ATSUー歴女(おばさん?)のひとりごとー

見たこと・聞いたこと・ちょっと調べたこと,気ままに「My 日記」として書いています。

飲食養生鑑:兵庫県立歴史博物館「特別展 ほろよいひょうご」

2018-10-18 14:16:55 | 日記 博物館・美術館...
こんにちは!
昨日,BSプレミアム「偉人たちの健康診断 福澤諭吉 運動し過ぎにご用心!」
見られたでしょうか。

私はさっき,録画していたのを見たのですが,
ジャーン!!




飲食養生鑑です。

今,兵庫県立歴史博物館で「特別展 ほろよいひょうご」をしていますが,
そこでは「飲食養生鑑」の実物を見ることが出来ますよ。

実は,先週金曜日に「ほろよいひょうご」を見てきました。

江戸時代の酒造りに関する古文書などがたくさんあって,
(それもほとんどの文書に,丁寧な翻刻がつけられています。)
はじめはがんばって読んでいたのですが,(翻刻見ながら)
疲れちゃって,
ざっと見ていくと,

第4章 酒のある風景
が面白くて,おもしろくって!!

私の大好きな歌川国芳の美人画
「山海愛度図絵 摂州伊丹酒 うかがいたい」など
(灘の酒っていう気がしますが,江戸時代は伊丹の酒の方が有名だったようですね。)

でも,一番のお気に入りが,この
「飲食養生鑑」です。(安政年間)

字も読みたくて,虫眼鏡も貸してもらったのですが,
ガラスの中ですし,もちろん字が小さすぎてよく読めませんでした。(残念!)
「・・・人間は貴人高位といふも下賤の身も・・はらの中にそなへたる臓腑・・・」
読めません。(残念!)

図録によると,
「各臓器の働きを人間の動きを使って分かりやすく描写し,
 暴飲暴食などの日常生活での不摂生を戒めている。
 大酒についても肝臓や脾臓などを痛めので控えるように記されている。」
そうです。








コメント (11)
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姫路市立水族館「むかし話と妖怪の世界」

2018-09-03 13:51:48 | 日記 博物館・美術館...
え?なんで?
水族館で妖怪?

今日,行ってきました。

むかし話にはいろんな海の生き物が出てきます。
「うらしま太郎」にはウミガメといった具合に・・。

私の一番の興味は,河童。
むかし話のコーナーでは,
「うるしが渕のカッパ」というお話と
河童のモデルの1つとされるスッポンが並んで展示されていました。

でも,私の一番の興味は,
江戸時代の河童の絵




『河童真図』
寛永3年4月より8月まで雨降らず,諸国大いに干ばつす。
この時,豊後の国肥田といえるところは・・・
要するに,
河童をとった。その絵を文化2年にうつした。

水かきがあることなどが書かれ,
全体長さ2尺(約60センチ)
小児の如し。

え?そんなに小さいの?
きっと,江戸時代は小さかったのでしょう。

河童のミイラ(頭)の展示も
こちらのサイズは
昔,私が小学生のころ使っていたフエキ糊ぐらいのサイズ
え?こんなに小さいの?




どちらも,明石市立文化博物館蔵です。


冬には,鬼の企画をするそうです。水族館で。
たまたま通りがかった学芸員?飼育員?の方に聞きました。

「なんで水族館で鬼ですか?河童は川だからわかるような気がしますが。」と。
すると,
「鬼には,大きい,というような意味があるんですよ。
 例えば,キメン(鬼面)ガニ」
・・・
「なるほど・・・」です。

また,冬に水族館に行こうと思います。


(明日はまた台風直撃?という日に)


PS.歴博香川先生にお会いした時,
今回の河童のおはなしをしました。
河童の頭のミイラ・・・クジラの軟骨だそうです。
アメリカでは,クジラの軟骨が大量に流れ着いた時,
「ハンバーガーが流れ着いた。」と言ったそうです。
・・・
「幻解!超常ファイル」の世界ですね!  (9月7日)

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姫路文学館「怪談皿屋敷のナゾー姫路名物のお菊さんー」

2018-05-18 15:09:40 | 日記 博物館・美術館...
今日,5月18日は「国際博物館の日」だそうです。
そんなことも知らず,姫路文学館に行ってきました。
(常設展は無料でしたが,特別展は無料ではありません。
 ちなみに,私は招待券を持っていました。)

「怪談皿屋敷のナゾー姫路名物のお菊さんー」
見てきました。
(姫路市内に住んで半世紀以上にもなるのに,
 実は,お菊さんもお岩さんもごちゃごちゃでした。)

その前に,姫路駅の北西方向にある
十二所線神社に立ち寄りました。
ここには,お菊さんを祭る於菊神社もあるのです。
ここで,お参り。
そして文学館へ。

お菊さんのおはなしは,
播州では,戦国時代。(話の詳細は省略します。)
殺され井戸に捨てられたお菊さんが,お皿を数えます。
「1枚,2枚,・・・1枚足りない,1枚足りない。」
(そのお皿は,実は隠されていた。)

と,思いきや,
いろんな話があるのです。

播州皿屋敷,番町皿屋敷(江戸)というだけではありません。

お菊さんが1枚お皿を割ってしまったから,殺されて,
お皿を数える。
だけでもありません。

ご飯の中に,縫い針が入っていた。
(もちろんお皿は数えません。)
でも,お菊さんです。

姫路や江戸だけではありません。
全国に似たような話があるのです。
播磨,いえいえ,姫路の中だけでもいろいろあるのです。


あとで,ボランティアさんとお話したのですが,
「更地(さらち)」(皿につながる)
「聞く」(お菊につながる)
何か特別なものがあったのかもしれません。

は,と思い出しました。

妖怪の話と同じですね。
畏怖の念が,面白おかしくに変わる・・。

そうです。
お菊さんも江戸時代以降の歌舞伎や浄瑠璃,落語につながるのです。
もちろん,浮世絵も
私の大好きな歌川国芳の絵も1枚ありましたよ。
北斎のは,幽霊の首にお皿が何枚かくっついています。

詳しくは姫路文学館でご覧ください。





コメント (5)
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ユネスコ「世界の記憶」登録記念企画展「脇坂安董と朝鮮通信使-易地聘礼 最後の通信使-」

2018-04-06 14:46:39 | 日記 博物館・美術館...
今日,たつの市立龍野歴史文化資料館に行ってきました。

今回は,
ユネスコ「世界の記憶」登録記念企画展「脇坂安董と朝鮮通信使-易地聘礼 最後の通信使-」
(安董は,「やすただ」と読むそうです。)

2月に行った,同じたつの市の
室津海駅館特別展と同時開催していたものです。

「朝鮮通信使」と思って会場に入ると,
まずあったのは,脇坂安治にあてた秀吉の朱印状でした。
いわゆる「朝鮮出兵」に関するものです。
しんみりと解説を読んで,
次のコーナーに行きました。

結果的に最後の朝鮮通信使となった文化8年(1811年)の通信使は
対馬での聘礼(へいれい)となりましたが,
実質的な責任者として,龍野藩の脇坂安董が副使として取り仕切ったそうです。

史料の中で私が面白かったのは,
聘礼にかかる費用を1万5千両を貸与され,
聘礼が終わるとその働きが認められ,その返納を免除されたというものです。

おもしろかった理由は,
単に,読みやすい字だからだったのかもしれません。


桜はもうほぼ散っていましたが,
ついでにのんびり龍野公園周辺を散歩してきました。


PS.
あとで思ったのですが,・・・,
脇坂安董がはじめ借りた「拝借」は,
のちに返さなくてよくなったとのこと,
これって,脇坂安董が立派に役目を終えたからでしょうか?
当時,「立派に役目を終えた」と言って,
このような重要な役目をした藩主は,みな,返さなくてよかったのでしょうか。

地震関係の史料を見ていても,
地震で困ったから,
藩主は「拝借金」をもらっています。
本来は,無利息で貸してくれるものだそうですが,
地震の後,藩主たちは返したのでしょうか?
それも,幕末混乱期に。

このブログの本題とはそれますが,
そんなことを思いました。
*裏まで考えないといけませんね。
(4月7日 追記)
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「善悪地獄極楽双六」~歴博「じごくへようこそ」の展示より

2018-03-12 10:23:26 | 日記 博物館・美術館...
兵庫県立歴史博物館の「歴史工房」で「じごくへようこそ」という展示がある,ということは,
以前書きました。
その中でも,「善悪地獄極楽双六」がおもしろい・・・と思ったもので,
よし,読むぞ~!と頑張ったのですが,
写真不明瞭と自分の解読力のなさのため,
中途半端にしかできていません。

ー途中経過ー

Ⅰ,2017-12-23の感想より
安政5年(1858年)のものですが,
以前,展示されていた妖怪の双六やカルタ同様,
地獄は怖いような,
半ば信じ,半ば信じず,
いや,面白がって,
地獄も双六かしら?
と思うと,
江戸時代終わりごろの庶民の姿が目に浮かぶようです。


Ⅱ,「善悪地獄極楽双六」読み解き
(展示のケースの中に入っているため,写真が不鮮明です。(特に「心」より上位)
 解読ミスが多いと思いますが,雰囲気がつかめると思います。)
文字と絵があわさって,楽しい(?)双六のようです。

①安政5年という年 (wikipediaより)
 嘉永7年/安政元年(1854~55)
  日米和親条約,京都内裏大火,安政東海地震など
 安政2年
  安政江戸地震
 安政3年
  台風で江戸に猛烈な暴風と高潮。死者10万人。
 安政5年
  安政の大獄はじまる。
  ~7年 コレラ大流行

②「善悪地獄極楽双六」の中心,ふりだし
「心」:熊野勧進十界曼荼羅の中心も「心」です。
ここがいわゆる「ふりだし」と思われます。
「いそげ人 弥陀の御船の乗世に
 のりおくれなば いつかくたらん」(?)と書かれています。
(もう一文書かれていますが,写真写りが悪く,読めません。)

③「極楽」があがり
極楽の絵が描かれています。

④「善悪地獄極楽双六」における最下位・地獄からの順序
地獄→餓鬼道→畜生道→修羅道→さいの河原→両断(?)
→地震→水難→火難→風難→雷難→剣業
→殺生→愉盗(?)→邪道(?)→貪欲→聴意(?)→愚痴→妄語→飲酒

次が,「ふりだし」と思われるところです。

つまり,たぶん,木札3枚の表裏の出方によって,
「信」(白3つ),「疑」(黒3つ),「善」(白2つ黒1つ),
「悪(お)」(白1つ黒2つ)とし,
たとえば,ふりだしの「心」で黒3つ,つまり,「疑」が出ると,「愚痴」のところまで落ちます。

ちなみに,「地獄」に落ちると,そこからあがれないようになっています。

天災が下位にたくさんあるのが興味深いです。
時代を反映しているのでしょうか。

ふりだしの「心」,あがりの「極楽」以外は,全部で45マスあります。

⑤「心」(ふりだしから上位)
写真が不明瞭なため,歴史工房の展示ガラスにはりついて,読んでみました。
「忠孝」のところは,
「父母のおんをば ふかくおもうべし
 弥陀たのむ身に そだてあげる」と説明があります。
でも,大部分は私自身が仏教用語不勉強のため(?)意味がよくわかりません。
「第十八念仏往生願」とか,「第十九聖衆来迎願」はなんとなくわかるような気もしますが,
「疑城船宮」とか,「諸佛護念」とかありました。
当時の庶民にわかる言葉でしょうから,調べれば・・・。
(とりあえず,おいといて)

⑥制作場所・制作者
「売弘書林 京都寺町通 菊屋喜兵衛 めとぎや宗八」 
この双六がどの程度庶民に受け入れられたのか,わかりません。
京都の「売弘書林」を調べれば,何かわかるかもしれません。
でもよく見ると,
「安政五年午 増補再版」とありますから,
庶民にある程度は人気があったのだと思います。


写真がもっと鮮明で,各マスの文字がもう少し読めれば,
もっといろんな発見があったと思います。
(時間はかかるでしょうけど。)


で,次の興味

地震です。
災害弱者はどうだったのかしら?

図書館で『藤岡屋日記』を借りてみました。
「みんなで翻刻」にはたくさんの資料地震関係の史料が載っています。

以前読んだ
磯田道史氏の『天災から日本史を読みなおす』も再読したいです。

ん・・・,3年をメドに

(東日本大震災7年の翌日に記す)

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