ある朝、オフィスでいつものように香港の経済新聞を手にすると、銀髪に太い眉の西洋人が嬉しそうに写った写真が一面を飾っています。
「あれ、ハワードじゃん」
そう、このご機嫌そうなおじさんはオーストラリアのハワード首相。記事の見出しは英語紙では「中国海洋石油のアジア太平洋事業」となっていましたが、中国語紙では「中国海洋石油、オーストラリア企業に100億米ドル契約発注」とより詳しく、写真も首相ともう1人の大柄な西洋人が満足気に握手しているものでした。
他国の首相が紙面のトップを大きく飾るのは、本人が香港を訪問中ででもなければかなり珍しいことです。NZのクラーク首相が来港した時ですら、1面にはなりませんでした。それが中国国有企業のニュースでありながら当の中国人の写真はなく、受注した民間企業社長とその国の首相が嬉しそうに握手している写真が大きく載っているのですから、何だか妙な話です。ルノーが日産に出資したからといって、日産の社長と当時の首相が
「やったね♪」
と新聞の1面を飾ったでしょうか?
この妙な展開こそが今の中国と資源国の関係を如実に物語っています。中国は高度経済成長で12億人の生活水準が急速に向上しており、全部合わせればアメリカ並みの人口を抱える沿海部の各都市は、上海を筆頭に成長街道まっしぐらです。場所によっては二桁前後の驚異的な成長を遂げています。そのため自国も世界屈指の資源国とはいえ、より確実な資源確保が急務となってきました。常にエネルギー問題に力を注ぐアメリカと同じです。
中国海洋石油は中国第3位の国有オイルメジャーで、最近はインドネシアでも油田買収に出ており、今回のオーストラリアでの最終130億米ドル(1.5兆円ですよ!)の天然ガス購入で、南半球でのお買い物ぶりがことさら顕著になってきました。受注したオーストラリア企業はこれから25年間、上得意にガス供給を行うのです。ハワード首相まで借り出されたのは、これがオーストラリアにとって史上最大の輸出案件であり(そりゃそうでしょう!)、英国BPを破っての受注という、まさに国を挙げての一大事業だったからなのです。
自国で賄えないものは外から買ってくればいいわけですが、資源となると事は単なる輸入品として片付けられなくなってきます。その確保は国家間の利害と利権の絡み合った政治色の強いものとなり、現に今回BPが敗れたのも別の事業で中国政府の心証を悪くしていたからと見られています。中国は世界第2位の外貨準備を持ち、「発展途上国」という位置づけながらも、その途方もない市場規模と侮れない資金力で世界的なプレゼンスを高めています。
その食指はNZにも伸びています。中国国務院(中央政府)直轄の中国国際信託投資(CITIC)がNZでの森林資源獲得に乗り出しているのです。彼らの計画は2億米ドル(235億円)を投じて、NZ上場企業フレッチャー・チャレンジ・フォレスト社の35%権益を取得し、フレッチャーが国内第2位の植林地を保有するセントラルノースアイランド・フォレスト・パートナーシップ(CNIFP)を買収するのを支援し、買収成功のあかつきには、フレッチャーがCNIFPを運営し、実質的にはCITICがその経営権を掌握するというのが彼らの筋書きです。
この計画がまとまって今年5月に発表されるまで、両社は過去1年半をかけてこの問題を話し合ってきました。そもそも両社は過去に提携実績があり、その後の物別れでいったんは疎遠になっていたのですが、CNIFP買収に向け再び手を組んだのです。計画が成功すれば国内2番目の森林資源が中国資本というよりも、中国政府そのものの手中に落ちるのです。世論は多大な懸念を示しましたが、株式市場ではフレッチャーが値を飛ばすなど、さまざまな思惑が噴出しました。
しかし、今月13日、侃々諤々の論争にフレッチャーの株主が一つの答えを出しました。
(つづく)
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編集後記「マヨネーズ」
証券会社の朝は早く、私の出勤は7時です。前の職場は8時だったので、6時前に起きてそのままジョギングに行って6時半までに家に戻れば、シャワーを浴びて朝食をとっても十分間に合いました。しかし、今ではそれがかなわなくなり、朝ジョグを諦めてから3年半経ちました。夕方走るという手もありますが、慢性的な残業に加え、少しでも早く帰って子どもの顔が見たいので、どうも寄り道する気になれません。それに朝の爽快感は夕方の比ではないのです。
当時の夫は、
「起き抜けからよくそんなに走れるよな~。いってらっしゃ~い」
と温かいベッドの中からぬくぬくと見送る方でしたが、最近は彼も朝に走り始め、その快感からすっかり虜になってしまいました。やり出したらとことんやるのが夫のいいところ。私が週3回ぐらいだったのに比べ、
「雨が降っていない限り毎日」
という超ハードスケジュールを自らに課し、土曜日も走っています。今度はこっちが
「よくそんなに走れるよね~」
と感心しきり。
時々出勤途中、走り終わった夫が自宅への坂道を上って来るのに出くわします。こちらはタクシーの中で日経新聞を広げ、あちらは朝から一汗かいて・・・、どちらがいいかは一目瞭然。しかし、夫が朝から上半身裸で近所を歩き回っていても誰にも何も言われない香港って、やっぱりいいとこ
後日談「ふたこと、みこと」(2021年2月):
CITICなんて懐かしい社名が出てきました。香港上場だったCITICパシフィックは当時、中国そのものの代替銘柄として何度売買したことか。
10年ひと昔なら、20年前はふた昔ですが、中国の存在を恐れつつも、その購買力には何とかして取り入りたいのは当時も今も一緒。今のオーストラリアと中国は一時的に険悪な間柄になっていますが、これもまた政治的、経済的思惑を経て変わっていくのでしょう。
「あれ、ハワードじゃん」
そう、このご機嫌そうなおじさんはオーストラリアのハワード首相。記事の見出しは英語紙では「中国海洋石油のアジア太平洋事業」となっていましたが、中国語紙では「中国海洋石油、オーストラリア企業に100億米ドル契約発注」とより詳しく、写真も首相ともう1人の大柄な西洋人が満足気に握手しているものでした。
他国の首相が紙面のトップを大きく飾るのは、本人が香港を訪問中ででもなければかなり珍しいことです。NZのクラーク首相が来港した時ですら、1面にはなりませんでした。それが中国国有企業のニュースでありながら当の中国人の写真はなく、受注した民間企業社長とその国の首相が嬉しそうに握手している写真が大きく載っているのですから、何だか妙な話です。ルノーが日産に出資したからといって、日産の社長と当時の首相が
「やったね♪」
と新聞の1面を飾ったでしょうか?
この妙な展開こそが今の中国と資源国の関係を如実に物語っています。中国は高度経済成長で12億人の生活水準が急速に向上しており、全部合わせればアメリカ並みの人口を抱える沿海部の各都市は、上海を筆頭に成長街道まっしぐらです。場所によっては二桁前後の驚異的な成長を遂げています。そのため自国も世界屈指の資源国とはいえ、より確実な資源確保が急務となってきました。常にエネルギー問題に力を注ぐアメリカと同じです。
中国海洋石油は中国第3位の国有オイルメジャーで、最近はインドネシアでも油田買収に出ており、今回のオーストラリアでの最終130億米ドル(1.5兆円ですよ!)の天然ガス購入で、南半球でのお買い物ぶりがことさら顕著になってきました。受注したオーストラリア企業はこれから25年間、上得意にガス供給を行うのです。ハワード首相まで借り出されたのは、これがオーストラリアにとって史上最大の輸出案件であり(そりゃそうでしょう!)、英国BPを破っての受注という、まさに国を挙げての一大事業だったからなのです。
自国で賄えないものは外から買ってくればいいわけですが、資源となると事は単なる輸入品として片付けられなくなってきます。その確保は国家間の利害と利権の絡み合った政治色の強いものとなり、現に今回BPが敗れたのも別の事業で中国政府の心証を悪くしていたからと見られています。中国は世界第2位の外貨準備を持ち、「発展途上国」という位置づけながらも、その途方もない市場規模と侮れない資金力で世界的なプレゼンスを高めています。
その食指はNZにも伸びています。中国国務院(中央政府)直轄の中国国際信託投資(CITIC)がNZでの森林資源獲得に乗り出しているのです。彼らの計画は2億米ドル(235億円)を投じて、NZ上場企業フレッチャー・チャレンジ・フォレスト社の35%権益を取得し、フレッチャーが国内第2位の植林地を保有するセントラルノースアイランド・フォレスト・パートナーシップ(CNIFP)を買収するのを支援し、買収成功のあかつきには、フレッチャーがCNIFPを運営し、実質的にはCITICがその経営権を掌握するというのが彼らの筋書きです。
この計画がまとまって今年5月に発表されるまで、両社は過去1年半をかけてこの問題を話し合ってきました。そもそも両社は過去に提携実績があり、その後の物別れでいったんは疎遠になっていたのですが、CNIFP買収に向け再び手を組んだのです。計画が成功すれば国内2番目の森林資源が中国資本というよりも、中国政府そのものの手中に落ちるのです。世論は多大な懸念を示しましたが、株式市場ではフレッチャーが値を飛ばすなど、さまざまな思惑が噴出しました。
しかし、今月13日、侃々諤々の論争にフレッチャーの株主が一つの答えを出しました。
(つづく)
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編集後記「マヨネーズ」
証券会社の朝は早く、私の出勤は7時です。前の職場は8時だったので、6時前に起きてそのままジョギングに行って6時半までに家に戻れば、シャワーを浴びて朝食をとっても十分間に合いました。しかし、今ではそれがかなわなくなり、朝ジョグを諦めてから3年半経ちました。夕方走るという手もありますが、慢性的な残業に加え、少しでも早く帰って子どもの顔が見たいので、どうも寄り道する気になれません。それに朝の爽快感は夕方の比ではないのです。
当時の夫は、
「起き抜けからよくそんなに走れるよな~。いってらっしゃ~い」
と温かいベッドの中からぬくぬくと見送る方でしたが、最近は彼も朝に走り始め、その快感からすっかり虜になってしまいました。やり出したらとことんやるのが夫のいいところ。私が週3回ぐらいだったのに比べ、
「雨が降っていない限り毎日」
という超ハードスケジュールを自らに課し、土曜日も走っています。今度はこっちが
「よくそんなに走れるよね~」
と感心しきり。
時々出勤途中、走り終わった夫が自宅への坂道を上って来るのに出くわします。こちらはタクシーの中で日経新聞を広げ、あちらは朝から一汗かいて・・・、どちらがいいかは一目瞭然。しかし、夫が朝から上半身裸で近所を歩き回っていても誰にも何も言われない香港って、やっぱりいいとこ
後日談「ふたこと、みこと」(2021年2月):
CITICなんて懐かしい社名が出てきました。香港上場だったCITICパシフィックは当時、中国そのものの代替銘柄として何度売買したことか。
10年ひと昔なら、20年前はふた昔ですが、中国の存在を恐れつつも、その購買力には何とかして取り入りたいのは当時も今も一緒。今のオーストラリアと中国は一時的に険悪な間柄になっていますが、これもまた政治的、経済的思惑を経て変わっていくのでしょう。