入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’21年「夏」(15)

2021年06月18日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏

 午前4時半、太陽はまだ入笠の陰にある。それでも次第に、空の色が仄かに染まった朝焼けから澄んだ青色に変わりつつある。入笠山と権兵衛山の間には法華道の一部「仏平」と古くから呼ばれた峠があり、その鞍部は富士見と伊那の境になり霧が発生しやすい。
 鳥は早起きで盛んにいろいろな鳴き声がするが、ここから見える牛たちは目は覚めているようでも、まだ横臥したまま動かない。
 ゆっくりと霧が降りてきた。きょうは晴れるはずなのに、日が射すまで天気は随分と勿体ぶるようだ。気温は8度、窓は開けてあってもさほど寒さを感じない。

 昨日は、実は大変な一日だった。朝、囲いの中の牛を見回ろうと中に入ったら、水槽の横の泥の中に以前紹した小さい方のジャージー牛が横になって埋まったまま動かない。立たせようとしても立とうとせず、小さく「ウー」という声を繰り返すばかりだった。
 しばらく様子を見ることにして小入笠の電牧の調整に出掛けたが、それでも気になったので1時間ほどで仕事を中断して戻ってきた。牛は依然として同じ状態のまま、ただ首から上はしっかりと支えているのが、救いと言えば救いであった。



 とにかく下と連絡を取り、担当は畜主と相談し、やはり降ろすことが決まった。配車が夕方になること、それまでには駆けつけてきた課長と、泥の中から牛を引きずり出さねばならぬことなど、いやいや大変な一日になってしまった。
 準備のため、現場と小屋とを何度となく往復し、ようやくロープで牛を結わえて、課長の乗ってきた軽トラで引っ張ろうとすれば、頼りのロープはあえなく切れてしまう。そこで、昨秋に残留牛を降ろす際に使った登攀用のロープを持ち帰らずに小屋に置いてあったので、それをまた使うことにした。
 迎えのトラックは囲いの中には入れないから、装備されたウインチが牛に届く距離まで引きずり出すさなければならない。難しいのは、どのように結わえたらロープが牛から外れずに牽引できるかだが、何度も試行錯誤を繰り返し、中断し、成功したのは午後をかなり回っていた。その距離はざっと100㍍近くになっただろう。
 その間には水や草、さらには塩を与えるなどと牛を気遣うことも忘れなかったが、それが相手に果たして通じただろうか。入牧したときは可愛い顔をしてあれほど元気だったのに、無事に回復することを願うしかない。

 昨夜は自嘲しつつも疲れて8時に寝て、夜中目が覚めたような気もするが、とにかく8時間半、爆睡した。本日はこの辺で。
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     ’21年「夏」(14)

2021年06月17日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏

 ここにいると、本を読む気などあまり起きない。何か集中力のようなものが欠落してしまうのか、テレビなどはもっと見たくない。意識を散漫させたままでいても時間は過ぎていくし、過ぎていかなくても構わないような気もする。しかし、こればかりはそうもいかない。何もしないでただ呆けているだけかというと、そうでもなくて、考えるというよりか漠々とした思いを次々と感じている。
 今午前3時半、先程までしていた雨音が止んで、その後しばらくは無音の中にいたが、突然かすかな小鳥の声がした。一度だけで、また音のない世界に戻ってしまったと思ったら、しばらくしてまた聞えてきた。ホトトギスのようだったが、それっきりもうしない。寝言のような鳴き声だったが、それで外界を意識させられた。
 それにしても、空の青さは説明できても、あの仄かに聞えてきた小鳥の囀りが、何故あれほど可憐であるかを問われても答えることができないできない。我々はそれを楽しみ、喜ぶだけだ。

 こんな人里から離れた山の牧場で暮らしてみたいと、若いころはずっと思っていた。その思いが60歳近くにもなってから実現して、今感じていることは若いころでなくて良かったということである。あんな破天荒で混乱していたころでは、たとえ希望通りの仕事に就けたとしても、恐らくまた別のことを考えて長くは続けられなかったと思う。
 冬期小屋の管理人募集に応募した時は、都会を嫌って山に逃げてきた者で、一冬の孤独に耐えられた例はないと言われてあえなく断られた。そうかも知れないと、春先その小屋を訪ねてみて納得した。一人の男が、暗い山小屋の中でぼさぼさの頭をして、粗末な布団の中でまるで冬眠でもしているようだった。「今何時ですか」その声だけをまだ覚えている。
 平凡な生活やありきたりな日々を嫌い、随分色々と突拍子もないことを考えたものだが、実行力に乏しかったことが今になってみれば幸いした、と言ってもいいだろう。そしていつの間にかそういう熱狂からも醒めて、時も過ぎていった。

 少し風が強いが青空が見えている。もう1杯茶を飲んだら、昨日に立ち上げた小入笠の頭までの電牧の点検と調整に出掛けよう。本日はこの辺で。

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     ’21年「夏」(13)

2021年06月16日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 やはり昨夜は上に泊まった。心配していた雨や雷は案じていたほどでもなく、ビール1本と日本酒1合ほどを"嗜めば"、睡魔と無為に抗えず、雨音を聞きながら8時には寝てしまった。夜中12時過ぎに目覚めて、ウイスキーの薄い水割りを2杯ばかり飲み、再度眠りに落ちるまでの1時間半ほどをまったく何もせずに起きていた。
 誰かが言った「地球の回る音」までは聞えなかったが、心臓の音さえ聞こえてくるような完全な無音が、これほど喧しいとは知らなかった。本当にそれは、間断のない主張のように聞こえ、その中を時間がゆっくりと過ぎていった。
 7時半、いつもならこの時間にはすでに家を出ている。それまでには風呂にも入るし、朝飯と弁当の用意も終えていなければならず、慣れてはいるとは言え結構忙しい。それが上に泊まれば翌朝は鳥の声を聞きながら1杯のコーヒーに時間をかけ、身体がゆっくりと始動するのを待つだけの余裕がある。
 曇り空に綻びができて青空が見え出し、もうすでに空のかなり高い位置から日の光りが差し始めた。ウグイス、郭公、虫の声がして、今の方がむしろ山の朝の落ち着いた静寂を感じている。

 いつ降り出すかとヒヤヒヤしながら、きょうは午前と午後の2回小入笠の頭に登った。一応予定した電牧の立ち上げを終えて、先程下に降りたところでこらえきれなかったか、ついに雨が降り始めた。まだ細かい調整があるし、何時鹿に線を切られるか分からない不安は残るが、それでも通電することにした。生憎電圧計が不調で、いつもなら何箇所かで電圧を計るがそれができない不満が残った。
 雨はそれほど激しく降るようでもないから、牛たちはあまり気にせず寝る前に備えて熱心に草を食べている。放牧地に出せば、この時間は水を飲みに一団となって遠くからやって来るころだが、今は囲いの中にいて水はいつでも好きな時に飲めるようになっているから、ひたすら腹を膨らませることに熱心のようだ。

 SCWで雲の動きを見る限り、雨は夜半まで残るが明日は午前中は天気が良いと思う。そして午後になってまた崩れるようだ。今夜も山を下りず、酒と美味い物を食べてここで眠る。本日はこの辺で。
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     ’21年「夏」(12)

2021年06月15日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 遠くで雷の音がしている。昨日、高遠では落雷のために停電騒ぎまで起きたという。その割には上は大したことがなかったが、ただきょうの雲の動きから予測すると、夕方から深夜にかけてここら辺りは相当に激しい雨が降りそうで、そうなると雷も他所ごとではなくなる。
 今夜は食料もしっかり用意したし、ワクチン接種の予約も折よく撮影に来ていたUme氏に代行してもらえたから、上に泊まるつもりでいた。さてどうしたものか。

 疲れが溜まって、昨夜も10時間寝た。一昨夜もそのくらいだった。本当は、昨夜も家には帰らず上に泊まろうかと思ったくらいに疲れていた。
 枝打ちの追加仕事のせいで、結構体力を使う。それも木登りをすることがやたら多いから、今も体の節々が痛む。前にも呟いたが、たった1回だか2回だかの大型トラックの通過のために、と考えれば全く馬鹿らしくなる。こんな仕事は、昇降機の付いた専用車を持つ専門業者のやる仕事で、木に登ったり、脚立に上ったりしてできるような仕事ではない。それも一人だからかなり危険でもある。断っておくが、これは農協に言われた仕事というよりか、運送会社の一部の要請である。
 そのせいもあって、まだ第4牧区の小入笠の頭まで張るべき電気牧柵の縦線が手付かずのままになっている。今年は和牛が多く、あの牛たちが今いる囲いから出て高電圧の洗礼をうけたら、ホルスのように除角してないから頭を引っ込める際に角でアルミ線を切る可能性がきわめて高い。そうなると修理も大変だが、それ以上に牛の脱柵が心配になってくる。

 ヨーロッパのどこかにIOCという少国があって、オリンピックの興行権を独占し、その小国の主だった人々は大国の王侯貴族の真似をしたがるそうだとか。掲げる理念だけは立派だが、見かけばかりで、こんな人々による興業が"平和の祭典"だなんて「平和」が泣きだしはしないか、という人がいる。舞台裏が明らかになるにつれて、選手たちが気の毒にさえなってきた、とも。
 もっと高邁な理念に相応しい筋の通た人々による国際組織で、一日も早く平和の祭典を運営をする日が来るべきだと、きょう来日したというIOCの幹部の一人を見てもそう思った。先日の言動ばかりか、あの人のあの風貌に、些かでも善人を見ることができるだろうか。
 今年の東京でのオリンピック・パラリンピック開催には反対する。人生を賭けてきた選手たちには大変不幸なことだが、それ以上にもっと気の毒な人たちが世界にはたくさんいて、その人たちをCOVID-19でこれ以上不幸にさせないためにも、中止すべきだと思う。
 本日はこの辺で。
 
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     ’21年「夏」(11)

2021年06月14日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏

 上に来る道中、とりとめのない妄念や雑念が中断されて、「ああ、きょうもまたここを走っているな」とか、「ああ、今はこの森の中か」と、まるで夢から覚めたように現在位置を確認する。何かがきっかけとなることもあれば、そうでないこともある。
 今朝は1匹の野猿だった。雨に濡れた子猿が車の前を走り、藪の中に駆け込んでいった。いつもなら、他にも群がいるはずだが、単身そのまま山室川へ下ったようで、追随する仲間はいなかった。
 よく群れの中には生まれて間もない子供を連れた猿がいて、どうやってそういうことを覚えるのか知らないが、車の音に怯えた子猿が巧みに母猿の背中に飛び乗り、そのまま親子で姿をくらますことがある。まるで、子猿の重みを感じさせないような母猿の敏捷な動きではあるが、それなりの負担には当然なっているだろうと思う。
 
 3,4日前に、COVID-19のワクチン接種の第2回目の予約受付の通知が届いた。第1回目に予約ができた人たちはすでに1回目の接種を済ませたと聞いているのに、まだその手続きすら詳しいことは分かっていない。
 こんな騒動は早く終わって欲しいとは思いつつも、先を争ってまでもそれを急ぐ気持ちにはなれず、自らの危機対応の鈍さが昨夜は夢の中にまで出た。それは、予約した日時を勘違いして、7月も終わるというのにまだ接種ができず、途方にくれているという情けない自分だった。実は接種の予約は明日なのだが、今度はちゃんとするつもりでいる。
 それにしても、都会の人々の動きをテレビで垣間見る都度に、この感染状況に変に慣れてしまったなという気がしてしまう。

 まだ、なかなか山の暮らしに入れないでいる。里でのあれこれの用事が絶えないからだが、それと、山道を走る通勤を必ずしも嫌っているわけではないからだ。いや、むしろ好んでさえいる。しばらく山室川の清流や、馴染みの通勤路から目にする森や林を見ないでいると、日常の暮らしの中から何かが抜けて、塩気の薄い時鮭でも食べているような気がしてくるのだ。
 それでも、きょうは当座の米やそれを焚く土鍋を持ち上げた。水加減や、使い方をすっかり忘れてしまったが、そんなことも失敗して思い出すだろう。
 雨は止んでいるが梅雨空のまま、と呟いた途端に、トタン屋根を激しく打つ雨。雨宿りする場所などないのに、牛たちが動き出した。
 本日はこの辺で。
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