④谷川岳(西黒尾根コース)
中学生いや高校1年生当時か?。長部先生に連れて行ってもらった。やっとのことでケイセツ小屋に着き、更に肩の小屋まで苦しい登りだった記憶だけが鮮明に残っている。
このころ、『西黒銀座』と言われるほど登山者が多かった。
⑤土合から蓬峠越え
やはり上記の当時、長部先生に連れて行ってもらった。土合からマチガ沢・一の倉沢出会いを経て蓬峠にでた。土樽駅までが長かった。
⑥マチガ沢雪渓登り
職場の研修学校時代(昭和38年初夏、18歳)、小平・中島・岩木と一緒だった。当初はマチガ沢を登る予定などなかったが、珍しがって雪渓を歩いているうち、まったく岩登りの経験もなく装備もないまま、とうとう山頂まで登りきってしまった。あのころは若かった。ロープウェイで下山。
⑦谷川岳(巌剛新道コース)
職場の研修学校時代(昭和38年初秋、19歳)、同僚4~5人で登った。エバちゃんがケイセツ小屋で一杯やり、その後苦しんでいたのを覚えている。このシーズンの初雪の日だった。ロープウェイで下山した。
⑧天神沢コース
高崎時代(昭和39年19歳)、職場の愛好者20人くらいで登った。
天神沢~ガレ沢~山頂~天神平
天神沢は楽しく登り、ガレ沢からは苦しかった。でも、職場のお姉さん達と一緒で大人になった気分だった。
⑨土樽から蓬峠越え
渋川時代(昭和44年、27歳当時か?)、職場の仲間と登った。秋田さんがリーダー、風間・見城さんなどと一緒だった。土樽、蓬峠、茂倉岳、山頂、天神平、ロープウェイで下山だったと記憶している。
⑩一の倉沢雪渓登り
沼田時代(昭和52年初夏、32歳)。アイゼンとピッケルを借り、「滑ったときはピッケルをこう使う!」などと教えてもらい、高橋マーちゃんや、藤巻さんなどのサポートを受けながら登った。雪渓の一番上まで登ったら、直角に感じるほどの急斜面で、ここで滑ったら命を落とすと思った。
⑪三国山
太田時代(平成16年、60歳)。
この当時、閑職に回され暇をもてあまし、よく一人で山に登った。
距離は短かったが、急な木道ばかりの変な山だった。