先日、北区田端の劇団文化座で、「2019年度 総会」と「第六回 早蕨塾」の最終打ち合わせを行った。
先方は、劇団のプロデューサーの原田明子さん、こちらからは二階のぶ子さんが同席してくれた。
劇団自前の稽古場は、50名ほどの人数でも体操ができるほどの広さがある。
野口三千三つながりで、ここをお借りすることができた。
総会の後、早蕨塾では劇団代表で舞台女優の佐々木愛さんに「私と野口体操〜野口三千三との出会い」(仮題)でお話ししていただく予定。
舞台での身のこなしや発声と野口体操をからめて、そのままのつながりで体操を行う企画を立てた。
特に、私(羽鳥)個人としては、母が入所している施設で気づいた「発声」の大切さを実感している。
舞台での発声法がそのままリンクできるとは思わないが、何かのヒントがいただけると思っている。
「なぜ、発声か?」
人は、最後まで自分の手で食べ物を口に運び、噛んで飲み込むことが、“生きること”と、つくづく感じている昨今。
嚥下力の低下、誤嚥、むせる、といったことを避けるための力を維持することが、ものすごく大切だと思うようになったからだ。
唇・舌・口腔内の感覚を、できるだけ維持するには、「話をすること」がいいと思うようになっている。
入所している方々は、遠慮からか、声が小さくなって、だんだん口数が減っていく。
そのことと食べる力は正比例している。
結果的に、生きる意欲が低下していくような印象がある。
それはそれで仕方がない自然のことかもしれないが、自分で食べる力が低下しても、噛むことができなくなっても、栄養補給ができるチューブ入りの食べ物が提供されているのが現実。しばらく(かなり長い期間)はそれだけで生命維持は可能なのだ。
でも、でも、なんだかな〜、ありがたいけれど、難しいことだ。
昨日の朝日カルチャー土曜日クラスで、伺ってみた。
「腹から声をちゃんと出して、話す機会はありますか」
ほとんどの方が、あまりない、とおっしゃる。
その返事をききながら、ある程度大きめの声を出して遠慮なく話をする場を提供する必要があるのではないか、と思った次第。
私自身にとっても一つの課題である。
第6回 早蕨塾の佐々木愛さんの話を機に、「高齢期前から始める声を出す習慣」を模索したい。
4月28日(日)10連休の始まり時、会員の参加で満員にならなければ門戸を広げて、参加者を募ってみるのも一考かと。
高齢者の自分で食べる力を維持するために、って副題をつけたいくらいだ。