”スローライフ滋賀” 

直木賞作家の今村翔吾さんに聞く「書店の未来」 本の街・神保町に新店舗を開いた狙いは…<中日新聞より>

 大津市在住の作家、今村翔吾さん(39)が〝本の街〟として親しまれる東京・神保町に、希望者が棚を借りて好きな本を販売するシェア型書店「ほんまる」を4月27日オープンする。書店主となるのは、全国3店舗目。出版不況で閉店が相次ぐ中、書店をめぐる現状や未来についてインタビューした。

↑写真 中日新聞より

■閉店増にあらがう

 ―2024年3月現在、全国に2万店以上あった書店は、約20年で半減した。10年先には5千店を下回る予測もある。なぜ、作家が書店主に?
 書店が好きということが大前提です。街の書店に救われたと思っているんです。僕がいたダンスの世界って閉鎖的な部分もあって、本が社会とつながれる唯一の窓。その窓があふれてて身近に行ける書店が社会性をつくったし、好きが高じて作家になった。自分の人生を決めた場所だから日々減少していくのが寂しいし、少しでもあらがいたい。
 ―21年に大阪府箕面市で「きのしたブックセンター」の事業を継承した。
 ためらいは正直あったし、何度も検討した。やりたい個人の気持ちと、冒険をして事務所スタッフを巻き込むわけにはいかないという気持ちで葛藤した。一度やめようと決断したとき、スタッフがやれる道を模索して後押ししてくれたから。どこまで書店が苦しいかは正直分からなかったし、未知への恐怖も大きかった。
 

■2店舗経営で知った現状

 ー昨年12月に2店舗目となる「佐賀之書店」を佐賀市に開いた。2店舗経営して、何を感じているか。
 やっぱり厳しい。ただ一つ、2店舗になって分かったことは立地に左右されるという当たり前のこと。もちろん書店の工夫とかはあるが、基本的には、どの店舗も同じ商品を仕入れられる。スーパーとかと違って、どの書店でも本は同じ価格だから、立地と面積の戦いやなって思った。
 きのしたブックセンター(以下、きのブック)は駅から少し歩くけれど、立地は良い方。(駅構内にある)佐賀之書店はさらに良い。いままで一店舗では点でしか分からなかったけれど、2店舗になって線で見えてくるものが増えてきた。佐賀之書店の売り上げは、きのブックの2倍から3倍は売れる。でも面白いのは、触発されて、きのブックの売り上げも微妙に上がってきたこと。今期入ってから3日くらい、きのブックが勝っている。当初は勝てないだろうなと思っていたけれど、そんなこともなくなってきた。科学的な分析だけじゃなく、スタッフのモチベーションとか、そういうところにも影響しているのかもしれない。
 
立地が良ければ、人は書店に寄る、と。
 そう。僕は日常の動線にあれば、本を買う人はいると感じている。本屋が生活圏、徒歩圏内にあれば、立ち寄る魅力はまだある、と体感した。一方で、そういう場所って地代が高い。簡単に言えば、日本全体の地価の上昇と薄利多売の本の利益のバランスが昔と違って合わなくなってきているのだと思う。地価に比べて本の値段の上昇率は遅い。プラス、母数(読書人口)が減ってきているから、ある意味変わらないか、ちょっと落ちる。ここの薄い利益のところがどんどん圧縮されていっている状況。
 
↑写真 中日新聞より
 
―ラインアップは2店舗で変えている?
 例えば、きのブックは雑誌を買う人が多い。雑誌って、今はちょっと生活に余裕のある人たちのものかな、と思うんよね。箕面は、比較的大阪でも裕福な方がお住まいで、どちらかと言えば高級住宅地なんです。全体のバランスに対して、女性誌を中心とした雑誌とか週刊誌とかが売れやすい傾向。一方で、佐賀之書店はまだ3カ月だけれど、圧倒的に文芸書の比率が高い。通常平均の倍くらい売れてるんじゃないかな。一番売れないジャンルなのに。それは土地の特徴もあれば、店の成り立ちとか、テーマとか、中に入ってる人とかによっても左右してくると思うよね。
 

シェア型書店への思い

 東京都に3店舗目「ほんまる」を開く。シェア型書店という新しい形態にしたのは。
 僕はいろんな角度から書店の可能性を探っていきたいし、挑戦したい。その中でシェア型書店が出てきてて。これが地方の書店を救う一つの武器になりうるかなと思った。けれど、まだルールが曖昧で体系化されていない。このままだと定着することなく、一時のブームで沈む可能性が高いんじゃないかと思った。だからルールを守って成り立つような形でやってみて、それをスタンダードに育てていきたい思惑があった。
 
 ―シェア型の可能性は。
 個人目線でいうと、独立系書店の開店を目指す人たちのサロンになりえるんじゃないかと。棚主さんたちに出版界の情報とかを発信していく。独立系書店は増えているけれど、経営でつまずくことがあるから。それだけじゃなくて出版社。今僕たちが見ている出版社って、本当に一部。地方の小さな出版社が棚を借りる、逆に中央の書店がキャンペーンをはる。地方と都市部をつなぐハブにもなり得るんじゃないかということ。
 もう一つはCSR(企業の社会的責任)活動ですね。多くの経営者が本に救われた経験がある。うちの会社はこの本を読んで始まったから、出版業界に恩返ししたい、何かやりたいという人はいる。でも関わり方がないんですよね。自分たちの会社の考え方とかを本で表現してもらうこともできると思う。こういう広がりを目標としているかな。
 
―自治体も入るのか?
 そう。例えば大津市だったら、大河ドラマに合わせて源氏物語を大量にそろえたりとか。観光協会のURLやQRコードを棚につけて「ぜひお越しください」というのはあるでしょう。自分たちの街の写真集とかを置いたりして、行ってみたいとなって行く。こういうPRの場にもなるかなと思っています。
 ―書店って閉じた世界。巻き込んでやってみようと。
 そうですね。やってみないことには何事もわからない。
 
 ―「ほんまる」の名前の由来は。
 500くらい挙げた中から決めた。今回プロジェクトにクリエーティブディレクターとして参加してくれた佐藤可士和さんから、「ほんまる」は時代小説家の今村さんらしい、と。出版業界にあらがっていく反撃の本丸という意味あいもある。あと、本でつながった縁、つまり丸(円)っていう意味。あとは、本屋がはじまるとか、いろんな意味を全部込めました。
 
―出版業界への反撃ののろし、とは。
 原因究明は、医者で言うと内科の仕事。でも地方の書店は流血騒ぎが起きている状況でしょう。僕は、ほんまるが、まずはばんそうこうと包帯になり得ると思っている。地元の書店を残したい企業、別の業界で利益が上がっている企業が、地元の書店に4棚を借りる形で、例えば20万円の地代、もしくは1人分の人件費を支えることができる。CSR活動で関わっていく。これで血は止まると僕は思っている。
 今後、ほんまるのブランドを強くして、各書店の中に入れて、地域で結びついていくという包帯にしていくべきかなと思っている。既にほんまる自体を借りたいという企業が出てきているんです。つまり、うちの会社でほんまるをやる、と。地元に本屋がないから、自社の空いているスペースででほんまるやりたい、という企業も出てきている。
 
そのとき、シェア型書店自体のルールが曖昧だと困ります。他の企業とかが入ってこられない。シェア型書店をかなり見させてもらって、一番問題だと感じるのが、独占禁止法の再販制度の無視です。書店は、1000円の本を、1100円や900円で売ることはできない。けれど事実上、棚を媒介して安く買える事例が存在しています。仕入れ主が800円で仕入れて、売れなかったから800円で引き取ったら800円で買えることになる。これも再販制度の無視なんです。だからまず、僕らはそこをクリアにしなければならないと思った。
 あとシェア型書店では、ボランティアに頼っているところもある。責任を持って、人様からあずかった大切な本を売っていく、という決意の表れも必要だと思っている。だから正社員とアルバイトを雇うべきだと思っています。僕はシェア型書店の問題は、この2点―再販制度の無視とボランティア問題―だと考えています。他業界にお見せしても、恥ずかしくないルールの整備を心がけた。そうでなければ、広がらないし、力を堂々とお借りできない。特定の業者を否定しているわけではなく、あり方として考えていかないと、と思います。
 

■本と書店の魅力とは?

ネットで本を買える今、なぜ書店が大切なのか。
 ネットの書店を完全に否定するつもり全くない。僕はね、池波正太郎先生の『真田太平記』を、この質感とかも含めて、触って、買おうと思ったのよ。小学校5年生のときに(奈良市の古書店で)買った。これが平積み、何冊セットで詰まれていて、へえ、と思って触ったときの手の感じとか、雰囲気、たたずまい、すべてにおいて、これを買おうと思ったから。もしもネットの書店にこれが載ってたら買ったかどうか、僕は分からない。本と人は出会いだと思っています。出会い方としてネットが増えたのはプラスかもしれないけれど、街の書店がなくなると、とんとん以下になってしまう気がする。本によって人生が変わる経験は、本を読んでいる人たちなら知っているけれど、読んでいない人たちに伝えるって結構難しい。伝えられる場所って結局のところ、ふらっと立ち寄る街の本屋しかない。僕は体験の場やと思ってるの。日常の景色の中に本屋があり続けるから、僕たちは生き残ってこられているだけで、この風景から消えてしまったときに、今の10倍の速度で読書文化は衰退して、消え去ってしまうと思う。
 
―22年に一般社団法人「ホンミライ」を立ち上げ、大津市の小中学校で本の普及と読み手を育てることに取り組んでいる。
 意味はある。荒野に種と水をまく感覚だったけれど、意外と荒野じゃなくて土壌は悪くなかった。何個か芽が出てきている。最近、サイン会に小中高生が多い。全体では15%くらいだけど。続けていくことが大切。いま僕が大津でやってるけど、47都道府県で同時にやれば、もう少し芽は吹き出るかなって。芽と芽が伸びて、木になって、枝と枝が交錯して、森になっていくまでには時間がかかるんじゃない。
 
―コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスの時代に読書は対極にあるようにも感じられる。
 逆説的に言えば「コスパがいいもの、タイパがいいものって、果たして本当にそうですか」と聞きたくて。5分で済むものでも、身についてなければコスパ最悪でしょう。ゼロだから。本もゼロになる可能性はもちろんあるけれど…。身についた量、残った量を時間で割らなかったら僕は意味がないと思ってて。本は(著者との)対話がある分、残りやすいと思うんです。
 もっといえば、僕は全員が本を読む必要はないと思っている。本に向いている人がいるという感覚かもしれない。動画に向いている人がいる一方で、本に向いている人がいるのに全員が本に向いていないふりをして、コスパ、タイパの良いものにいくのはもったいないかなと思っている。絶対向いている人はいるよ。
 

書店を救う策はあるか

 ―経産省が、大臣直轄の「書店振興プロジェクトチーム」を設置した。
 政府の力を借りるなんて、という意見もあると思う。けれど、目の前で血が流れている人に国がドクターヘリを飛ばしてくれて、ありがたいという状態。選択する余裕は10年くらい前になくなった。だけど、そのヘリコプターが乗せてくれるのは何なのか、というのが問題。そこを見誤ったらダメ。例えば、事業再構築補助金みたいなものだとして、書店にカフェをつくったとき、多くて3分の2、2分の1の補助金が出ます、と。でもカフェ1個をつくるお金も出せない書店もある中で、利用できるのは大手・中堅の体力のある書店だけになってくる。やり方を誤れば、絶望させてつぶれていく書店が出てくると思う。ただでさえ、全員がしんどいのに、さらに格差をつくってしまう結果にもなり得る。
 全員がこの恩恵を結構等しく受けるために、ベストはないけれど、ベターは物流に投下すべきだと思っている。物流は出版社にも、出版取り次ぎにも、書店にも、消費者にも、作家にも全員あまねく微妙にプラスになるから。2024年問題で物流費が高騰するから、ここにパッチを当てることによって、ずいぶん延命措置はきくと考えています。
 
―本を読んでもらう策とは。
 万能薬の手法はない。だけど、もはや全員がひとごとではないということ。出版業は国の縮図でもあると思っている。20年先を歩ませてもらっていると思ってて。この国の未来を、出版界で見てもらったらいいんじゃないかなと。作家とか、取り次ぎの社員とか、出版社の編集とか、全員が考えて、100、1000、万のアプローチで戦っていかなければ、どれが正解かも分からない。僕1人のトライアンドエラーなんて年に3回か4回が精いっぱい。1万人が1回トライアンドエラーをやってくれれば1万通り試せる。そこに、天然痘に立ち向かった緒方洪庵みたいな案が出てくる可能性はあるわけよ。僕は1人でも探していくから、みんなも探していほしいと思う。
 
<中日新聞より>
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