葦の呟き

お嬢に翻弄される日常と、時折、自作の絵本を綴ります。

7.雲の上へ

2013年08月18日 | 「コブタクンと魔女の実」
会話が途切れたところで、バンノトリはゆっくりと体を起こすと、ドアの方に向かいました。そろそろ帰る時間のようです。外はますます暗くなり、ゴロゴロという不気味な音が大きくなってきたような気がします。いつのまにかオオカミの姿も見えなくなっていました。
「コブタネエサン、待ってるよ!」
 外に出て、バンノトリの背に乗るコブタネエサンにコブタクンはそう言いました。改めてコブタクンの目を見ると、やっぱりコブタクンの目は今まで見たことがないくらいきらきらと輝いていました。コブタママの笑顔もやさしくて温かでした。
「わたしたちは元気で楽しくやってると、みなさんに伝えてね」
 バンノトリはふわりと空に舞い上がりました。下の方でコブタクンとコブタママが大きく手を振っていました。コブタクンとコブタママの姿が見えなくなるころ、コブタネエサンの頬にぽつりと何かが当たりました。
「水。…これが、アメ…」
「おやおや降ってきてしまいましたねぇ」
 バンノトリは少しスピードを上げたようでした。雲の上の町に帰るまで、コブタネエサンは一言も話しませんでした。雲のトンネルを抜けて雲の上に戻ると、出発した時と同じように魔女が立っていました。コブタネエサンはバンノトリから降りると、小さく
「ありがとう」
 と言いました。魔女はゆっくりと魔女の木を見上げました。
「コブタクンのところに行きたくなったら、いつでもおいで」
「え?」
 コブタネエサンはおどろいて魔女の方を見ました。
「誰かがこの実を食べたいと強く望めば、この木は実をつけてくれる。だれもがこの木を必要としなくなれば、この木は枯れる」
 コブタネエサンは葉っぱ一枚ついていない魔女の木を見上げ、魔女を見つめ、そして足元を見つめました。コブタネエサンはコブタクンとコブタママの楽しそうな姿を思い出しました。同時に、恐ろしいオオカミの姿も思い出していました。
「魔女さん、ありがとう」
 コブタネエサンは何とかそれだけ言うと、魔女の庭を後にしました。
安全で安心で、何も怖いもののない町に帰っていくコブタネエサンを見送ると、バンノトリは魔女の木の上で大きなあくびをしました。
「ご苦労だったねぇ」
 魔女はやさしくそう言いました。
「コブタネエサンはどうするんでしょうかねぇ」
コブタネエサンが見えなくなった魔女の庭の入口をながめながら、眠そうな声でバンノトリが言いました。
「さぁねぇ…」
 魔女はそういうと魔女の木にそっと手を添えました。風もないのに魔女の木の枝が少し揺れました。

 

おわり

6.下の世界(つづきのつづき)

2013年08月17日 | 「コブタクンと魔女の実」
「ど、どうしたの?」
 コブタクンがあわててコブタネエサンのそばにかけよりました。コブタネエサンは窓の方を見ないようにしながら窓を指さし、しどろもどろに叫びました。
「外に、外に、何か変な化け物が!」
 なんと窓の外には、コブタネエサンが見たこともない毛むくじゃらの獣がいました。ぎょろっとした目は窓の中をにらみ、大きな牙がつきだしている口からはよだれがこぼれています。コブタネエサンの心臓は破裂しそうなほど激しく動いていました。でも、コブタクンは窓の外へ目をやると、なぁんだといった風にこう言ったのでした。
「大丈夫だよ、コブタネエサン。ただのオオカミだよ」
「オオカミですって?」
 コブタネエサンはかろうじて声を出しました。
「うん、オオカミ。ぼくもこっちの世界に来て初めて本物を見たんだ。初めて見た時はぼくも驚いたけどさ、ほら、この家はレンガの家だからね。オオカミは入ってこられないのさ」
 コブタクンは楽しそうに、でも優しくそう語りかけました。
「オオカミに、レンガの家ですって?そんなの絵本の話じゃない」
 まだドキドキする心臓をおさえてながら、コブタネエサンはテーブルの下で小さくなったまま言いました。
「そう、雲の上では絵本でしか見たことがなかったよ。でもね、こっちじゃあ本当にいたんだ!あのゆうかんで頭のいい三匹の子豚だってほんとうにいたんだよ。だからぼくたちはこのがんじょうなレンガの家に住んでいるのさ」
 コブタクンは楽しそうに、そして誇らしげにそう言いました。コブタママもニコニコしています。コブタネエサンは何が何だかわからなくなってしまいました。 それでもコブタクンに促されてテーブルの下から出てきました。
「こんな恐ろしいところで暮らしているなんて…」
 コブタネエサンは不安そうな目でコブタクンとコブタママを見ました。でもコブタクンは言いました。
「そんなに怖くはないよ。頼もしい仲間もいるしね」
「仲間?」
「そう。レンガの家のことを教えてくれた子豚のマールや、ちょっと危なっかしいけどゆうかんな野ウサギのフッサ、小さいけど頭がいい野ネズミのチーズ、他にもたくさんの仲間がいるんだ」
 野ウサギ?野ネズミ?とコブタネエサンが聞こうとすると、コブタママが言いました。
「そういえば、フッサのけがは治ったのかしら?」
「ずいぶん良くなったって聞いたよ。明日にでもお見舞いに行こうと思ってるんだけど、いいでしょ?」
 コブタママはにっこりと笑いました。コブタクンは、コブタネエサンの「訳が分からない」といった顔に気が付くと、コブタネエサンに向き直って言いました。
「この間、草原で美味しい人参が山のようになっている場所があるって聞いたフッサが行ってみたら、それはニンゲンが仕掛けた罠だったんだ。幸い罠にはかからなかったけど、その時にフッサは足にけがをしちゃったのさ。でもちゃんと人参の山の半分くらいはもらってきたんだよ。さすがフッサだよ」
「ニンゲンですって?ニンゲンって、私たちを食べてしまうっていうあの恐ろしいニンゲンのこと?」
「うん、そうだよ。なかにはそんなに怖くないニンゲンもいるんだけどね、やっぱり罠は嫌だね」
 コブタネエサンは言葉を失いました。ここはなんて危険なのでしょう。でも、どうしてコブタクン達はこんなにのんきに暮らしているのでしょう。コブタネエサンが何かを言いかけた時、今度は遠くの方からゴロゴロと、低く太鼓を打ち鳴らすような音が聞こえてきました。
「あら、雷だわ」
 コブタママが眉をひそめました。
「かみなり?」
 コブタネエサンが言うと、
「雨が降る前に戻りたいですねぇ」
 と、これまで黙っていたバンノトリがゆったりとそう言いました。
「あめ?」
 まだ日が暮れるには早いというのに、だんだんと外は暗くなってきました。急にまた不安そうになったコブタネエサンを見て、コブタクンは笑って言いました。
「大丈夫だよ。ぼくも初めて雨にあったときはおどろいたけど、ただ水が降ってくるだけだからさ。まぁ雷はちょっと嫌だけどね」
「水が降ってくるですって?」
 コブタネエサンはますます混乱してしまいました。そして、思い切って身を乗り出して言いました。
「コブタクン、帰りましょ!わたしたちの町に帰りましょうよ!」
 すると、コブタネエサンとコブタママは顔を見合わせて困ったような顔をしました。
「魔女にお願いして、元の体に戻してもらえばいいじゃない。わたしもお願いしてあげるわ!」
 それでもコブタクンとコブタママは困ったような顔をしています。
「オオカミだとかニンゲンだとかアメだとかカミナリだとか、こんな怖くて危ないところにいるべきじゃないわ。早く一緒に帰りましょうよ!」
 いてもたってもいられないといった様子のコブタネエサンを見て、ようやくコブタクンは口を開きました。
「それは…ちょっと無理かな」
 コブタネエサンは、はじめ何を言われたのかわからないようでした。
「ぼくたちはもう雲の上の世界には帰らないよ」
「ど、どうして!その体のことだったら魔女にお願いすれば…」
「そういうことじゃないんだ」
 コブタクンはコブタママと顔を見合わせました。そして言いにくそうにこう言いました。
「ぼくたちはこっちの世界が気に入ってるんだ」
 コブタネエサンは目を丸くしました。
「たしかにこっちの世界には怖いものや危ないものがたくさんあるよ。でも、それ以上にワクワクするような楽しいことがたくさんたくさんあるんだ。おいしいものだってたくさんあるんだよ。こっちには、まだまだ知らないことや知らないものがあふれてるんだ。おもしろい仲間もいるしね」
 コブタクンは目を輝かせていました。
「そうだ!コブタネエサンもこっちにおいでよ」
 コブタクンが言うと、コブタママもにっこり笑いました。
「そうね、それがいいわ。きっとあなたもあなたの家族も気に入ると思うわ」
 コブタネエサンは何と言っていいのかわかりませんでした。

6.下の世界(つづき)

2013年08月16日 | 「コブタクンと魔女の実」
「それにしても本当に嬉しいよ。コブタネエサンにまたこうして会えるなんて、夢にも思わなかったんだから」
 コブタクンはコブタネエサンの手を取って、本当に嬉しそうにそう言いました。コブタクンの手はふっくらと柔らかくて温かでした。
「本当にコブタクンなの?」
 まん丸い顔のコブタクンをじっと見つめて、コブタネエサンはそう言いました。
「あたり前さ!ぼくは正真正銘のコブタクンだよ。あ!そうか。ぼくがこんなに丸々と太っちゃったからわからないんだね?あれ?そういえば君は雲の上にいた時と同じままだけど…、じゃあ魔女の実を食べたってわけじゃないんだね」
 コブタネエサンはこくんとうなずきました。
「コブタクンとコブタママが急にいなくなって、それで魔女のところに行ったの。コブタクンを返してって。そしたら魔女が、コブタクンのところに連れて行くようにってこのバンノトリさんに言ったの。それで…」
「そうなんだ!いやぁ魔女にもバンノトリにも本当に悪いことをしちゃったな。あぁバンノトリ、あの時はだましちゃって本当にごめんね。でもおかげでぼくはこんなに素敵な世界に来ることができたよ。ありがとう!」
 バンノトリが、いえいえ…と首を振っていると、家の奥から声がしました。
「お客さまなの?」
 コブタネエサンはハッとしました。このやさしい声は、まさにコブタママの声です。
「そうなんだ!とっても素敵なお客さまだよ、ママ!」
「あら、どなたかしら」
 そう言いながら出てきたのは、コブタママでした。でもやっぱり、コブタネエサンが知っているあのコブタママではありませんでした。



「まぁ、コブタネエサンとバンノトリじゃないの。コブタネエサン、あなたも魔女の実を食べてこっちの世界に来たの?…その割には…ほっそりしたままねぇ」
 コブタママはコブタクンよりも丸々として、肌はつやつやと輝いて見えました。
「そうなんだ。コブタネエサンは、ぼくたちに会うためだけにここに来てくれたんだって。バンノトリに乗ってね」
「まぁそうなの。大変だったでしょうねぇ。そうそう、とてもおいしいおやつをいただいたばかりなのよ。今持ってくるわね」
 コブタママがそう言っていそいそを奥に戻っていくのをぽかんと眺めていたコブタネエサンですが、ふと魔女の言葉を思い出しました。
「あの!」
 コブタネエサンの声にコブタママが立ち止って振り返りました。
「こっちの世界のものは食べちゃダメって、魔女が…」
「あら。どうしてかしらね。でも魔女がそういうのならダメなのね、きっと」
「もしかして、こっちの世界のものを食べたら、魔女の実を食べた時と同じようになっちゃうんじゃない?」
 コブタクンとコブタママはテーブルの椅子に座り、コブタネエサンにも椅子をすすめました。
「だってほら、こっちの食べ物ってどれもこれもびっくりするくらい美味しいじゃない?」
「そうねぇ。いわれてみればそのとおりね。コブタネエサンがわたしたちみたいな体になってしまったら、きっともうバンノトリには乗れないわね」
 そう言うとコブタママは楽しそうに笑いました。
 コブタネエサンは改めてコブタクンとコブタママの顔をしげしげと見つめました。顔も体も、雲の上にいた時とは比べ物にならないほど丸くなっていますが、どうしてだか二人ともがとても楽しそうで幸せそうに見えました。
「いったい何があったの?」
 ようやく落ち着きを取り戻したコブタネエサンがそう聞きました。
「こっちに来たときのこと?それはね、」
 コブタクンは魔女の実を食べに行ったことをコブタネエサンに話しました。一度食べたらもう忘れられなくなったこと、バンノトリをだまして魔女の実をたらふく食べたこと。そして雲の下に落ちてしまったこと。コブタネエサンは目を真ん丸にして話を聞いていました。
「気が付いたらこの草原にいたんだ」
 コブタクンがそう言うと、コブタネエサンはすかさず聞きました。
「じゃあ、コブタママはどうして?」
「あら、わたし?」
 コブタママは思い出すように話してくれました。
「いつの間にかこの子がいなくなったから、心配になって外に出てみたの。そうしたらなんだかとってもいい香りがするじゃない。なんだかわからないままにその香りの方向に行ってみたら、魔女の庭に着いてしまったの」
 コブタママはそこまで話すと、テーブルに置いてあったコップで何かを飲みました。コブタネエサンにはそれが何かわからなかったけれど、それは雲の上の町ではかいだことのない、とてもおいしそうなにおいがしていました。
「魔女の庭の魔女の木には魔女の実がたくさんたくさんできていたわ。魔女の実を見るのなんて初めてだったから驚いていたら、なんとまぁ魔女が来たの。そして言うのよ、『おまえさんの息子さんはこの実を食べて雲の下の世界に行ってしまったよ』って」
 コブタネエサンは身を乗り出してコブタママの話を聞きました。
「息子のところに行かせてちょうだいって言ったらね、魔女は『だったらこの実を食べなされ』って言うの。だから食べたのよ。そうしたらもうおいしくておいしくて…」
 そう言うコブタママの顔はとろけてしまいそうでした。
「本当においしかったよね」
 コブタクンも思い出すようにうっとりとそう言いました。
「それで?それでどうなったの?」
 コブタネエサンが聞くと、コブタママはにっこり笑って言いました。
「こうなったのよ」
 コブタクンとコブタママは、とても楽しそうに笑いました。こんなに楽しそうに笑うところを見るのは初めてでした。コブタクンとコブタママが、知らない間に(でもほんの数日の間に)とても変わってしまったような気がして、コブタネエサンは少し戸惑ってしまいました。そしてふと窓の外へ目をやったその時、
「きゃー!」
 とコブタネエサンは叫び声をあげて、椅子から転げ落ちるようにしてテーブルの下にあわてて隠れました。

6.下の世界

2013年08月16日 | 「コブタクンと魔女の実」
暗い雲のトンネルを抜けると、そこにはコブタネエサンが見たこともない世界が広がっていました。コブタネエサンは怖いのも忘れて、ただただその世界に見とれてしまっていました。それはまるで絵本で見た世界のようでした。あの大きなものは山というものかしら。遠くに見える青くてどこまでも続いているのは海というものなのかしら。本当にあったんだ、こんな景色が。
 コブタネエサンが下の世界に見とれている間に、バンノトリはぐんぐんと降りていきました。どうやら草原に向かっているようです。見わたす限り緑色の草原に来ると、バンノトリはスピードを落としました。草のにおいがコブタネエサンの鼻をくすぐります。
 とてもいいかおり。
 コブタネエサンはそう思いました。コブタネエサンがうっとりしていると、不意にバンノトリが言いました。
「あぁみつけたみつけた。あの家だ」
 あわててバンノトリが進む方向へ目をやると、草原の中にポツンと一軒の家が建っているのが見えました。
「あそこにコブタクンがいるの?」
 コブタネエサンは身を乗り出して聞きました。
「あぁそうだよ。コブタクンとコブタママの家さ」
 バンノトリは小さなその家の前にゆっくりと降り立ち、コブタネエサンを降ろしました。小さなその家は、コブタネエサンが見たこともないゴツゴツとした石でくみ上げられていました。重たそうなドアの前でコブタネエサンがとまどっていると、横からバンノトリがコツコツコツとドアをノックしました。コブタネエサンはびっくりしてバンノトリを見ましたが、バンノトリはお構いなしに大きな声で言いました。
「おーいコブタクーン」
 すると、ドアのむこうでドタドタと足音がして、
「その声は、もしかしてバンノトリ?」
 とはずむような声が返ってきました。コブタネエサンはハッとしました。確かに聞き覚えのある声です。毎日遊んでいたあのコブタクンの声に間違いありません。でも、コブタクンってあんなにドタドタした足音をさせていたかしら…。
「えぇ、魔女のつかいのバンノトリですよ。開けていただけますか?」
 バンノトリがそう言うと、
「もちろん!」
 と元気な声とともに、重たそうなドアが開かれました。
 コブタクン!と叫びかけたその声を、コブタネエサンは飲みこみました。
「バンノトリ、こんにちは。君が訪ねてきてくれるなんてとっても嬉しいよ。君には謝らなきゃいけないってずっと思っていたんだ。でもよくここがわかったね。さすが…」
 とそこまで言ってようやくコブタクンは、バンノトリの横に立つコブタネエサンに気が付きました。とたんにコブタクンの顔はぱあっと明るくかがやきました。
「コブタネエサン!君が来てくれるなんて!」
 コブタネエサンはまだ言葉を失ったままでした。だって、声は確かにコブタクンで、きっとこれはコブタクンに違いないんだけれど、目の前にいるコブタクンはコブタネエサンがつい最近まで一緒に遊んでいたあのコブタクンとはまるで違ってしまっていたのですから。
「コブタ…クン?」
 かろうじて、弱弱しく、コブタネエサンは声を出しました。
「もちろんそうさ!さぁ入って!そんなところに立っていたら危ないから」
 危ない?何のことかわからないまま、コブタネエサンはコブタクンに引っ張られるようにして家の中に入っていきました。コブタネエサンとバンノトリが家に入ると、コブタクンはバタンとドアを閉めました。

 

5.魔女(つづき)

2013年08月15日 | 「コブタクンと魔女の実」
魔女の庭には魔女の木が一本立っていました。魔女の木には一羽のきみょうな鳥が止まっていました。魔女の木には、実はおろか葉っぱ一枚ついていません。コブタネエサンはゆっくりと木の下まで進みました。コブタネエサンが魔女の木に近づくと、きみょうな鳥はゆっくりとコブタネエサンの方へ目を向けました。きみょうな鳥の大きな目に見つめられてドキッとしましたが、コブタネエサンはドキドキするのを気づかれないようにきみょうな鳥をにらみかえしました。
「やぁこんにちは」
 きみょうな鳥の声は、びっくりするくらいおだやかでした。まるで何事もなかったようです。コブタネエサンは勇気をふるいおこして言いました。
「コブタクンはどこ!コブタクンを返して!」
 きみょうな鳥はほうっと大きなため息をつきました。
「コブタクンならここにはいないよ」
「嘘よ!コブタクンは魔女につかまったんだってみんな言ってるわ!」
 コブタネエサンはきみょうな鳥をにらみつけて叫びました。それを聞いたきみょうな鳥は、なんだかとても悲しそうに見えました。
「みんなが…ね…」
 きみょうな鳥は小さくそう言って町の方へ目をやりました。
「そうよ!コブタクンが魔女の実を食べちゃったから、魔女が怒ってコブタクンをつかまえたんでしょ!その上コブタママまで!そんな大事な実なんだったら、だれにも見えないようにかくしておけばいいじゃない!」
 興奮するコブタネエサンを、きみょうな鳥は寂しそうに見つめ、そしてまた大きなため息をつきました。
「コブタネエサン、魔女はそんなことしてないよ」
 きみょうな鳥はつぶやくように言いました。コブタネエサンは自分の名前をよばれたことにおどろきながらも、勢いを止めることはありませんでした。
「そんなの嘘よ!魔女がつかまえたんじゃないのなら、コブタクンは一体どこに行ってしまったっていうのよ!」
 きみょうな鳥はまたまた大きなため息をつきました。コブタネエサンがさらに何か言おうとしたとき、魔女の木のむこうの方から静かな声がひびいてきました。
「そんなにバンノトリをせめないでやってくれないかい」



 コブタネエサンははっとして声の方を見ました。それはコブタネエサンと同じくらいの背丈のしわしわのおばあさんでした。どこからともなくあらわれたおばあさんは、びっくりして何も言えないでいるコブタネエサンの方へとゆっくりと歩いてきました。
「魔女さん。わざわざ出てきてくださらなくても…」
 もうしわけなさそうにバンノトリは言いましたが、こころなしか少しうれしそうです。
「あまりに騒々しいのでねぇ。気になって来てしまったよ」
「…まじょ?」
 コブタネエサンはおどろいたのとこわいのとで、ただ魔女をじっと見つめることしかできませんでした。魔女はコブタネエサンを見つめ返すと、びっくりするくらいのやさしい声で言いました。
「コブタネエサン、こんにちは。私が魔女だよ」
 しわしわの顔からしわしわの声が出てきました。しわしわの声だけれど、聞いているととても心が安らぐ声でした。
「こ、こんにちは」
 コブタネエサンはなんとかそう言いましたが、やっぱりそれ以上は何も言えませんでした。
「コブタクンとコブタママは、もうここにはいないよ」
 優しい声で魔女はそう言いました。魔女はコブタネエサンの目をじっと見つめています。魔女の目は、少しにごったガラス玉のようでした。
「そしてもうここには帰ってこない」
「どこに…」
 やっとのことでコブタネエサンは声を出しました。
「じゃあコブタクンとコブタママはどこにいるっていうの?」
 強く言ったつもりでしたが、魔女の目に見つめられているとどうしてだかさっきのようないきおいが出ません。魔女はゆっくりと下を指さしました。
「?」
 つられてコブタネエサンも下を見ましたが、そこにはふかふかの地面が広がっているだけです。
「下の世界に行ったのさ。魔女の実を食べてね」
「下の世界?」
 コブタネエサンには何が何だかさっぱりわかりません。そんなコブタネエサンを見て、魔女はやさしく言いました。
「会いたいかい?」
 これを聞いておどろいたのはコブタネエサンだけではありませんでした。バンノトリもおどろいたように目を見開いて魔女を見ました。
「会えるの?だったら会いたいわ!」
 ぱっと顔を明るくしたコブタネエサンがそう言うと、魔女はゆっくりとバンノトリの方へ向き直って言いました。
「ごくろうじゃが、コブタネエサンをコブタクンのところに連れて行ってやってはくれんかね。だいたいの場所はわかるじゃろう?」
「魔女さんがそうおっしゃるのなら、私はかまいませんよ。でも、いいんですか?」
 バンノトリはささやくように魔女にそう言いました。なんだか少し困っているようです。
「どうせ何を言っても信じてはもらえんじゃろう。自分の目で見て自分の耳で聞くのが一番じゃ」
 どうせなにをいってもしんじてはもらえんじゃろう。その言葉にコブタネエサンは少しドキッとしました。でもそのことを考える前に、バンノトリは木の枝からポンと飛び降りてコブタネエサンの前に背中を向けて言いました。
「さぁ早く乗っておくれ。行くなら早い方がいい。日が暮れる前に帰りたいからね」
 どこに行くのかわからずにとまどっているコブタネエサンに、魔女がそっと声をかけました。
「こわがらんでもええ。バンノトリがちゃんとコブタクンのところに連れて行ってくれるさ。自分の目で確かめてくればええ」
 コブタネエサンは、こわごわとバンノトリに近づいてその羽に触れました。
「さぁ早く」
 バンノトリにせかされて、コブタネエサンは心を決めました。
「じゃあ、行ってみる!」
 コブタネエサンがバンノトリの背中に乗ると、バンノトリはふわりと宙に舞いあがりました。思ったよりも乗り心地はよさそうです。バンノトリがはばたくたびに、コブタネエサンを乗せたバンノトリは高く舞い上がります。魔女は地面を指さすと、くるりと大きな円を描きました。すると地面にぽっかりと穴が開きました。その穴めがけてバンノトリは急降下しました。
「きゃーっ!」
 思わずコブタネエサンは叫び声を上げましたが、バンノトリはそんなことお構いなしに穴に飛びこんでいきました。穴を通るとき、魔女の声が聞こえました。
「下の世界の食べ物を食べちゃあいけないよぉー」
 バンノトリにしがみつきながらも、コブタネエサンの耳にはその言葉がしっかりとはりついているようでした。

5.魔女

2013年08月14日 | 「コブタクンと魔女の実」
コブタクンが魔女の実を食べた日から数日がたちました。町はちょっとした騒ぎになっていました。
「コブタクンがいなくなったって本当かい?」
「コブタクンだけじゃなくて、コブタママまでいなくなったっていう話だよ」
 コブタクンとコブタママが突然姿を消してしまったのです。
「そういえば昨夜、きみょうな鳥が飛んでいるのを見たぞ」
 だれかがそういうと、
「ありゃあ魔女の鳥だ」
 と、町の長老が言いました。それを聞くと、だれもが不安そうに顔を見合わせました。
「そういやぁ昨日の夜はひさしぶりに魔女の実がなっていたなぁ」
 長老は目を細めて魔女の庭のある方角へ目をやりました。魔女の実、という言葉でざわめきが広がりました。やがてどこからともなく、
「魔女にさらわれたんだ」
 という声が上がり、またたく間に広がりました。
「コブタクンはだれよりも魔女の実に興味を持っていたんじゃなかったかい?」
 じっと魔女の庭の方を見つめていたコブタネエサンにだれかが声をかけました。コブタネエサンは気づかなかったのかこたえませんでしたが、かわりに別のだれかが言いました。
「そうそう、コブタクンは魔女の実が気になって仕方ないといった感じだったよ。きっと魔女の実ほしさに魔女の庭に行って、魔女につかまってしまったんだ」
 ひそひそと、ざわざわと、不安そうな声があちらこちらからあがり始めました。
「魔女に食べられてしまったのかしら」
「魔女の実を食べたりしたから、魔女が怒ったんだ」
「じゃあ、昨夜のきみょうなあの鳥はきっと、コブタママを探しにきたにちがいない。コブタクンだけでは気がおさまらずにコブタママまでさらいに来たんだ」
「あぁ魔女はなんて恐ろしいんだ」
「『とんでもないこと』っていうのはこういうことだったのか」
 そんな声をコブタネエサンはじっと聞いていました。だれよりもコブタクンと仲が良かったコブタネエサンは、じっと腕組みをして魔女の庭の方向をにらんでいました。
「恐ろしい魔女なんてこの町には必要ないじゃないか。魔女なんか追い出してしまおう」
「魔女の木も切ってしまえ」
 威勢のいいことを言う若者もいましたが、だれが魔女の庭に乗り込んでいくのかという話になると、とたんに黙り込んでしまいました。コブタクンとコブタママは魔女にさらわれたんだ。恐ろしい魔女をどうしたものか。おわりのない議論を続けている間に、コブタネエサンがその場をそっと離れたことにはだれも気づきませんでした。



 コブタネエサンは魔女の庭めざして走りました。
コブタクンはたしかに魔女の実にだれよりも興味を持っていて、もし魔女の実が実ったのなら食べに行ったのかもしれない。でも、魔女の実を食べたからってつかまえてしまうなんてひどすぎるじゃない。しかもコブタママまでつかまえてしまうなんて。そんなの絶対に許せないわ。
コブタネエサンは息を切らせて魔女の庭に飛び込みました。

4.とんでもないこと

2013年08月13日 | 「コブタクンと魔女の実」
 家に帰ったころにはもう日が暮れ始めていました。いつもは待ち遠しくてたまらないばんごはんも、なんだか食べた気がしません。元気がないようなコブタクンの姿を、コブタママは食器を片づけながら、心配そうに見ていました。
 コブタクンは部屋に戻ると、部屋の窓から魔女の庭をながめました。外はもう暗くなり始めているけれど、魔女の庭に魔女の実が揺れていることはどういうわけかはっきりと見えました。風もないのに、魔女の実のあのにおいが部屋中にあふれているようです。
「どうして一つだけしか食べちゃいけなんだろう」
 コブタクンはふとそんなことを考えました。
 あんなにたくさん実っているっていうのに、一つだけしか食べちゃいけないなんて、魔女はなんて意地悪なんだろう。
 残った実はどうするんだろう。
そうか。魔女が全部ひとりじめするつもりなんだ。
「そんなことさせるもんか」
 気がついたときにはもうコブタクンは魔女の庭めがけて走り出していました。
 走っている間、魔女の実のにおいがずっとコブタクンの周りを包み込んでいるようでした。走りながら、コブタクンはいっしょうけんめい考えました。
どうすれば魔女の実を食べられるだろう?
どうすればバンノトリを追い払うことができるだろう?
そうだ。いいことを思いついたぞ。
今までで一番早く走ったというのに、魔女の庭に着いた時には息ひとつ乱れていませんでした。もうすっかり日は暮れているというのに、魔女の実がまぶしくかがやいて、魔女の庭はまるで真昼のようです。魔女の庭にはやっぱり魔女の姿はなく、バンノトリだけがぽつんと魔女の木にとまっていました。
「やぁコブタクン。また来たのかい?」
 バンノトリは少し眠そうにそう言いました。
「そうなんだ。君にお礼をしようと思って急いできたんだよ」
 コブタクンは、とろけるようなにおいの魔女の実には見向きもしないでそう言いました。バンノトリは少しおどろいたように目を見開きました。
「お礼だって?」
「うん。そうだよ。魔女の実を食べさせてくれたお礼だよ」
 コブタクンがそう言うと、バンノトリはくちばしをコブタクンの目の前に伸ばして答えました。
「お礼をされるほどのことでもないさ。そもそもこの実はだれが食べたってかまわないんだから」
 その言葉にコブタクンはおどろきましたが、今はそんなことを気にかけている場合ではありません。
「今夜、町でお祭をやるんだ。魔女の実が実ったお祭をね」
「お祭だって?」
「そう、お祭。久しぶりに魔女の実が実ったから、きっといいことがあるぞってみんなでお祭をすることにしたんだって。君はずっとここで魔女の木を見張っているんだろ?今夜はぼくがその番を代わってあげるからさ、たまには町に出てお祭に参加してみるのもいいんじゃないかと思ってやってきたのさ。きっと楽しいと思うよ」
 魔女の実が耳元でくすくす笑っているような気がしました。バンノトリは少し考えているようでしたが、やがて首を伸ばすと町の方を見やりました。
「町なんて、もう長いこと行ってないねぇ」
「君が行けば、きっとみんな大喜びするよ!」
 コブタクンにそういわれて、とうとうバンノトリは大きな翼を広げました。バンノトリは魔女の木の枝をポンとけって、静かに舞い上がりました。コブタクンの顔に笑みが広がります。
「ここはぼくにまかせて、ゆっくりしておいでよ!」
 コブタクンはそういって大きく手を振りました。バンノトリはちらっとコブタクンの方を振り返り、
「今日はもう食べてはいけないよ~」
 と言い残すと、町へと消えていきました。
 コブタクンは、バンノトリの姿が完全に見えなくなるまで見送っていました。そしてバンノトリの姿が夜の闇に完全に溶けてなくなってしまうのを確認すると、
「よしっ!」
 と小さくガッツポーズをして魔女の木に向き直りました。
 魔女の実はあまくてとろけそうなにおいをふりまきながら、優しくあまい声で歌い続けています。歌い声に混ざって楽しそうな笑い声まで聞こえてくるようです。
 コブタクンは魔女の実に手を伸ばしました。魔女の実は、コブタクンの指が触れる前にぽとんとコブタクンの手の中に落ちてきました。魔女の実はやさしくあまく歌い続けています。
 コブタクンは魔女の実にかじりつきました。
 あぁ、なんておいしいんだろう。



 魔女の実は口の中であっという間にとろけるようになくなってしまいました。コブタクンは迷わずに次の実に手を伸ばしました。
 あぁ、なんておいしいんだろう。
 魔女の実の味は、食べるたびに違うようです。コブタクンが食べおわると、魔女の実は勝手にふわりとコブタクンの手の中に落ちてきました。コブタクンは夢中で食べ続けました。いくつ食べても飽きることはなく、おなかがいっぱいになることもありません。ただ、おいしいのです。
 おや?
 なんだかコブタクンが変です。
 コブタクンの体が、じょじょにふっくらとしてきました。夢中で食べ続けているコブタクンは全く気が付いておらず、それどころか両手に魔女の実を持って食べ始めていました。あんなにほっそりしていたコブタクンの体は、あっという間に丸々と太ってしまいました。



 そのとき、遠くの空からばっさばっさと羽の音が聞こえてきました。コブタクンにだまされたことに気が付いたバンノトリが帰ってきたのです。でもその音さえももうコブタクンの耳には入っていませんでした。コブタクンに聞こえるのは魔女の実の歌声だけ。コブタクンの目にうつるのは、まばゆくかがやく魔女の実だけ。
 バンノトリが魔女の庭にようやくたどり着いたその時です。



 丸々と太ったコブタクンの体は、魔女の庭からストーンと落ちてしまいました。
だって、ここは雲の上の町。重くなりすぎたコブタクンは、雲の下へと落ちていってしまったのです。
「あぁあ。だからとんでもないことになるって言ったのに」
 魔女の木にとまり、コブタクンが落ちてしまった穴をながめながら、バンノトリはそうつぶやきました。

3.魔女の実

2013年08月12日 | 「コブタクンと魔女の実」
その日の夕方、コブタクンが家に帰って部屋に入ると、何かがいつもとちがうような気がしました。
なんだろう?
あ、そうだ。何かいいにおいがする。
どうやらそのいいにおいは、開け放たれた窓の方からやってくるようです。においに誘われるまま窓の方に目をやったコブタクンは思わず
「あっ!」
 と声を上げました。そしてあわてて口をおさえて、だれにも聞かれていないかしばらくじっとしていました。どうやらだれもコブタクンの声に気が付いていないようです。コブタクンは窓の方にかけよりました。
 窓の向こうの遠くの方に魔女の庭が見えます。魔女の庭の真ん中に、おかしな形の木があります。いつも見ている景色ですが、今は違います。その木にはそれはそれはたくさんの実がついているのです。魔女の木の実は、それはそれはいいにおいを風に乗せてコブタクンのもとに届けてくれます。
コブタクンはもういてもたってもいられませんでした。窓からそっと外に出て、魔女の庭に向かって一目散に走りだしました。走りながら、コブタクンは考えました。
もし魔女の庭に魔女がいたらどうしよう?何かされるのかな。いや、でもまてよ。今まで魔女なんて見たことないぞ。もしかしたら魔女なんて本当はいないんじゃないのか?
コブタクンは毎日魔女の庭をながめていました。でも、庭に魔女がいたことなんて一度もないのです。魔女の庭にいるのは、魔女の実がなる木にとまったおかしな形をした鳥だけ。
魔女の庭が近づくにつれて、たまらないほどのいいにおいはどんどん強くなってきます。コブタクンはスピードを上げて走りました。走りながらまた考えました。
魔女の実を食べたらどうなるんだろう?とんでもないことってなんだろう?
コブタクンは、昼間にコブタネエサンから聞いた話を思い出しました。いや、思い出そうとしました。でも、魔女の実のとろけそうないいにおいが考えることを邪魔するのです。コブタクンはもう考えるのをやめました。コブタクンは魔女の実のにおいに包みこまれるように、魔女の庭にかけこみました。
魔女の木の下までやってくると、魔女の実のにおいはますます強くなり、もうそこから離れられなくなってしまいそうなほどです。そしてここで初めて、コブタクンは魔女の実が歌っていることに気が付きました。とてもやさしい歌声で、あまいいいにおいといっしょになって、体がとけてしまいそうな気持になります。
ここはなんて心地よい場所なんだろう。
コブタクンがそう思っていると、不意に頭の上から声がしました。
「お客なんてひさしぶりだねぇ」
コブタクンはドキッとして上を見ました。とてもおかしな形をした鳥が、魔女の木の一番下の枝にとまっています。とても長くて細い首、大きな目に大きなくちばし、色とりどりの飾り羽が頭と尾についています。
「こ、こんばんは」
 おどろいたけれど、おどろいていないようなふりをしました。
「コブタクン・・・だね」
 大きな目を半分だけあけて、その鳥はいいました。長い首がにゅうっとのびて、コブタクンの目の前にくちばしが下りてきました。



「そうだよ。君は?」
 この変な鳥が自分の名前を知っていることにコブタクンはとてもおどろきましたが、おどろいていないようなふりをして言いました。
「ボクはバンノトリさ。一日中この木の番をしているのさ」
 ゆらゆらと首をゆらしながらバンノトリは言います。そして、コブタクンをじっとみつめました。バンノトリの声を聞いている間も、魔女の実のやさしい歌声とあまいにおいがコブタクンのまわりにまとわりついて離れようとしません。とうとうコブタクンは言いました。
「ねぇ!この実、食べていいかな」
 すると、おどろいたことにバンノトリはあっさりと答えました。
「かまわないさ」
「え?いいの?」
「あぁ。そのために来たんだろう?」
 バンノトリは少し目を細めてコブタクンを見ています。コブタクンの頭に、コブタママやコブタネエサンの言葉が一瞬だけよぎりました。でもそれも魔女の実の歌声とにおいであっという間に消えてなくなります。
 コブタクンは一番近くの実に手を伸ばしました。魔女の実に手が届きそうになったそのとき、
「そうだ、大事なことを忘れるところだった」
とバンノトリが言ったので、コブタクンはびくっと手をひっこめました。コブタクンはおそるおそるバンノトリの顔を見ました。
 食べたら死んじゃうのかな。
 食べたら病気になるのかな。
 食べたら消えてなくなるのかな。
 食べたらこの変な鳥になっちゃうのかな。
 コブタクンはドキドキしながら、
「なに?」
 とたずねました。バンノトリはゆっくりと答えました。
「食べていいのは一日に一つだけだよ」
「え?」
 コブタクンはおどろきました。
「それだけ?」
「あぁ、それだけさ」
 なんだそんなことか。



 コブタクンは安心して魔女の実に手を伸ばしました。
食べられるだけで十分幸せじゃないか。一つで十分さ。
コブタクンは一番近くの一番おいしそうな実に手を伸ばしました。すると、コブタクンの手が魔女の実に触れる前に、魔女の実はコブタクンの手の中にすとんと落ちてきました。コブタクンの手の中で、魔女の実はやさしく歌い続けています。ずっしりと重いその実を見ているだけで、よだれが出てくるほどのいいにおいです。
コブタクンは思いきって魔女の実にかじりつきました。

なんておいしいんだろう!

口いっぱいに甘い香りが広がってきました。コブタクンは何もかも忘れて夢中で食べました。一つの実を食べおわると、コブタクンは迷わずもう一つの実に手を伸ばしました。そのとき、頭の上からバンノトリの声がふってきました。
「ひとつだけ」
 コブタクンはあわてて手をひっこめました。
「魔女の実は一日に一つだけ。それ以上食べると、とんでもないことになるんだよ」
 バンノトリは大きな目を見開いてコブタクンをじっと見ていました。
 コブタクンははぁっと一つ大きな息をつくと、ゆっくりと魔女の庭を後にしました。

2.コブタネエサン

2013年08月11日 | 「コブタクンと魔女の実」


次の日、コブタクンが屋根に上って魔女の庭を眺めていると、
「コブタクーン」
 呼ぶ声が聞こえました。見ると、家の前でコブタネエサンがコブタクンに手を振っていました。コブタネエサンは、コブタクンと大の仲良しです。小さいころからいつも一緒に遊んでいました。コブタクンはするすると屋根から降りて、コブタネエサンのところに行きました。
「また魔女の庭を見ていたのね」
 コブタネエサンは、ときどきコブタママのような言い方をします。
「君までそんな風に言わないでよ」
コブタクンは少しくちびるをとがらせて言いました。
「それに、いくら魔女の庭を見ていたって、魔女の実なんて全然できないんだから。魔女の実ができるなんて、きっと嘘だね」
 コブタクンは半分強がって、半分本気でそう言いました。コブタネエサンは驚いたようにコブタクンを見ています。
「だいたいさ、いつなるかわからないなんておかしいじゃなか。誰も食べたことなんてないっていうし、見たことがあるっていう話すら聞かないんだもの」
 魔女の庭の方向を見ながら、コブタクンは言いました。すると、コブタネエサンはコブタクンの顔をじっと見つめてこう言ったのです。
「あら、じゃあ私が聞いてきた話はもういらないってことなのかしら?」
「話?何の話?もしかして、魔女の実の話?」
 コブタクンはあわてて聞き返しました。そんなコブタクンの様子を、コブタネエサンは楽しそうに見ています。
「そう、魔女の実の話。でももうコブタクンが魔女の実なんてどうでもいいって言うのなら、話す必要もないわよね」
「そんな意地悪言わないで教えてよぉ。ねぇ、どんな話?誰に聞いたの?」
 コブタクンはコブタネエサンの手を取って必死になってたずねました。するとコブタネエサンはくすっと笑って、少し声をひそめて話し始めました。
「あのね、私、昨日おじいさんとおばあさんの家に行っていたの。そこでおじいさんが話してくれたんだけど、おじいさんが子どものころに、一度だけ魔女の実を見たことがあるんですって」
 コブタクンは目を見開いてコブタネエサンの話の続きを待ちました。コブタネエサンはいちだんと声をひそめてゆっくりと続けます。
「ある日突然、木いっぱいに真っ赤な実ができていたんですって。魔女の庭に近づくと、今までかいだことがないそれはそれはいい香りがして、魔女の庭に引き込まれそうになったそうよ」
 コブタクンはますます目を見開いてコブタネエサンをみつめています。
「もちろん、私のおじいさんはとても立派な人だったから、魔女の実の誘惑になんて負けなかったわ。でもね、ひとりだけ、どうやら魔女の実を食べに行った人がいたらしいの」
 コブタクンの目は今にも落ちてしまいそうなほど見開かれていました。
「ちょうどコブタクンみたいに、ずっと魔女の実のことを気にしていたらしくって、魔女の実ができたって話を聞いたら、絶対に食べてやるって言ったんですって」
「そ、そ、それで?」
「ちょっと、コブタクン痛いわよ!」
 コブタクンは興奮しすぎてコブタネエサンの手をぎゅうっと強く握りしめていました。
「あ、ごめんごめん。それで、どうなったの?美味しかったの?」
 コブタクンはあわてて手を離しました。
「それがね」
 コブタネエサンは握られていた手を振りながら、さらに声をひそめました。コブタクンはゴクンとつばを飲み込みました。
「みんなで必死に止めたんだけれど、その人は全然聞いてくれなくって、こっそり魔女の庭に忍び込んだらしいんだけど・・・」
 コブタネエサンは顔をしかめてつづけました。
「その人は結局もどってこなかったらしいの。魔女の庭に忍び込んだらしい日から、その人は姿を消してしまったんですって。みんなは魔女が怒ってどこかに閉じ込めたんだとか、魔女のたたりだとかって言ってたらしいけど、その魔女にも誰もあったことはないっていう話よ」
「じゃあ、魔女の実の味は結局わからないってこと?」
「そうね。魔女の実はその日一日だけ実っていて、次の日になったらもうなくなっていたっておじいさんは言っていたわ」
 コブタクンは魔女の庭の方向に目をやりました。
「魔女の実のことを考えすぎると、魔女の実に取りつかれてしまうって、おじいさんは言っていたわ。だからコブタクンも、もう魔女の実のことなんて忘れて遊びましょうよ」
「う、うん・・・」
 コブタネエサンにさそわれるまま、コブタクンは公園へと出かけていきました。
コブタクンは魔女の実のことをあきらめることができたのでしょうか?いいえ。コブタクンの頭の中は、さっきよりもずっと魔女の実のことでいっぱいになってしまっていました。

1.雲の上の町

2013年08月10日 | 「コブタクンと魔女の実」


晴れた日の空に、大きな雲がぽっかりと浮かんでいます。大きな雲のその上には小さな町(まち)があります。地上からは見えないけれど、本当にあるのです。

空に浮かぶ雲の上の小さなこの町には魔女が住んでいます。でも、誰も魔女の姿を見たことはありません。

魔女の家は町のはずれにあります。魔女の家にはとても広い庭があって、みんな「魔女の庭」と呼んでいました。魔女の庭は色とりどりの低い柵でおおわれているけれど、入口らしいところに門はありません。いつでもお客さんを待っているかのように、ぽっかりと柵の間)が開いています。でも、誰もその庭に入ったことはありません。

 魔女の庭の真ん中には、一本の大きな木が生えていました。というより、魔女の庭にはその大きな木しかありませんでした。とても変わった形をしたその木には、とてもおいしい実ができるという噂でしたが、誰もその実を食べたことはありませんでした。

 そんな魔女の木がある雲の上の小さなこの町に、コブタクンは住んでいました。コブタクンの家は魔女の庭の近くにあって、コブタクンの家からは魔女の庭が良く見えました。小さいころからずっと、コブタクンは魔女の庭を見て暮らしていました。


 ある日、おやつを食べながらコブタクンはコブタママに聞きました。
「ママは、魔女の庭にある魔女の木になる実って見たことがある?」
 するとママは持っていたお皿を落としそうになるほどに驚いて言いました。
「魔女の木ですって?いったいどうしてそんなことを聞くの?魔女の木のことなんて考えてはいけないわ」
「だって見えるんだもの。ねぇ、魔女の木になる実っておいしいの?」
 コブタママは困ったようにため息をついてコブタクンを見ました。
「魔女の実はとてもこわい実だって聞いているから、ママは魔女の実のことなんて考えたこともないわ。でも、そういえば実がなるっていう話を聞いたことがないわけでもないわねぇ」
「え!本当に?」
 思わず立ち上がったはずみで、おやつの入っていたお皿がテーブルから落ちてしまいました。いつものおやつ、「雲の綿菓子」がふわふわと揺れながら落ちていきます。雲の上のこの町では、食べるもののほとんどは雲のようにふわふわで軽いものばかりです。だって、そうしないと雲から落ちてしまうから。コブタママはキッチンから新しい雲の綿菓子を持ってきました。



「ねぇ、魔女の実はいつなるの?」
「ママが小さいころに、おじいさんから聞いたんだけれど・・・」
 コブタママは雲の綿菓子を一口つまんで言いました。
「年に一回くらい、ある日突然実がなるんですって。気がついたら実ができていて、いつの間にかなくなっているっておじいさんは言っていたような気がするわ」
「じゃあ、おじいさんは食べたのかな?!」
 コブタクンは思わず身を乗り出してコブタママに聞きました。コブタママは困ったような顔をして言いました。
「おじいさんは立派な人ったから、決してそんなことはしていないわ。あなたも魔女の実のことなんて考えるのはもうやめなさい。魔女の実はとんでもないことをひき起こすとんでもない実なのよ」
 コブタクンはつまらなさそうに雲の綿菓子を口に放り込みました。そしてそれ以上、コブタママに魔女の実のことは聞きませんでした。