先月中頃、美容院へ行って顧客カードを探していたら、折りたたんだ1万円札が出てきた。ああそうだ。昨年末に、県北に住む姪の家の年賀状を作って上げたら、実費のはがき代とは別に1万円くれたのを忘れていたのだ。昔から、年末になるとお歳暮というわけではないが、スーパーの商品券をくれていたが、当地には大型スーパーがないので、現金をくれるようになった。
これは家計簿には計上していないお金で、別に買いたいものもないし…。そうした折、テレビで東日本大震災義援金の受付が半年間延長されたという報道があった。そういえば、ちょうど1年前の今頃、日赤を通じて寄付したが何日だったかしらと、家計簿をみたら15日1万円とあった。
ついでに、当時のブログにどんなことを書いだろうかと開いてみたら、タイトルが「東北関東大震災」。あれっ、私が間違ったのだろうかと心配したがそうではなかった。
地震が発生した3月11日、気象庁はこの地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。その後しばらくの間は震災としての名称は統一されておらず、「東日本大震災」や「東北関東大震災」などの呼称が用いられていた。そして2011年4月1日、日本政府はこの地震による震災の名称を「東日本大震災」とすることに決定したのだった。
ブログには、15日早朝は夕日のような真っ赤な太陽が不吉な予兆に思えたと書いて、写真も載せている。そして今朝も同じように、まるで日没前の夕日のような太陽が海面を赤く染めていた。
ブログには、国内を問わず多くの著名人たちの支援の輪が広がっていると書いている。あれから1年、今でも多くの人たちの支援は続いているようだが、肝心要の政府の対応は遅く、復興はなかなか進まない。とはいう私もきれい事は言っても何一つできないことを恥じる気持ちもあり、姪にもらった1万円を1年後の15日に寄付しようと決めていた。
今朝、プールへ行きがけに銀行に寄って「日赤の義援金申込書がありますか?」というと、女子行員はきょとんとしている。「半年間延長になったでしょう」といっても知らないようで反応が鈍い。他の人とあちこち探しているのを見ていると、何か私がおかしなことを言って迷惑をかけているようで気恥ずかしくなって、「なければいいです」と断って出たが、義援金受付の窓口である銀行がこのありさまとは…。
その足で、郵便局へ行ったが、ここでも半年延長は知らないようだった。それでも申込書は置いてあったので寄付させてもらった。大企業や公共機関の職員でもこうなのだから、遠い他県に住む人々が他人事のように思い始めても責めることはできないと思う。
銀行のATMで月に2、3回ミニロトを買っているが、もし1等が当たったら、親を失った子ども達に少し大目に寄付をしよう。そういう気持ちは持っているのだが、日ごろの行いが悪いから当たるのはバチくらいかも…。
夜の明けるのが早くなって、お天気のいい日には太陽光で暖かく、朝方の暖房がいらなくなった。
『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる』(枕草子)。春は明け方が一番美しく良いものだという。まさにこの光景がそうだろうか。
今日も晴れか、太陽がまばゆい。
春の海。きらめく陽光に穏やかな波が光っている。
17年前の阪神・淡路大震災も、いろいろな呼び方で言われましたよ。
それでにしても、政府の対応が遅いですね。
迅速に対応をして欲しいです。
児童養護施設にいた頃、一番困ったことが食べる物でした。
施設では3度の食事とおやつは出ますが、育ち盛りでは足らないですよね。
がれき処理がやっと動き出したようです。
これからですが、復興に何年掛かるでしょうかね。
阪神・淡路大震災の復興は早かったですね。
渡海さんも色々とご苦労なさっているのですね。