今どきの朝5時はまだ真っ暗、7時を過ぎるとようやく空が白み始める。予報では今日は曇りだそうだが、太陽がしぶしぶ顔を出している。
11月30日、イギリス議会で終末期の患者が死を選ぶ権利を認める法案が賛成多数で可決され、成立に向けて前進したという。この法案は、イギリスのイングランドとウェールズで、余命6か月未満と診断された成人が、医師2人と裁判官の承認を得た上で、薬物の投与などによって死を選ぶ権利を認めるとするもので、議員立法の形で提出されたとか。
ちなみに安楽死は2001年、オランダが国レベルでは世界で初めて合法化。 以降、ベルギーやルクセンブルク、カナダ、コロンビア、スペイン、ニュージーランドなどでも認められ、近年合法化する国が増加している。
余談だが、私の父方は「ガン家系」だ。本家の長兄は胃がん、一卵性双生児の息子2人は肺がんと腎臓ガン、次兄は上顎ガンになった。そして三男の父は1975年に胃がん、のちに長男(私の弟)も胃がんになった。だから父方の男たちはみな短命だ。
そして1989年に、血縁ではないが姉の夫が肝臓がんになった。昔と違って医療技術の進歩、医療機器の開発で、義兄の最期はスパゲッティ症候群(病気の治療や救命処置のために、たくさんの管や電線などをからだに取りつけられた状態)となった。私はそんな姿はただ医療機器によって生かされているだけに思えて、あのような死に方は絶対にしたくないと思った。
そのころマスコミ等で、公益財団法人「日本尊厳死協会」のことが報じられようになって、私は迷うことなく入会手続きをした。会員証が送付され、これを医療機関や医師に提示すれば、本人の意思が最優先されるという。そして同時期に、岡山医大へ献体の手続きをした。
昔は治療のことは医師にすべて任せておけばいいという意識が根強く、口をはさむなんてできなかった。だが今では入院するときに、延命治療を希望するかしないか、本人の意思確認がされる。また本人が元気なときにリビング・ウィル(生前の意思表明)を作成、書面にして残しておけば自分が望む医療やケアが受けられるようになった。尊厳死協会は脱退したが、リビング・ウィルは作成して姪に預けてある。また健康保険証の裏に臓器提供に関する意思を表示する欄があり、ずっと「すべての臓器を提供する」に○印をつけていたが、今度はマイナカードに署名した。
前書きが長くなったが、私は安楽死の法制化に賛成だ。生きているのが楽しい、死にたくないという人は好きなだけ生きればいい。だが、認知症や寝たきりになって、ただ生きているだけ、生かされているだけではもう物体と同じだ。人間の尊厳もなにもあったものではない。
今はまだ何とか一人で暮らせる。パソコンで遊んだり、韓国ドラマを観たり、親友たちと外食やショッピングにも行ける。だがいつか人の手を借りなければ生きられなくなる。そうなったら安楽死したいと思う。生きているうちは社会のお邪魔虫だったが、高齢者が1人減って、献体することで医学生の教育・訓練のため役立てる。ぜひ日本でも「安楽死の法制化」を進めてほしい。
作家の橋田壽賀子さんは92歳のとき、「安楽死でしなせてください」という本を出版した。本の帯に「人に迷惑をかける前に、死に方とその時期くらい自分で選びたい」と、私の思いもこれに尽きる。
宗教的なことも関係があるのかな・・と思ったり、「死」の話題は長くタブーされてきたので遅くなっているのかなぁ。
こんなに「老人大国」なのに話題にも出来ないなんて
ちょっと変! 真面目に考えてほしいです。
母は1995年(平成7年)大腸がんで死亡。
前年摘出手術を受ける際に「日本尊厳死協会」会員登録済ということが家族に知らされました。
ストーマを設て1年後再入院、病院側の治療は自然体で多分母親の希望に近い暮らしだったと思います。
自分らしい生き方の証明として立派だったと考える反面、限界を自己判断する「驕り」生命に対する畏敬の念への陰り等親族や周りの者は複雑な気持ちであった事は否めません。
生前の意思表示は今となっては素晴らしい行為だと
思っていますが。(献眼でお役に立てたことなど)
安楽死への飛躍は現在も私は否定的です。
多様性を尊ぶ現代だからこそ「死」は「生」表裏一体、自然の営みのなかでの出来事と捉えたいです。
「死に方や時期」を選ぶのは人間の慢心
どれを択ぶかはその人の自由だし誰に咎める権利も有りませんが法律制定は行き過ぎだと思っています。
医療によってただ、「生かされている」だけでは、苦痛以外の何物でもないので、安楽死を合法化して欲しいです。