年末年始、そして今月中旬まで、日常的にしなければならないことに加えて、2月から3月にかけての15回集中講義や4月から新しく始まる大学に提出する書類やシラバスつくりで、パソコンの前に座っている時間が長かったが、あとは内容の具体的な準備だけになった。ホーッ!一息。
秋学期の授業も本日で最終日。後はテストとリポートを受け取って成績を出すだけになった。
そんなゆとり気分からか、今週は自分の体操時間をたっぷりをとることができた。
丁度、新年からのレッスンでテキストにしている『野口体操 感覚こそ力』を読み直し、調べ直し、DVDを見直して、野口三千三存命中に引き戻されて、気分一心、貴重な自習時間となった。
が、それは残酷な現実を実感されられる時間でもあった。
実に、実に、「上体のぶら下げ」等々、最近の練習は形だけを追う稽古になっていたことに、愕然とした。
なんとしたことか、すっかり初心を忘れていた。
なんとしたことか、 “佛つくって魂入れず” 状態であった。
そうしたことを、からだそれ自体が教えてくれた。
「ごめんなさい」
なんに謝ったのかはわからないが、「これではいけない!」とばかりに、見失いかけていた自分に還っている今週である。
すると見えてくる景色が変わっていた。
分っていると思いこんでいた動きが、まったくあやふやな理解に過ぎなかった、とからだが覚醒した。
『野口体操 感覚こそ力』は、野口三千三の授業を描く書き方をしていたことが、私にとってはよき教科書になった、と思っている。
体操不得意、体操嫌いだったが、こと野口体操に関しては、不器用故にここまでやってこれらた、と否定しない自分に出会えた。1月期からの日曜クラス、多くの新しい受講の方々が、そろって本を読み込んでいらっしゃったことも刺激になった。考えてみれば、野口体操の本もDVDも沢山手元にあるではないか!
自習の材料には事欠かない。
さて、4月8日には67歳になる。これからどれだけ残された時間を生きるのかはわからない。
70歳を前に、今が最後の出直しの時かもしれない。
1月26日には岩波書店から『私の「戦後民主主義」』が出版される。
子供時代の思い出から書きはじめたが、思えば随分遠くに歩いてしまった!
予期せぬ出来事の連続で、今、ここに立って生きているんだなぁ~。
確実なことは、自分のからだは正直で、ごまかしはきかない、ということ。
“自分に還る” 体操の自習時間は、私の自由時間でもある。
授業のためでも、レッスンのためでも、本を書くためでもない。
もしかすると、ようやく野口体操が羽鳥体操になり始まった、のかもしれない。
そんな気がする大寒の朝である。
秋学期の授業も本日で最終日。後はテストとリポートを受け取って成績を出すだけになった。
そんなゆとり気分からか、今週は自分の体操時間をたっぷりをとることができた。
丁度、新年からのレッスンでテキストにしている『野口体操 感覚こそ力』を読み直し、調べ直し、DVDを見直して、野口三千三存命中に引き戻されて、気分一心、貴重な自習時間となった。
が、それは残酷な現実を実感されられる時間でもあった。
実に、実に、「上体のぶら下げ」等々、最近の練習は形だけを追う稽古になっていたことに、愕然とした。
なんとしたことか、すっかり初心を忘れていた。
なんとしたことか、 “佛つくって魂入れず” 状態であった。
そうしたことを、からだそれ自体が教えてくれた。
「ごめんなさい」
なんに謝ったのかはわからないが、「これではいけない!」とばかりに、見失いかけていた自分に還っている今週である。
すると見えてくる景色が変わっていた。
分っていると思いこんでいた動きが、まったくあやふやな理解に過ぎなかった、とからだが覚醒した。
『野口体操 感覚こそ力』は、野口三千三の授業を描く書き方をしていたことが、私にとってはよき教科書になった、と思っている。
体操不得意、体操嫌いだったが、こと野口体操に関しては、不器用故にここまでやってこれらた、と否定しない自分に出会えた。1月期からの日曜クラス、多くの新しい受講の方々が、そろって本を読み込んでいらっしゃったことも刺激になった。考えてみれば、野口体操の本もDVDも沢山手元にあるではないか!
自習の材料には事欠かない。
さて、4月8日には67歳になる。これからどれだけ残された時間を生きるのかはわからない。
70歳を前に、今が最後の出直しの時かもしれない。
1月26日には岩波書店から『私の「戦後民主主義」』が出版される。
子供時代の思い出から書きはじめたが、思えば随分遠くに歩いてしまった!
予期せぬ出来事の連続で、今、ここに立って生きているんだなぁ~。
確実なことは、自分のからだは正直で、ごまかしはきかない、ということ。
“自分に還る” 体操の自習時間は、私の自由時間でもある。
授業のためでも、レッスンのためでも、本を書くためでもない。
もしかすると、ようやく野口体操が羽鳥体操になり始まった、のかもしれない。
そんな気がする大寒の朝である。