ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

『 冬 花 火 』  ~ 「憧れ」が逝く

2020-02-08 18:32:37 | 素晴らしい人
 ふり返ると、もう50年、
半世紀も前のことから綴りたい。

 最初に、私の詩集『海と風と凧と』のあとがきを転記する。

 『私は根雪の残る北海道より上京し、
小学校の教員になりました。
 その時初めて立った校庭には、
北国の冷たい鉛色の曇り空とは違った明るい春の光が
こぼれていました。
 それは、これから始まる私の新たな歩みが
太陽の陽差しに恵まれたものになるような、
そんなことさえ予感させるものでした。』

 その予感は、外れていなかった。
A氏との出会いは、その1つだったと今も思っている。
 本ブログの16年6月4日に『A氏へ手紙』を書いた。
続いて、その一部を記す。

  *   *   *   *   *

 新米教師だった私は、職員室で初めて見た貴兄の、
あのスッとした立ち姿とセンスのいい服装に、
『都会の人』のオーラを感じたのです。
素敵だと見とれました。

 ちょっとハスに構えたようなものの言い方、
教師でありながら、彫刻に情熱を注ぐ日々、
大人の洒落た気配りができる何気ない立ち振る舞い、
貴兄のそんな一つ一つに、私は憧れました。
 「いつかは私もああなりたい。」
と、思ったのです。

 さらに、「ロダンだ」「ブールデルだ」「マイヨールだ」
と名を上げ、彫刻や芸術を説き、
創作の魅力と自己表現の大切さを、熱く語ってくれました。
 全く知らなかった世界観に、
私は、ただただうっとりと彷徨うばかりでした。

 そう、あの頃から、
何かを創り出すこと、
何かを表現すること、
そしてその元となる、私自身を探し求めることに、
興味を持つようになったのです。

  *   *   *   *   *

 決してA氏には届くことのない手紙だと知りつつ、
私は最後をこう結んだ。
 『いつか再びお会いする機会に恵まれたら、
美酒を交え・・談論風発はいかかですか。』

 同じ学校で、6年間を過ごした後、
一緒に仕事をする機会はこなかった。
 年賀状のやりとりと、
時折風のたよりだけで、彼を感じてきた。

 でも、何年が過ぎようと、彼は色あせなかった。
ずっと『憧れ』ていた。

 なのに、手紙では「談論風発」なんて、背伸びをした。
「いつか、対等に向き合えたら・・、語らえたら・・・」。
 そんな願望が結びを書かせた。

 そして、ずっと憧れの人との、
そんなシチュエーションを頭の片隅で、
勝手に夢想していた。

 ところが、なんて非情なんだ。
つい数日前の昼下がりだった。
 ラインメールが鳴った。

 『こんにちは、突然で、ごめんなさい。
A先生が、1月30日に亡くなったと、・・連絡がありました。
本人の強い希望により、直葬で家族のみで、
2日に火葬したそうです。・・』

 確か6歳年上だった。
喜寿を迎えたばかりなのではなかろうか。
 「彼の死など、想像できない。」
思考はそのままで、ずっと時間だけが過ぎた。

 どれだけ、肩を落としうな垂れていただろう。
やがて、遠い地から、今、できることを、
必死に探した。

 「美酒を飲みながらの談論風発なんて、もうできないが、
死を受け止め、彼を悼もう。」
 叶わなくなってしまった『美酒を交わす』。
そんな真似事をしよう。
 そう決めた。

 伊達で唯一の酒屋に向かった。
日本酒の長い棚には、全国各地の銘酒が所狭しと並んでいた。

 その片隅にそっと置かれていた瓶の表ラベルに、目が止まった。
彼が記す字形に酷似した3字があった。
 『 冬 花 火 』。

 北海道に酒蔵がある『北の錦』の銘柄だ。
裏ラベルには、杜氏の添え書きがある。
「空気が澄み切った冬の花火はひときわ美しく、
華やかに広がり、さっと消えていく。
 そんな冬花火のような酒を造りたい
という想いを込めて醸しています。」

 彼を偲ぶに打ってつけに思えた。
その一升瓶を両手で大事に抱え、買い求めた。

 家内の手料理で、深夜まで『冬花火』をかたわらに置いた。
『ひときわ美しく、華やかに広がり、
さっと消えていく冬花火』。

 消沈しそうになる私を、その美酒が支えた。

  *   *   *   *   *

 赴任してまもなく、図工の先生(A氏)から展覧会に誘われた。
同僚4、5人で、日本橋のデパートの特設会場に行った。

 メキシコの画家の展覧会だった。
確かシケイロスという名だった。
 壁画を得意としているようで、1つ1つの絵が大きかった。

 一面、真っ赤な風景画に釘付けになった。
まぶしい程の赤色だった。
 「きっとメキシコの太陽の色なんだね。」
図工の先生が、私の横で教えてくれた。

 しばらくその絵の前から離れられなくなった。
「シケイロスの赤はすごい。本物だ。」
何も分からないのに、そう感じた。
 ≪本ブログ17年3月3日『絵心をたどって』より≫
 
 *   *   *   *   *

 彼から学んだことは、限りない。
その1つ1つが、『冬花火』のそばで蘇った。

 残念だが、その多くは今も消化できないままだが、
確かに、私のものにしたことも・・・・。
 酔いとともに、想いは冴えるばかり、
でも、「あっ、もう深夜」。

 そっとカーテン越しに南向きの窓から外を見た。
冬の花火なんて、あるはずがない。
 暗い夜道を照らす街灯に、粉雪が舞い降りていた。
そう、「積もりそうな雪だった」。

 


だて歴史の杜公園もすっかり冬景色     

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