ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

『終わった人』とは・・・?!

2016-12-16 22:15:52 | 文 学
 10数年前になるが、
内舘牧子さんのエッセイを読んだことがある。
 優しさにあふれた繊細な視線と、
乱れのないしゃれた言葉遣いが、印象に残っていた。

 だから、書店の棚に並んだ話題作に、
彼女の名前があり、目に止まった。

 なんと、そのタイトルが凄い。
『終わった人』である。
 横に『「定年」小説』の文字。
そのインパクトに、つい手が伸びた。

 表紙の帯には、こんな説明があった。

『大手銀行の出世コースから子会社に出向、
転籍させられそのまま定年を迎えた田代壮介。
仕事一筋だった彼は途方に暮れた。
生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、
あがき続ける男に再生の時は訪れるのか?』

 定年を過ぎた者を「終わった人」と称することに、
若干の反発を感じながらも、読むことにした。

 この本は、彼女が初めて書いた連載新聞小説に、
加筆したものだった。

 その書き出し、第1行目が、また強烈だ。
『定年って、生前葬だな。』ときた。

 そして、こんな言葉が続いた。

『… 定年の最後の日だけ…、
ハイヤーで自宅に送ってもらえる。……

 ハイヤーの後部座席に身を沈め、窓を開ける。
全社員が車を囲み、声をあげたり、手を振ったり。
生前葬だ。
その中を、静かに黒塗りは動き出した。
これで長いクラクションを鳴らせば、まさに出棺だ。

 車が動いて間もなくふり返ると、もう誰もいなかった。
サッサとオフィスに戻り、業務の続きを始め、
会社はいつものように動くのだ。
 俺がいなくとも。
 誰も何も困らずに。』

 大同小異である。
彼ほど屈折していないものの、私も同じような風景を体験した。
 足下を見られているようで、恥ずかしくなった。

 小説では、主人公・田代壮介は、その後3年間程、
自分の落ち着く先を求め彷徨う。
 そのドラマについては、是非、一読をお勧めする。

 しかし、様々な場面での彼の想いについては、
同じ『終わった人』として、共感できることが多々あった。

 時に小説は、主人公の言葉を通して、
作者の想いを代弁すると言う。
 きっと、壮介に、内舘さんの想いも、
にじんでいるに違いない。

 大変乱暴なのだが、私の視線で
全370ページの小説から、そんな言葉を探してみた。


 ① 今、咲き誇っている桜は、
散っていく桜を他人事として見ているだろうけど、
しょせん、そいつらもすぐに散る。
残る桜も散る運命なんだ・・・。


 ② ・・15才からの努力や鍛錬は、
社会でこんな最後を迎えるためのものだったのか。
 こんな終わり方をするなら、
南部高校も東大法学部も一流メガバンクも、
別に必要なかった。

 人は将来を知り得ないから、努力ができる。
一流大学に行こうが、どんなコースを歩もうが、
人間の行きつくところに大差はない。 


 ③ 中には「やることがないなんで最高だ。
早くそうなりたい。
やることに追われる日々から解放されたい。」
と言うヤツがいる。

 ヤツらはそう言ってみたいのだ。
その言葉の裏には、自分の今の日々が充実していて、
面白くてたまらないということがある。
本人もそれをわかっているから、言ってみたい。

 たったひとつ、わかっていないのは、
そういう日々がすぐに終わるということだ。


 ④ 俺は一流大学から一流企業こそがエリートコースだと思い、
実際、そう生きてきた。
・・・。
 サラリーマンは、人生のカードを他人に握られる。
配属先も他人が決め、出世するのもしないのも、
他人が決める。・・・

 出世も転籍も、他人にカードを握られ、
他人が示した道を歩くしかなかった。
それのどこがエリートコースだ。

 ならば辞表を叩きつけよと言われても、
それはできないものだ。
生活があり、家族がある。


 ⑤ オンリーワンは、人として大切なことだ。
 だが、社会ではよほど特殊な能力でもない限り、
オンリーワンに意味を見てくれない。
替えは幾らでもいるからだ。
世間はその替えにすぐ慣れるからだ。

 とはいえ、ナンバーワンでさえ、
替えは次々に出てくる。
それが社会の力というものなのだ。


 ⑥ よく「身の丈に合った暮らしをせよ」と言う。
 それは正しい。だが、身の丈は人それぞれ違う。

 俺は定年後も社会に出て、
競争したり張り合ったり、
肝を冷やしたり走り続けたりということが、
身の丈なのだ。

 世間では、定年後までそんな暮らしをするのは、
あまりにも人として貧しいだとか言う。
・・・、生きる喜びを知らないだとか言う。
大きなお世話である。

 趣味を持たねばと、自分に習いごとを課したり、
読書や仲間作りに精をだしたりする方が、
俺にとっては貧しい人生なのだ。
身の丈にあわないのだ。


 ⑦ サラリーマンとして成功したようであっても、
俺自身は「やり切った。会社人生に思い残すことはない」
という感覚を持てない。
成仏してないのだ。
だからいつもまでも、迷える魂がさまよっている。


 ⑧ 年齢と共に、
それまで当たり前に持っていたものが失われて行く。
 世の常だ。
親、伴侶、友人知人、仕事、体力、運動能力、記憶力、
性欲、食欲、出世欲、そして男として女としてのアピール力…。

 男や女の魅力は年齢ではないと言うし、
年齢にこだわる日本は成熟していないとも言う。
だが、「男盛り」「女盛り」という言葉があるように、
人間には盛りがある。

 それを過ぎれば、あとは当たり前に持っていたものが
次々に失われて行く。
・・・とはいえ、そんな年齢に入ったと思いたくない。
だから懸命に埋めようとする。
まだまだ若いのだ、まだまだ盛りだ、まだまだ、まだまだ…。


 ⑨ 10代、20代、30代と、
年代によって「なすにふさわしいこと」があるのだ。
 50代、60代、70代と、あるのだ。

 形あるものは少しずつ変化し、やがて消え去る。
それに抗うことを「前向き」だと捉えるのは、
単純すぎる。

 「終わった人」の年代は、
美しく衰えていく生き方を楽しみ、
讃えるべきなのだ。


 ⑩ (高校時代の友「16番」と再会。その「16番」の言葉)
 「死んだ女房の口癖思い出してさ、
俺が何か落ちこんだりして、
昔はいがっただのって嘆いたりするたんびに、
女房は東京の下町の女だからべらんめえで叱るのす。
『ああ、しゃらくさい。
思い出と戦っても勝てねンだよッ』てさ」

 俺は黙った。・・・。
ああ、俺は定年以降、
思い出とばかり戦ってきたのではないか。

 思い出は時がたてばたつほど美化され、
力を持つものだ。
 俺は勝てない相手と
不毛な一人相撲を取っていたのではないか。


 ⑪ 何にでも終わりはある。
早いか遅いかと、終わり方の善し悪しだけだ。
 いずれ命も終わる。
そうなればいいも悪いもない。
 世に名前を刻んだ偉人でもない限り、
時間と共に「いなかった人」と同じになる。
 そう考えれば、気楽なものだ。


 ここでもう一度、田代壮介の想いをふり返ってみる。

 彼は想うのだ、
 “人はみんな、散る桜の運命にある”と。(①から)
ましてや、“人生の旬は一瞬、すぐに終わる。”(③から)

 その上、“サラリーマンは、
人生のカードを他人に握られている”(④から)
 そして、“オンリーワンもナンバーワンも替えは幾らでもいる。
それが社会の力なのだ。”(⑤から)

 だから、“定年とは、自分の仕事にもう思い残すことはないと
成仏することである。”(⑦から)
 しょせん
“終わった人としてのゴールには、大きな差などない。”のだから(②から)

 壮介は、自身を顧みて、そう納得する。
だが、
“身の丈にあった暮らしは、人それぞれ違っていい。”(⑥から)
“確かに年齢と共に失うものはあるが、
まだまだ盛りだ、まだまだ…。”(⑧から)
と、強がりたい。
 
 しかし、“思い出と戦っても、勝てない。”(⑩から)
“終わった人は、美しく衰えていくべきだ”(⑨から)
と、想うに至るのだ。

 さて、私ごとになる。
私の町を横断する基幹道路の国道37号線は、
10月末から今も、大型ダンプカーの往来が激しい。

 道南各地で収穫したビート根を、
町外れの製糖工場に運んでいるのだ。
 昨年も一昨年も、その車両を見た。
しかし、今年の私は、それを見る目が違う。

 雪解けと共に、畑に植え付けたビートの苗が、
春、夏、秋を経て、大きな根に育った。
 それまでの月日は、決して順風満帆ではなかったことを、
私は知っている。

 その苦労の成果を収穫し、ダンプカーは積み、
製糖工場へ走る。
 やがて、あの真っ白な砂糖に生まれ変わる。

 1年間におよぶ砂糖作りのご苦労を思うと、
国道を走り抜けるダンプカーは、
力強く頼もしく、輝いて見える。
 「頑張れ、ダンプカー!」

 去年までと違った想いに、感情が高ぶる。
同時に、そんな私自身に、驚きも覚える。

 最近、富みに思うことだが、
この年齢、そしてこの生活リズムだからなのか、
ビートを積んだダンプカーに限らず、
新しく芽生える感情や想いに心がざわめく。

 それを『美しく衰えていく生き方』というのだろうか。
ならば、その生き方を大いに楽しみたいと、私も思う。





   雪化粧した 有珠山

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