ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

タスマニア行:ペニーロイヤル・ローンセストン

2024年12月05日 | オーストラリア:タスマニア

タスマニア旅行記もとうとう
45本目


今までは2017年人生初ハワイ
10泊11日
と、2018年の初アデ
レード5泊6日
の44本がタイ記
録で歴代2位だったので、そ
れらを抜き記録更新中です。


さて、どこまで行くんだろう?


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2023年3月のタスマニア7日目


タスマニア第2の都市ローン
セストン最終日。気に入ると
ひつこい夫婦で最後の朝食も

アーシーイーツ


数少ないアジア人客が2日連
続でやって来てインパクト大
(だったと思う)



しかも、頼むものまで一緒(笑)

サラダは日替わりで微妙な差
自分にとり最高なら連続も可


サーバーから出てくる牛乳の
ボトル売り。マイボトルも可

グラス売りがあればな~🥛


前日に見つけた不思議な場所

ペニーロイヤル・ローンセストン


なんでロイヤルなんだろう

お城っぽい造りではあっても


古そうで新しいレプリカか



でも使われていない引き込み
線があり古くからある場所



古そうで新しいここはなに

引き込み線の先は車庫かな
今はクルマが止まってるけど


ペニーロイヤルビレッジとか
パウダーミル(火薬工場)アパー
トメントともあり、住める



重厚な石造りが古色を醸して
も経年劣化がなく、建設時期
が不詳な見たことのない造り

窓もサッシだし


イギリスというよりヨーロッ
パ大陸のどこかのようです。


門をくぐって中に入ると絶壁
に囲まれて、滝と中央は池

往年の石切り場だったのか


小さな池に豪華な帆船



やりすぎなほどチューダー朝



奥は白壁にバルコニーときた

それがつながっているという
ことは改装ではなくレプリカ


無料砂金すくい練習場



絶壁には吊り橋のような網付
遊歩道が張り巡らされており



ハッシュタグ付きの晒し台

宿泊施設付き観光地なのか


たくさんの の答えとは


ここの発祥は1972年でした。

不動産開発業者のロジャー・
スミスは島中央部の家の敷地
に流刑囚レンガと呼ばれる古
レンガの瓦礫を見つけます。

(※流刑囚が製造したレンガ
@ポートアーサー)


そこは1823年にイギリスから
入植したゲートンビー家がペ
ニーロイヤル川という小川の
淵に家と製粉所を建てて暮ら
していた所だと判りました。


スミスはその時の家主から瓦
礫を買い取り、観光施設を造
ろうと、ローンセストンきっ
ての観光地カタラクト渓谷の
入口に位置する、かつての石
切り場に目星を付けました。


レンガを1つずつ外して瓦礫を
解体し、ここまで運び込んで
再建・拡張という過程を経て
計画から7年後の1979年開園


ペニーロイヤルはタスマニア
唯一のテーマパーク、アドベ
ンチャーパークでした。池に
舟を浮かべ、空砲が鳴り響き
1980年代初には人気絶頂に


しかし、1990年代以降はブー
ムが去り、8年間放置された
後、現オーナーが2年をかけ
て新たな観光施設に造り替え
2016年に再開し今に至る、と

(※アトラクションメニュー)


古くて新しく、引き込み線が
あったりアトラクションがあ
ったりする訳が判りました。

(※あそこも歩けるんだろうか)


開園から50年も経っている上
資金と時間をかけて丁寧に造
られた小さな施設のせいかテ
ーマパークのあざとさが消え
緑多い落ち着いた所でした。

商業繁盛にはダメなのでしょ
うが個人的には静かでいい


この時はまだコロナ明けで、宿
泊はできても片肺開園でした。
いつか飲食に再訪できるかな



しかし、写真をじっくり見て
も石造りばかりで、流刑囚レ
ンガはどこにあるんだろう

まさか真っ白に塗られたコレ
ではないだろうし。今や100
年前のレンガは非常に高価


再訪したらよく見てこよう



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