イタリア料理と言えば、欠かせない食材に、
トマトとチーズがある。
私は、物心がついた頃から、この2つを苦手にしてきた。
にもかかわらず、イタリア料理が大好きで、
今も、しばしばイタリアンレストランに出向く。
トマトとチーズへの抵抗がなくなった訳ではない。
どうも、この2つの食材に私は、誤解や偏見があるような気がする。
その1 「スパゲティー ~ トマト」
私が高校生の頃、姉は隣町で新婚生活を始めた。
その家庭に、初めてお邪魔した。
数日前、「夕食で何がいい?」と訊かれた。
私は、「珍しいものがいい。」と応えた。
我が家での夕食は、商売の都合で8時過ぎであったが、
姉は勤め人と結婚した。
6時過ぎには食卓に着いた。
テーブルには、箸ではなくフォークが置かれていた。
ちょっと緊張した。
初めて『スパゲッティーナポリタン』を食べた。
それまでの夕食とは違い、
うっすらと甘く、麺がオレンジ色にくるまれ、ピーマンまで入っていた。
母が作る煮物ばかりの献立とは、明らかに違っていた。
今までとは異なる食との、初体験と言ってよかった。
また食べたいと思った。
それから4、5年後、北海道の小都市で大学生活を送っていた。
その町の国道とバス通りが交差する賑わいの角に、
イタリアン専門店ができた。
店の真ん中に厨房があり、それを囲むようにカウンター席があった。
スポーツ刈りに真っ白なコック服のマスターが一人で切り盛りしていた。
新しい臭いを感じた。
私は、月に1回、奨学金が支給される日に、決まってその店に行った。
いつもナポリタンを注文した。
木製の台に熱々の鉄皿。
それに盛られた色々な野菜入りのオレンジ色のスパゲッティーが、
手際よく作られ、運ばれてきた。
ふうふう言いながら食べた。美味しかった。
決まって、姉のナポリタンを思い出した。
そして、数年後。
東京での暮らしに慣れた頃だったと思う。
同僚たちと一緒に食事をした。
私は、オムライスをたのんだ。
上にのっていた赤いソースをさして、
「この味がたまらなく好きなんだ。」と、私は喜んだ。
「トマトは嫌いなのに、ケチャップは好きなんだ!?」
と、同僚の一人が、首を傾げた。
「エッ。トマトなの。」と私。
「そう。それ、トマトケチャップでしょう。」と同僚。
「………。すると、ナポリタンのあの味もトマトケチャップなの?」
嫌いなはずのトマトが姿を変え、こんなに美味しい味になっている。
驚きだった。
以来、私は、言い訳がましく
「トマトは嫌い。でも、トマトケチャップは好き。」
と、言い続けた。
実は、言い訳ではなく、本当にそうだった。
あの味には、姉の作った手料理と、貧乏学生のプチ贅沢があった。
やがて私は、次第にトマトそのものにも抵抗感がなくなり、
ミニトマトをはじめ、サラダに添えられるトマトも残さなくなった。
私は、明らかにトマトに偏見を持っていたと思った。
もう『トマト嫌い』は返上しようと決めた。
ところが、あれは、2年前の夏のことだ。
伊達の物産館に、青みの残った見るからに新鮮なトマトが並んでいた。
朝食の生野菜サラダにと、買い求めた。
翌朝、そのトマトが食卓に上った。
他の生野菜と一緒に、イタリアンドレッシングを軽くかけ、食べた。
すでに『トマト嫌い』は返上していたはずだった。
なのに、八つ切りにしたその一つを口に入れ、噛んだ瞬間、
昔、味わったトマト味が口いっぱいに広がった。
「この味が、嫌いなんだ。」とハッキリと蘇った。
きっと路地栽培のものだったのだろう。
まさに、『トマト・トマトの味』だった。
私は、まだ『トマト嫌い』を返上できないと思った。
その2 「ピザ ~ チーズ」
30年以上も前のテレビドラマになる。
北海道富良野を舞台とした、
倉本聰さんの『北の国から』が忘れられない。
いくつもの名シーンが思い出されるが、
その1つに第19回がある。
田中邦衛さん演じる黒板五郎が、
純と蛍の母である令子との離婚が、正式に決まった日のことだった。
ふさぎこんでいた五郎が、飲み屋で知ったこごみに問われるまま、
令子との馴れ初めを語った。
ガソリンスタンドに勤める五郎と、その隣の美容室で働く令子。
キレイな女性だったこと、別れることが寂しいことを五郎は語った。
そして、ある日、令子の住むアパートに招待され、
そこで令子が作ってくれた料理が、スパゲッティー・バジリコだった。
五郎には見たことも聞いたこともない食べ物だった。
その味よりも、都会的なハイカラな名前と見た目に、
五郎は感動した。
北海道から東京に行き、そこで暮らす人と出会い、
知らなかったハイカラな料理を通して、大都会の風を実感する。
私にもそんな経験があった。だから、当時の私は凄く五郎に共感した。
私の場合、それはスパゲッティー・バジリコではなかった。
『ピザ』だった。
東京で勤め始めて半年も経たなかった頃、
確か、運動会の打ち上げだったと思う。
二次会で、同年齢の同僚たちと軽食喫茶に入った。
4人ずつテーブルを囲んだ。
各々が、飲み物を決めた。
「あら、ピザがある。みんなで食べようよ。」
と、女性の同僚が言い出した。
聞き慣れないメニューに、私は「何、それ?」と訊いた。
「知らないの?」の問いに、強くうなづく私。
「食べてごらん。美味しいから。」
しばらくして、大きな平皿にのった色鮮やかで、熱々のピザが届いた。
すでに、いくつかの切り込みが入っており、
私も教えられるままに、その一片を取り皿に移した。
そして、これまたまねて、素手でその扇形の熱々を口に運んだ。
テーブル席はすべて埋まっていた。
そこかしこから、明るい笑い声と
張りのある声の会話が、飛び交っていた。
駅前の明るく賑わう店内で、私は初めてピザを食べた。
五郎さんのスパゲッティー・バジリコと同じように、
私はその時、大都会のハイカラさと見た目に感動していた。
以来、味を占め、私は都会人ぶって、
イタリアンレストランに行き、ピザを注文した。
ピザで汚した手を、テーブルの紙ナプキンで拭い、
赤ワインを口にした。
まさに、お上りさんそのままだったが、
それはそれでよしと、当時の私は背伸びをしていた。
ピザの味は、私にとって大都会・東京での、
最初のハイカラな味だった。当然、大好きな食べ物になった。
しかし、伊達に移住する数年前のことだ。
友人と一緒に、都心のレストランで、
「ワインと一緒にピザでも。」と、しゃれ込んだ。
突然、「ツカちゃんは、チーズが嫌いなのに、
ピザは好きなんだ。」
何年も前に、同じようなフレーズを聴いた気がした。
チーズは、私の嫌いなもの。
だから、一瞬、彼が言っていることが分からなかった。
「ピザにチーズ、……何のこと。」
私は、「う、う……。うん。」と頷きながら、
目の前が、闇になった。
「ピザとチーズ、どんな関係?」
「ピザのどこがチーズ?」
腑に落ちない顔の私に、
「これ、とろけたチーズだよ。」
と、彼はピザの上のトロッとした黄色を差した。
「そこが一番美味しいんじゃない。」と言いかけて、
「これがチーズか。」と呟いた。
40年も知らずにいた。
つい先日、黒松内にある評判のピザを食べに行った。
あまりの美味しさに、つい口がすべった。
初めてピサとチーズについて、私のショックを家内に話した。
家内は、若干笑い顔で聞いていた。
でも、
「まだピザにのっているあの美味しいものが、
チーズとは思っていない。」
と、私はうそぶいた。
街路樹のナナカマド 白い花が満開
トマトとチーズがある。
私は、物心がついた頃から、この2つを苦手にしてきた。
にもかかわらず、イタリア料理が大好きで、
今も、しばしばイタリアンレストランに出向く。
トマトとチーズへの抵抗がなくなった訳ではない。
どうも、この2つの食材に私は、誤解や偏見があるような気がする。
その1 「スパゲティー ~ トマト」
私が高校生の頃、姉は隣町で新婚生活を始めた。
その家庭に、初めてお邪魔した。
数日前、「夕食で何がいい?」と訊かれた。
私は、「珍しいものがいい。」と応えた。
我が家での夕食は、商売の都合で8時過ぎであったが、
姉は勤め人と結婚した。
6時過ぎには食卓に着いた。
テーブルには、箸ではなくフォークが置かれていた。
ちょっと緊張した。
初めて『スパゲッティーナポリタン』を食べた。
それまでの夕食とは違い、
うっすらと甘く、麺がオレンジ色にくるまれ、ピーマンまで入っていた。
母が作る煮物ばかりの献立とは、明らかに違っていた。
今までとは異なる食との、初体験と言ってよかった。
また食べたいと思った。
それから4、5年後、北海道の小都市で大学生活を送っていた。
その町の国道とバス通りが交差する賑わいの角に、
イタリアン専門店ができた。
店の真ん中に厨房があり、それを囲むようにカウンター席があった。
スポーツ刈りに真っ白なコック服のマスターが一人で切り盛りしていた。
新しい臭いを感じた。
私は、月に1回、奨学金が支給される日に、決まってその店に行った。
いつもナポリタンを注文した。
木製の台に熱々の鉄皿。
それに盛られた色々な野菜入りのオレンジ色のスパゲッティーが、
手際よく作られ、運ばれてきた。
ふうふう言いながら食べた。美味しかった。
決まって、姉のナポリタンを思い出した。
そして、数年後。
東京での暮らしに慣れた頃だったと思う。
同僚たちと一緒に食事をした。
私は、オムライスをたのんだ。
上にのっていた赤いソースをさして、
「この味がたまらなく好きなんだ。」と、私は喜んだ。
「トマトは嫌いなのに、ケチャップは好きなんだ!?」
と、同僚の一人が、首を傾げた。
「エッ。トマトなの。」と私。
「そう。それ、トマトケチャップでしょう。」と同僚。
「………。すると、ナポリタンのあの味もトマトケチャップなの?」
嫌いなはずのトマトが姿を変え、こんなに美味しい味になっている。
驚きだった。
以来、私は、言い訳がましく
「トマトは嫌い。でも、トマトケチャップは好き。」
と、言い続けた。
実は、言い訳ではなく、本当にそうだった。
あの味には、姉の作った手料理と、貧乏学生のプチ贅沢があった。
やがて私は、次第にトマトそのものにも抵抗感がなくなり、
ミニトマトをはじめ、サラダに添えられるトマトも残さなくなった。
私は、明らかにトマトに偏見を持っていたと思った。
もう『トマト嫌い』は返上しようと決めた。
ところが、あれは、2年前の夏のことだ。
伊達の物産館に、青みの残った見るからに新鮮なトマトが並んでいた。
朝食の生野菜サラダにと、買い求めた。
翌朝、そのトマトが食卓に上った。
他の生野菜と一緒に、イタリアンドレッシングを軽くかけ、食べた。
すでに『トマト嫌い』は返上していたはずだった。
なのに、八つ切りにしたその一つを口に入れ、噛んだ瞬間、
昔、味わったトマト味が口いっぱいに広がった。
「この味が、嫌いなんだ。」とハッキリと蘇った。
きっと路地栽培のものだったのだろう。
まさに、『トマト・トマトの味』だった。
私は、まだ『トマト嫌い』を返上できないと思った。
その2 「ピザ ~ チーズ」
30年以上も前のテレビドラマになる。
北海道富良野を舞台とした、
倉本聰さんの『北の国から』が忘れられない。
いくつもの名シーンが思い出されるが、
その1つに第19回がある。
田中邦衛さん演じる黒板五郎が、
純と蛍の母である令子との離婚が、正式に決まった日のことだった。
ふさぎこんでいた五郎が、飲み屋で知ったこごみに問われるまま、
令子との馴れ初めを語った。
ガソリンスタンドに勤める五郎と、その隣の美容室で働く令子。
キレイな女性だったこと、別れることが寂しいことを五郎は語った。
そして、ある日、令子の住むアパートに招待され、
そこで令子が作ってくれた料理が、スパゲッティー・バジリコだった。
五郎には見たことも聞いたこともない食べ物だった。
その味よりも、都会的なハイカラな名前と見た目に、
五郎は感動した。
北海道から東京に行き、そこで暮らす人と出会い、
知らなかったハイカラな料理を通して、大都会の風を実感する。
私にもそんな経験があった。だから、当時の私は凄く五郎に共感した。
私の場合、それはスパゲッティー・バジリコではなかった。
『ピザ』だった。
東京で勤め始めて半年も経たなかった頃、
確か、運動会の打ち上げだったと思う。
二次会で、同年齢の同僚たちと軽食喫茶に入った。
4人ずつテーブルを囲んだ。
各々が、飲み物を決めた。
「あら、ピザがある。みんなで食べようよ。」
と、女性の同僚が言い出した。
聞き慣れないメニューに、私は「何、それ?」と訊いた。
「知らないの?」の問いに、強くうなづく私。
「食べてごらん。美味しいから。」
しばらくして、大きな平皿にのった色鮮やかで、熱々のピザが届いた。
すでに、いくつかの切り込みが入っており、
私も教えられるままに、その一片を取り皿に移した。
そして、これまたまねて、素手でその扇形の熱々を口に運んだ。
テーブル席はすべて埋まっていた。
そこかしこから、明るい笑い声と
張りのある声の会話が、飛び交っていた。
駅前の明るく賑わう店内で、私は初めてピザを食べた。
五郎さんのスパゲッティー・バジリコと同じように、
私はその時、大都会のハイカラさと見た目に感動していた。
以来、味を占め、私は都会人ぶって、
イタリアンレストランに行き、ピザを注文した。
ピザで汚した手を、テーブルの紙ナプキンで拭い、
赤ワインを口にした。
まさに、お上りさんそのままだったが、
それはそれでよしと、当時の私は背伸びをしていた。
ピザの味は、私にとって大都会・東京での、
最初のハイカラな味だった。当然、大好きな食べ物になった。
しかし、伊達に移住する数年前のことだ。
友人と一緒に、都心のレストランで、
「ワインと一緒にピザでも。」と、しゃれ込んだ。
突然、「ツカちゃんは、チーズが嫌いなのに、
ピザは好きなんだ。」
何年も前に、同じようなフレーズを聴いた気がした。
チーズは、私の嫌いなもの。
だから、一瞬、彼が言っていることが分からなかった。
「ピザにチーズ、……何のこと。」
私は、「う、う……。うん。」と頷きながら、
目の前が、闇になった。
「ピザとチーズ、どんな関係?」
「ピザのどこがチーズ?」
腑に落ちない顔の私に、
「これ、とろけたチーズだよ。」
と、彼はピザの上のトロッとした黄色を差した。
「そこが一番美味しいんじゃない。」と言いかけて、
「これがチーズか。」と呟いた。
40年も知らずにいた。
つい先日、黒松内にある評判のピザを食べに行った。
あまりの美味しさに、つい口がすべった。
初めてピサとチーズについて、私のショックを家内に話した。
家内は、若干笑い顔で聞いていた。
でも、
「まだピザにのっているあの美味しいものが、
チーズとは思っていない。」
と、私はうそぶいた。
街路樹のナナカマド 白い花が満開
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