古代出雲の勉強会で現地を歩きましたが、一番嬉しかったのは、久しぶりに出会ったコウノトリ。
圃場整備の影響なのか?ここ一年近く、新庄の田んぼに姿を見せてくれないので寂しく思っていましたが、、、
武内大田根(武内宿祢)が引き合わせてくれたのか、彼が作ったと言われる三角縁神獣鏡が出土した神原の大田根の古墳からの帰り道でした!
おっと~~!!
トイレに入ろうと思ってノブを回そうとすると、可愛い御仁が鎮座。
暫く考えましたが、自然現象には勝てずに思い切って、でも全く動こうと意思がないようで、出てから見てもそのまま鎮座、よほど居心地が良い?
同じ場所、そう言えば、あったよなあ、、、千年ハス半数は花が終わっていましたが、蕾もたくさん。
荒神谷の千年ハスも見事な花を咲かせていることでしょう。
全国で出土した銅剣の数を上回る整然と並べられた358本の銅剣、出雲って何者?という論議を引き起こしましたが、その荒神谷。
千年ハスを眺めながら、古代出雲のロマンに思いを馳せるのも一興ですね。
農村地域では江戸中期まで続いた女系家族社会。
戸主である刀自が後を継ぐ娘の誕生を心より願ったであろう、そんな思いが詰まった一人女神社ですが、その大棟鬼瓦が本殿の下に置かれていました。
この紋って、宝珠、普通は宝珠って仏教なんだよなあ、、、
聖徳太子の17条の憲法に「あつく三宝をうやまえ」との一項があります。
古代出雲の祖神と言われる幸ノ神三神、聖徳太子の三宝とも結びついたのか、出雲直系とも言える役行者によって三宝荒神として敬われるようになった。らしい。
そんな宝珠が大棟鬼瓦に刻まれているとは、神仏習合が残っているのでしょうか?