ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

だての人名録 〔3〕

2016-04-01 22:19:09 | 北の湘南・伊達
 昨年9月に2週続けて、『だての人名録』と題して、
「1 ワケあり」から「6 どうして来るの」まで、
伊達で出会った人とのエピソードを記させてもらった。
 その第3話である。


 7 ジョギングでのワンカット

  (1)登校時の温もり

 伊達の市街地には、3つの小学校と2つの中学校がある。
四季折々の様々な変化の中、
子ども達は、活気ある登校を日々くり返しているように、
私には見える。

 ▼ 冬のシンシンと凍てつく氷点下の朝。
だが、風もない。歩道も除雪されている。
 こんな日ぐらいは、思いっきり着込んでジョギングを。

 鼻と頬とおでこを真っ赤に染めながら、
学校に向かう3人の女子中学生。

 朝の挨拶と一緒に「今日は、寒いね。」
と、白い息の声をかける。
 透明感いっぱいの笑顔でうなずき、
「はい。」と言いながら、
「おはようございます。」と応じてくれた。

 「気をつけて、行きなさい。」と私。
すると、声をそろえて「頑張って下さい。」

 東京の子ども達とは違う温もりを感じ、
私は明るい気持ちで、白い息を大きくはいた。

 ▼ 雪解けが進んだ3月、久しぶりに朝のジョギング。
10分も走れば、住宅地は畑の景色に変わる。

 その人通りのない道で、ランドセル姿の少年によく出会う。
いつも、棒きれを振り回したり、鼻歌に石蹴りだったりと、
のんびりゆったりのマイペース登校だ。

 ところが、その日は珍しく、私の姿を見るなり、
「おはようございます。」と一緒に、
「今ね、リスが横切ったの。」の声が飛んできた。

 そして、走り寄る私に、
「車にひかれない?」「大丈夫?」
と矢継ぎ早に訊いてきた。

 「心配なんだね。」
「ねえ、誰に言ったらいいの。」
「あのね、リスは賢いから、きっと大丈夫だよ。
心配しないで、学校へ行きな。」
 不満げな顔をしながらもうなずき、歩きだした。

 私は、その横を走り抜けながら、
もう一度「リスは賢いから、大丈夫。」
と、念を押した。

 しばらくして、後ろから
「ありがとう。」
少年の声が届いた。


  (2) エッ ちがうよ

 ジョギングを楽しむという新聞記事を見た。
そこに、長続きするコツの1つとして、
マラソン大会に出場することとあった。
 つまりは、具体的な目標を持つことが、
継続の力になると言う説である。

 今、私はまさにその説の通りでいる。
次の大会に向けて、雪道やら体育館ランニングコース、
トレーニング室ランニングマシンと、
冬の間も細々と走り続けてきた。

 ただ、私は小さい頃から風が大嫌い。
特に冬の北風は、いつも私から全てのやる気を奪っていた。
 だから、少しでも風があると、
冬は絶対に外でのジョギングはやめにした。

 ところが、その日は穏やかな光につつまれ、
まったく風を感じなかった。
 真冬の厳寒期、
ジョギングは午後3時頃からと決めている。
それは、日中で1番気温が高いと感じるから。

 一人勇んで、10キロを走ることにした。
雪もほどよく解け、歩道の路面も見えていた。

 コースの後半、小学校の脇を通ることにした。
丁度、下校する高学年の子ども達に出会った。
 学校が近づくにつれ、行く交う子どもが増えた。
私は、その一人一人に、「おかりなさい。」と声をかけた。

 朝とは違い、多くの子どもは、その返事に困り、
軽く頭を下げ、私をちょっと見してすれちがった。
 中には、あわてて「ただいま。」と、応じる子もいたりで、
私はついつい笑顔で、その道を走った。 

 しばらく行くと、前方から楽しそうに会話しながら、
二人の男の子が肩を並べて、近づいてきた。
 私は二人の邪魔にならないようにと、
ちょっとだけ車道に出た。

 丁度、すれ違う、その時、
その一人が私に向かって、
「オジサン、がんばって。」
と、力強い声で言ってくれた。

 すごく嬉しかった。
 「ありがとう。」と言おうとしたその瞬間、
もう一人の子が、
「エッ、ちがうよ、」と言った。
 そして、「オジサンじゃないよ。」
小さな声だったが、私の耳に届いた。

 私は「ありがとう。」を飲み込み、
その場をかけぬけた。
 「こんなことでは、めげない。」と、思いつつ、
でも、私の走りはそれまでより、
明らかに遅くなっていた。
 
 しかし、曲がり角でふり返ってみると、
二人は、じっと私の後ろ姿を見ていた。
 何故かすまない気持ちになった。
「頑張って、走ろう。」と思い直した。


  (3) 先生でしょ

 この地に移り住むにあたって、心に決めたことがある。
それは、前職のことである。
 教職にいたことは、私の誇りである。
しかし、今はそれを退いた立場である。
しかも、私の前職を全く知らない地である。

 だから、今までの経験で、
何かものを言うことだけは止めよう。
 そう決めた。

 だから、教員にありがちな口調や仕草には、
十分に気をつけて、毎日を過ごすことにした。

 そうは言っても、つい気づかずに、
その日常が出てしまうことがあるらしい。

 朝のジョギング、よく登校する子ども達と出会う。
その時、必ず朝のあいさつを私からする。
 この町の子ども達は、どの子もしっかりとあいさつができる。
素晴らしいと思う。
そのことにもっと胸を張ってもいいとさえ思う。

 そんな子ども達である。
何度かあいさつを交わしているうちに、
子どもが先にあいさつをしてくれるようになった。

 私は、嬉しさのあまり、
あの頃、校門であいさつを交わしていた頃の口調に戻り、
「ハイ、おはようございます。」をくり返した。

 すかさず、一緒に走っていた家内から、
「ハイは、止めた方かいいよ、ハイは。」と言われた。

 こんな有り様である。
気づかない時と場で、私は前職を見せているようである。

 さて、春から秋にかけ、朝のジョギングの時、
走り始めてすぐにお会いする女性がいる。
 私よりいくつか年上のように思う。
ジョギングの私と家内とは反対側の歩道を、ウオーキングする彼女は、
決まって右手を軽く挙げて、朝のあいさつをしてくれる。

 当然、名前も住居も知らない方だったので、
私と家内の間では、「手を挙げるおばさん」と言っていた。

 ある朝、私はジョギング、家内は散歩と、別メニューの日だった。
いつもにように、同じような所で手を挙げて、
反対側の歩道から私にあいさつをしてくれた。

 「あら、奥さんは。」と訊かれた。
「後ろから来ます。散歩です。」
「そうですか。」
 私は、そのまま走り過ぎた。

 予定のコースを走って戻ると、家内が
「手を挙げるおばさんと、立ち話をしたよ。」
と言い出す。 

 「名前も住まいも教えてもらった。」
そして、
「それでね、お二人とも先生でしょって、言ったの。」と。
「ビックリして、何も言えなくて、そうですって言ったけど。」

 何故、分かったのか、今もって不思議である。
走る姿だけ、朝のあいさつだけ、
それでもにじみ出てしまうのだろうか。

 それだけで、気づいた人がいるんだ。
「そうなのか。」「そうなんだ。」
 あれからずっと自問している。
 
 


「春のはかない草花」の代表・菊咲一華(キクザキイチゲ) 

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