羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

畏れを感じる上半期が・・・・

2018年07月29日 06時51分01秒 | Weblog
 今週は、夏休み前にいろいろなことがまとまった。 
 主なことだけ短く報告します。

 初めの報告 1
 一般的には一年の上半期は6月までだが、私の場合は7月の春学期授業が終わった時が終了期として過ごしている。
 25日が最終授業で、空手教場室温38度の中で個人実技テストとリポートを提出してもらった。
 学生の皆さんの理解度は高い。
 優秀な若い学生さんに、野口体操を伝えられる幸せを大事にしていきたい。

 次なる報告 2 
 会報「早蕨 SAWARABI」Vol.3 は印刷に入って、8月初旬には出来上がってくる予定。
 今回も、佐治嘉隆さんの緻密な仕事振りを見せていただいた。
 ギリギリになって、数字の間違いに気づいて、慌てて修正していただいた。
 正誤表をつけずに済んだことに、ホッとしている。
 編集長・二階のぶ子さんから「今回も力作ぞろいでしたね」とコメントが入っている。
 ご協力いただいた皆様に、ちょっと早いお礼です。

 次なる報告 3
 7月26日のこと。
 駒込にある劇団「文化座」で、劇団代表である女優の佐々木愛さんのインタビューが実現した。
 1960年代後半、野口三千三との出会いから始まって、私的なことも含めて演技に野口体操が生かされている具体的な話を、実演付きで聞かせていただいた。
 演劇に生きる方々に届けたい話であった。
「演技における自然さとは何か」」「スタニスラフスキーシステムと野口体操」「演技と身体感覚」等々、考える貴重なヒントをいただいた。
 半世紀以上にわたって、舞台に命をかけて得られた言葉は、深く重い。
 チャーミングで頭脳明晰な女性に出会えたことは、ひとえに野口三千三の導きだと思う。
 
 最寄り駅まで車での送り迎え、そして全てにおいて細やかで行き届いた対応をしてくださった制作部の方に感謝している。
 プロ意識欠如のままではいけないと、覚悟を持たせてもらった次第。

 次なる報告 4
 昨日、台風の中、朝日カルチャー7月最後のレッスンを無事に終えた。
 人数も少なかったので、より密な研究会のようだ、と新井英夫さんの弁。
 佐々木愛さんから伺った野口三千三の「宇宙への関心エピソード」を中心に、日頃は意識していない「足運び」のことなども実践した。 

 *****

 貫見忠司さん、竹内敏晴グループの方々、横田(岡倉)敦子さん、寺島康子さん、吉続正義さん、佐々木愛さん。
 上半期に出会ったお一人おひとりにお礼を申し上げます。

 授業・レッスン・話を伺う・ゆかりの地を歩く・資料や本を読むことを通して「野口三千三の野口体操」に畏れを感じる昨今であります。
 

 
 
 
 

 
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ブロック塀

2018年07月20日 13時38分54秒 | Weblog
 先日、町内会の「地震被害シュミレーション結果報告」(杉並区都市整備部)の会に出席した。 
 大阪の地震以来、区では「ブロック塀の倒壊」を防ぐための整備と「感震ブレーカー設置」協力をすすめている。

 この話を聞いている時、隣の席に我が家を建てたときの工務店の社長が座っていて、塀に”控え壁”をつけることをすすめられた。
 つくってくれた人が言うのだから、その言葉に従って工事を依頼した。
 本日、職人さんが二人でやって来て、鉄でしっかりしたものを設置してくれた。

 区役所に診断を依頼してから工事をすると、いつになるかわからない。
 殺到していて順番がなかなか回ってこないらしい。
 業者の人たちも忙殺されているという。

 一方のブレーカーは、区の助成を受けられるので、申請書を提出し、近日中に取り付けてもらえる書類がすでに郵送された。
 こちらも混み合っているのだろうか。
 いまだに業者からの電話はかかってこない。

 何れにしても、何かをしても全くこれで安全!ということはあり得ないが、何もしないで手をこまねいているよりはマシだろう。

 このことだけではないけれど、地元の工務店に建築を頼んでよかった。
 細かい仕事もささっとやってもらえる。
 数年前に、代替わりして若い三代目がしっかり跡を継いでいる。
 
 本日、一件落着。
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超酷暑・・・まだまだ若いー!

2018年07月19日 09時21分48秒 | Weblog
 連日、酷暑である。
 昨日の授業は、気温38度の中で行った。
 学生は若い。
 疲れているはずなのに、元気である。
 
 事前に予告していた通り、グループレッスンを行った。
 したかって、一人の学生が運動をする時間は、1コマのうち10分ほど。
 一人ずつリポートのテーマや内容について相談に乗って、何を書いていいのか迷っている学生にもヒントをあげた。

 自分たちの番が来るまで待っている間は、体育館用大型サーキュレーターの前で涼みながら、コミュニケーションタイムであった。
 女子学生はもちろん、男子学生も嬉しそうに、楽しそうに、おしゃべりをしている。
 一体何を話しているのか、知りたいところだが、そこはノータッチ。

 いよいよ来週は、個人実技テストと、リポートの提出で春学期は終了する。

 こんなに暑い年ははじめてである。
 なんとか無い知恵を絞って、乗り切っていけそうだ。

 まだまだ私も若いー、なんて自信を持ちすぎないことが肝心。

 帰路、多摩モノレールからJR中央線に乗り換える立川駅で、カフェに入って一服。
 抹茶カフェラテが美味しかった。

 
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俎板

2018年07月13日 06時06分12秒 | Weblog
 長年使うものを買い換えるとき、「買うべきか、買わざるべきか」ハムレット的に迷うことが多くなって久しい。
 よーく考える。
 自分の年齢と、ものの耐用年数を比べて、思い切って買ってしまう時と、残念な気持ちを残しつつ諦める時がある。
 売り場をうろうろ行ったり来たり。そんな姿を斜め上から見つめながら、哀しみが漂っているのかな〜、と買うことを諦めて立ち去ることがある。
 年をとるということは、こういうことか。

 先日は、なぜか迷ずわず俎板を買い替えた。
 昨今では、木製を使う人はめっきり減ったのだろう。
 私は、やはり木製にとどまっている。
 これまでの銀杏から青森ヒバに変わった。

 それ以来台所からは、森の香りがしてくる。
 料理にかかる前に、深呼吸をしている自分がいる。
 
 これまでの俎板は、使い続けて自然に生まれた曲線が、かなり深くなっていた。
 以前は、知り合いの大工さんが、俎板にカンナをかけて平らにしてくれていた。
 そうすると寿命が延びた。
 その大工さんも亡くなってしまった。

 年輪がつんでいて重さがあり、真っ平らの俎板の切れ味は抜群である。
 俎板には切れ味とは言わないのかもしれない。
 包丁の切れ味を決めるのも俎板であるわけ。
 ヒノキは固すぎるから、刃こぼれが起こりやすいと聞いたことがある。
 このヒバも固いから、包丁をよく研ぐ必要がありそうだ。
 俎板も包丁も、ともに手入れを怠るな、ってことらしいが、これが不得意。

「お客さん、20年は十分に持ちますよ」
 20年分の宿題をもらった。

 あの時、支払いを済ませていると”やっと売れた”と、もう一人のヒソヒソ声が聞こえてしまったっけなー。
 
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野口体操のおかげです!

2018年07月12日 09時07分47秒 | Weblog
 昨日の八王子の最高気温は、35度という発表があった。
 その最中の八王子で、午後からの授業を行った。
 体育館の廊下を歩き始めた途端に、鳩尾の奥がグッとしめらつけられるような違和感を感じた。
 風がないぶん暑く重い空気がまとわりついてきた。

 さて、春学期の授業は4週目まである。
 梅雨明けが早かった今年の暑さには、学生も先生方もいささか辟易している。
 が、体育の先生は、さすがに体力があって元気である。
 学生は若いとはいえ、学期末に近づいて、疲れがピークに達するこの時期である。

 授業を行っている空手教場は広く、床はヒノキである。
 素足で授業を受ける規則になっているが、冷房はない。
 暑さは半端ない。

 そのような条件の部屋で運動をするために心がけたこと。
 それはダラダラと汗をかき過ぎない授業の進め方の試みであった。
 汗をかき過ぎて、疲労感を残すことのない方法を模索しながら進めた。
 
 授業を終えて帰路についた時、学生のためを考えたことだったが、実は、自分自身のためでもあったと気づいた。
 どんなに暑い日でもからだを動かすことは大切だが、どのような汗のかきかたをするのが良いかには工夫が必要だとつくずく思った。
 そんな時、野口体操のというか、三千三先生が残した言葉が大変に役立つ。
 また、最近の研究から、「分子シャペロン(ストレスタンパク・エラー修復タンパク)」「マイオカイン(若返りホルモン)」を活性化させるためには、うっすらと汗をかく程度の運動で十分という考えも参考になる。

 齢70、程よい動きと程よい汗をかく授業をすることは、老化防止と認知症予防になるかも!
 これは野口体操あっての役得である。
 8月中旬から9月中旬まで、今年も明治大学シェイクスピアプロジェクトのレッスンもあるのだから。
 今年の夏は、私自身にこのテーマを課した野口体操と向かい合ってみたい。
 そう思っただけで、新鮮な気分になっている。

 今朝は疲れも残らず、爽快な目覚めだった。
 本当に、おかげさまです。

 私の水分補給は、水筒に入れて持ち歩く白湯です。
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うーむ、私に何ができるのか?

2018年07月10日 11時16分37秒 | Weblog
 このところ母の施設に行くことができなくて、昨日、ようやく訪ねることができた。
 母は、私を見つけて手を挙げで、「久しぶり」という反応を返してくれた。
 最近はいつもこんな調子で、安定して機嫌が良いと聞いた。
 また、会う人ごとに自分から手を振って、それなりにメッセージを送っているようだ。
 
 場所を移動して、応接セットがおかれているロビー風のところで、いつものように足のマッサージを行った。
 ここでも通りかかる方々が、話しかけてくれる。 
 
 30、40分ほどして、みなさんがおやつを食べているリビングに戻った。
 しばらくそこで話をしながら、周りの様子を何となくみていた。

 すると最近になって入った若い女性介護士さんが当番の日だった。
 彼女はとても健康そうである。
 背は大きくもなく小さくもなく、強いていえば小柄な方だろうか。
 それでも筋肉はしっかりついていて、骨太の体質のようだ。
 仕事にはまだまだ慣れていないけれど、先輩の指導や指示を仰いで一生懸命に励んでいる。
 甲斐甲斐しいとは、こうしう働き方を言うのだろう、と思いつつ彼女の後ろ姿を見て驚いた。
 この仕事に就いた当初に比べて、確実に体型が崩れてきているのである。
 そのつもりで、表情も見てしまった。
「かなりお疲れだ」
 たかだか1ヶ月くらいだろう?!
 
 長続きさせるには、上手なからだの使いかたを身につけて欲しい。
 老婆心である。
 
 技術を身につける前に、ギブアップしないとも限らない。
 困ったことだ。
 あのままではいけない。
 今のうちが肝心だと思う。だが、実際に、私に何ができるのだろうか。
 介護現場の離職率の高さは、仕事の大変さと辛さに対しての報酬の釣り合いの悪さも問題だ。
 が、しかし、介護する人の「からだの問題」「からだの使い方の問題」も大きいことだと思った。

 私自身、母を預けて一年になる今頃になって、左肩と上腕の痛みがある。
 母の自宅介護期間に、無理をしてきたと心当たりもあるのだが、こればかりは避けようがなく仕方がなかった。
 その痛みの緩和に、本気で取り組んでいるが、回復の6合目まで到達したところだ。
 ここが肝心、諦めずに右側と遜色がないところまで回復させたいと思っている。 

 その経験からも、介護現場で働く方に、何ができるのか、と昨日から考えてはじめている。
 のっけから「野口体操」は、ありか?
 ちょっと難しくないか?

 もう少し、時間をいただこう。
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香・・・呪縛

2018年07月08日 11時38分49秒 | Weblog
 9月7日発行予定の「早蕨 SAWARABI」第3号、集まっている原稿校正を始めた。

「野口三千三伝」は、最終校正を待つばかりとなった。
 今回は、「川」をテーマに、三千三少年の飛び込みや水泳について書こうと思っていた。
 すでに『感覚こそ力』に聞き書きがあったので、その一部を引用しながら、最終的には群馬に行き川と堰を確認してからまとめようと思っていた。
 
 しかし、授業のこと、天候のこと、電車がよく止まること等々を考えると、七月はじめに群馬まで出かけることは如何なものか。
 6月なかばの計画通りならば、昨日・今日にも出かけているはずだった。

「原稿の締め切り日のこともあるし・・・」
 悠長なことはいってられない。
 そう判断し、全面的に内容を変更して、書く予定のなかったことでまとめてみた。

 余裕を持たせ、手を入れることを考慮して、先週末のうちに編集デスクの二階さんに添付送信しておいた。
 佐治さんも早々に写真をはめて、ページをまとめてくれた。
 野口の実家にある「暴風垣(樫ぐね)」は iPhoneで撮ったもの。
 トリミングを施してくれたらしく、見違えるような写真になっている。

 こうして予定していなかったことを書いていてみて、自分の外側に野口三千三という存在をおくことができたような気がしている。
 それまでは耳の中で、常に声が聞こえていた。
 そこから出られない感じが常にあった。
 今回は、聞こえてくる部分と、そうでない部分があって、内からも外からも野口三千三を見ることができたような気がしている。
 存在を取り巻く円が、何重にも外に広がって、今まで見えなかった野口の姿が見えてくるようになったように思う。
 それでも今回は、まだ本気度が足らない、と思う。
『野口体操入門』現代文庫の第1章を書いた時のような、月も日にちも曜日も忘れるくらいの没頭状態になってくれない。

 そんな思いを抱えて、昨日は、所用を済ませた足で近くの銀座に立ち寄った。
 銀座四丁目から七丁目界隈を散策した。

 何年ぶりだろうか。
 この通りにあった老舗の店が、ことごとく姿を消している。
 見れば海外のブランド店とユニクロ系とソフトバンクが、威風堂々と構えているじゃありませんか。
 昨年開業したたGINZA SIXにも入ってみた。。。。。。が。
「見た目は綺麗で洒落ているんだけどなー」

 その点、かわらないのは鳩居堂だった。
 店内は、「お香」の香りに包まれている。
 一階は華やかな色に溢れていて、こだけは他と違って日本人と外国人とでごった返している。

 打って変わって、二階以上は清楚で落ち着いた大人の雰囲気である。 
「鳩居堂って、日本文化でもあるけれど、『書』を中心とした中国(文物)文化だ!」
 生き残るということは、こういうことか。

 ブツブツ言いながら、四丁目の交差点に戻ってきた。
 その瞬間、なぜか呪縛が解けたような気がした。
 
 一つは母の呪縛から。
 もう一つは野口三千三の呪縛から。

 銀座にはまったく関係がないのに、むしろ関係がないところに身をおくことで、無になって空になって解き放たれたのだろうか。
 ちょっと違うような気もするが・・・

 今、昨日のことを思い出しながら書いていると、鳩居堂の「香」が記憶の底から立ちのぼってくる。 
 呪縛を解いてくれたのは、この香りだった。
 きっと おそらく。
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旧iPhone4から写真を取り出す・iPadの故障解決

2018年07月06日 13時35分27秒 | Weblog
 今のiPhoneの前は、東日本大震災の年からiPhone4を使っていた。
 写真もそれなりに撮りためていたが、それを移動することができなくなっていた。
 無理かと思い諦めていたのだが、昨日、Macに取り込むことができた。

 というのも、iPadを充電するようにケーブルを繋げて、翌朝開いてみると、画面は真っ暗。全てに反応しなくなった。
 そこで、近くの修理店に出かけた。
 修理代は高いので、ドコモへ行くことをすすめられた。

 そのついでに写真移行の相談をしたところ、方法を教えてくれた。
 なんのことはない。充電用のケーブルのコンセントはずして、ケーブル部分をパソコンにつなげるだけでコピー完了であった。
 野口先生関係の写真が残っていて、後々、使えるようになった、というわけである。

 もう一つの懸案事項も、本日、ドコモで解決した。
 こちらもなんのことはない。充電ケーブルの断線が原因ではないかということで、店内の充電器を使ってみると見事に回復した。
 そこで、『耐断線Lightning強化ケーブル』を買って帰宅。
 今、順調に充電をしているようだ。
 機種変更もやむなし、と覚悟を決めて出かけて行ったが、ケーブルだけで終わったので胸をなでおろしている。
 iPhoneもIPadも使い始めて今年の9月で満2年しか経っていないのだから、もうしばらくこのままでいきたい。

 IT関係は、ドキドキ、ドギマギ、ハラハラ・・・・すぐにお手上げ状態に陥ってしまう。
 iPhone iPad 修理店のお兄さんの感じが良かったことを思い出す。
 即行動!
 これから頼りにしよーっと、地元のバウムクーヘン専門店で、小さな袋詰めを用意して挨拶に行った。
 最初は遠慮していたのだが、嬉しそうに受け取ってくれて、こちらもホッと!

 二件落着しました。
 

 
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『道化の民俗学』山口昌男と現代について

2018年07月01日 07時22分21秒 | Weblog
 第3回「早蕨塾」のことは、先日のブログで報告をした。
 この時、講演者の新井英夫さんが、いちばん最初の自己紹介で、「トリックスター」ということを仰った。
 懐かしい言葉に出会った。
 私が野口体操を始めた1970年代に、注目された「文化人類学」を思い出した。
 中村雄二郎『感性の覚醒』山口昌男著作の数々、感動しながら読んだ記憶がある。
 小泉文夫さんの世界の民族音楽も懐かしい。

 今や、住まいのある東京・高円寺は、生きた文化人類(学)の宝庫で、色々な民族が暮らしている。
 商店街を歩いていると、聞きなれない言葉が飛び交って、どこのお国の人かなーと、考えてもわからないことが多い。 

 で、懐かしさにつられて、蔵に入って本を探した。
 ゴタゴタ状態から、ようやく一冊取り出したのが『道化の民俗学』山口昌男著だった。
 野口三千三と山口昌男さんのNHK「ビッグ対談」の撮影から放送、放送後の色々を楽しく思い出した。
 最近ご無沙汰しているディレクターの深堀雄一さんは、お元気だろうか、などと思いは過去に引き戻された。

 昨日の朝カルレッスンでは、「早蕨塾」に参加された方も多かったし、新井さんも出席だったので、この本からかいつまんで板書した。
 現代的な、今日的な問題もからめて話させてもらった。例えば、現在進行中の「サッカーW杯」日本の試合。
 高円寺は、大道芸祭りがあって、駅前の広場では、プロレスが行われる。女子プロレスもある。この時の熱気は凄い。このプロレスのヒール役も道化の範疇にいれてもらいたい。

 目を開くと道化やトリックスターは、いつの時代にも、どの社会にも、どの文化にも、存在する。
 その存在が活力を生み、時代を前に進める力を潜めている、という話をした。

 備忘録として、箇条書きをここに貼り付けておきます。

******

◆ 第三回「早蕨塾」 無事に終了しました。新井英夫さんで、思い出したこと。1970年は、文化人類学が注目された時代だった。

◆ 西洋文だけが唯一の価値ではなく、文化を相対的にみる視点を日本でも持つようになった。バリ文化再考。絵画・演劇的要素・ガムラン音楽等。

◆ 世界中の文化に、道化・ピエロ、が存在する。ヨーロッパ 演劇空間。カーニバル、サーカス。祝祭と祭には、道化は欠かせない。王様のそばにかならずいる存在。

◆ 身体表現、楽器(打楽器・笛)などを使用。

◆ 道化的空間:1、正常ではない行為で、緊張を解かれた状態。公的に演じられる場合、緊張を解く要因がある。白痴、精神異常、子供的な仕草。

◆ 道化的空間:2、個人と第三者とのコミュニケーションの形態を前提として成立している。

◆ 道化的空間:3、日常生活を構成する正常な行為「かたち」に対して、異常な(非日常的な)行為の「かたち」。そこから呪術的な祝福が伝達される。

◆ 日常の規範的な行為から外れて、道化が演技として成り立たせる条件がいる。行為を、距離を置いて受け止めることができるという条件、その異常性からくる衝撃を「笑い」という反応によって受け止めさせる余裕を与えること。

◆ 「夏の夜の夢」パック、義経と弁慶、ファウストとメフィストフェレス、ドンキホーテとサンチョ、アマテラスとスサノオ。

◆ 「瓜子姫とあまんじゃく」、「ゲゲゲの鬼太郎」ねずみ男。

◆ アイデンティティーの様々なレベルにおける分散と統合。

◆ 反社会的・反体制的なイメージが投影された存在。異形の者。

◆ マージナルな存在。タブーに挑戦する存在。カオス状態を作り出す存在等々。

ここからは、Wikiより一部掲載。

◆ トリックスター (英: trickster) とは、神話や物語の中で神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者である。往々にしていたずら好きとして描かれる。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴である。
この語は、ポール・ラディンがインディアン民話の研究から命名した類型である。カール・グスタフ・ユングの『元型論』で取り上げられたことでも知られる。
シェークスピアの喜劇『夏の夜の夢』に登場する妖精パックなどが有名。ギリシア神話のオデュッセウスや北欧神話のロキもこの性格をもつ。
特徴[編集]
トリックスターは、時に悪意や瞋恚を持って行動したり、盗みやいたずらを行うが、最終的には良い結果になるというパターンが多い。抜け目ないキャラクターとして描かれることもあれば、乱暴者や愚か者として描かれる場合もあり、両方の性格を併せ持つ者もある。文化的に重要な役割を果たしているとき(例えば、火を盗むなど)や神聖な役割のときでさえ、おどけてみせたりもする。文化英雄であると同時に既存概念や社会規範の破壊者であり、あるいは賢者であるが悪しき要素を持つなど、一面的な定型に納まらない存在である。文化圏によってはコヨーテやワタリガラスと関連づけられる。
多くの文化では、トリックスターと文化英雄は結びつけられることが多い。例えば、ギリシア神話のプロメーテウスは、人間に火を与えるために神の元から火を盗んだが、彼はトリックスターとしてよりも文化英雄としての性格の方が有名である。一方、北アメリカネイティヴアメリカンの伝承では、コヨーテの精霊が神(もしくは星や太陽とも)から火を盗むが、こちらはトリックスターとしての性格の方が大きく現れている。これは、他の話においては、プロメーテウスは知性のある巨人だが、コヨーテは単なるいたずら者と見なされる場合が多いことから来ている。

 以上です。

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