入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

      ’24年「冬」(28)

2024年12月11日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 この呟きは昨日から続くが、やはり、秋田のスーパーで捕獲されたクマは殺処分されたらしい。そして、それに対し、やはり多数の抗議の声が寄せられたと聞く。
「可哀想」だと言うのも分かる。少なくも自分に危害が及ばぬ人たちなら、そうした感情を持つだけの余裕もあるだろう。クマだけでなく、鹿でもイノシシでもひょんきんなアナグマに対してもそうだ。
 しかし、思いもしない日常生活の場にクマが突然現れ、人を襲ったりした場合、恐怖の中で相手の身の安全にまで思いが及ぶだろうか。
 
 クジラやイルカが好例だが、野生動物には同情的でも、ブタや牛、ニワトリなどの家畜については、多くの人はその実態を殆ど知らずに喜んで食べている。
 いや、自然の中で自由に暮らしている野生の動物に比べたら、家畜の一生は短く、不自由で、野生動物の方がむしろ恵まれているかも知れないというのにだ。

 家畜、野生動物、愛玩動物、これらは人間との関係が全く違う。それを混同して、同じ生き物と考えるのにはどうしても無理がある。
 家畜に対してはそれを育てる目的があり、猫や犬のような愛玩動物にもそれがある。しかし、野生動物にはない、と言っていいだろう。かれらが生息できる条件は、人に害を与えない範囲であって、そうでなければ駆除の対象にさせられてしまう。それが人間とそれ以外の生き物との関係である。
 これまでクマはその対象になっていなかったが、いずれ有害動物に指定される可能性が高い。少なくも、クマ猟に対する規制は頭数を含め緩むはずだ。

 要するに、人間にとって害となるか否かが基準である。人間でさえ人の社会に害を及ぼす場合は"駆除"されてしまう。
 牧場を案内する時があるが、女性は親鹿が子を連れていればきまって「可愛い!」を連発する。母性本能が刺激されるのだろうが、春から秋までこれらと戦い、苦労している者には、もう、殆どそういう感情は湧いてこない。
 何も知らずに、と言っては悪いが、クマに同情するのも分かる。きっと心の優しい人たちなのだろう。
 しかし、それでもやはり、人間の生活圏を荒らす野生動物に対しては、被害を受け、あるいはそれを怖れる地元の人たちの方に想像力を働かせて、そこで下された判断や対処を尊重すべきだと思う。
 本日はこの辺で。


 


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