1) 英語の早期教育について
2020年度から小学校の5年生、6年生で英語が正式教科(年70時間)となり、3年生、4年生では外国語活動(年36時間)という名称のもと、小学校で本格的英語教育が始まる。外国語活動は正式教科ではないため通知表に成績は出ないが、5、6年生では英語は正式科目となるため、成績が出ることになる。このように英語教育が盛んになると叫ばれるのが、英語の幼児教育である。「語学の勉強は早ければ早いほうがいい」との「神話」を信じた親御さん達は幼児期から子供に英語を教えるようになる。裕福な家庭では、英語で教育(?)をするとうたったプリスクールと呼ばれる保育園や幼稚園に子供を通わせ、また、より富裕な家庭(芸能人にそのような例が多く見られる)では、子供を小さいころから海外の学校に通わせるところも多く見られるようになった。なかには子供を海外の学校に通わせるために、お母さんも一緒に海外に住み、お父さんは日本で単身生活、お金を毎月家族に送金するといったところもある。テレビでそのような家庭のドキュメントを観たことがある。その考え方、様子を見るに私は暗澹たる思いを感じる。
語学とは何か、言葉とは何か、人間の成長における言葉の役割、母国語と外国語(第二言語)の習得が人に与える影響とは何かを考えることなく、ただ英語ができれば将来のためになる、英語が出来れば他人より優位な立場に立つことができる、極端に言えば(過去によく言われたことであるが)、「英語ができる人はえらい」といったメンタリティーが日本社会にはまだ根強く残っているところに、日本社会のグローバル化の遅れを感じる。ちなみに、私は英語を中学校から日本で学び、高校、大学も日本、大学院で初めて海外(アメリカ)に住むことになった。そのような教育環境でも、自分で言うのはおこがましくはあるが、通訳、翻訳、実務で必要な高い英語を習得した。今も毎日英語を使い、仕事をしている。中学校、あるいは高校から英語を勉強しても社会で通用する英語力を身につけることは可能なのだ。日本人で英語を使えるメリットをフルに享受するためには、高い日本語力が必要である。日英両語の違い、ニュアンスを理解しなければ、日本語を英語に、また、英語を日本語に正確に変換することはできない。社会がただ英語のできる人がほしいのであれば、英語のネイティブスピーカーを雇えばいいのである。(Part 2に続く)
2020年度から小学校の5年生、6年生で英語が正式教科(年70時間)となり、3年生、4年生では外国語活動(年36時間)という名称のもと、小学校で本格的英語教育が始まる。外国語活動は正式教科ではないため通知表に成績は出ないが、5、6年生では英語は正式科目となるため、成績が出ることになる。このように英語教育が盛んになると叫ばれるのが、英語の幼児教育である。「語学の勉強は早ければ早いほうがいい」との「神話」を信じた親御さん達は幼児期から子供に英語を教えるようになる。裕福な家庭では、英語で教育(?)をするとうたったプリスクールと呼ばれる保育園や幼稚園に子供を通わせ、また、より富裕な家庭(芸能人にそのような例が多く見られる)では、子供を小さいころから海外の学校に通わせるところも多く見られるようになった。なかには子供を海外の学校に通わせるために、お母さんも一緒に海外に住み、お父さんは日本で単身生活、お金を毎月家族に送金するといったところもある。テレビでそのような家庭のドキュメントを観たことがある。その考え方、様子を見るに私は暗澹たる思いを感じる。
語学とは何か、言葉とは何か、人間の成長における言葉の役割、母国語と外国語(第二言語)の習得が人に与える影響とは何かを考えることなく、ただ英語ができれば将来のためになる、英語が出来れば他人より優位な立場に立つことができる、極端に言えば(過去によく言われたことであるが)、「英語ができる人はえらい」といったメンタリティーが日本社会にはまだ根強く残っているところに、日本社会のグローバル化の遅れを感じる。ちなみに、私は英語を中学校から日本で学び、高校、大学も日本、大学院で初めて海外(アメリカ)に住むことになった。そのような教育環境でも、自分で言うのはおこがましくはあるが、通訳、翻訳、実務で必要な高い英語を習得した。今も毎日英語を使い、仕事をしている。中学校、あるいは高校から英語を勉強しても社会で通用する英語力を身につけることは可能なのだ。日本人で英語を使えるメリットをフルに享受するためには、高い日本語力が必要である。日英両語の違い、ニュアンスを理解しなければ、日本語を英語に、また、英語を日本語に正確に変換することはできない。社会がただ英語のできる人がほしいのであれば、英語のネイティブスピーカーを雇えばいいのである。(Part 2に続く)