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ご近所の文具屋さんは、野良猫にえさをやっているというので、
ある一部の人々からすごく評判が悪くて
苦情電話や突然訪れた人に怒鳴りつけられたりすることが絶えないのです。
実際には、近所で捨てられる猫たちが増えすぎて、
飢え死にしたり、毒をまかれて殺されたりするので、
その文具屋さん夫婦が、野良猫を捕まえては自費で病院に連れて行って
避妊手術をして、これ以上
かわいそうな野良猫が増えるのを防いでいるのです。
それでも今、人と共生しているご近所猫の中で、身体が不自由な子や子猫は
人の世話なしに生きていけないので、文具店の店先で
エサをやっているのです。
それに対して「死ね!」とか暴言吐きまくる人々がいるんですが、
かといって、自分で一匹一匹猫を捕まえて保健所に送る手間をかける気がなくて、(野良猫は簡単に捕まらないです)
「毒エサ」をまいて、一気にイライラを解消しようとしたりするのです。
この文具屋さん夫婦とは、この地に引っ越してきて以来
仲良くしているので、
「猫の避妊費用は半分持ちますから、野良を捕まえた際には知らせてくださいね」と言っているのですが、
こちらに遠慮があるのか、2度ほど知らせてくださっただけです。
相変わらず、苦情を受けつつ、最低限の野良猫の世話を続けておられます。
話は変わるのですが、
私は地球の環境問題に取り組む方々や反戦運動をしている方々の
お手伝いをしていたことがあります。
エコにしても反戦にしても難しいな~と感じるのは、
若くて、純粋な理想に燃えている人々が、活動する団体に利用されて
自分を見失っているように見えることが多々あることです。
世の中の役に立ちたいと意欲に燃える若い人々には
言いにくいのですが、
団体のお金の流れが不透明だったり、組織のトップが新興宗教の
教祖様だったり……もよくあることなんですよね。
かといって、「自分で活動する場を創り出して、世の中を変えていこう」
とするなら、
人間関係の問題、
自分自身の成熟の問題に真剣に取り組まなければ、
最初に目指していた社会奉仕の心は、
奇妙なゆがみのあるものに変質してしまうでしょう。
わが子たちを見ていても、世の中に出る前の子たちは純粋で
平和や、世界の飢餓で苦しむ子や、捨てられて処分される動物たちのために、
何か自分も役立てないか?
と真剣に考えています。
そうした純粋な理想に燃える心が現実の生活の中で
しっかり根付いていくようにさせるのには、
「言葉」や
学校なんかで「教える」のではダメだな~と感じてます。
「戦争はよくない」「目上の人の言葉に従うべき」なんて、言葉だけで
理解して、考えていると、
簡単に他人に利用されてしまいますから。
現実の日本の社会は
なかなか厳しいし、汚れていますよね……。
なら、子どもたちに、何をどう教えていけばいいのか……と言うと、
自分の心をいつもクリーンにして、
心の声に素直で正直でいるように伝えていけば、
おのずと自分がこの世界で何をすればいいのか
わかってくるんじゃないかな?
と思っています。
それと世の中には、現実に生きたお手本となる方々が
たくさんいますよね。
そこで最初の近所の文具屋さんの話に戻るのですが、
文具屋さん……周囲からは冷ややかな視線を浴びせられてますが、
私自身は、こういう自分の心の声に正直に生きている人大好きです。
「どう生きる?」という点で、うちの子たちの良いお手本だな~と感じています。
他にも、うちの近所だけでも、
「いいな~」と思う方は何人もいます。
ひとりは、週1,2回商店街に現われるドーナツ屋のおじさんです。
最初、息子が学校帰りに買って帰ってて、家族中で「おいし~」「こんなおいしいドーナツ食べたことがない!」と絶賛していたんです。
「どうして、こんなにおいしいのかな?」と娘が頭をひねるので、
よく味わってみると、冷えても油が新鮮に感じるのです。
先日、商店街を通りかかったら、このドーナツ屋さんが屋台を出していたので、
私も初めて買ってみました。
「いつも息子が買ってきてくれるんです。とてもおいしいですよね。
油が新鮮ですよね。いつも新しい油を使っておられるのですか?」とたずねたところ、
すごくうれしそうに、恥ずかしそうに、
「それに気づいていただけるとうれしいです。実は米油を使っているんです。
米油は通常の油の2倍はするんですよ」という答えが返ってきました。
どおりで不思議なおいしさだと思いました。
それにしても、そんな上等な油使ってて……屋台のどこにもそんなこと
書いてないんですけど……。おまけにドーナツ1個80円ですから……。
家に帰って、子どもたちにその話をすると、ひたすら感心していました。
うちの近所の整骨院の先生も、私が通った中で一番腕が良くて、とにかく患者さんの体調に親身になってくださる方です。
なのにとても料金が安いのです。
いつもまじめ、いつもていねいな仕事、いつも親切……
その姿をとても尊敬しています。
うちの子たちも時折通っているのですが、職員さん全員が経営者であるその先生に大事にされているので、
明るくて親切なので、喜んでいます。「空気まできれいに感じる」と言っています。
文具屋さん、ドーナツ屋さん、整骨院の先生……
こういう自分の仕事や生き方にまっすぐな人が身近にいるのを知るだけで、
それが子どもを社会に送り出す前の最高の教育になるんですよね。
前回書いた☆くんのことにしろ、
本当は、私が何をしてあげたところで、☆くんに足りないもは埋まらないんですよね。先生も周囲もみんなでその子に優しくしたって、厳しい環境とお母さんがいない寂しさは、そのままでしょう。
何したって、現実は変わらないし、
華やかさも立派さもない……でも、そうした自分の
ぶつかった現実の前で、
私は私のできることをして、
素直に自分の心を表現していけたなら……
自分の気持ちに蓋をせずにできるだけのことをしたならば、
後味は悪くないんですよ。
そして、子どもたちの心には
生きていく勇気が伝わっていくように感じています。

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ある一部の人々からすごく評判が悪くて
苦情電話や突然訪れた人に怒鳴りつけられたりすることが絶えないのです。
実際には、近所で捨てられる猫たちが増えすぎて、
飢え死にしたり、毒をまかれて殺されたりするので、
その文具屋さん夫婦が、野良猫を捕まえては自費で病院に連れて行って
避妊手術をして、これ以上
かわいそうな野良猫が増えるのを防いでいるのです。
それでも今、人と共生しているご近所猫の中で、身体が不自由な子や子猫は
人の世話なしに生きていけないので、文具店の店先で
エサをやっているのです。
それに対して「死ね!」とか暴言吐きまくる人々がいるんですが、
かといって、自分で一匹一匹猫を捕まえて保健所に送る手間をかける気がなくて、(野良猫は簡単に捕まらないです)
「毒エサ」をまいて、一気にイライラを解消しようとしたりするのです。
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この文具屋さん夫婦とは、この地に引っ越してきて以来
仲良くしているので、
「猫の避妊費用は半分持ちますから、野良を捕まえた際には知らせてくださいね」と言っているのですが、
こちらに遠慮があるのか、2度ほど知らせてくださっただけです。
相変わらず、苦情を受けつつ、最低限の野良猫の世話を続けておられます。
話は変わるのですが、
私は地球の環境問題に取り組む方々や反戦運動をしている方々の
お手伝いをしていたことがあります。
エコにしても反戦にしても難しいな~と感じるのは、
若くて、純粋な理想に燃えている人々が、活動する団体に利用されて
自分を見失っているように見えることが多々あることです。
世の中の役に立ちたいと意欲に燃える若い人々には
言いにくいのですが、
団体のお金の流れが不透明だったり、組織のトップが新興宗教の
教祖様だったり……もよくあることなんですよね。
かといって、「自分で活動する場を創り出して、世の中を変えていこう」
とするなら、
人間関係の問題、
自分自身の成熟の問題に真剣に取り組まなければ、
最初に目指していた社会奉仕の心は、
奇妙なゆがみのあるものに変質してしまうでしょう。
わが子たちを見ていても、世の中に出る前の子たちは純粋で
平和や、世界の飢餓で苦しむ子や、捨てられて処分される動物たちのために、
何か自分も役立てないか?
と真剣に考えています。
そうした純粋な理想に燃える心が現実の生活の中で
しっかり根付いていくようにさせるのには、
「言葉」や
学校なんかで「教える」のではダメだな~と感じてます。
「戦争はよくない」「目上の人の言葉に従うべき」なんて、言葉だけで
理解して、考えていると、
簡単に他人に利用されてしまいますから。
現実の日本の社会は
なかなか厳しいし、汚れていますよね……。
なら、子どもたちに、何をどう教えていけばいいのか……と言うと、
自分の心をいつもクリーンにして、
心の声に素直で正直でいるように伝えていけば、
おのずと自分がこの世界で何をすればいいのか
わかってくるんじゃないかな?
と思っています。
それと世の中には、現実に生きたお手本となる方々が
たくさんいますよね。
そこで最初の近所の文具屋さんの話に戻るのですが、
文具屋さん……周囲からは冷ややかな視線を浴びせられてますが、
私自身は、こういう自分の心の声に正直に生きている人大好きです。
「どう生きる?」という点で、うちの子たちの良いお手本だな~と感じています。
他にも、うちの近所だけでも、
「いいな~」と思う方は何人もいます。
ひとりは、週1,2回商店街に現われるドーナツ屋のおじさんです。
最初、息子が学校帰りに買って帰ってて、家族中で「おいし~」「こんなおいしいドーナツ食べたことがない!」と絶賛していたんです。
「どうして、こんなにおいしいのかな?」と娘が頭をひねるので、
よく味わってみると、冷えても油が新鮮に感じるのです。
先日、商店街を通りかかったら、このドーナツ屋さんが屋台を出していたので、
私も初めて買ってみました。
「いつも息子が買ってきてくれるんです。とてもおいしいですよね。
油が新鮮ですよね。いつも新しい油を使っておられるのですか?」とたずねたところ、
すごくうれしそうに、恥ずかしそうに、
「それに気づいていただけるとうれしいです。実は米油を使っているんです。
米油は通常の油の2倍はするんですよ」という答えが返ってきました。
どおりで不思議なおいしさだと思いました。
それにしても、そんな上等な油使ってて……屋台のどこにもそんなこと
書いてないんですけど……。おまけにドーナツ1個80円ですから……。
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家に帰って、子どもたちにその話をすると、ひたすら感心していました。
うちの近所の整骨院の先生も、私が通った中で一番腕が良くて、とにかく患者さんの体調に親身になってくださる方です。
なのにとても料金が安いのです。
いつもまじめ、いつもていねいな仕事、いつも親切……
その姿をとても尊敬しています。
うちの子たちも時折通っているのですが、職員さん全員が経営者であるその先生に大事にされているので、
明るくて親切なので、喜んでいます。「空気まできれいに感じる」と言っています。
文具屋さん、ドーナツ屋さん、整骨院の先生……
こういう自分の仕事や生き方にまっすぐな人が身近にいるのを知るだけで、
それが子どもを社会に送り出す前の最高の教育になるんですよね。
前回書いた☆くんのことにしろ、
本当は、私が何をしてあげたところで、☆くんに足りないもは埋まらないんですよね。先生も周囲もみんなでその子に優しくしたって、厳しい環境とお母さんがいない寂しさは、そのままでしょう。
何したって、現実は変わらないし、
華やかさも立派さもない……でも、そうした自分の
ぶつかった現実の前で、
私は私のできることをして、
素直に自分の心を表現していけたなら……
自分の気持ちに蓋をせずにできるだけのことをしたならば、
後味は悪くないんですよ。
そして、子どもたちの心には
生きていく勇気が伝わっていくように感じています。
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私も自分で働くようになって完全に目が曇ってしまってました。
すべては効率ばかりを考えて、本当に大切な物を見逃してきた気がします。
子供たちの明るい未来のためにも見本となるような大人にならなければならないと思いました。
子供にはそう生きていってほしいし、自分自身がそうありたい、と思いました。そうありたいと思うということは、今の自分がそうでないのかもしれないけど、意識するだけでも少し変われそうです☆
言葉にすることができないような思いはそれに伴う行動や空気で、言葉よりずっとストレートに相手に伝わったりしますよね。
こうして虹色教室を開かれて、素敵な絵画や詩を書かれる先生の、その背景になるようなエピソードや感じた事や思いが聞けて嬉しかったです。
いつか、先生の児童文学作品が読める日も楽しみにしています。
でも、怖いです。
多くの人は、知らないことを一旦受容れてみる、という感覚を持っているのではないでしょうか?
そして警戒して。
とブレながら、だんだん自分のいい距離を見つけているのだと思います。
その人にとって、
素直でいるのがいいのかどうか、
素直なのが楽なのかどうか、
素直を押し殺して考えるべきなのかどうか?
簡単ではないと思います。
大人でもそうだと思います。