眼の大きい、ビックリしたような顔である。制服がなければ中学生と思われるかも知れない。こんな青二才が私だったのかと思うと、今朝からの張り合いが、みるみる抜けて行くような、又は、何ともいえない気味の悪いような……嬉しいような……悲しいような……一種異様な気持ちになってしまった。 その時に背後から若林博士が、催促をするように声をかけた。「……いかがです……思い出されましたか……御自分のお名前を……」
私がそうした瞬間に、又も云い知れぬ失望の色が、スウット若林博士の表情を横切った。そのまま空虚になったような眼付きで、暫くの間、私を凝視していたが、やがて又、いつとなく元の淋しい表情に返って、二三度軽くうなずいたと思うと、私と一緒に、静かに少女の方に向き直った。極めて荘重な足取で、半歩ほど前に進み出て、恰かも神前で何事かを誓うかのように、両手を前に握り合せつつ私を見下した。暗示的な、ゆるやかな口調で云った。「……それでは……申します。この方は、あなたのタッタ一人のお従妹さんで、あなたと許嫁の間柄になっておられる方ですよ」「……アッ……」 と私は驚きの声を呑んだ。額を押えつつ、よろよろとうしろに、よろめいた。自分の眼と耳を同時に疑いつつカスレた声を上げた。「……そ……そんな事が……コ……こんなに美しい……」「……さよう、世にも稀な美しいお方です。しかし間違い御座いませぬ。本年……大正十五年の四月二十六日……ちょうど六個月以前に、あなたと式をお挙げになるばかりになっておりました貴方の、たった一人のお従妹さんです。その前の晩に起りました世にも不可思議な出来事のために、今日まで斯様にお気の毒な生活をしておられますので……」