ビーチに面したバンガローに引っ越したものの、やはり蚊はたくさんいて、その日は朝から、目の前のビーチに置かれていた布と木でできたビーチチェアに腰かけてアンチモスキートスプレーを足に吹きかけていた。
すると、ビーチから見える端っこの海に、またもや大量の黒い三角形が見えてきた!
私はすぐにカメラを取りに部屋に入り、硬いベンチベッドでまどろんでいた夫に向かって、
「また、ドルフィンの大群が来るよ!」
「まさか!」
彼と私はそれぞれスマホを手に、ビーチへ飛び出した。
それは、ビーチの左端から沖の流れにのってゆっくりと右手の方へ移動しつつあった。波の合間に黒くスムーズな体がときおりきらめいていた。
私たちがスマホでの撮影に夢中になっているとき、視界の右端で誰かが海に入るのが見えた。隣のバンガローに泊っているフランス人、ベンだ。
彼は慌ただしくシュノーケリングマスクとフィンを身につけ、ざぶんと海へ飛び込むと、100匹もいそうなイルカの大群の進行方向を目指して、沖へ向かって垂直に泳ぎだした。
「速く、速く、もっと速く!」
私は心の中で祈った。
彼の身につけた長い尾ひれが、彼の泳ぎを加速する。
ぐんぐんとイルカの黒い群れの方へ進んでいく彼を目で追いながら、彼ならイルカたちと合流できるかもしれないと思った。
ベンの妻は、どんどん遠ざかっている彼の姿を見つめながらビーチで心配そうに立っていた。
あまりに遠くまで行ってしまった彼は、海の表面に見えては隠れ、私たちも不安になってきた。ドルフィンも彼もあまりに遠くへ行きすぎて、よく見えなくなっていた。
やがて、彼の腕が海面に見え隠れするようになり、どうやらこちらに向かって近づいてきている。
潮の流れが海に向かって左から右へと強く流れているので、彼はそれに流されてどんどん右側へと、でも確実に浜に向かって泳いでくる。
彼が右手の方へ流されていくのを見つめながら、彼の妻もビーチを右手へと歩いて行った。
沖に戻ってきた彼が彼の妻といっしょに歩いて戻ってくる姿を見て、少しほっとした。
彼は興奮しているものの、思ったよりも冷静で、
「C’était blue. Complètement blue! (真っ青だった。何もかもが完璧な青だった!)」
と、力強く語った。
このとき私は、彼の瞳も濃いブルー色であることに初めて気が付いた。
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*本投稿は、著書「色彩の島々」から抜粋して編集しました。
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