プロローグ ~ 鮮血の夜
深夜2時。呼び覚まされる様な感覚に襲われ、私は無意識に起き上がった。何故かは分からないが、病棟のホールへ吸い寄せられる様に向かう。廊下には赤い液体が流れていたし、白い壁やカーテンにも飛び散った鮮血と思しきシミが見えた。そうした異様な光景を眼にしても歩みは止まらない。“止まるな!歩け!”と言う意志に導かれる様に脚は進む。「がっ!」北側の病室の前で看護師さんが倒れるのが見えた。致命傷だろうか微動だにしない。その直ぐそばに宙に浮いている人影が1人。「SKか?!」人影が振り向く。眼光を鋭く光らせたその人影はSKだった。彼女は、床に降り立つと私に駈け寄り手を取った。「邪魔者は、みんな黙らせたわ。貴方は私と“ヴァルハラ”へ行くの!そこで永遠に仲良く暮らしましょう!」強烈な思念が流れ込んで来る。自分では抗えない強烈な思考だった。その時、微かに声が聞こえた。「○ッシー、ダメ!戻って!」マイちゃんの声だった。バリアーが砕け、思考が蘇る。「SK!僕は何処にも行かない!みんなを助けなくては!」だが、脚は張付いているかの様に動かない。SKは再び宙に浮くと、思念を解放しはじめた。拳が手刀が容赦なく首から下を襲う。殴られ斬られ服はズタズタに裂けた。四方八方からの攻撃は苛烈を極めた。唇と鼻は切れて血が流れる。脚を固定されているのでサンドバッグ同然に打たれ斬られた。「簡単には殺さない!貴方には全員の死を見届けさせてから“ヴァルハラ”へ連れて行く!誰にも渡しはしない!」SKが微笑みを浮べる。悪魔が微笑むとは、この事だろうと思った。同時にあらん限りの力を振絞ると、「生意気言ってんじゃねぇ!一思いに殺せ!」と叫んでSKに向かって突進した。SKは軽くかわしたが「何故動けるのよ!貴方にはそんな力はない筈よ!」と動揺を隠さなかった。「甘いな!隙がある以上は俺を止められん!狙うなら1発で致命傷を負わせなきゃ無理だよ!」私は遮二無二突進もうとするが、SKはバリアーで突進を阻んだ。そして瞬間移動をして背後を取った。振り返ると、拳と手刀が容赦なく襲い掛かる。私は膝から崩れ落ちた。息は荒くダメージもかなり酷い。次に立ち上がれば一撃をお見舞い出来るかも微妙だ。SKは「あの女共の息の根を止めてやるわ!そうすれば、貴方を操るのは雑作も無い事。待ってなさい!最もそのバリアーを突破出来ればの話だけど」バリアーを張り終えると、SKは虐殺に進もうとした。その時、SKの前に光る蝶が現われた。七色に光る蝶はSKの行く手を阻むと、分身を私に放った。バリアーを突き抜けると分身は独鈷杵となって私の掌に納まった。正確には五鈷杵と言う法具だが、金色に輝く五鈷杵は、バリアーを崩壊させSKを恐怖の底に陥れた。「何故だ!何故現われた?!全てはブロックしてあると言うのに!」SKは明らかに動揺していた。宙に浮くことも叶わなくなり、床に崩れ落ちた。近寄って見るとSKは、意識を失っていた。「マイちゃん!」私は彼女の病室へ走った。床やカーテン、ベッドも血だらけだった。マイちゃんも重症だったが意識は残っていた。「○ッシー、大丈夫?」瀕死の状態にも関わらず、彼女は私を気遣った。「しっかりしろ!今、助けを呼んでくる!」「無理だよ、もうダメ。私の分まで生きて!そしてSKを倒すの!」彼女は力なく答えた。このままでは、彼女は亡くなってしまう。“戦士よ、案ずるな。SKは邪神に乗っ取られているが、今は無力。時間を戻せばよい。SKは地の果てへ飛ばす。案ずるな!そのまま五鈷杵を持ち眼を閉じよ”何処からともなく不思議な声が聞こえた。私は目を閉じた。意識が急激に遠のいた。再び眼を開くと私はベッドに横たわっていた。“五鈷杵は首元に収めてある。次の戦いに使うがよい”不思議な声が途切れた。ネックレスのチェーンを触ると特に変わりはない。時計を見ると午前5時半を指していた。廊下からバタバタと音が聞こえた。何かを運んでいるようだ。私は起き上がるとそっと廊下を伺う。「ごめん。起しちゃったかな?」深夜勤の看護師さんが声を掛けて来た。「何かありましたか?」「ちょっと具合の悪い人がいるの。心配はいらないわ。まだ時間あるから、ベッドに戻って!」と言うとナースステーションへ走っていく。「時間を戻すか・・・、あれは夢か?クスリを飲み間違えたかな?」ベッドへ戻ると改めて考えて見る。病棟は何事もなく平穏の様だ。「酷い夢だった」悪夢を振り払う様に私は顔を洗った。血痕も傷痕も何も残ってはいなかった。
「おはよう!○ッシー」洗面台でヒゲを剃っていると、マイちゃんの明るい声が飛んで来た。「おはよう!」と返すと彼女は、私の顔をまじまじと見て「どうしたの?顔色が悪いよ?」と言った。「そうかい?至って普通だけど」「何か青白い顔だよ?本当に何とも無いの?」「自覚症状は無いよ。そんなに変かな?」改めて鏡に見入るが、自分では判別が付かない。「眠れた?物凄く疲れてる感じがするけど、大丈夫?」彼女は肩をポンと叩いて、確認をした。「強いて言うなら、猛烈に腹が減ってるだけ。朝食を食べれば復活するさ!」虚勢を張って誤魔化しにかかる。「それならいいけど、なーんか心配だな。虫の知らせってヤツ!あたし昨夜変な夢を見たから・・・」珍しくマイちゃんの表情が曇る。「何だ?その夢ってヤツは?」私が聞き返すと、彼女はランドリーの陰に私を引き込む。「SKさんにボコボコに殴られて、切裂かれて倒されたの。彼女宙に浮いてて、こっちを睨んでるだけど、手は使わないのよ!見えない拳や刃に襲われたって感じ。目覚めたら何とも無かったから安心したけど、不気味な夢だったわ」「確かに不気味な夢だが、SKさんが“閉門”になって今日で1週間経つ。化けて出るには遅すぎないか?どっちにしろクスリで眠らされてるはずだし」「うん、そうだよね!お盆でもないし、幽霊でもないだろうし。昨日、散々議論したりしたから潜在意識に残っちゃったのかもね!よーし、変な事は忘れて明るく元気に行くよ!○ッシー、例の脱走計画考えてくれてある?」「智謀の限りを尽くしてはあるよ。今回は大掛かりになるから、全員が協力してくれないと成立しない。検温が終ったら作戦会議だ!」「分かった。連絡回しとくね。それでお疲れかな?朝食、一緒に食べようよ。概略も聞きたいし!」「ああ、そうしよう」私達はランドリーの陰から出ると左右に分かれた。マイちゃんの夢にもSKが登場していると言う事は一抹の不安材料だったが、病棟全体に大きな変化は見られない。「考えすぎか?」私は眼球のツボを押して疲労回復をしてみた。だが、倦怠感は拭えなかった。
朝食と検温を終えると、三々五々喫煙スペースにメンバーが集まり始めた。「○ッシー、マイちゃん!妙な事が起こってるよ!“監獄”の扉が開いてる!」メンバーの子が手を指して飛び込んで来た。通称“監獄”もしくは“開かずの扉”と呼ばれる病室の扉が大きく開けられ、荷物やベッドが運び出されていた。「SKが居る筈なのに、どうしたんだろう?」ざわめきが流れる。「そう言えば、今朝方何かを運び出す音を聞いたな。看護師さん達もバタバタしてたし」私が今朝方の記憶を呼び覚ますと「SKさんの荷物を看護師さんが、まとめに来てるの!彼女、強制的に転院させられたかも知れない!」Aさんが追い討ちを掛けるかの様に走り込んで来た。「本当かい!だとすると医局がとうとう強行手段に訴えたって事になるな!転院先は当然不明だよね?」「知っているとしたら、○ッシーぐらいだろうって思って来たけど、分からない?」Aさんが無茶を言う。「察知出来ない事は山の様にある。超能力が備わってる訳じゃないんでね。ただ、ここでの治療継続を断念したのは、間違いないね。そうなると、SN病院かM病院当たりかな?閉鎖病棟があって直ぐに受入れ可能だとすると?」「KR病院は?」Aさんが尋ねる。「有り得なくは無いが、身内が働いている所へは入れないよ!1番上のお姉さんは、確かKR病院勤務でしょ?クリソツ顔の」「ええ、昨日も話したけど、先週からずっと夕方に来てるのは彼女よ。医局との話し合いに合意したのかしら?」「そうだろうな。でなきゃ荷物をまとめるハズがない」その時だった。フラフラと一人の男性が近寄ってきたのは。SKと“関係”を持ってしまった男。まるで吸い寄せられるかの様に、連日SKに面会を求めて病棟を彷徨っていた。彼の眼は精気を失い掛けていた。「すいません。SKさんの病室は?」男が私に尋ねた。「SKさんなら・・・」そう言いかけた次の瞬間、男の目が鋭く光った!私は目の前が真っ暗になり意識を喪失して膝から床に崩れ落ちた。「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!」遠くでマイちゃんの絶叫が聞こえた。
漆黒の闇、煌く星、オリオン座を背景に小さく太陽が見えた。「ウェッジ・カイパーベルトか?!」私は思わず声を上げた。T字形の金属の柱にイエスの如く鎖で縛られており、衣服はボロボロに裂けていた。何故、太陽系の果てに居るのか?瞬時にその事を理解したのか?は分からないし、説明できない。黒光りしている地平は狭く、小天体であることは直ぐに察しが付いた。不思議なのは、大気も無い筈の天体で普通に居られる事だった。私は首を巡らせた。体のあちこちが痛む。宙を仰ぐとバリアーの様な薄い障壁が微かに見得る。「天体全部がバリアーで被われているのか?!何者の仕業だ?」私が呟くと「そうよ!やはり見抜いた!“選ばれし戦士”我に従う意思は無いか?」SKが宙を滑る様にして現われた。「悪いが、その意思は無い。俺を亡き者にするなら一思いに殺すがいい!」SKの眼は異様な輝きを放ち、薄笑いを浮べていた。「そんな口が訊けるのも、今の内だけだ!左前を見るがいい!」SKが勝ち誇った様に言う。「マイちゃん、Oちゃん、Aさん、Eちゃん、I子ちゃん・・・」彼女達は地に倒れ、息も絶えかかっている。「邪魔者達はいたぶって置いた!そちの返答次第で生死が決まる。さあ、答えよ!“選ばれし戦士”我に従え!」SKは私に問いかけた。「答えは、ノーだ!彼女達を解放する代わりに、一思いに殺せ!」「やはりそう来たか!いいだろう。彼女達は地球へ送り帰してやる!だが、そちは簡単には殺さぬ!神聖カシリーナ王国の力と威信を示す、最強戦士と戦ってもらう!」SKは5人の女の子達を消し去ると、右手を高く掲げた。大地が割れて巨大な王座が現われた。SKは王座に座り王冠を被った。「最強戦士、それは我だ!」顔にボディに見えない拳が食い込んだ!手刀が体を切り裂く。SKは剣を抜いて高くかざした。「魔界の剣!触れるものは、全てを切り裂く!行け!」剣はカーブを描いて宙を舞う。こちらは素手だ。左足を剣がかすめると、皮膚を切り裂き血が噴出した。「今は、小手調べ。次は心の臓を狙う!」SKが勝ち誇るように言う。その時、首元が輝いて五鈷杵が現われた。金色に輝く五鈷杵の光は、鎖を消し去り中心から上下2本の刃が延びた。刃は赤紫色に輝いている。「うぬ!そんな物を隠し持っていたのか!だが、魔界の剣の前には、そんなものは無力だ!止めを刺してくれるわ!」SKは自信満々で剣を投げる。五鈷杵を掴んだ私は、五鈷杵を回転させる。魔界の剣と五鈷杵は激しく激突して火花を散した。一進一退攻防の末、やがて剣は力なく跳ね返され、地に刺さった。剣は粉々に砕けて蒸発した。“戦士よ、SKの心の臓を狙え!邪神の息の根を止めるのだ!”また、不思議な声が聞こえた。魔界の剣を失ったSKは動揺を隠せないで居る。私は地を蹴り一気に間合いを詰めると、五鈷杵をSKに向けて突進した。チャンスは1度きり。言われた通りに心の臓を狙う。見えない拳や手刀が体を切り裂くが、一切気にしない。ただ、真っ直ぐにSKの心の臓へ五鈷杵の刃を付き立てた。「ギャー!」大きな悲鳴と共にSKの胸から血が泉の様に噴出し、王座が崩れ落ちた。黒い影がSKの体から霧の様に噴出した。バリアーも崩壊し始め、気体が漏れ出した。五鈷杵が別のバリアーを張ってくれたので、私は平然としていられた。足元にはSKが横たわっているが、傷一つ無い。気を失って倒れている。“戦士よ、邪神は払われた。SKも元に戻った。今から、そなた達を地球へ戻す。SKを抱き上げて五鈷杵を離さずに待て”不思議な声が私を導く。私はSKを抱き上げた。星が勢いよく流れ、気付くと病棟のホールに私とSKは移動していた。ホールは真っ暗だった。“戦士よ、戦いは終わった。SKに心配は無用だ。そなたも疲れたであろう。休むがいい”掌の五鈷杵は1羽の七色の蝶になり、何処ともなく飛び立った。SKも輝きを放つとやがて消えた。不思議な声が消えると同時に、急速に意識が薄れて私はまた闇の中へ放り出された。
「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!返事をして!」暗闇の奥からマイちゃんの絶叫が聞こえた。次第に明るくなると声もはっきりと聞き取れるようになった。「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!返事をして!」マイちゃんが呼んでいる。「ここは・・・、何処だ?」私は眼を開くとそう言った。マイちゃんの膝に頭を預けていた。「○ッシー!ここは病棟だよ!みんな居るよ!大丈夫?!」視力が回復するとみんなの心配そうな顔が見えた。マイちゃんは半泣き状態だ。「どれ位、ぶっ倒れていたんだ?」「1~2分くらい。今、ストレッチャーが来るから!」マイちゃんが頭を撫でて言う。「ちょっとごめんなさいね。さあ、移すわよ!せーの!」3人がかりでストレッチャーに乗せられると、ナースステーションの奥にある処置室へ搬送される。主治医の先生が直ぐに診察を始めた。「呼吸が荒いな。酸素マスクを!採血急いで、優先で検査!」次々と指示を出して倒れた原因を探る。「朝食は摂られてますよね?気持ち悪くは無いですか?」酸素マスク越しに「はい、いいえ」を答える。「点滴ライン取って!ホリゾンとブドウ糖500ml!鉄も入れよう」点滴のバックが直ぐにぶら下がる。心拍と心電図計も繋がれ、臨戦態勢は整った。血液検査の結果が出るのまでは、経過観察になるだろうと思った。マイちゃんが枕元に来てくれた。多分、許可を得て代表して来たのだろう。「○ッシー、大丈夫?みんなに何て言えばいい?」「疲れたからって言っといて。知恵の使いすぎでオーバーヒートだって」酸素マスク越しに、ゆっくりと話す。マイちゃんは、私の左手首にブレスレットを巻き付けた。普段は絶対に外さない“お守り”だ。「あたしの分身。きっと守ってくれるよ。○ッシー、必ず戻って!」黙って頷くと頬に手を触れて彼女はみんなの場所へ戻った。微かに女の子達の声が聞える。「あっ!遂に出たわね。彼女の意思!」Kさんが真上から覗き込む。反論しようとすると「喋っちゃダメ!安静にして。“共に戦う”か。彼女がこのブレスレットを置いて行ったのは、貴方の回復を願っての事ね。カメラのお返しだろうけど。昨夜、何かあったの?引継ぎ書を見て見たら酷くうなされてたって書いてあったの。まるで誰かと戦っているみたいだったそうよ。覚えは無いかな?」私は首を振って否定した。「うーん、何が原因か分からないけど、物凄く消耗しているのは間違いないわ!ヘロヘロ寸前ってとこかな?悪いけれど、今日は絶対安静にしてて。まずは、少し眠る事。今、点滴に睡眠薬を入れるから」Kさんはバックに注射器を刺してクスリを混ぜた。「ゆっくり眠りなさい。何も心配はいらないから」間もなく私は深い眠りに落ちた。
目覚めると、時計の針は午後5時を回っていた。誰にも邪魔されずに随分と長く眠ったものだ。酸素マスクはそのまま装着されているが、心電図・心拍計は外されていた。点滴バックの残りも少ない。まもなく看護師さんが来るだろう。だが、あの夢はなんだったのだろうか?SKと死闘を繰り広げたのは事実なのか?あの壮絶な戦いが事実ならば、異常な体力消耗は説明が付くのだが。「こんばんは!お目覚めですね!」Kさんが真上に来た。「ちょっと待ってて、先生を呼んでくるから」Kさんが視界から消えて間もなく、主治医の先生がやって来た。血圧測定、検温、聴診器による診察が行われた。結果は「大丈夫でしょう」と出た。酸素マスクが外され、ベッドから半身を起こす。少しグラつくが姿勢は保てた。車椅子に乗せられると“犬の散歩”と言っている点滴台を伴って病室へ向かう。途中、Kさんに頼んで喫煙所に寄り道をすると、女の子達が“お通夜の席”の如く静まり返っていた。「どうした?」私が声をかけると「○ッシー!!もういいの?!本当に大丈夫?!」女の子達がワラワラと群がって来た。「はい、はい、はい、本日は横綱休場とさせて頂きますが、明日は経過次第で再出場させますから、安心していつもの様にお喋りを続けて頂戴!そうしないと彼も安心して眠れそうにないから」Kさんが代表して説明して、女の子達の群れを統率する。「良かった。○ッシー、明日は絶対に出て来てよ!」マイちゃんが言う。左腕を持ち上げると「明日、取ってあげるから。そのまま持ってて!」と言った。「何?マイちゃん、○ッシーに何をくっ付けたの?」と周囲から質問が飛ぶ。「秘密!」マイちゃんは答えをぼやかす。「心配かけて悪い。明日は戻るよ」私が何とか言葉を絞り出すと「○ッシー、待ってるからねー!」と大合唱が返って来た。「もう行くね」Kさんが車椅子を押して行く。「○ッシー、復活バンザイ!」女の子達がバンザイを始める。「やれやれ、やっと元に戻ったわ。貴方の存在はこんなにも大きいのね。退院するとなったら、大変な騒ぎになりそう!」Kさんが苦笑いを浮かべる。「まずは、体調を元に戻してくれないと困るから、今日一杯は病室から出ない事。夕食は運ばせるわ。気分が悪くなったら、遠慮なくコールを押しなさい!」Kさんが言う。病室へ戻ると、改めて血圧と体温を測る。「異常なしか。何が原因だったのかな?ボクシングのタイトルマッチをやって、アメフトの試合をする様な感じがするけど、心当たりは?」「ありません」「うーん、とにかく休んで頂戴。引継ぎでも要観察にしておくから。くれぐれも不用意に病室から出ないで。後で点滴のラインを抜去に来るから、大人しくしててね」Kさんは執拗に念を押す。「分かりました。安静にしてますよ」と言うと「あんまりびっくりさせないでね!」と言ってKさんは軽く頭を突っつくと引き上げて行った。その夜は何事も無く静かに過ぎて行った。
翌日、主治医の先生が改めて診察を行い、採血が行われた。結果としては「病棟内に限り行動の自由を認める」と言う判断になった。当然の事ながら、外出は禁止だ!買い物は誰かに依頼するしかなかった。「買い物はOちゃん達にでも頼むしかあるまい。さて、そろそろ出て行かねば騒ぎが拡大するな!」私は身なりを整えると、ゆっくりと病室を出て喫煙所へ向かった。「おはよー!」と声をかけると「○ッシー、本当に大丈夫?!ぶっ倒れてから丁度24時間しか経ってないよ!本当にいいの?」女の子達が輪になって全身を検分して、脈を計りだす。「おいおい、主治医の許可も得てるんだよ。外出は禁止だけど」といいつつ指定席へ座り込む。24時間か。悪夢の様な出来事からまだそれ程しか経過していないが、随分日時が過ぎた感覚に陥る。マイちゃんもやって来て指定席に落ち着くと、ようやくいつもの感覚が蘇る。「あっ、そうだ。これ」左手をマイちゃんの膝に置くと「効果抜群だったでしょう?」と言いつつブレスレットを外してくれる。「大事なモノをありがとう!」「いえいえ、〇ッシーのためだもの!」マイちゃんも安堵の表情を浮かべていた。「そう言えば、Oちゃんはどうしたの?」「〇ッシーが倒れたのをまともに見ちゃったからねー。ショックで引きこもっちゃったのよ」Aさんが言葉を選んで言う。「でも、今、先生の診察を受けてるから、もう直ぐ来ると思う。〇ッシーが復活したって聞いて、少しは立ち直った見たいだから」と言っている中、Oちゃんが姿を見せた。やはり血の気が薄い。それでも私を見ると微かに微笑んで指定席に座った。「もう、大丈夫?」彼女は気丈にも気遣いを見せてくれた。「悪かったね。でも、もう大丈夫。外出は禁止だけど」「あたしも、外出禁止になっちゃった。一緒だね」Oちゃんの顔に少し精気が戻って来た様だった。「〇ッシー、あれから全員に確認取ったんだけどね、メンバー全員が私と同じ夢を見てるのよ!」マイちゃんが真剣な眼差しで言う。「後、I子もそう。彼女、午後には駆け付けるって!」Eちゃんが付け加える。「おいおい、I子ちゃんに知らせたのかい?」「I子の方からメールが来て、“〇ッシーが危ない!”って警告されたんだけど、直後にぶっ倒れたでしょう?あたしが“間に合わずに〇ッシーが倒れた”って返信したら、電話で“何があっても行くから!”って押し切られたのよ。I子、半分泣きながら“あたしのせいだ”って言ってたよ!」「うーん、全員が同じ夢をねー・・・、偶然の一致にしては出来過ぎてるなー」「〇ッシー、何か心当たりがあるの?あるんじゃない?!」マイちゃんが問い詰める。「信じて貰えるか、些か不安なんだけど・・・」私は2件の夢の出来事をみんなに語り聞かせた。SKさんとの壮絶な死闘について、覚えている限りの詳細を伝えた。場が静寂に包まれる。みんな、黙り込んで考えている。「SKとの死闘か・・・、それも2連続ともなれば、如何に〇ッシーでもヘロヘロになるね。例え夢だとしても、それだけの戦いをしていたなら、ぶっ倒れても当然だよ!」Eちゃんがポツリと言った。「信じるのかい?」私がEちゃんに問うと「SKが〇ッシーを狙ってたのは、公然の秘密事項だしヤツの思念が現れたと考えれば、辻褄は合うと思う。別の次元で実際に起こったんじゃないかな?」と返して来た。「あたしもそう思う。あの子の歪んだ執着心が、襲い掛かって来たのは間違いないよ。〇ッシーを連れ去ろうとしたのは事実じゃないかな?」マイちゃんも同意した。「でも、〇ッシーは拒んで戦った。その結果として物凄く消耗した。だから倒れた。理屈としては合ってると思うな!医学的にはあり得ない事だけどさ」Aさんも自分に言い聞かせる様に同意する。「別次元での死闘はあり得たのかな?実際に戦ったのは僕だけど、妙なリアリティーはあるんだ。実際、これまでに経験した事の無い倦怠感に襲われたし・・・」「SKと戦って勝てるのは、〇ッシーだけだよ。あたし達じゃ手も足も出ないのは、身に染みて分かってるから。偉大な勝利を掴んだ感じはどう?」Eちゃんがケリを付けにかかる。みんなも頷いている。「苦しかった!あれほどの苦しい戦いは無いかったよ。相手はエスパー並みのパワーで襲って来たから・・・」改めて振り返ると、言葉はあまり出なかった。「でも、跳ね返してくれた。みんなのために。感謝!感謝!」マイちゃんが拍手を誘う。みんなが笑顔で小さく拍手してくれた。「さて、みんな買い出しに行こうよ。あっ、だけど〇ッシーとOちゃんは留守番だよね?〇ッシー、Oちゃん、買って来て欲しいものなに?」マイちゃんが明るく聞く。「僕の分はこれだ。メモと財布」私はマイちゃんに託した。Oちゃんもメモを差し出す。「了解、じゃあ行って来るよ!留守番頼むね!みんな、行くよ!」ワイワイと女の子達の群れが動き出す。いつもの日常が戻って来た様だ。「ねえ、〇ッシー」Oちゃんが遠慮がちに声を出す。「何?」「ネックレス見せてくれない?」「ああ、構わないけど」私は首の後ろに手を回してネックレスを外して、Oちゃんに差し出した。「へえー、意外。男の人が付けてるペンダントヘッドじゃないのね」「どう言う意味で?」「だって、このシルバーの翼のモチーフなんて女の子向けじゃない?」「何?!」私はOちゃんの掌の上のチェーンを見つめて仰天した。「どうしたの?」「このペンダントヘッドは、見覚えが無い!いつの間にあるんだろう?」「えっ!〇ッシーも知らないの?」「ああ、初めて見るよ!」銀色に輝く翼と小さなクロスのペンダントヘッドは、自分で付けた覚えが無いモノだった。「どこから来たんだろう?誰かが付けてくれたのかな?」見覚えのないペンダントヘッドが時を止めた。
深夜2時。呼び覚まされる様な感覚に襲われ、私は無意識に起き上がった。何故かは分からないが、病棟のホールへ吸い寄せられる様に向かう。廊下には赤い液体が流れていたし、白い壁やカーテンにも飛び散った鮮血と思しきシミが見えた。そうした異様な光景を眼にしても歩みは止まらない。“止まるな!歩け!”と言う意志に導かれる様に脚は進む。「がっ!」北側の病室の前で看護師さんが倒れるのが見えた。致命傷だろうか微動だにしない。その直ぐそばに宙に浮いている人影が1人。「SKか?!」人影が振り向く。眼光を鋭く光らせたその人影はSKだった。彼女は、床に降り立つと私に駈け寄り手を取った。「邪魔者は、みんな黙らせたわ。貴方は私と“ヴァルハラ”へ行くの!そこで永遠に仲良く暮らしましょう!」強烈な思念が流れ込んで来る。自分では抗えない強烈な思考だった。その時、微かに声が聞こえた。「○ッシー、ダメ!戻って!」マイちゃんの声だった。バリアーが砕け、思考が蘇る。「SK!僕は何処にも行かない!みんなを助けなくては!」だが、脚は張付いているかの様に動かない。SKは再び宙に浮くと、思念を解放しはじめた。拳が手刀が容赦なく首から下を襲う。殴られ斬られ服はズタズタに裂けた。四方八方からの攻撃は苛烈を極めた。唇と鼻は切れて血が流れる。脚を固定されているのでサンドバッグ同然に打たれ斬られた。「簡単には殺さない!貴方には全員の死を見届けさせてから“ヴァルハラ”へ連れて行く!誰にも渡しはしない!」SKが微笑みを浮べる。悪魔が微笑むとは、この事だろうと思った。同時にあらん限りの力を振絞ると、「生意気言ってんじゃねぇ!一思いに殺せ!」と叫んでSKに向かって突進した。SKは軽くかわしたが「何故動けるのよ!貴方にはそんな力はない筈よ!」と動揺を隠さなかった。「甘いな!隙がある以上は俺を止められん!狙うなら1発で致命傷を負わせなきゃ無理だよ!」私は遮二無二突進もうとするが、SKはバリアーで突進を阻んだ。そして瞬間移動をして背後を取った。振り返ると、拳と手刀が容赦なく襲い掛かる。私は膝から崩れ落ちた。息は荒くダメージもかなり酷い。次に立ち上がれば一撃をお見舞い出来るかも微妙だ。SKは「あの女共の息の根を止めてやるわ!そうすれば、貴方を操るのは雑作も無い事。待ってなさい!最もそのバリアーを突破出来ればの話だけど」バリアーを張り終えると、SKは虐殺に進もうとした。その時、SKの前に光る蝶が現われた。七色に光る蝶はSKの行く手を阻むと、分身を私に放った。バリアーを突き抜けると分身は独鈷杵となって私の掌に納まった。正確には五鈷杵と言う法具だが、金色に輝く五鈷杵は、バリアーを崩壊させSKを恐怖の底に陥れた。「何故だ!何故現われた?!全てはブロックしてあると言うのに!」SKは明らかに動揺していた。宙に浮くことも叶わなくなり、床に崩れ落ちた。近寄って見るとSKは、意識を失っていた。「マイちゃん!」私は彼女の病室へ走った。床やカーテン、ベッドも血だらけだった。マイちゃんも重症だったが意識は残っていた。「○ッシー、大丈夫?」瀕死の状態にも関わらず、彼女は私を気遣った。「しっかりしろ!今、助けを呼んでくる!」「無理だよ、もうダメ。私の分まで生きて!そしてSKを倒すの!」彼女は力なく答えた。このままでは、彼女は亡くなってしまう。“戦士よ、案ずるな。SKは邪神に乗っ取られているが、今は無力。時間を戻せばよい。SKは地の果てへ飛ばす。案ずるな!そのまま五鈷杵を持ち眼を閉じよ”何処からともなく不思議な声が聞こえた。私は目を閉じた。意識が急激に遠のいた。再び眼を開くと私はベッドに横たわっていた。“五鈷杵は首元に収めてある。次の戦いに使うがよい”不思議な声が途切れた。ネックレスのチェーンを触ると特に変わりはない。時計を見ると午前5時半を指していた。廊下からバタバタと音が聞こえた。何かを運んでいるようだ。私は起き上がるとそっと廊下を伺う。「ごめん。起しちゃったかな?」深夜勤の看護師さんが声を掛けて来た。「何かありましたか?」「ちょっと具合の悪い人がいるの。心配はいらないわ。まだ時間あるから、ベッドに戻って!」と言うとナースステーションへ走っていく。「時間を戻すか・・・、あれは夢か?クスリを飲み間違えたかな?」ベッドへ戻ると改めて考えて見る。病棟は何事もなく平穏の様だ。「酷い夢だった」悪夢を振り払う様に私は顔を洗った。血痕も傷痕も何も残ってはいなかった。
「おはよう!○ッシー」洗面台でヒゲを剃っていると、マイちゃんの明るい声が飛んで来た。「おはよう!」と返すと彼女は、私の顔をまじまじと見て「どうしたの?顔色が悪いよ?」と言った。「そうかい?至って普通だけど」「何か青白い顔だよ?本当に何とも無いの?」「自覚症状は無いよ。そんなに変かな?」改めて鏡に見入るが、自分では判別が付かない。「眠れた?物凄く疲れてる感じがするけど、大丈夫?」彼女は肩をポンと叩いて、確認をした。「強いて言うなら、猛烈に腹が減ってるだけ。朝食を食べれば復活するさ!」虚勢を張って誤魔化しにかかる。「それならいいけど、なーんか心配だな。虫の知らせってヤツ!あたし昨夜変な夢を見たから・・・」珍しくマイちゃんの表情が曇る。「何だ?その夢ってヤツは?」私が聞き返すと、彼女はランドリーの陰に私を引き込む。「SKさんにボコボコに殴られて、切裂かれて倒されたの。彼女宙に浮いてて、こっちを睨んでるだけど、手は使わないのよ!見えない拳や刃に襲われたって感じ。目覚めたら何とも無かったから安心したけど、不気味な夢だったわ」「確かに不気味な夢だが、SKさんが“閉門”になって今日で1週間経つ。化けて出るには遅すぎないか?どっちにしろクスリで眠らされてるはずだし」「うん、そうだよね!お盆でもないし、幽霊でもないだろうし。昨日、散々議論したりしたから潜在意識に残っちゃったのかもね!よーし、変な事は忘れて明るく元気に行くよ!○ッシー、例の脱走計画考えてくれてある?」「智謀の限りを尽くしてはあるよ。今回は大掛かりになるから、全員が協力してくれないと成立しない。検温が終ったら作戦会議だ!」「分かった。連絡回しとくね。それでお疲れかな?朝食、一緒に食べようよ。概略も聞きたいし!」「ああ、そうしよう」私達はランドリーの陰から出ると左右に分かれた。マイちゃんの夢にもSKが登場していると言う事は一抹の不安材料だったが、病棟全体に大きな変化は見られない。「考えすぎか?」私は眼球のツボを押して疲労回復をしてみた。だが、倦怠感は拭えなかった。
朝食と検温を終えると、三々五々喫煙スペースにメンバーが集まり始めた。「○ッシー、マイちゃん!妙な事が起こってるよ!“監獄”の扉が開いてる!」メンバーの子が手を指して飛び込んで来た。通称“監獄”もしくは“開かずの扉”と呼ばれる病室の扉が大きく開けられ、荷物やベッドが運び出されていた。「SKが居る筈なのに、どうしたんだろう?」ざわめきが流れる。「そう言えば、今朝方何かを運び出す音を聞いたな。看護師さん達もバタバタしてたし」私が今朝方の記憶を呼び覚ますと「SKさんの荷物を看護師さんが、まとめに来てるの!彼女、強制的に転院させられたかも知れない!」Aさんが追い討ちを掛けるかの様に走り込んで来た。「本当かい!だとすると医局がとうとう強行手段に訴えたって事になるな!転院先は当然不明だよね?」「知っているとしたら、○ッシーぐらいだろうって思って来たけど、分からない?」Aさんが無茶を言う。「察知出来ない事は山の様にある。超能力が備わってる訳じゃないんでね。ただ、ここでの治療継続を断念したのは、間違いないね。そうなると、SN病院かM病院当たりかな?閉鎖病棟があって直ぐに受入れ可能だとすると?」「KR病院は?」Aさんが尋ねる。「有り得なくは無いが、身内が働いている所へは入れないよ!1番上のお姉さんは、確かKR病院勤務でしょ?クリソツ顔の」「ええ、昨日も話したけど、先週からずっと夕方に来てるのは彼女よ。医局との話し合いに合意したのかしら?」「そうだろうな。でなきゃ荷物をまとめるハズがない」その時だった。フラフラと一人の男性が近寄ってきたのは。SKと“関係”を持ってしまった男。まるで吸い寄せられるかの様に、連日SKに面会を求めて病棟を彷徨っていた。彼の眼は精気を失い掛けていた。「すいません。SKさんの病室は?」男が私に尋ねた。「SKさんなら・・・」そう言いかけた次の瞬間、男の目が鋭く光った!私は目の前が真っ暗になり意識を喪失して膝から床に崩れ落ちた。「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!」遠くでマイちゃんの絶叫が聞こえた。
漆黒の闇、煌く星、オリオン座を背景に小さく太陽が見えた。「ウェッジ・カイパーベルトか?!」私は思わず声を上げた。T字形の金属の柱にイエスの如く鎖で縛られており、衣服はボロボロに裂けていた。何故、太陽系の果てに居るのか?瞬時にその事を理解したのか?は分からないし、説明できない。黒光りしている地平は狭く、小天体であることは直ぐに察しが付いた。不思議なのは、大気も無い筈の天体で普通に居られる事だった。私は首を巡らせた。体のあちこちが痛む。宙を仰ぐとバリアーの様な薄い障壁が微かに見得る。「天体全部がバリアーで被われているのか?!何者の仕業だ?」私が呟くと「そうよ!やはり見抜いた!“選ばれし戦士”我に従う意思は無いか?」SKが宙を滑る様にして現われた。「悪いが、その意思は無い。俺を亡き者にするなら一思いに殺すがいい!」SKの眼は異様な輝きを放ち、薄笑いを浮べていた。「そんな口が訊けるのも、今の内だけだ!左前を見るがいい!」SKが勝ち誇った様に言う。「マイちゃん、Oちゃん、Aさん、Eちゃん、I子ちゃん・・・」彼女達は地に倒れ、息も絶えかかっている。「邪魔者達はいたぶって置いた!そちの返答次第で生死が決まる。さあ、答えよ!“選ばれし戦士”我に従え!」SKは私に問いかけた。「答えは、ノーだ!彼女達を解放する代わりに、一思いに殺せ!」「やはりそう来たか!いいだろう。彼女達は地球へ送り帰してやる!だが、そちは簡単には殺さぬ!神聖カシリーナ王国の力と威信を示す、最強戦士と戦ってもらう!」SKは5人の女の子達を消し去ると、右手を高く掲げた。大地が割れて巨大な王座が現われた。SKは王座に座り王冠を被った。「最強戦士、それは我だ!」顔にボディに見えない拳が食い込んだ!手刀が体を切り裂く。SKは剣を抜いて高くかざした。「魔界の剣!触れるものは、全てを切り裂く!行け!」剣はカーブを描いて宙を舞う。こちらは素手だ。左足を剣がかすめると、皮膚を切り裂き血が噴出した。「今は、小手調べ。次は心の臓を狙う!」SKが勝ち誇るように言う。その時、首元が輝いて五鈷杵が現われた。金色に輝く五鈷杵の光は、鎖を消し去り中心から上下2本の刃が延びた。刃は赤紫色に輝いている。「うぬ!そんな物を隠し持っていたのか!だが、魔界の剣の前には、そんなものは無力だ!止めを刺してくれるわ!」SKは自信満々で剣を投げる。五鈷杵を掴んだ私は、五鈷杵を回転させる。魔界の剣と五鈷杵は激しく激突して火花を散した。一進一退攻防の末、やがて剣は力なく跳ね返され、地に刺さった。剣は粉々に砕けて蒸発した。“戦士よ、SKの心の臓を狙え!邪神の息の根を止めるのだ!”また、不思議な声が聞こえた。魔界の剣を失ったSKは動揺を隠せないで居る。私は地を蹴り一気に間合いを詰めると、五鈷杵をSKに向けて突進した。チャンスは1度きり。言われた通りに心の臓を狙う。見えない拳や手刀が体を切り裂くが、一切気にしない。ただ、真っ直ぐにSKの心の臓へ五鈷杵の刃を付き立てた。「ギャー!」大きな悲鳴と共にSKの胸から血が泉の様に噴出し、王座が崩れ落ちた。黒い影がSKの体から霧の様に噴出した。バリアーも崩壊し始め、気体が漏れ出した。五鈷杵が別のバリアーを張ってくれたので、私は平然としていられた。足元にはSKが横たわっているが、傷一つ無い。気を失って倒れている。“戦士よ、邪神は払われた。SKも元に戻った。今から、そなた達を地球へ戻す。SKを抱き上げて五鈷杵を離さずに待て”不思議な声が私を導く。私はSKを抱き上げた。星が勢いよく流れ、気付くと病棟のホールに私とSKは移動していた。ホールは真っ暗だった。“戦士よ、戦いは終わった。SKに心配は無用だ。そなたも疲れたであろう。休むがいい”掌の五鈷杵は1羽の七色の蝶になり、何処ともなく飛び立った。SKも輝きを放つとやがて消えた。不思議な声が消えると同時に、急速に意識が薄れて私はまた闇の中へ放り出された。
「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!返事をして!」暗闇の奥からマイちゃんの絶叫が聞こえた。次第に明るくなると声もはっきりと聞き取れるようになった。「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!返事をして!」マイちゃんが呼んでいる。「ここは・・・、何処だ?」私は眼を開くとそう言った。マイちゃんの膝に頭を預けていた。「○ッシー!ここは病棟だよ!みんな居るよ!大丈夫?!」視力が回復するとみんなの心配そうな顔が見えた。マイちゃんは半泣き状態だ。「どれ位、ぶっ倒れていたんだ?」「1~2分くらい。今、ストレッチャーが来るから!」マイちゃんが頭を撫でて言う。「ちょっとごめんなさいね。さあ、移すわよ!せーの!」3人がかりでストレッチャーに乗せられると、ナースステーションの奥にある処置室へ搬送される。主治医の先生が直ぐに診察を始めた。「呼吸が荒いな。酸素マスクを!採血急いで、優先で検査!」次々と指示を出して倒れた原因を探る。「朝食は摂られてますよね?気持ち悪くは無いですか?」酸素マスク越しに「はい、いいえ」を答える。「点滴ライン取って!ホリゾンとブドウ糖500ml!鉄も入れよう」点滴のバックが直ぐにぶら下がる。心拍と心電図計も繋がれ、臨戦態勢は整った。血液検査の結果が出るのまでは、経過観察になるだろうと思った。マイちゃんが枕元に来てくれた。多分、許可を得て代表して来たのだろう。「○ッシー、大丈夫?みんなに何て言えばいい?」「疲れたからって言っといて。知恵の使いすぎでオーバーヒートだって」酸素マスク越しに、ゆっくりと話す。マイちゃんは、私の左手首にブレスレットを巻き付けた。普段は絶対に外さない“お守り”だ。「あたしの分身。きっと守ってくれるよ。○ッシー、必ず戻って!」黙って頷くと頬に手を触れて彼女はみんなの場所へ戻った。微かに女の子達の声が聞える。「あっ!遂に出たわね。彼女の意思!」Kさんが真上から覗き込む。反論しようとすると「喋っちゃダメ!安静にして。“共に戦う”か。彼女がこのブレスレットを置いて行ったのは、貴方の回復を願っての事ね。カメラのお返しだろうけど。昨夜、何かあったの?引継ぎ書を見て見たら酷くうなされてたって書いてあったの。まるで誰かと戦っているみたいだったそうよ。覚えは無いかな?」私は首を振って否定した。「うーん、何が原因か分からないけど、物凄く消耗しているのは間違いないわ!ヘロヘロ寸前ってとこかな?悪いけれど、今日は絶対安静にしてて。まずは、少し眠る事。今、点滴に睡眠薬を入れるから」Kさんはバックに注射器を刺してクスリを混ぜた。「ゆっくり眠りなさい。何も心配はいらないから」間もなく私は深い眠りに落ちた。
目覚めると、時計の針は午後5時を回っていた。誰にも邪魔されずに随分と長く眠ったものだ。酸素マスクはそのまま装着されているが、心電図・心拍計は外されていた。点滴バックの残りも少ない。まもなく看護師さんが来るだろう。だが、あの夢はなんだったのだろうか?SKと死闘を繰り広げたのは事実なのか?あの壮絶な戦いが事実ならば、異常な体力消耗は説明が付くのだが。「こんばんは!お目覚めですね!」Kさんが真上に来た。「ちょっと待ってて、先生を呼んでくるから」Kさんが視界から消えて間もなく、主治医の先生がやって来た。血圧測定、検温、聴診器による診察が行われた。結果は「大丈夫でしょう」と出た。酸素マスクが外され、ベッドから半身を起こす。少しグラつくが姿勢は保てた。車椅子に乗せられると“犬の散歩”と言っている点滴台を伴って病室へ向かう。途中、Kさんに頼んで喫煙所に寄り道をすると、女の子達が“お通夜の席”の如く静まり返っていた。「どうした?」私が声をかけると「○ッシー!!もういいの?!本当に大丈夫?!」女の子達がワラワラと群がって来た。「はい、はい、はい、本日は横綱休場とさせて頂きますが、明日は経過次第で再出場させますから、安心していつもの様にお喋りを続けて頂戴!そうしないと彼も安心して眠れそうにないから」Kさんが代表して説明して、女の子達の群れを統率する。「良かった。○ッシー、明日は絶対に出て来てよ!」マイちゃんが言う。左腕を持ち上げると「明日、取ってあげるから。そのまま持ってて!」と言った。「何?マイちゃん、○ッシーに何をくっ付けたの?」と周囲から質問が飛ぶ。「秘密!」マイちゃんは答えをぼやかす。「心配かけて悪い。明日は戻るよ」私が何とか言葉を絞り出すと「○ッシー、待ってるからねー!」と大合唱が返って来た。「もう行くね」Kさんが車椅子を押して行く。「○ッシー、復活バンザイ!」女の子達がバンザイを始める。「やれやれ、やっと元に戻ったわ。貴方の存在はこんなにも大きいのね。退院するとなったら、大変な騒ぎになりそう!」Kさんが苦笑いを浮かべる。「まずは、体調を元に戻してくれないと困るから、今日一杯は病室から出ない事。夕食は運ばせるわ。気分が悪くなったら、遠慮なくコールを押しなさい!」Kさんが言う。病室へ戻ると、改めて血圧と体温を測る。「異常なしか。何が原因だったのかな?ボクシングのタイトルマッチをやって、アメフトの試合をする様な感じがするけど、心当たりは?」「ありません」「うーん、とにかく休んで頂戴。引継ぎでも要観察にしておくから。くれぐれも不用意に病室から出ないで。後で点滴のラインを抜去に来るから、大人しくしててね」Kさんは執拗に念を押す。「分かりました。安静にしてますよ」と言うと「あんまりびっくりさせないでね!」と言ってKさんは軽く頭を突っつくと引き上げて行った。その夜は何事も無く静かに過ぎて行った。
翌日、主治医の先生が改めて診察を行い、採血が行われた。結果としては「病棟内に限り行動の自由を認める」と言う判断になった。当然の事ながら、外出は禁止だ!買い物は誰かに依頼するしかなかった。「買い物はOちゃん達にでも頼むしかあるまい。さて、そろそろ出て行かねば騒ぎが拡大するな!」私は身なりを整えると、ゆっくりと病室を出て喫煙所へ向かった。「おはよー!」と声をかけると「○ッシー、本当に大丈夫?!ぶっ倒れてから丁度24時間しか経ってないよ!本当にいいの?」女の子達が輪になって全身を検分して、脈を計りだす。「おいおい、主治医の許可も得てるんだよ。外出は禁止だけど」といいつつ指定席へ座り込む。24時間か。悪夢の様な出来事からまだそれ程しか経過していないが、随分日時が過ぎた感覚に陥る。マイちゃんもやって来て指定席に落ち着くと、ようやくいつもの感覚が蘇る。「あっ、そうだ。これ」左手をマイちゃんの膝に置くと「効果抜群だったでしょう?」と言いつつブレスレットを外してくれる。「大事なモノをありがとう!」「いえいえ、〇ッシーのためだもの!」マイちゃんも安堵の表情を浮かべていた。「そう言えば、Oちゃんはどうしたの?」「〇ッシーが倒れたのをまともに見ちゃったからねー。ショックで引きこもっちゃったのよ」Aさんが言葉を選んで言う。「でも、今、先生の診察を受けてるから、もう直ぐ来ると思う。〇ッシーが復活したって聞いて、少しは立ち直った見たいだから」と言っている中、Oちゃんが姿を見せた。やはり血の気が薄い。それでも私を見ると微かに微笑んで指定席に座った。「もう、大丈夫?」彼女は気丈にも気遣いを見せてくれた。「悪かったね。でも、もう大丈夫。外出は禁止だけど」「あたしも、外出禁止になっちゃった。一緒だね」Oちゃんの顔に少し精気が戻って来た様だった。「〇ッシー、あれから全員に確認取ったんだけどね、メンバー全員が私と同じ夢を見てるのよ!」マイちゃんが真剣な眼差しで言う。「後、I子もそう。彼女、午後には駆け付けるって!」Eちゃんが付け加える。「おいおい、I子ちゃんに知らせたのかい?」「I子の方からメールが来て、“〇ッシーが危ない!”って警告されたんだけど、直後にぶっ倒れたでしょう?あたしが“間に合わずに〇ッシーが倒れた”って返信したら、電話で“何があっても行くから!”って押し切られたのよ。I子、半分泣きながら“あたしのせいだ”って言ってたよ!」「うーん、全員が同じ夢をねー・・・、偶然の一致にしては出来過ぎてるなー」「〇ッシー、何か心当たりがあるの?あるんじゃない?!」マイちゃんが問い詰める。「信じて貰えるか、些か不安なんだけど・・・」私は2件の夢の出来事をみんなに語り聞かせた。SKさんとの壮絶な死闘について、覚えている限りの詳細を伝えた。場が静寂に包まれる。みんな、黙り込んで考えている。「SKとの死闘か・・・、それも2連続ともなれば、如何に〇ッシーでもヘロヘロになるね。例え夢だとしても、それだけの戦いをしていたなら、ぶっ倒れても当然だよ!」Eちゃんがポツリと言った。「信じるのかい?」私がEちゃんに問うと「SKが〇ッシーを狙ってたのは、公然の秘密事項だしヤツの思念が現れたと考えれば、辻褄は合うと思う。別の次元で実際に起こったんじゃないかな?」と返して来た。「あたしもそう思う。あの子の歪んだ執着心が、襲い掛かって来たのは間違いないよ。〇ッシーを連れ去ろうとしたのは事実じゃないかな?」マイちゃんも同意した。「でも、〇ッシーは拒んで戦った。その結果として物凄く消耗した。だから倒れた。理屈としては合ってると思うな!医学的にはあり得ない事だけどさ」Aさんも自分に言い聞かせる様に同意する。「別次元での死闘はあり得たのかな?実際に戦ったのは僕だけど、妙なリアリティーはあるんだ。実際、これまでに経験した事の無い倦怠感に襲われたし・・・」「SKと戦って勝てるのは、〇ッシーだけだよ。あたし達じゃ手も足も出ないのは、身に染みて分かってるから。偉大な勝利を掴んだ感じはどう?」Eちゃんがケリを付けにかかる。みんなも頷いている。「苦しかった!あれほどの苦しい戦いは無いかったよ。相手はエスパー並みのパワーで襲って来たから・・・」改めて振り返ると、言葉はあまり出なかった。「でも、跳ね返してくれた。みんなのために。感謝!感謝!」マイちゃんが拍手を誘う。みんなが笑顔で小さく拍手してくれた。「さて、みんな買い出しに行こうよ。あっ、だけど〇ッシーとOちゃんは留守番だよね?〇ッシー、Oちゃん、買って来て欲しいものなに?」マイちゃんが明るく聞く。「僕の分はこれだ。メモと財布」私はマイちゃんに託した。Oちゃんもメモを差し出す。「了解、じゃあ行って来るよ!留守番頼むね!みんな、行くよ!」ワイワイと女の子達の群れが動き出す。いつもの日常が戻って来た様だ。「ねえ、〇ッシー」Oちゃんが遠慮がちに声を出す。「何?」「ネックレス見せてくれない?」「ああ、構わないけど」私は首の後ろに手を回してネックレスを外して、Oちゃんに差し出した。「へえー、意外。男の人が付けてるペンダントヘッドじゃないのね」「どう言う意味で?」「だって、このシルバーの翼のモチーフなんて女の子向けじゃない?」「何?!」私はOちゃんの掌の上のチェーンを見つめて仰天した。「どうしたの?」「このペンダントヘッドは、見覚えが無い!いつの間にあるんだろう?」「えっ!〇ッシーも知らないの?」「ああ、初めて見るよ!」銀色に輝く翼と小さなクロスのペンダントヘッドは、自分で付けた覚えが無いモノだった。「どこから来たんだろう?誰かが付けてくれたのかな?」見覚えのないペンダントヘッドが時を止めた。
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