次の文章は日本国紀副読本の序にある作者の言葉である。
生まれた国を愛せない人間ばかりになった国に、はたしてどんな未来が待っているでしょうか。想像するだけで恐ろしいことです。こんな教育が進めば、いずれ日本は、「グローバル」という得体のしれない名のもとに、何のアイデンティティも持たない鵺のような国に成り果てるでしょう。
それで対談のときに、ふとケントさんに「アメリカの歴史教育はどうなっていますか」と聞いたのです。するとケントさんが「アメリカの歴史教育は、それを学ぶと、子供たちの誰もがアメリカを好きになります。アメリカに生まれたことを誇りに思
う、喜びに思う、そういう歴史教育です」と言われた。それを聞いたとき、「なんと素晴らしいことか!」と思ったのです。その国に生まれたことを誇りに思う。そして自分たちの父祖に対して尊敬の念を持つ。私たちに誇りを持つ。そのような歴史教育であるべきだと思ったわけです。
今後日本国紀は修身をモデルに再構築して欲しい。
グローバルなフォーマットが50年続けば、世界は故郷を失うだろう
グローバルなフォーマットが50年続けば、世界は故郷を失うだろう
グローバリズム あるいは そういう価値観には故郷がない。イエレンが税率を下げないグローバリズムを開始したのも記憶に新しい。コロナはまさにグローバルな存在だった。仮にグローバルな教育グローバルな政治グローバルなフォーマットが50年続けば、世界は故郷を失うだろう。日本国は国民とは関係なくその先頭に立っているように思う。グローバルな理由が有れば超法規的になんでもできる時代がやってきた。疫病はグローバリズム、その良いツールである。