ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

『井筒』~その美しさの後ろに(その7)

2007-08-25 08:24:35 | 能楽
いま、『井筒』の作物に付ける薄を作っています。。と言っても造花屋さんで買ってきた薄とその葉を組み合わせているだけだったりしますが。。(^^ゞ これは『一角仙人』の剣を作った苦労とはぜ~~んぜん違って、ふんふふ~~~んと鼻歌交じりに、最も美しく見えるように薄の造花をいじくっているだけ。小道具がすべてこんなにラクに出来るといいな~。もっとも、全体がかしぐ事のないようにステンレスの芯を入れたり、造花用のテープで形を整えたり。こまごまと手を入れなくてはなりません。そこがまた楽しいのだが。

でも今回自分で作物の薄の部分を作ってみて、よく考えてみると、『井筒』の作物の薄って、自然の法則とはずいぶん矛盾している事に気がつきました。作物の薄は葉が青いでしょう? でも薄は穂は夏から出るけれども、『井筒』の舞台が設定されている秋の頃のものは枯れたものか、あるいはその寸前で、葉は茶色がかっているはずなのです。青い葉は夏の薄。そんな自然の法則に従ったのか、時折は白茶けた葉の薄を作物につける演者もあるようです。でも。。ぬえの正直な感想では、これはあまり美しくないな。。やっぱり葉は青い方が良いと思います。ここまでくると理屈ではない。そういう事も能にはしばしばありますね。

そんで、造花屋さんで買った薄には、しっかり茶色い葉がついていました。ですから薄とは別に細長くて青い葉の造花を探して買い求め、薄の穂についている茶色い葉をそぎ落として、青い葉と組み合わせるのです。当初、薄はほんの四株ほどの穂があれば十分で、それ以上ではうるさいだろう、と思っていたのですが、意外や組んでみるとそれでは少な過ぎで、急遽 穂をもう三株買い足して、合計七株の薄を組み合わせることにしました。青い葉も二十本買ったのですが。。さてこれらを組み合わせたらどうなるだろう。。? あまり全体が太すぎるようだったら穂も葉も少し減らすようにしますが。。

舞台経過の説明に戻りまして。。

ワキが下歌を謡って、その終わりに笛がヒシギ(「ヒーーー、ヤーーーーー。ヒーーーー」という「知ラセ笛」。その甲高い音色は楽屋にもハッキリ聞こえ、「さ、これから登場だ」という気持ちになります)を吹いて、前シテの登場音楽である「次第」が演奏されます。

八拍で一小節の能の音楽体系に則りながら、「次第」ではそのリズムをわざと崩して打ちます。この演奏の中のキッカケを聞いて、前シテは幕を上げさせて舞台に登場します。

よく幕上げのキッカケについてご質問を頂くことがあるのですが、なるほどお客さま、とくに脇正面のお席に座っておられるお客さまにとってはシテやワキがいつ登場するのかが分かっていると幕の方を振り返って登場の瞬間をご覧になりやすいかも。

登場音楽にはいろいろな種類があって、また本当はそれぞれの囃子には役が登場する前に長大な前奏があるため、現代では少し省略して上演する事が普通。またその省略の仕方にもいろいろなやり方があるので、一概に役が登場するキッカケを説明するのは難しいのですが。。

「次第」や「一声」「出端」といった、笛が「ときどき演奏に加わる」囃子の場合は、必ず登場人物が幕上げをするキッカケと笛の吹き出しが一致しています。ですから、大小鼓(あるいは太鼓も)が演奏する中で、笛方が笛を口に上げて構えたら、幕を方をご覧になって頂ければ、と存じます。省略の仕方にもよりますが、今回の『井筒』の場合は前シテの登場音楽である「次第」も、後シテの登場音楽である「一声」も、ともに「一段」というやり方で省略します(もっとも一般的な省略法です)ので、この場合は前述の「ヒシギ」を含めて、三度目に笛が吹くところが「幕上げ」となります。

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