる方は大変ですね。
健康状態など、つい心配になりますが。」
と言う私の問いかけに、
 「先生、確かにこの暑さですから、
作業効率は下がりますが、それには無理は言えません。
 でも、やっていて、新しい校庭になっていくのは、
とても楽しい仕事なんです。
毎日、楽しいですよ。」

 私は、その言葉に「なるほど。」と言ったきり、
言葉がありませんでした。
 まさに心から脱帽でした。

   *   *   *   *   *

 関係者のすごい努力の結果、工事は予定通り終了した。
緑に覆われた校庭が完成した。
 思っていた以上に、美しかった。
そこに、子ども達の明るい顔があった。

 評判を聞きつけ、新聞・テレビの取材があった。
芝生に座り、女子アナのインタビューにも応じた。
 都内だけではなく、各地から教育関係者の視察が続いた。

 10年が過ぎた今も、校庭の芝生は健在のようだ。
そして、寒い季節を除き、毎週日曜日には、
『芝刈り隊』が、もくもくと芝刈り機を押しているらしい。

 やれやれ、自慢話が過ぎたよう・・。すみません!



     とうとう雪が・・・ 寒くなる!
 
  ≪次回更新は、11月30日の予定です≫

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