この6月に東北の被災地を訪問し、避難所で清掃のボランティアをした ぬえですが、今夜から再び現地に行って参ります。
目的地は前回と同じ、石巻市立・湊小学校。津波の被害を受けて校舎では授業はできず、避難所として使われています。ちなみに児童は近隣の中学校を間借りして授業をしているそうですが、聞けば現地では8月いっぱいで避難所は閉鎖する目標なのだそうですが、それまでに仮設住宅を建て、夏休み明けから小学校も本来の機能を回復する、という計画なのでしょうね。そういえば前回 ぬえが訪れた際も、自衛隊がぬかるんだ校庭に砂利を敷いて整備しておられました。
それにしても ぬえがこの避難所を訪れたのは震災から3ヶ月半が経った頃でしたが、市内の現状は惨憺たるものでした。この当時に避難所の校庭がぬかるみのままだったのも、今考えるとそれだけ復興の歩みがなかなか簡単には進まないということの証左だったのですね。
前回の訪問では、どうしてよいやら分からず、居ても立っても…という感じで、ようやくまとまったスケジュールの空きを見つけて、ともかく走り出した、あまりにも無計画な訪問でありました。そういえば出発の日にあわててカーナビ買ったんだっけ。ようやく石巻市で避難者の支援を続ける明友館という団体(と言うべきなのか…正確にはもとは「勤労者余暇活用センター」の名称だったものが、震災後 この建物も避難所となり、ご自身も避難者でありながら交友関係の広さとその人望から人が集まって今では石巻にとどまらず広く避難者支援を続けるリーダー・千葉恵弘さんのもとで活動する団体名となっている、という感じでしょうか)に面会することができ、そのご紹介で湊小学校でのボランティア活動にちょっぴりだけ参加させて頂いたのでした。
そこで ぬえは1日中ひたすら避難所の床を磨いていたのですが、夕方に小栗慎介さんというテノール歌手さんがミニコンサートを開いているのに遭遇、ようやく慰問ボランティアという支援方法があることを知ったのでした。いえ、掃除も瓦礫の撤去も大切ですが、ぬえのような仕事ではこちらの方が正しい支援かなあ、と考えまして、そうして東京に戻ってから、またスケジュールとにらめっこしながら、しかし今回は計画を立てて、慰問支援の実現を模索してゆきました。…それでも結局はまたしても明友館の千葉さんのご配慮を頂いて実現できることになりまして…千葉さんには感謝しきれないです。ぬえも前回の訪問の後も、ちびちびと野菜などを送ってはおりましたが、しかし今回の慰問訪問で、ようやくう少しだけご助力に報いることができるかもしれません。
さて、能楽師の仲間のうち、仲の良い何人かに ぬえの計画をうち明けたのですが、なんと狂言方のO君と囃子方のTさんが ぬえに同行して、一緒にボランティア活動をすることを申し出てくださいました! ををっ、一時は一人でやろうと思っていたのですが、これなら能楽ワークショップとして かなりまとまったものが出来るでしょう。
それでも東北までの道は遠い…前回の訪問では片道4時間以上掛かりました。もう、帰りは高速道路のSAがある度に仮眠を取りながらの帰京になりました。よくまあ、一人で運転したものだ。今回も ぬえの愛車「レイちゃん」が出動するのですが、こうして今回は能楽師3人が乗車して深夜の出発。そうして仙台の付近まで歩を進めてから車中泊、というのが初日の計画です。3人の車中泊…窮屈そうだ~~(хх,)
それでも今回 ぬえに同行してくれる彼らは、ぬえと同様に やはり東北地方での公演や稽古の経験があって、思い入れが強い人々。援助物資の手配などはすでに行っておられるそうで、多少の不都合や無報酬でのボランティア活動も快く引き受けてくださいました。しかし ぬえは彼らに自分の目で被災地を見て欲しいと思います。ぬえ達が避難所で能楽ワークショップを開くのは15日なのですが、その少し前に東北に入り、被災地の現状を見て頂こうと思って、この出発日になったのでした。
能はもとより鎮魂の意味も持ち合わせていますし、邪気を払う強さもあります。しかも今回の訪問は奇しくもお盆ではありませんか。ぬえは面装束を持参して、ちょっと凝ったワークショップにしようと思っております。
目的地は前回と同じ、石巻市立・湊小学校。津波の被害を受けて校舎では授業はできず、避難所として使われています。ちなみに児童は近隣の中学校を間借りして授業をしているそうですが、聞けば現地では8月いっぱいで避難所は閉鎖する目標なのだそうですが、それまでに仮設住宅を建て、夏休み明けから小学校も本来の機能を回復する、という計画なのでしょうね。そういえば前回 ぬえが訪れた際も、自衛隊がぬかるんだ校庭に砂利を敷いて整備しておられました。
それにしても ぬえがこの避難所を訪れたのは震災から3ヶ月半が経った頃でしたが、市内の現状は惨憺たるものでした。この当時に避難所の校庭がぬかるみのままだったのも、今考えるとそれだけ復興の歩みがなかなか簡単には進まないということの証左だったのですね。
前回の訪問では、どうしてよいやら分からず、居ても立っても…という感じで、ようやくまとまったスケジュールの空きを見つけて、ともかく走り出した、あまりにも無計画な訪問でありました。そういえば出発の日にあわててカーナビ買ったんだっけ。ようやく石巻市で避難者の支援を続ける明友館という団体(と言うべきなのか…正確にはもとは「勤労者余暇活用センター」の名称だったものが、震災後 この建物も避難所となり、ご自身も避難者でありながら交友関係の広さとその人望から人が集まって今では石巻にとどまらず広く避難者支援を続けるリーダー・千葉恵弘さんのもとで活動する団体名となっている、という感じでしょうか)に面会することができ、そのご紹介で湊小学校でのボランティア活動にちょっぴりだけ参加させて頂いたのでした。
そこで ぬえは1日中ひたすら避難所の床を磨いていたのですが、夕方に小栗慎介さんというテノール歌手さんがミニコンサートを開いているのに遭遇、ようやく慰問ボランティアという支援方法があることを知ったのでした。いえ、掃除も瓦礫の撤去も大切ですが、ぬえのような仕事ではこちらの方が正しい支援かなあ、と考えまして、そうして東京に戻ってから、またスケジュールとにらめっこしながら、しかし今回は計画を立てて、慰問支援の実現を模索してゆきました。…それでも結局はまたしても明友館の千葉さんのご配慮を頂いて実現できることになりまして…千葉さんには感謝しきれないです。ぬえも前回の訪問の後も、ちびちびと野菜などを送ってはおりましたが、しかし今回の慰問訪問で、ようやくう少しだけご助力に報いることができるかもしれません。
さて、能楽師の仲間のうち、仲の良い何人かに ぬえの計画をうち明けたのですが、なんと狂言方のO君と囃子方のTさんが ぬえに同行して、一緒にボランティア活動をすることを申し出てくださいました! ををっ、一時は一人でやろうと思っていたのですが、これなら能楽ワークショップとして かなりまとまったものが出来るでしょう。
それでも東北までの道は遠い…前回の訪問では片道4時間以上掛かりました。もう、帰りは高速道路のSAがある度に仮眠を取りながらの帰京になりました。よくまあ、一人で運転したものだ。今回も ぬえの愛車「レイちゃん」が出動するのですが、こうして今回は能楽師3人が乗車して深夜の出発。そうして仙台の付近まで歩を進めてから車中泊、というのが初日の計画です。3人の車中泊…窮屈そうだ~~(хх,)
それでも今回 ぬえに同行してくれる彼らは、ぬえと同様に やはり東北地方での公演や稽古の経験があって、思い入れが強い人々。援助物資の手配などはすでに行っておられるそうで、多少の不都合や無報酬でのボランティア活動も快く引き受けてくださいました。しかし ぬえは彼らに自分の目で被災地を見て欲しいと思います。ぬえ達が避難所で能楽ワークショップを開くのは15日なのですが、その少し前に東北に入り、被災地の現状を見て頂こうと思って、この出発日になったのでした。
能はもとより鎮魂の意味も持ち合わせていますし、邪気を払う強さもあります。しかも今回の訪問は奇しくもお盆ではありませんか。ぬえは面装束を持参して、ちょっと凝ったワークショップにしようと思っております。