秋になると北海道から東北地方にかけてシロサケとも
呼ばれているサケの群れが北洋から沿岸にやってくる。
河川に産卵のために遡上するサケの多くは捕獲され、
人工受精に回される。人間の手で育てられた稚魚は、
川に放流され、すぐに海へ旅立っていく。この事業は
サケの人工孵化放流と呼ばれる。1888年(明治21)に
この技術が初めて実用化する。実はビワマスでもサケ
と同様な人工孵化放流事業が1883年(明治16)から知
内川漁業協同組合で開始されていることを知る人は少
ないという。日本における近代的な漁業制度は明治期
に始まるが、それ以前の時代であっても、さまざまな
漁業慣行があって、乱獲になるようなむやみな漁獲は
厳しく制限されていたが、明治維新の大変革によって
それまでの制度が崩れ、琵琶湖でも一時は乱獲状態に
なったと言われている。このため琵琶湖を代表する定
置網の一種である臥の数を減らす「臥逓減法」や築の
設置を隔年にする「築隔年法」などの法律が発布され、
乱獲を防ぐ措置が図られている。知内川漁業者組合で
はビワマスの増殖を目的に知内村共立養魚場を設け、
孵化放流事業を開始したのだ。この事業は、その後、
近江水産組合から滋賀県漁業協同組合連合会に引き継
がれ、現在も行われている。
この事業では、ビワマスが卵黄を吸収して浮上した稚
魚の段階で琵琶湖へ放流するビワマスの漁期はおもに
5月から9月頃で、産卵期である10~11月の2ケ月間
は禁漁になっている。5月の連休明けくらいから漁師
さんたちは琵琶湖の沖合の水深20m付近に丈が5mも
ある長小糸網と呼んでいる刺網を仕掛ける。琵琶湖で
は夏にかけて水面の温度が上昇してくると、湖底の冷
たい水と表面の暖かい水との間に水温の傾斜ができる。
図ではビワマスの刺網漁が最も盛んな7月の水温分布
を示しているが、水深5mから30m付近で水温が急激
に低下していることがわかる。このように水温が急激
に変化する水深帯は「水温躍層」と呼ばれ、漁師さん
たちはこの層をねらって網を張るのである。水深20m
付近はビワマスが好む10℃前後の水温となっており、
また、ビワマスの好むアユなどの餌も多く分布してい
るものと考えられるという(藤岡康弘『川と湖の回遊
魚ビワマスの謎を探る』)。冬から春にかけて琵琶湖
は全体に水温が低下し、水温の制約がなくなったビワ
マスは、琵琶湖のどこでも生活できるようになる。こ
のため刺網を仕掛ける水深や場所が定まらないらしい。
初夏から秋には沖合の中層を回遊しているビワマスも
冬には時々湖岸の魞に入る。
アメノウヲ
ところで、秋には成熟したビワマスが産卵のため川に
遡上してくる。特に雨が降って川が増水すると一斉に
上ってくる。ビワマスが古来よりアメノウヲと呼ばれ
ていたのは、このためであると言われている。
【エピソード】
安曇川のやな漁
安曇川のやな漁の起源は千年近く前、一説には千数百
年前にまでさかのぼるという。文献には、平安時代後
半の寛治年間以降、安曇川は京都・上賀茂神社(賀茂
別雷社)の「安曇河御厨(みくりや)」となり、アメ
ノウオ(ビワマス)やアユ、コイなどを献上していた
という記録が残っている。「御厨」とは、神様へのお
供え物「神饌」を献じる重要な役割を担っていた神領
のことで、河口部の北船木周辺に住む「神人」の26戸
52人だけが漁を許されていたという。その由緒から、
現在でも毎年5月15日に上賀茂神社で執り行われる葵祭
りのときには、氷と塩でしめたアユを干した「干しア
ユ」が、10月1日の「安曇川献進祭」ではアメノウオが
奉納されている。一方、長い歴史のなかでは特権的な
漁に対して反発する者もいたため、中世、近世を通じ
て、ときには利害を巡って抗争も起きていたようだ。
明治時代の初めには政府から治水の問題があるとして
やなの廃止を命じられ、やなの歴史が始まって以来の
危機も訪れたが、形状の改善などの努力と関係者の熱
意により、安曇川のやな漁の伝統は絶えることはなか
ったという。
【脚注及びリンク】
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1.「淡水魚辞典 サケ科」
2.「WEB魚図鑑 硬骨漁網 サケ科」
3.「イワナ(サケ科魚類)の生活史二型と個体群過程」
4.「日本魚類学会」
5.「魚類学(Ichthyology)」Mojie
6.「成長のメカニズムからサケ科魚類の生活史多型と
資源管理を考える」清水宗敬
7.「田沢湖で絶滅した固有種クニマス(サケ科)の山
梨県西湖での発見」2011年2月22日
8.「醒ヶ井養鱒場」
9.「ビワマスにおける早期遡上群の存在」2006.2.7
10.「ビワマス-湖に生けるサケ-」藤岡康弘
11.「ビワマス」国立環境研究所
12.「北湖深底部における底生動物の変化」
13.「琵琶湖の固有種」
14.「滋賀県漁業協同組合連合会」
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